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ヴァンパイアの魔王異世界奮闘記  作者: Crosis
第四章
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未だ処女

「これですか! これはクロの国では永遠の愛を誓う相手にペアリングを男性が贈るそうで、初夜の後に貰ったのです!」


 フレイムの問いに待ってましたと言わんばかりに食いつくサラは、今まで喋りたくて仕方なかったのだろう。指にはめた指輪について怒涛のごとく喋りだす。

 指輪を見つめるサラの幸せそうな表情から「そうなんだろうな」と思っていたフレイムは指輪云々にはやっぱり程度にしか思わなかったのだが、初夜の辺りからサラがちょっと何言っているのかわからない。


 え? サラって……え? 処女ではないのか? いやまさか……そんな事が……いやだって……え?


「私は未だ処女なのだぞ! なのにサラだけ先に彼氏作って婚約して愛し合うとか……卑怯だろうが! この裏切り者おおおおおぉぉぉっ!!」

「で、クロったら可愛くて可愛くて、あんなに強いのに中性的な見た目のギャップがもう虐めたくなるのだけれども、その上で逆に虐められ…………あれ? フレイムどこ行ったのですか? もう、まだまだ喋り足りないではないですか。 っと、それよりもターニャの野郎を探しだして連行して尋問しないと」


 いつの間にか消えていたフレイムに愚痴りつつも本来の目的を思い出したサラは般若の様な表情で練り歩き始めるのであった。




「グス……ううっ……すんっ……うえっ」


 もう死にたい。

 でも死ぬ勇気も無く砦の端まで一気に走ると剥き出しになっている岩の隅で膝を抱えて泣く事しかできない。

 そんな自分に余計に虚しくなりまた涙が溢れて来る。


 もう二十歳である。

 行き遅れという事実から目を逸らしてきたのだがそれでも最近幸せそうな男女、特に子連れの親子を見ると胸が締め付けられ苦しくなる。

 そんな私にとって親友であるサラが処女ではないという事実は心臓が杭で打ち抜かれたかと思う程の苦しみを生み出し私を襲いだす。

 なんだかんだでサラという存在は行き遅れという事実に潰されそうな私の唯一の心の支えだったのだ。

 一人ではないというのはそれだけ心強くなれた。


「そんな所で一人泣いて、何があったんだ?」

「……ふえ?」

「あーもう涙と鼻水で綺麗な顔が台無しだぞ」

「……あうあう」


 見つかるはずがない私の秘密スポットに誰かが優しい声で語りかけ、私の頭を優しく撫でると鼻水と涙をハンカチで拭いてくれる。

 しかしかまさか人が来ると思っていなかった私は事の事実に頭が追いつかず混乱しっぱなしである。


「ああ、なんで俺が此処にいるのかって? サラから逃げて来たんだよ。 あいつ鬼の形相でターニャと俺を連行しようとしてな……結局ターニャは捕まったんだが」


「な、なななっ、なんで…くろ…くくく…クロ・フリートが、ここにいるんだよ……っ!? てか見るな! バカ! 死ね! 私に構うな!」


 乱暴ではあるが頭を撫でられたお陰でドロドロとした感情が薄れていき、心に余裕が生まれる。

 そのお陰で今の状況を正確に捉える事ができるようになったのだが、その事が逆に私の感情を先程以上に掻き乱し取り乱してしまう。

 先程まで自分はクロ・フリートにされた事を反芻してしまい、今まで感じた事のない羞恥心が私を襲い始める。

 しかしかそれと同時に職業病か頭が混乱すればするほど思考の最深部ではヤケにクリアになり、何故これ程までに取り乱してしまうのか疑問に思ってしまうのだが答えは出ない。


「構うなってな…今のお前を見付けてしまっては構わない方が無理だ。 もう後悔したくないんだよ」


 そんな私の叫びなど聞こえないと言わんばかりにクロ・フリートは御構い無しに私の頭を優しく撫で始める。

 しかしその表情はどこか悲しげで、このまま消えてしまうのではないかと不思議にも思ってしまう。


「何があったのか言いたくなければ言わなくてもいい。 でも言ったら楽になる事ならおじさんに言ってごらんなさい。 大丈夫。 ここで聞いた事は秘密にするから。 約束だ」


 何なのだ何なのだ何なのだ。

 見るからに歳下の癖に私より一回りは大人に感じてしまうクロ・フリートの雰囲気は?

 その雰囲気で優しい言葉を投げかけられ、優しく頭を撫でられたら……今の精神状態で抗えという方が無理だ。


「わ、笑わないか?」

「もちろんだとも。 だが、今フレイムが感じている物が将来お互いに今日の事が笑い話に出来るようにしたいとは思っているよ?」


 クロ・フリートは口調すら良く盗み聞く口調から優しさを含む口調に変わり、優しい笑顔を向けてくれる。

 その手は未だ私の頭を優しく撫でていて、寂しさと将来の不安で押しつぶされそうになっていた私はその優しさに溺れ、気が付いたら咳が切ったようにそれら不安をクロ・フリートにぶつけ、クロ・フリートの胸で泣いていた。


 そして私の今まで感じていたクロ・フリートに対するモヤモヤとした感情は、一気に靄は晴れ明確にそれが何なのか分かってしまう。


「な、なあ?」

「ん? どうしたんだ?」

「もう一つ聞いてくれないか? ………私の好みの男性はな、筋骨隆々とした男性なんだ。 でも実際好きになった男性はその真逆で……自分で自分が分からなくなってしまった。 本当にこの感情は恋なのか? 別の何かではないのか? であるならば何なのか。 分からないんだ」


