氾濫の原因
「クロ……ごはんできたぞ! きょ、今日は私の得意料理なんだ!」
「そうか…ありがとな。 で、内容は何だ?」
「それは見てのお、お楽しみだ!」
ハーレムを堪能しているとメアが夕食を作り終え完成した事を告げてくれるので、それを労ってあげながら頭を撫で軽くキスをして上げると少し影があるメアの表情が実に幸せそうな表情へと変わりこちらも嬉しくなる。
メアは過去の一件を物凄く悔やんでおり天真爛漫でおてんば娘といった性格だったのが何かするにも一度躊躇する癖がつきクロの事でも他の婚約者に遠慮して一歩引いている様にも見え、表情にも少し影がついてしまっていたので少し心配ではある。
しかし精神的な事の療法など分かるはずも無いので見守って行く事にしているのだが、こうして昔良く見せてくれた笑顔を向けてくれるとその分嬉しく思ってしまう。
「私も一緒に作ったんですよ!? 私は、私の村の家庭料理である川魚の塩焼きを作りました!」
「ほう、それは美味そうだな。 ミイアもありがとな」
「い、いえ……」
逆にミイアはクロと離れてしまった事が虎馬になってしまったのか以前にも増して積極的になりクロともう二度と離れまいといった感じでサラの次に積極的である。
しかし先程の様に、メア同様労ってあげながら頭を撫で、軽くキスをしてあげると慣れてないのかたちまちしおらしくなり大人しくなる。
そんなところも可愛いと思えてしまうあたり自分は彼女達に惚れているのだろう。
そう思うとなんだかんだで幸せな気分になってくる。
しかし、それと同時にもう会えないであろう妻と娘の事も思い出し幸せな気分になった分複雑な気分になってくる。
しかしそれも時間が解決してくれるのでは?と思える様になったあたり彼女達と一線を超えた事は自分の中では思ってた以上に大きかったみたいである。
その立役者でもあるアーシェには踏ん切れるきっかけを作ってくれた事を感謝してはいるものの口にすれば何が起こるか分からないので決して口にはしないのだが。
「じゃあ、夕食の準備でもしようか」
クロの号令と共に皆食器を運んだりと夕食の準備を始める。
備え付けではあるものの、まさか自分がここまで大きなテーブルを使う時が来るとは夢にも思っていなかったクロは未だにこの大きな木製のテーブルに食器が並べられて行く様を見ると感慨深いものを感じると同時にこの大きなテーブルを使える日常を守って行く事を心に誓う。
「いただきます」
クロの号令の後に九名の「いただきます」という声が重なる。
若干一名言い慣れていないのかワンテンポ遅れて「いただきます……?」と言っていたのだが、この世界では食事の前に「いただきます」と言う事が無いので仕方ない事だろう。
と、いうかこの世界にはこの世界の作法があるのだからわざわざ俺に倣って真似する必要は無いと思うんだが……。
とは思うものの本人達がそれで良いならそれで良いのだろう。わざわざ指摘する事のは藪蛇の可能性もある為水をさす必要も無いだろう。
「しかし、ミイアの作った川魚の塩焼きもメアが作ったジャガイモの煮物料理もうまいな」
「愛情いっぱい込めて焼きましたので! そのまま私を食べて貰ってもいいですよ!」
「あ、ありがとう……」
普通に美味しいと思えたので素直に褒めてやると反応は違えどミイアもメアもどこか誇らしげに嬉しがっているのでそれがまた微笑ましく、そして可愛らしく思う。
小さな事でも素直に褒めて上げるというのは前の世界で得た技術なのだが異世界でもそれは通用するらしい。
『女性という生き物は言葉にしてもらわないと分からないし分かったとしても確証がもてず不安なの。 だから言葉にしてね?』
というお願いという名の教育の賜物でもあるのだが、それもまた良い思い出になる日がいつか来るのだろうか?
