異変◇
この集落はノクタスの森と草原の境界線上にあり魔獣討伐の為に森で野宿する必要が無いため安全に魔獣を討伐しに行ける。
魔獣の中には夜行性の魔獣もいるためムヌー狩りみたいに安全な場所を確保するのは難しい。
しかし個々の強さではムヌーの方が上なためどちらが安全かは冒険者の力量しだいなのだが。
ここノクタスの森に生息する魔獣は主に三種いて長く硬い一本の角を持つ一角ウサギ、硬い鱗に覆われ二本の巨大な角を持つ鎧兜鹿、そしてその鎧すら噛み砕く程の力があり群れで狩りをする魔狼で、そして今回討伐するのは一角ウサギと鎧兜鹿を討伐対象にするみたいである。
ちなみに魔狼は頭が良く、人間が自分達にとって危ない存在だと理解しており滅多なことがない限り人里近くには現れないのだがもし万が一遭遇したら討伐するといった流れである。
また、魔狼は他の魔獣や害獣を駆除してくれるため無差別に討伐して数が減ってしまうと逆に他の魔獣が増えて危なくなるので、どちらかと言えば益魔獣の分類に入るらしい。
日本で暮らしていた時の知識だとこういうファンタジーに出てくる魔獣などは魔獣=人を襲う怖い存在が一般的だったのだが、この世界では魔法を使える獣の事を一纏めに魔獣と呼び、人に危害を加える魔獣を害魔獣、逆に利益をもたらす魔獣を益魔獣と呼び、一角ウサギは害魔獣に入るそうだ。
可愛いい見た目に似合わず肉食で人間も襲い繁殖率が高い魔獣だというのだが、逆に人間の主な食肉でもある。
そして今回メインで討伐する鎧兜鹿は臆病な性格で遭遇してもすぐに逃げられるらしいのだが、その討伐価格はムヌーの2倍である。
角や革が高値で売れ、肉も美味らしく、自ら表れるムヌーと違い水魔法の濃霧を使いすぐに逃げる鎧兜鹿は討伐すること事態が困難なため、需要はあるが供給が少なく報酬も高くなるとミイアが教えてくれる。
「それはいいんだがお前らなんかくっつきすぎじゃねぇか?」
「そ、そうか? いつも通りだと思うぞ?」
「そうですよ。気のせいですよ…………んぁっ」
そんなこんなで俺ら三人はノクタスの森へと行くために集落のギルド支部へと向かっているのだが、メアとミイアの距離感が気持ち俺へと違い気がする。というか明らかに近い。近すぎて歩き難いくらいである。撫でやすい位置でミイアの猫耳があるので無意識に撫でてしまうほどである。
するとメアが「べ、別に羨ましくないのだが………やはり仲間外れはだな……」とモソモソとクロにギリギリ聞こえるぐらいの独り言をし始めたのでポンポンとメアの頭も軽く叩いたあと優しく撫でてやる。
するとメアは「んっ」と満足気な声をだすと満面な笑顔をクロに見せるのであった。
ギルド支部は小さなコンビニみたいな感じで日用品や食品などが売られておりカウンターには妙齢の猫耳婆さんが座っていた。なんだか日本の駄菓子屋を思い出す雰囲気である。
そしてクロが日用品を眺めている間にメア達がカウンターのお婆さんと話し出す。
ちなみに魔獣の討伐数は種類によって討伐できる数が決まっている種類もあり王都ギルド本部も例外なく守らなければならないらしい。
その為鎧兜鹿と、遭遇するかもしれない魔狼、討伐数が決まっている二種類の現在の討伐数を確認しているみたいだ。
「そうですか。ありがとうございます」
受付のおばあちゃんに必要な情報を聞き出した後、討伐依頼を出して来たメアとミイアが戻って来る。
その顔はなんだか腑に落ちない顔をしていた。
「鎧兜鹿は討伐できそうなのか?」
「討伐はできるのですが、ちょっとありえない事がありまして…ここだけなら納得いくのですがノクタスの街でも同じく討伐数がゼロみたいなんです。しかも鎧兜鹿や魔狼だけではなく、一日の討伐ノルマがある一角ウサギまで討伐数がゼロなんです」
何かあったのかなと心配しているメアとミイア。こんなことは今までなかったのだという。
特にノクタスの街では二千人の冒険者がいる為それらすべてが同じ日に休んでいるなんてことは今までなっかたのだ。
「じゃあ…気になるのなら一度戻ってみるか?」
「いえ、もしかしたらただのギルドネットワークの故障かもしれませんので今日は予定どうりノクタスの森へ魔獣討伐しに行きましょう」
「そうだな。それにもし何かあってもここからじゃ数日かかるし、何より私のお父さんやドラニコ達がいるから大丈夫だと思う」
メアやミイアの会話から不安は見受けられず代わりにノクタスの街の冒険者達を信頼している事がわかる。
メアやミイア達が大丈夫だと言っているのだから大丈夫なんだろう。
「じゃあ行くか」
そう言ううとクロはギルド支部をあとにノクタスの森へと向かい出す。
◇◆◆◇
ノクタスの森に入り三時間、俺はバテにばてていた。
ここ、異世界に来た初日はまだ林道と言える場所を歩いていたので考えもしなかったのだが、まさか森の中で整備など当然されてない道なき道を歩く事がここまで疲れるとは思いもしなかった。
