堕落
そしてクロは私の頭をやや乱暴に撫でくる。
本来なら異性に頭を撫でられたとしても苛立ちしか感じなかったであろう。
しかし、好きになった異性から頭を撫でられるというのは実に良いものだな………。
ほぼ初めてと言って良い異性、それも好意を寄せている異性とのスキンシップに思わずニヤケそうになるのを必死に抑えるのだが、真っ赤になった顔までは隠せない為クロに見られないように俯いきクロに撫でられるのを堪能する。
「……あ」
しかしそれも三秒程で終わり私の頭を撫でいたクロの手が私の頭から離れていき、もっと撫でられたいという衝動が私を襲うもそれを口にする勇気もない上にフレイム・フィアンマというプライドが邪魔をする。
「とりあえずヒュドラは倒したんだし、御主人様の部屋でゆっくりしようよ」
「それもそうだな……砂埃も付いたし風呂でも入るか」
私の頭を撫で終えたクロは次に奴隷であるアルの頭を「お疲れ様」と労い、撫で始めるとアルは実に幸せそうな顔をしながら「私が良いと言うまで撫でるんだぞ」と私が言えなかった事を平然と言ってのけ、更にはクロの部屋で休憩しようと宣い始める。
「わ、わわわわっ、私もクロの部屋で一緒にお風……」
「……一緒に何ですか? フレイム」
しかし私もクロの事が好きなのだと気付いてしまっている手前この流れを逆に利用してやろうと思い勇気を振り絞りクロと一緒にお風呂を入りたいといざ口にしようとした瞬間、後ろからとんでもない殺気が私の言葉を遮ってしまう。
「さ、サラ……いや、ほら……昔の約束を今果たしてもらっても良いんだぞ?」
しかし、昔サラと私片方しか異性の伴侶が見つからなかった場合その伴侶を紹介しようと約束した仲である。その約束をサラは忘れている訳がないので今ここで使わして貰う事にする。
なんだかんだで持つべき者は友だという事だったのだろう。
良い友達に巡り会えたものだ。
「いえいえ、昔の約束を優先し、無理をして好みでない男性で我慢する必要はないんですよ? フレイム」
「いやぁ、ほら……彼は私よりも強いだろう? それだけで十分だと思うんだがな? サラ」
「いえいえ、きっと探せばいますよ。 ゴリラとかゴリラとかゴリラとか。 ゴリラの方も多少毛色の違う雌ゴリラと思うかもしれませんし、いまからゴリラ語を覚えるのも良いのでは無いですか? うほうほうほほ」
「わ、私はゴリラじゃ無いわ! 私がゴリラならサラはオークじゃないか!」
「な、言うに事欠いてオークですって!! 死にたいみたいですね!? フレイム!」
「まだゴリラより知能が高いあたり考慮してやってんだよ! どの道独り身な時点で私の負けなんだ! だったらサラをオークといっても良いじゃねーかよ! そこしか勝ち目無いんだからよ! 良いよな!? サラには相手がいて!」
「…………その……ごめん」
それはもう慟哭に近い心の叫びであった。
涙を流し鼻水を垂らし叫ぶ私を見てサラは物凄く気不味そうに謝って来る。
「謝るぐらいならー」
「嫌だ」
「………おい」
「だ、だってこれ以上クロとイチャイチャする時間が減ってしまうと…………」
「減ってしまうとどうだっていうん……だ………なんだあれ? まさか……いやでも……」
クロがどんな目で私達を見ていたか分からずにサラと言い争っていると、サラがいきなり言葉に詰まり、サラが言葉に詰まってしまう原因を私も目視で確認してしまい言葉に詰まってしまう。
その原因は私達のいる周囲を、太陽光を遮った事で出来た影で侵食していく。
ああ、死んだんだな。
と素直に思えるその巨躯をもって優雅に飛行する伝説の域に達しているだろうソレを目に、もはや恐怖は無くそこにあるのは圧倒的な死のみである。
「え、エンシェント……ドラゴン………しかも黒い……個体」
「こんな奴が存在するなんて聞いたことが無いんだが……」
今目の前に音も無く舞い降りたソレがまだ白竜であったのならば私達は死ぬことは無かっただろう。
しかし美しくも艶やかな黒い鱗で全身を覆ったその巨躯はまさに死の化身であろう。
隣のサラを見ると腰が抜けたのか地べたに座り、サラを中心に何かが染み出し広がっていくのが見える。
そういう私も膝から崩れ落ちてしまい、なんだか股の辺りが生暖かく感じてしまう。
「お久しぶりです、フレイム・フィアンマさんにサラ・ヴィステンさん」
「おお、わが主人ではないか。 ちょうど良かった。 先程ここら辺に逃げたであろうヒュドラを知らぬか?」
そしてその巨躯を持つ黒竜から何者かが飛び降りて来ると私とサラに、まるで貴族のそれのように様になった動作でもって挨拶して来る。
「スフィア……」
「エドワーズ姫……?」
それもそのはずで、私達に声をかけてきたその者はグルドニア王国の姫であり私のライバルでもあるスフィア・エドワーズであり、正真正銘の王族である。
「ヒョドラなら俺の奴隷であるアルが先程倒したところだ」