それはそうと、歳を取るたびに焼き魚や煮物などを美味いと思い始めているあたり若い頃の自分は思いもしなかったと少し面白くもどこか懐かしく思う。
若い頃はそれこそ味と油が濃い料理が好きで毎日食べていても問題無く、焼き魚や煮魚や煮物料理などはむしろ嫌いな部類に入っていたのだが、それが今では逆転してしまい味と油が濃い料理は月一、二回で十分だと思う。
「今思い出したのだが、ストレージに羊肉を焼いた物を入れて忘れてたみたいだ。 ついでだから一緒に食べよう」
と、なると自分よりも一回り近く若い彼女達には焼き魚に煮物料理は物足りないのでは?と思いストレージから非常食として入れていた羊肉を塩で焼いた物をテーブルの真ん中に置いてあげる。
「に、肉をこんなに食べても良いのか!? い、一応私は彼女でも婚約者でも無いのだぞ!? そんな私が食べても良いのか!?」
「むしろフレイムはどちらかというとゲストとしておもてなしを受ける立場だからな。 むしろ遠慮なんかせずどんどん食べてくれ」
クロの許可を得たフレイムは見ていて気持ちの良いほど肉を消費して行く。
「今月は装備一式を新調したからカツカツだったんだ! やっぱり肉は良いよな!」
「いつもその量を食べてるのか?」
「………んっ、っと、まあそうだな。 ただ今日はいつもよりも食べさせて貰うけどな!」
口いっぱいに頬張っていった物を飲み込むとフレイムはクロの問いに答える。
もうすでに一キロは食べたのではないかという量を食べているのでこれが普段の食事量だとすればよく太らないよなと思わずにはいられない。
それだけ今の環境と体型維持は大変なのだろう。
「フレイム……貴女は女性なのですからもう少し落ち着いて食べたらどうです? はしたないですよ」
「…………ふ、普段はこんな食べ方じゃ無いからな! もっと女性らしい食べ方だからな!」
気持ち良く食べていたフレイムなのだがサラに指摘されると食べるスピードはガタッと落ち、齧り付くような食べ方から一口サイズに肉を切り取りながら食べ始める。
余程今までの食べ方をクロに見られたのが恥ずかしかったのかフレイムは一度クロを見ると顔を真っ赤にしながら食べる姿は姿でなんだか微笑ましく思えてくる。
「…………クロは、いっぱい食べる異性はどう思う?」
「無理していっぱい食べるのはどうかと思うが、それが本人らしさなら魅力の一つだとは思う」
「そ、そうか……」
ドカ食いから一転チビチビと食べだしたフレイムは、未だに真っ赤な色をしている顔を更に赤く染めクロに問いかける。
そんな彼女に優しく答えてやると無表情を装ってはいるものの口元は緩み切っているのが見える。
青春だなー………。
などとまるで他人毎の様に思う事で現実逃避をする。
そうでもしないと間違いなく気になる存在になる事は間違いないほどに彼女は魅力的なのは間違いない。
けれども自分の婚約者達の方が魅力的ではあるがな、と思うあたりクロはクロで春真っ盛りといった感じである。
そんな甘酸っぱい雰囲気が漂い、食事も丁度みんな終わり食器を片付けていると部屋の扉が三回ノックされる。
「スフィア・エドワーズです! いきなりの訪問謝罪します! もし今お時間ございましたら入れていただけないでしょうか!?」
ノックの後扉の外から部屋の中に聞こえる様にスフィアが喋り出す。
別段入室を拒否する理由もないのでスフィア・エドワーズを部屋に招き入れる。
するとスフィア・エドワーズは入室させてもらった事を仰々しく感謝を述べ片膝をつき頭を下げる。
「そういうのは良いから普通に、自然体でいて貰っても構わない。 それで、いきなりどうしたんだ?」
「お心遣いありがとうございます! いきなりではありますが、実は折り入ってお願いがあります!」
「お願い………どういった内容だ? 聞けばサラの知り合いだとの事だ。 俺が出来る事ならある程度の事はしよう」
どうしてこうなった?