今は巨木にもたれて休憩しているのだが、いくら体力が回復しても気力の方が回復しない。
もう一歩も歩きたくない。
「まったく、だらしないぞクロ!」
「まあまあメア、いいじゃないですか。こうやってクロに甘えれる時間でもあるんだよ?」
「そ、それはそうなんだが、ミイアは甘えすぎだとおもうぞ!」
そんな俺とは対照的に元気が有り余っている二人、メアは俺の隣りに座り体重を心なしか俺の方にかけてきていて、そしてミイアは俺の前に座りモロ俺にもたれかかっている。
「しかしまさかムヌーだけではなく鎧兜鹿まで一撃とは、クロさんの狙撃技術もその魔銃と言う武器の威力も凄いですね。あ、頭撫でるのやめないでくださいね」
そして俺の気力が戻らない一番の原因が、もう一日のノルマを達成しているのである。
歩きたくないというより働きたくないのだ。
クロがやったことといえば、まずマップを展開し赤い三角形のマークを探し鎧兜鹿と書かれている場所へ向かう。そしてターゲットを取れるぎりぎりまで近づくと、あとは引き金を引いて終わりである。
異世界チョレーわ~。一日三時間働くだけでいいのだ………「村へ帰る時間合わせても今日の合計勤務時間は最低五時間はかかるだろ」だって?メアさんちょっと言ってる意味が分からないです。
「いい加減帰るぞバカクロ! ゆっくりするなら村でゆっくりしろ!」
仕方ない、鬼嫁の風格が出始めたメアをこれ以上怒らせるわけにはいかないので重たい腰を持ち上げるとしますか。
毎日これじゃあ本気で筋トレしようか迷うなこりゃ。
チート能力使っても日本で八時間オフィス勤務の方が楽なんじゃ…と思ってしまうのでこの世界の冒険者達は素直に凄いと思う。
そんなことを考えていると「どうせ甘えるならこんな場所じゃなくて危険が少ない村で……」と後ろから聞こえた気がしたが気のせいだろう。
二時間かけて集落に戻ったクロ達は早速鎧兜鹿の報酬を貰うためギルドにいるのだが、受付のお婆さんが討伐依頼達成の受理に手間取ってるみたいであたふたしていた。
「おかしいわね、こんなこと今まで無かったんだけどねえ…」
そう言うとお婆さんは老眼鏡をグイっと位置を直し、もう一度同じ手続きを一からし直す。
「ミー婆さん、私にやらせてもらって良いですか?」
「すまないねえミイア。私ももう歳かねえ…」
「そんなことないですよ。まだまだ元気じゃないですか。では失礼しますね」
軽口を挟みながらミイアがカウンターの内側に入るとミー婆さんという猫耳のお婆さんと場所を変わる。
せっかく疲れる思いをして鎧兜鹿を討伐したのにこれでは報酬が出せないらしい。まあ疲れているのは俺だけなのだが。
「やはりおかしいですね」
「何かおかしいのか?」
「このギルド板には異常なく正常の魔力の流れを感じますし、壊れてる事は無いと思うのですが、ノクタスの街のギルドに討伐依頼達成報告をしても返信が来ません。王都のギルド本部からメールが来てますので開いても良いですか?」
ミイアは一度ミー婆さんに了承を取るとメールを開く。
「えっと。ノクタスの街に魔族軍の部隊を確認。各ギルドからランクC以上の冒険者を集う。集合場所は王都ギルド本部、出発は今から一週間後……」
メールの内容を読むにつれミイアの声が驚愕に染まって行き、メアは「なんでノクタスなんかに魔族軍が…」と顔面蒼白である。
「魔族ってそんなに怖いのか?」
「当たり前じゃないか! 奴らは人類の敵だ! 今もこうして私たちを襲っているではないか!」
俺の問いにメアが怒気を孕んだ声で答える。
その姿を見てやはり魔族も差別の対象なのだと知る。
彼女達と結婚しなかった理由は、妻子がいるとか、未成年だからだとかいう理由ももちろんあるのだが、自分が魔族だという事も大きかった。
だからこれは、この俺にはもったいない程のできた娘達を俺自身から守るためにもこのぬるま湯から出るいい機会なのかもしれない。
「ミイア、メア、俺は今からノクタスの街に行きメアの家族やそこに住む人間を助けにいく」
「は?」
「…え?」
突然の告白に驚愕する二人。軍というくらいなのだから魔族軍は戦闘訓練された部隊なのだろうし、軍と言えるだけの兵も揃えているはずだ。
なのにクロは一人で全員助け出すと言いだしたのだ。驚かないはずがない。
「待てクロ! 王都から人間側の軍が来るまで辛抱しろ!」
「それじゃいくらお前のお父さんやノクタスにいる冒険者達が強くても間に合わないんじゃないか?」
「……ッ」
「い、嫌です! それでクロさんを失いたくない!」
クロの言葉で押し黙ったメアに代わりミイアが口を開き叫ぶ。
クロ同様ミイアもクロに依存しかけているのだろう。もちろんミイア程じゃないがメアもその節が見える。
しかし、彼女達が俺を魔族だと知っても変わらず接してくれるのだろうか?