 そして私は遠回しにクロ・フリートへ生まれて初めての告白をする。

 しかしかそれは自分がクロ・フリートに恋していると肯定して欲しい欲求からで、クロ・フリートに伝えるつもりなど毛頭無いのだが、それでも告白という意識はある。

 そのため泣き腫れている上にきっと真っ赤に染まっている今の顔をクロ・フリートに見られたくないため、クロ・フリートの胸に顔を埋める様にして告白する。


「好きになった異性がタイプの異性じゃない事なんて良くある事だ。 好みのタイプ云々ではなく、その人だから好きになったんだろ? それは君が外面ではなくちゃんとその人の中身を見ている証拠じゃないか。 そんな君に想われてる男性は幸せだな」

「あ、ありがとう……」


 ヤバい。きっと今の私は人に見せれない程顔を赤らめ緩みきった顔をしているだろう事が下げる事が出来ない口角で嫌でも分かる。

 クロは、私が好きになった男性は私に想われて幸せだと言ったのだ。口元をニヨニヨさせてしまうのは抑えようが無く、それを隠す為により一層クロの胸元に顔を埋める。

 そして今、自分は初めて好きになった男性を抱いて胸元に顔を埋めているという事実が頭の中を甘く溶かしていく。

 それは今まで感じた事のない高揚感と快感で、まるで麻薬の様に私の身体を駆け巡っていく。


「ねえ? もしその異性に告白したら………良い返事貰えると思うか?」


 だからだろうか。普段ならこんな恥ずかしい事など絶対言えないのだが、クロの胸元に顔を埋めたまま口にする。

 先程のような遠回しな告白ではなく今回はほぼ告白と言って良いだろう。

 その為クロの返事を待つだけで期待と不安と緊張で心臓が爆発するのではないか?というほど激しく鼓動を刻み、一秒一秒が物凄く遅く感じる。


「当たり前だろ? フレイムみたいな良い女に告白されて断る男性は居ない。 俺が断言する」


 クロが答えたその瞬間、爆破しそうな心臓が更に激しく鼓動を刻み始める。

 クロの言質を取った今自分は生まれて初めて異性に告白をしようと一生分の勇気を振り絞っており、告白しようと口を開く度に心臓が暴れ出し、勇気が足りず口を閉じるというのをまるで鯉の様に繰り返す。


「わ、わわ、私の好きになった男性はな………その……あの……く、くく、クローー」

「こんな所で私の親友と抱き合って何してるんですか? ああ、ナニしてるのですかクロ」

「違っ! 誤解だっ! ちょっ、やめ、引きずらなくても立って歩けるから!!」


 勇気を振り絞っていざ告白しようとしたその時、幸か不幸か親友であるサラが鬼の形相で現れクロを引きずりながら何処かへ連れ去ろうとする。


 そしてクロとサラが見えなくなった瞬間、私は腰が抜けぺたんと地面に座り込んでしまう。


「クロ・フリートの婚約者……上等じゃねーか。 自分の気持ちが疑いようが無いほど分かったんだ。私もその婚約者とやらになってやる」


 決意が決まれば後は実行あるのみである。



◇◆◆◇



「ヒュドラが出たぞ!!」


 その一声で砦と砦の内側にある街は騒然としだすも慌てて逃げようとする者はいなかった。

 ヒュドラとは九つの頭を持つ竜種であり吐くブレスは毒霧である為炎を吐く一般的な竜種よりもタチが悪い。

 強さはワイバーンやドレイクの親よりも強く、身体能力は一般的な竜種よりも低いのだが毒霧のブレスにより難易度は時と場合により一般的な竜種を超える場合もある。

 その為難易度はSS+でありもはや災害級である。

 そんなヒュドラが現れたにもかかわらず一般人ですらパニックが起きないのは、一つにそんな事で取り乱していてはキリがないため砦で商売ないし生活などやっていけないのと、もしもの時に常に逃げる準備はしている為である。

 そしてもう一つはグリフォンの親をテイムできる冒険者とこの砦の護女神フレイム・フィアンマがいるお陰でもある。


 その為この砦に配置されている兵士や冒険者達は緊張感こそ表情に出すものの慌てたりテンパってる者もおらず皆テキパキと自分がするべき事を速やかに実行する。

 その洗練された動きに感心しながらクロは隣でクロの腕に絡めてべったりとくっ付いているサラに質問する。


「ヒュドラか………ヒュドラというとここの戦力で倒せるのか?」

「多分ギリギリでしょう。炎属性に強いヒュドラの場合フレイムでもってしても三日以上の戦闘は避けられないかと」

「そうか……もし、お前達が参戦すればどうなる?」

「まずヒュドラの毒を無効に出来る程の炎属性の攻撃を撃てるのはアルしかいません。ですのでアル以外は足手まといどころか毒で死にかねません。その事から1日以上、二日未満といったところでしょうか?」

「ふむ……」


 サラはあのヒュドラと戦えるのは今この砦にフレイムとアルの二人しかいなく、この世界ではトップレベルの実力者二人でもってしても1日以上かかる事を説明する。

 その間にも砦の外、荒れ果てた荒野の向こう側から肉眼では米粒ぐらいにしか見えないヒュドラが九つの頭を振り回し、毒霧の様なブレスを吐いているのと、時折真っ赤な炎に包まれる様子が何とか見え、地響きの様な低重音が轟音となって空気を震わしクロの髪を揺らす。


「そうか……なら俺が出るか。アル、お前も来るか?」

「おう!ご主人様と共に!」


しかしそんな光景を前にクロが思った事は「ヒュドラってそんなに硬かったけ?」ぐらいで災害級の説明は逆にクロをその気にさせるスパイスにしかならないみたいである。

そしてクロはまるでコンビへ行くかのようなノリでアルと一緒に監視塔から砦の外へ飛び降りる。



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