ハーレム要員
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フレイムと決闘して約一週間、あれからグリフォンの親以上の魔獣は出現せずクロやフレイムが前線に出るほどの脅威も無い比較的平和な日々が続いていた。
あれから変わった事と言えば二つある。
一つはメアとミイアを婚約者として認めた事である。
認めたと言っても他の婚約者達と違い初夜が無かった為メアとミイア、特にミイアが血の涙を流し泣いていたのは記憶に新しい。
というのも他の婚約者達がそれを認めず「婚約できるだけで今は有り難いと思いなさい」とサラの、婚約者代表としての有り難い言葉を、自らの行なったクロを裏切るとも言える行為を未だ悔いているメアとミイアは断腸の思いで受け入れる形になった。
そしてもう一つはあの決闘から常に視線を感じている事である。
本人は隠れているつもりなのだろうが誰が見てもバレバレであり、その奇行もといストーカー行為を見た部下ないし冒険者達は指摘するどころか関わりたくないとばかりに安全圏へと逃げ出す、もしくは気付かないフリして野次馬と化す始末である。
「まったく……飯ぐらい気兼ねなく食いたいんだがね……」
そして現在、砦付近に複数ある飲食店のうちの一つ、青空亭で食事をとっているのだが、自分の死角になる席に座っているフレイムをマップを開き確認するとまたかという気持ちになる。
死角の席に座るのは良いがフレイム自身が有名人の為周りの反応で嫌でも気付いてしまう。
「どうしたのですか?クロ。少し顔色が芳しく無いように見えるのですが………」
そんな俺の心情の変化に一緒に来ていたターニャが気付き、対面に座っている為隣まで移動すると熱の有無をおデコをくっ付ける方法で確認をとってくれる。
それと同時に周囲の温度が若干上昇し、客がさり気なく居なくなって来ている気がする。
「熱は無いみたいですね。ですが具合は悪そうなので、私が食べさせてあげますね」
そしてターニャは熱の有無を確認し終えると、今度はクロが頼んだ日替わり定食のおかずを練習したのだろう箸で上手に掴み取ると手皿を添えながら「あーん」という効果音と共にクロの口元へ運んで行く。
「……ったく、恥ずかしいからこの一口だけだぞ?」
「却下します」
このバカップル全開の羞恥プレイをすぐにでも辞めて欲しいのだが嬉しそうにはにかみながら「はい、あーん」と続けるターニャを見て、羞恥プレイの対価がターニャの幸せそうな表情であるならば止む無しと思ってしまうあたりクロもバカップル脳になっているのであろう。
「こ、ここここ、公衆の面前で何て破廉恥な行為を行なっているんだお前!?」
しかし、その行為を一部始終盗み見ていたフレイムはその熱に当てられ我慢の限界だったのだろう。
ストーカー行為をしている事も忘れて顔を真っ赤にしながら指摘してくる。
「何って幸せを撒き散らしているだけですが?」
普段温厚なターニャなのだがクロとの時間を邪魔された時だけはその限りではない。
ターニャにとってクロと二人でいられる時間というのは唯一無二であり至福の時間である。
またその時間もクロに婚約者が多い為中々作れない貴重な時間なのである。
夜はお互い婚約者同士で決めたシフトでクロと二人になれる日を作っているのだがそれ以外は決まっておらず、またただでさえ多い婚約者が自分以外全員出払ったとしても奴隷のアル・ヴァレンタインと後日養子手続きをする事が決まったルル・エストワレーゼ、更にクロのメイドである楓が常に周りにいるのである。
故に今この時間は本来出来るはずのないとんでもなく貴重な時間という事である。
当然普通に過ごしただけではそんな奇跡は起きるはずもなくターニャが以前から計画し、やっと手に入れた貴重な時間なのである。
そんな貴重な時間に水を差されたターニャはかけているメガネを中指で押し上げ位置を調整すると鼻息荒くフレイムを睨み付ける。
「まあ落ち着けターニャ」
「で、でも……」
今にも闘牛よろしく突進しそうなターニャの頭をクロは少し乱雑に撫でてあげるとターニャの表情は一気に緩みニヤケだすのだが、水を差された事はやはり納得いかないようである。
それでもクロに撫で続けられるとその事すら些細な事だと思える程幸せそうな表情をしだす。
その一連の流れをフレイムは物凄く羨ましそうに眺め、しかしその目は嫉妬に染まっている事にフレイム本人は気付けないでいる。
「で、良い機会だから聞くが何で最近俺を尾行しているんだ?」
「は?バカじゃねーの?不細工で枯枝のような身体で女みたいなお前を誰が尾行するかよ!自意識過剰なんじゃ無いのか?」
「………そ、そうか」
「何悲しそうな顔をしてんだよ!これじゃあ私が悪いみたいじゃあないか!ほんっとに女々しい奴だな!気分が悪いから帰らしてもらう!」
今現在は美形と言っても差し支えない顔を持っているクロなのだが前世ではお世辞でもイケメンと呼ばれる部類の人間では無かった。
