テイム
「苦戦しているようですね」
「……なんで来た? あの鷲擬きなど私一人で十分だ」
それは嘘である。
このグリフォンに敵わないであろう事は闘っている私が一番分かっている。だからと言って負けを認めたわけではなく、獣相手なのだ。いずれ隙は生まれ、そこから勝機を切り開いていくつもりだった。
「嘘おっしゃい。 今のあなたは一か八かの賭けに出た時と同じ顔をしているんですから。 全く、そんなんだから賭け事に弱いんですよ」
しかしそんな強がりもサラにはお見通しだったみたいで、相変わらず憎まれ口を叩きながらも助けに来てくれたみたいである。
その以前と変わらぬサラに昔のサラと重ね頼もしく思ってしまう。
以前と違うのは目の前のグリフォンに対する姿勢。
私とグリフォンの戦いを見ていたのなら、以前のサラならこれ程までリラックスしていないだろう。
今横にいるサラからはまるで緊張感が感じられない。
「………男、か」
「……男?私の夫の事ですか?」
女が変わるとすればそれは男絡みであろう。
そう思っていると思っていた事が口から出てたみたいである。
その小さな呟きを耳聡くサラが聞いていたみたいで質問で返して来る。
「いや……本当、変わったなと」
「まぁね。一応滑り込みではあるものの幸せを勝ち取ったわけですし?」
何故だろう? サラの言い方とあの表情を見るとぶん殴りたくなるのは。
未だ彼氏の一人もできない私をバカにしているのか? そうなのだろう。
「はっ、あんなヒョロイくて雑魚そうな男を捕まえてよくそんな顔で自慢出来るな! 聞かされるこっちが恥ずかしいわ! 私はあんたと違って筋骨隆々として男らしく、そしてイケメンを見付けて結婚してやるわ!」
決して悔しいわけではない。それだけは言っておかなければ私の沽券にかかわる為サラに言い返す。
そう。 友に先を越され悔しいわけではないのだ。
しかしサラはそんな私を可哀想な表情で見つめてくる。
選り好み出来る年齢過ぎてますよ?
と言いたそうな表情である。
「年齢考えて妥協しましょうよ?」
実際似た様な事を言って来やがるあたり彼女は私の魅力を知らないのだろう可哀想に。
夜になれば縦横無尽に駆け巡る妖精である事に………未だ処女なのは内緒だが、私ならきっと大丈夫だろう。
そんな私達の事を興味深げに観察していたグリフォンなのだが、そろそろ遊びも終わりみたいである。
グリフォンの周りに無数の竜巻が生まれて来ているのが見える。
「来るぞ…」
「分かっています」
次の瞬間にはサラが空中を目にも留まらぬ速さで駆けて行く。
サラの動きは最早以前の彼女とは比べ物にならない程のスピードでグリフォンを翻弄していく。
その姿はまるでグリフォンとダンスを踊っているかの様で思わず魅入ってしまう。
「凄いな…」
グリフォンの攻撃は鋭さを増し、明らかに私と闘っていた時よりもグリフォンの動きは多彩になっており様々な攻撃方法でもってサラと相対している。
その事から私はあのグリフォンに手加減されて遊ばれていたのが嫌でも分かってしまう。
「スキル【抜刀・居合斬り】空中弱・空中中・空中強・ジャンプキャンセル・空中弱・空中中・空中強……喰らいなさい。武器スキル【轟雷鳴斬】」
そんな中、サラは隙とも言えない様な隙を突くと見たこともないスキルを駆使し連続技を当てて行く。
そして最後にサラ自身が雷になってしまったかの様な技をグリフォンに撃ち下ろし、着地する。
強い……。
ただただその事しか思いつけない程、サラはあのグリフォンに対して圧倒していた。
まさに剣帝という二つ名に負けるとも劣らない相応しい強さである。
サラにより強烈な技を喰らったグリフォンは技の追加効果だろうか感電して動けなくなっている。
にも関わらずサラはトドメを刺そうとせず静かに、しかし堂々とグリフォンへと歩み寄って行くと耳を疑う事をサラはグリフォンに語り掛ける。
「トドメを刺す前に貴方に問いましょう。私の配下になるか、ここで死ぬか選びなさい」
まるで目の前に平伏すグリフォンが人間の言葉が分かるとでもいうのか?