「ふむ、そうであったか」
相変わらず優雅に佇んでいるスフィア・エドワーズ姫の後ろで黒竜とクロが談笑する姿が見える。
その光景に自分の下腹部が生暖かく感じる事も含めて夢では無いのかと思わずにはいられなかった。
サラの方を見ると、サラも私の方を同じタイミングで振り向いたらしく目線が合う。
言葉は発しないものの目線で「漏らした・ヤバイ・どうしよう」と語っているのが理解でき「水魔術・全身・濡らす」と返答しておく。
すると次の瞬間には自分とサラは頭から水魔術段位一程度の魔術でさり気なく濡らすのだが、一番バレたく無かったクロにはお見通しだったらしくストレージからタオルを二枚出すと私とサラに渡してくれる。
その優しさが今は辛く、今すぐにでもこの場から逃げ出して現実逃避したいぐらいの恥ずかしさでどうにかなってしまいそうである。
恐怖でサラと私は腰を抜かしてこの場から逃げ出す事も出来ないのが今の現状なのだが、その原因である黒竜はスフィア・エドワーズ姫を乗せてここまで来た事とクロと談笑している内容からクロ直属の配下であり、我々を攻撃する様な事が無い事が分かる。
黒竜が直属の配下というのも前代未聞なのだがあのアル・ヴァレンタインを奴隷として傍に置いている事からもありえなくは無いかと思え始めているあたりフレイムの中の常識が軽く崩れていっているのだろう。
「バハムート……私をクロ・フリート様に紹介して欲しいのだけれど?」
「おお、そうであった。 一応言っておくが突然の主人との再会で感極まりスフィアの事を忘れていた訳ではないぞ? わが主人よ、ここにいるのが今まで一緒に旅して来た友であるスフィア・エドワーズとう名の娘である」
「絶対忘れてたでしょう? まったく………お初にお目にかかります。私は元グルドニア王国元姫であるスフィア・エドワーズです。 お見知り置きを」
「クロ・フリートだ。 バハムートが世話になったようだな」
先程まで恐怖の化身であった、スフィアがバハムートと呼ぶ黒竜とスフィアが漫談をこなすと軽い挨拶を済ますのが見え、やっと心のそこから安堵できた気がした。
◇◆◆◇
「はあー………」
「ふー………」
サラとフレイムの気持ち良さげな声が風呂場に響く。
サラはともかくまさかフレイムまで生温かいもので下腹部を濡らしているとは思わず、少しびっくりしたもののその事には触れずにいたのが功をせいしたみたいである。
「着替えここに置いとくからな」
「分かりました。 わざわざありがとうございます」
「ちょっ、え!? クロっ!?」
風呂場にいる二人に脱衣所から着替えを持って来たことを告げると落ち着きリラックスしたサラの声と、クロが脱衣所に来たことに驚きを隠せないフレイムの声が聞こえてくる。
今の自分には友人と言える様な者もいないため、なんだかんだで仲が良い二人のことが羨ましくも微笑ましく思う。
部屋に戻りソファーに腰掛けるとアルが俺の許可を取らず膝の上に座り体重をかけてくる。
そのアルの頭を優しく撫でてあげると実に幸せそうな顔をしてリラックスし始めたところでストレージから櫛を出すと最近長く伸び始めた髪の毛は勿論尻尾も丁寧にブラッシングしてあげる。
すると、端っこで性格に似合わず編み物が得意であるキンバリーが今まで編んでいた作業を止めるとすすすといつの間にかクロの左隣に腰掛け尻尾を振りながら物欲しそうに上目遣いで見つめて来るのでアル のブラッシングの後にキンバリーもブラッシングしてあげる。
その途中、パタンと読んでいた本を閉じたターニャが羨ましいくも何でもないですよといった感じでクロの右隣に座って来るのだが若干体重はクロよりにかけてくる。
キンバリーのブラッシングが終わるとアルやキンバリー同様にターニャの髪の毛も優しく梳いてあげると羨ましくない程で来た為素直に喜べないターニャはそれが表情に出ない様にしているのがまる分かりなのだが口元はその限りでは無いらしくニヨニヨとしているのが見える。
それを指摘してしまうのも勿体ないのであえて指摘せずターニャの頭を撫でる事によりその隠しきれない口元を堪能する。
そうしているとルルがソファーの後ろからクロに抱きついて魔力供給をお願いしに来るのでそのままルルに魔力を供給してやると楓がルルの隣に来ると同じ様にクロに抱きつきキスをしてくるのでそのまま全員にキスをしてやる。
その間その空間にはキスの音だけが響き皆んな実に幸せそうな表情をしてくれる。
あー………堕落してんなー。
どうしてこうなったと思う所が無いわけでは無いが幸せそうな表情を浮かべる皆んなの顔を見てしまうとそんな事は些細な事の様に思えてくる。
こんな環境は前の世界ではあり得なかっただろう。
そう思うと今のこの環境がとんでもなく特殊な環境であると思ってしまうが、この世界の嫁達曰く一夫多妻制のこの世界では別段珍しく無い様である。