結局、俺はこの世界でも逃げ癖が治らないみたいである。しかし、自殺にしろ今回の件にしろ、その判断が間違ってないと思っているのもまた事実。
ミイアの言葉に返事をせずストレージから魔銃・雷鳴と魔刀・雷切を取り出すとミイアに雷鳴、メアに雷切を渡す。
「もしかしたら残党がここに流れてくるかもしれない。その場合を想定してこれをお前達に貸し渡す」
そう言いながらメニュー画面を開き武器の持ち主欄に自分の名前の他にメアとミイア、それぞれの名前を入れる。これでメア達もこの武器を使えるはずだ。
「その武器をお前達も使えるようにした。使いこなすには時間がかかるかもしれないが、それでも威力は絶大なはずだ」
「だったら私もクロと一緒に戦うわ! 心が壊れてしまっている私はクロがいてくれないとダメなの!」
「私も一緒に行くぞ! わ、私だって、たった数日かもしれないが気がついたらミイアに負けないくらい好きになっていた!」
二人の悲痛な叫び。そして俺は二人に問う。
「俺が魔族だとしてもか?」
「そんあわけないだろ? 現にクロの肌の色は魔族には珍しいベージュベーで……ひっ!?」
「あ…ぁあ…」
メアの言葉は途中で止まり、メアとミイア、二人の顔は恐怖に染まる。
それもそのはずである。目の前にいきなり巨大な黒竜が現れたのだ。爪一つ一つ、牙の一本一本、鋭く赤い目に漆黒の巨躯、それら全てが死を連想させる。
「我が主、魔族の王を人間と申すか。万死に値する失言だぞ小娘共よ!」
急に現れた黒竜は、メア達に吠える。死して償えと。
「やめろバハムート。こいつらは俺の大事な人達だ」
「……むう…かしこまった」
このバハムートという名前の黒竜はゲーム時代に課金で手に入れた超絶レア召喚獣である。その召喚獣を物は試しと召喚してみたのだが、巨大なのはまだいいがまさか喋るとは思わなっかたので内心焦る。
そしてクロはさらに麻の服からこの世界で最初に着ていた馴染み深いゲーム時代の装備に変える。
「ば、化物……来ないで…っ!」
「私たちを騙したのかクロ、いや…魔王! …最低だな、お前は。 やはり魔族は魔族だという事か」
メアとミイアの口から溢れる言葉は恐怖と畏怖で溢れていた。それで良いと思う。
多分このままズルズルと関係を続けていたらきっとこんなに簡単にはいかないだろう。きっと今以上にお互い長い時間苦しむはずだ。
「ああ、俺は最低だな」
そう、俺は最低な人間である。自分が消える事でしか守れないのだから。
「バハムート、ナビゲートするから俺をそこまで連れて行ってくれ」
「かしこまった」
そして俺は黒竜の背中に乗ると中二病臭が強い名前を呼び命令する。
大気を魔力で掴み飛び立つ黒竜の力強い羽ばたきが起こす暴風の中渡した武器を握り絞めメアとミイアが俺の方を睨んでいるのが見えた。
「良かったのですか?」
「……ああ」
みんな幸せハッピーエンドなんてものは夢物語である。誰か不幸になる代わりに誰かが幸せになるか、全員不幸になるのか。現実なんてものはそんなもんだと前の世界で嫌が応に思い知らされた。
だがやはり、人に嫌われるというものは幾度経験しても慣れないものだ。
だからこそ―――
「良かったんじゃないのか?」
そう思いたい。
日本で暮らしていた時の知識だと※主人公がテンプレ異世界冒険物語が好きであった事がうかがえる