そう思うものの目の前のグリフォンはゆっくりと立ち上がるとサラの前で、まるで忠誠を誓うかの様に頭を平伏したのである。
魔獣が人の言葉を理解するというのか?
そう思わずにはいられない。
「よろしい。では無色の魔術段位一【魔獣隷属】」
そしてグリフォンは目立った抵抗も見せずサラに隷属させてしまい、その身体には隷属の証である紋様が身体に浮き出て来る。
その光景はどこか幻想的で夢でも見ているかの様である。
「まだ魔獣の氾濫は始まったばかりですのでここでこのグリフォンをテイム出来た事は朗報でしょう」
「お……お、おお」
「……どうしたんですか? 金魚の様に口をパクパクと……」
「お前はどれ程強くなったと言うのだ!! グリフォンの親を単独で圧倒するなんて聞いたことも無いぞ! しかもそのグリフォンを隷属させるなんてイかれてやがる!! 頭おかしいんじゃないのかお前は!?」
そう吠えるフレイムの目線の先には先ほどテイムされたグリフォンがサラに擦り寄り、喉を鳴らしている。
その姿だけを見ると非常に可愛らしく思ってしまい、先ほどまで命のやり取りをしていた魔獣とはとても思えない。
「以前の私でしたらフレイムと同じ感覚だったのでしょうが、それ以上に規格外が身近にいますのでもう慣れましたね。こう見えて私の夫は私より強いんですよ?」
「ちょっと待て!! あのヒョロヒョロが今のサラより強いワケがなかろう!」
「残念でちゅけど私よりちゅよいんでちゅよー」
テイムしたグリフォンを撫でくり回しながら明らかに喧嘩を売って来るサラに殺意が湧き上がるが、見え透いた嘘を並べて保身に走ってしまっているだろうサラの姿をみてああはなりたくないと、私が抱いている殺意も急速に萎んで行くのが分かる。
「いくら見栄を張りたいからってそれは幾ら何でもないだろう。 もう少しまともな嘘をついたらどうなんだ?」
「よーしよしよし 。なんか行き遅れ間近のお友達がなんか言ってますねー。 わしゃわしゃわしゃ」
これもう間違いなく喧嘩を売っているよな? 殴っても良いよな? サラの方が強くなっているとかそんなもんは関係ない。
「そぉの喧嘩、買ってやらあ!! 死にさらせ!! 火の魔獣段位三【煉獄】」
「早くも更年期障害で情緒不安定ですかね? 嫉妬していると素直に認めれば良いではないですか! 夫のバフが切れていますので今のはシャレになりませんよ!?」
「知るか! 貴様だけ幸せになりやがって!! 貴様だけは! 貴様だけは私の先を越さないと思っていたのに!! 裏切りやがったな!?」
泣いていた。
人目もはばからずに涙を流し鼻水も垂らし泣いていた。
サラと私は異性のタイプが似ている為、もしどちらかが結婚するのならばお互い紹介して二人の夫にしようという約束もしていた。
逆にいうとそれ程までに焦っていたとも言えるのだが、だからと言って二人とも妥協することも無くこのまま歳を取り、寂しい余生を過ごすのでは? という恐怖にも似た寂しさが夜風と共に去来し寝れない夜も幾度となく過ごした事もある。
「妥協なんて認めないぞ! あんな、弱そうな男性! 私達は、異性の男性には守る側ではなく守られる側でいたいとお互い話し合っていたではないか!? あれは嘘だったのか!?」
「……で、俺に決闘を申し込んだ…と?」
「そうだ! 枯れ枝のような貴様が私の親友であるサラよりも強い訳がないだろう! だからお前に勝ってサラの目を覚ましてやるんだよ!」
砦の内側にある広場の中心にフレイムの声が響き渡る。
その声に何処からか決闘の情報を聞き入れた野次馬のボルテージは上がり、ただでさえ娯楽の少ない場所で行われる数少ない娯楽に兵士も冒険者も興奮を抑え切れない様である。
その周囲の中にクロの婚約者や主人を馬鹿にされ怒りを露わにした奴隷達の中に一際怒り心頭といった感じのサラが見え、クロは溜息をつくとこうなった事の顛末を思い出す。