その為フレイムの放った不細工という言葉に反応してしまい、それを感じ取ったフレイムがワタワタと慌てだすと気分が悪いと銅貨四枚を机に勢い良く置きその勢いのままクロがいる店から出て行く。
「ったく、どうなってしまったんだ、私は」
そう一人呟くとフレイムは遠くの方で仲睦まじく商店が並ぶ路地を歩くクロとターニャを盗み見る。
幸せそうな二人の姿、特にクロの幸せそうな顔を見ると胸が締め付けられどうにかなりそうである。
この言い様のない感情を一時は恋してしまったのかと思いもしたのだが、そもそも私の好みはクロと真逆である事からそれは無いと一蹴する。
しかしながらこの感情が何なのか知るためにいつの間にかクロを尾行してしまっている自分がいる。
けしてクロが気になって仕方がないとかではないと言っておこう。あんな髪も伸ばして女みたいな奴の事なんか好きになる訳がないからな。
「何をコソコソとやっているんですかフレイム。側から見れば完璧に変質者ですよ?」
「ひゃうっ!?び、びび、ビックリさせんなよサラ!」
そんなこんなでクロとその婚約者であるターニャと一悶着があった後飲食店で逃げる様に退店したは良いものの、気付いたらまたクロを尾行している時にいきなりサラに話しかけられて思わず淑女の様な声を出してしまう。
「私は普通に声をかけただけです。勝手にビックリしたのはフレイムの方でしょう。」
「……いんや、サラのタイミングが悪い………てか服がボロボロじゃねーかよ」
柄にもない悲鳴を上げてしまい羞恥心を誤魔化す様にサラを睨み付けるのだが、サラの衣服が所々傷んでいるのに気付く。
一体今まで何をすればここまでボロボロになるのか、喧嘩でもしない限りそこまでボロボロにはならないだろうがこの砦にサラをここまでボロボロに出来る奴がいるとも思えない。
「ああ、先ほどまでターニャが「今日一日多く魔獣を狩った者にクロが身に付けている物を一つ差し上げるというゲームはどうでしょう?」という提案がきっかけで魔獣を狩り尽くしていたんですが、アルが狩りながら私の邪魔をしだしたところで三つ巴の戦いになりまして………」
ちょっと恥ずかしいエピソードの様に語るサラなのだが、サラの話が本当なら魔獣狩に参加したクロの周りにいる女性達はサラと同等もしくはそれ以上の強さを持っているという可能性がある事に驚愕を隠し得ない。
もしそんな奴らがいたのなら私の耳に入って来ていてもおかしくないと思うのだが、あいにくとそういう情報は一切入って来ていない為サラ対多数なのではと自己完結する。
「まあサラも多勢に無勢だと厳しいか」
「何を言っているのです。むしろ私が多勢側ですよ」
「そうだよな、徒党を組まれちゃいくらサラとも言えど………え?」
ちょっと待って欲しい。今のサラは何と言った?あの言いようではサラが徒党を組まないと勝てない相手がいるかのようではないか。
いやいやいや、そんな訳がないだろう。グリフォンの親をテイムするような奴なのだぞ!?
「最近ではキンバリーやターニャもクロの教えと獣人特有の身体能力も相まってメキメキと強くなって来てますし、アルは大技に頼らず小技を上手く使う練習が身になって来ているようですし、楓とルルに至っては最早規格外………メアとミイアもいつの間にかトリプルSレベルの強さを身に付けていましたし、その事からもグリフォンの親をテイムできたのは朗報でしたね」
「ちょっと待って!え?サラはあのハーレム要員の中で何番目に強いんだ………?」
地味に嫌な汗をかきはじめた私を置き去りにサラが感慨深げに話だし、その内容が内容だけに思わず止めてしまうとともに嫌な汗が油汗に変わる。
「ハーレム要員って、他に言いようがあるでしょう………そうですね、間違い無く私より強いのはアル、ルル、楓でその次に私とメア、ミイアが並びそのすぐ後ろにキンバリーとターニャが迫ってきている感じですかね?」
「………サラが良くて四番目とかクロとそのハーレム要員達で国を落とせるんじゃ無いか……?」
「クロ一人で出来ますが」
あくまで冗談のつもりで言った国落としをサラはクロ一人で十分だと言ってのけやがる。しかもさも当たり前の事のようにである。
そしてクロが初めてこの要塞都市に訪れた時のあの緊張感のカケラもない態度も納得である。
「も、もしかして……クロがいるだけで今回の氾濫を回避できるんじゃないのか?」
「普通に出来そうだからよくよく考えたら恐ろしいですね」
国落としが出来る程の実力者ならまさかと思いサラに聞くとそれが当たり前のようにで出来ると言い放ち「むしろクロならやりかねませんね」と言うと可笑しそうにクスクス笑い出す。
その時に左手で口元を隠し笑うサラを見て銀色に光る指輪が指にはめられている事に気付き、一度気付いてしまえば他の事も気になりだす。
サラはその指輪を時折幸せそうに見つめていたりいじったりと五分に一回はしているのである。
「サラがそう言うのならサラの枯れ枝みたいなクロは一人で氾濫を止めれるのだろうな………ところでさっきから指輪をいじっているのだが、どうしてだ?」