そう思うのだが自分が出来る事ならある程度の事はやると言った手前断る事が出来る性格を持ち合わせていない。
その結果が、クロの目の前で愛剣であろう薄く青みがかった剣を両手で持ち構えているスフィア・エドワーズである。
そのスフィア・エドワーズのお願いとはクロと決闘をする事である。
それだけなら良いのだがスフィア・エドワーズの後ろにはこれからの戦闘が楽しみで仕方ないと言ったバハムートが佇み、尻尾を左右に小さく振っているのが見える。
「今回の氾濫はどうやらバハムートが暴れたのが原因らしく、その付近にいた魔獣達がここまで雪崩れ込んでしまったのが原因です! ですがそれも私とバハムートで一掃しましたので氾濫の事は気にせず戦えます!」
若干乗り気ではない事が伝わったのかスフィア・エドワーズが今回の大規模な氾濫の原因と、それを既に収めた事を元気よく、それでいて気品を感じるような佇まいで教えてくれる。
いや、そういう事ではないんだがな………。
ちなみサラ達は砦の安全な場所で観戦中であり、何処から聞き出したのか砦の兵士や冒険者、街の人達まで大勢の人達が観戦もとい野次馬に来ているようである。
「まあいい。 始めようか?」
最早考えるだけ無駄であろう。
ならさっさと始めてさっさと終わる方が賢い判断であろう。
「胸をお借りさせて頂き、失礼のない全力でお相手させて頂きます!」
「この世界で武者修行と題し旅をして来たが今の所満足行く相手に出会えてなくての、久し振りに血肉沸く思いであるぞ、主人よ」
「まあほどほどにな」
そしてクロは銅貨を親指で弾き真上に飛ばす。
その行為が何を意味するか分からない者はこの場にはいない。
銅貨が地面に落ちる僅かの合間にクロは装備一式を一新させ、銅貨が地面に落ちると同時に居合一線飛ばし一気に後退する。
今まで散々バハムートの、主人の自慢話もとい英雄譚を聞かされてきたスフィア・エドワーズはその話を元にクロ・フリートと言う人物の戦い方を思い描いてきた。
バハムートの語る英雄譚はどれも心踊りまるでお伽話の主人公か何かではないのでは?と思えるほどの内容ばかりで耳を疑うような物だったのだが、バハムートはまるで見てきたかの様に詳細に細部まで詳しく語ってくれるのですんなりとイメージは思い浮かべる事が出来た。
もしノクタスのあの一戦を見ていなければ、どれも信じる事はできなかったであろう。
そしてバハムートが語る英雄譚を元にイメージしたクロは戦いの組み立てが天才的であり戦いが長引けば長引くほどクロ・フリートのペースに持ち込まれその分勝率も下がっていくだろう。
ならば先手必勝開幕時から攻め一気に勝ちに行く戦法が最も勝率が高まる戦い方と言えるだろう。
その考えは正しく対処法も間違ってはいなかったのだが、クロの戦闘タイプはどちらかと言うと遠距離中心である事と開幕時のお互いの距離まで深く考えていなかった。
いや、考えてはいたのだがクロ・フリート程のレベルの者との対戦経験が余りにも少な過ぎるのはどうしようもない事であろう。
開幕時勢い良く飛び出し自分が持つ最速のスキルを放つのだが、クロはまるでスフィア・エドワーズの行動を読んでいたかの如く一気に後退をし、更に斬撃を先程までクロ・フリートがいた場所に設置していた。
「なっ!? ぐう……っ」
クロの様に遠距離タイプは先程の様にお互い距離が近い場所から開幕しなければならない場合、基本的には開始直後後退するか相手の初手を絞りカウンター狙うか防御に回るかの二択が多い。
たまに虚を突いて初手で攻める時もあるのだが、それはある程度自分の戦闘パターンを読まれた相手に出すぐらいだろうか?
そしてクロは後退しながらスキルを放つ事が出来る技を撃ち、結果スフィア・エドワーズの出鼻を折る事に成功する。
このスキルは余りにも有名で、対策されているのだがこの世界では安心して開幕ブッパできると見込んでいたクロの読みは当たった事になる。
ちなみにこのスキルは後退し終わるまでがスキルモーションな為、開幕時モーションからスキルを確認した後低空ダッシュで一気に攻められると簡単にカウンターを奪われてしまう技である。
その為上位プレイヤーに対しては開幕時に使えないスキルでもある。