まさか討伐せずにグリフォンをテイムし終え帰って来たかと思うと何故かボロボロのサラの隣にいる、同じくボロボロになっているフレイムがクロに開口一番決闘を申し込んで来たのである。
「はあ………で、ハンデはどうする?」
先ほどのグリフォンとの闘いを見てフレイムは炎属性を封じられると何も出来なくなるだろうとクロは踏んでいる。
属性一つ封じる手段など幾らでも思い付く為はっきり言って今のままでは話にならない。 その為クロはフレイムにハンデの提案をしてみるも何故かフレイムの怒りが増している事に激しく逆立ち始めたフレイムの美しく輝く赤髪が教えてくれる。
「は、ハンデだと!? 何処までも腑抜けた野郎だ! 男性が女性にハンデを乞う行為を恥ずかしく思わなのか貴様は!? そしてその答えだが、私がお前にハンデをやる訳がなかろうが!!」
「いやそうじゃなくてだな………もう良い。 勝手だがハンデを付けさせてもらう。 俺はこの試合にスキルも魔術も使わない」
隊長でもあるフレイムの為にも完封され恥をかかせない為にハンデを提案したのだが当のフレイムは勘違いし激昂している為に話にならず、仕方なくではあるもののフレイムの許可を取らず自分に課すハンデを決める。
しかしその事が更にフレイムを怒らせ、狂犬でも大人しいのでは?と思える程吠えていたフレイムが静かになり、その表情からは怒りの質が変わり憤怒から明確な殺意に変わったのが嫌が応にも解らさせられる。
「言いたい事はそれだけか?」
「そうですね。 あとはこの試合を消化してこの理不尽なイベントも終わりです」
そう言うとクロは装備一式をストレージから選び装備すると挑発的な目線をフレイムに向ける。
ちなみに今回の装備はいつもの魔王ルックス装備では無く侍職用装備である。
侍職用装備といっても見た目は侍ぽさは残しているもののどちらかと言えば騎士と言った方がしっくりくる出で立ちである。
しかしその佇まいは騎士ではなく侍と言った方がしっくり来るだろう。
「見たこともない構えをして……私をおちょくってるのか?」
「それは今からやるこの試合で分かるだろ」
「それもそうだな。 では存分に潰させてもらう!死ねやおらぁあ!!」
クロの見たこと無い装備や佇まいに苛立ちを隠しもしないフレイムなのだがこの為に呼ばれた審判役の副隊長でもあるフェーゴ・ドルフによる試合開始の合図を待たずにフレイムはクロ目掛けて五メートルは離れていた間合いを詰め、斬りつけて来る。
その素早さは電光石火の如く、剣から生じる風圧と火の粉がクロに降りかかる。
その後も凄まじい攻撃がクロを襲って来るもクロはそれを一つ一つ丁寧にかつ華麗にかわしいなしていく。
この役半年間クロはタブレットで侍職トップランカーの映像を観て盗み時にダウンロードし立体映像化させながら細部に渡り自分の物にしていったのである。
といっても付け焼き刃には変わりない為サラに相手をしてもらったりして何とか物にして来た。
とは言うもののやはり付け焼き刃には変わり無く、装備で補っているのだがフレイムと渡り合えている事が今までの努力が身になり始めていると実感できる。
そしてその事がクロは嬉しく思い思わず口元がにやけてしまうのだが逆にフレイムを怒らせるには十分だったみたいである。
「ニヤニヤと笑いやがって! 私の攻撃など余裕で捌けると馬鹿にしているのか!?」
「いや、結構ギリギリなんだがな」
この半年間ゲームの移動方法と攻撃方法、そして攻略方法であると自分を騙し本気で詰め込みその成果が出たのだ。
久しぶりに感じるゲーマーとしての高揚感に浸っているのも事実だがフレイムの攻撃は鋭く武器や装備の恩恵を受けて尚且つギリギリの攻防であるのもまた事実である。
やはり半年では装備をちゃんとしないとまともに相手に出来ないか……まだまだ練習が必要だな。
「ちょこまかと避けやがって! スキル【炎剛斬】」
避ける事に集中する事によりギリギリではあるものの避けきれているクロに対し業を煮やしたのかフレイムが大技ではあるものの大振りであるスキルをぶっ放して来る。