一番の原因
「スキル【スラッシュ】」
「なっ!?…きゃうっ!!」
「レニア!?」
レニアは懐に潜られたクルムにより至近距離からスキルを放たれ後方壁際まで吹き飛ぶ。
そしてその光景に意識を向けてしまったエシリアは先程スキル【スラッシュ】を撃ったクルムから目線を外し吹き飛ばされたレニアへと意識を向けると次の瞬間には死角からクルムにより同じくスキル【スラッシュ】を撃たれレニア同様に吹き飛ばされる。
さらにクルムは間髪入れずユーコへと矢の様に駆けると自信が持てる最大威力のスキル【竜爪の一振り】を発動しユーコ目掛けて撃ち放つ。
クルムから放たれたスキルはユーコでは既に避ける事が出来ないタイミングで撃ち放なたれておりユーコの顔は驚愕の表情に染まる。
「我々の負けだ」
「……………ホント、化け物ね」
しかしクルムから放たれたスキルはユーコには当たらず、その講師であるクロによって阻まれる。
その結果にクルムは自身のチームの勝利よりもただただクロの強さに驚かされる。
クロは先程まで闘技場端で観戦していたのだ。
とてもじゃ無いがそこからユーコに放ったクルムのスキルを防ぐだけでは無くクルムが放てる最大威力のスキル【竜爪の一振り】を舞い散る木の葉を弾くかの如く簡単にあしらったのである。
あの戦いを盗み見していたクルムにとってはクロなら出来るだろうと思ってはいたがただただ規格外すぎてやはり驚かされてしまう。
「否定はしないが人生一度きりだ。たかが学生の試合でその命を燃やしてまで勝とうとするな。やるとすれば大切な何かを護る時に使え」
「ぐぅっ」
クロに脇腹を突かれ痛みが全身に走る。
それもそのはずですレニアとエシリアによる高段位高威力の魔術を喰らって此処まで動けるのは単にスキル【悪魔の取引】を使い自らの寿命を対価に身体強化とスキル威力強化を施していた為、それが解除された現在、クルムは全身の痛みで立っているのですら不思議なくらいなのである。
しかし、クロの発言には一言言い返さなければ気が済まない。
「たかが学生の試合では無くわたくしにとってはこの試合は命を賭けてっも良いと思えるひと試合なのですわ。先程の言葉撤回してください」
クルムが真っ直ぐな目をクロに向けそう言った瞬間クルムの頬から乾いた音が闘技場に短く鳴り響く。
「っ!?な、なんで貴方に叩かれなくては……っ」
いきなりクロに叩かれ一瞬クルムは何をされたのか理解できていなかったのだが理解して行くとともにクロに怒声を上げようとするのだが悲しみと後悔と未練と諦めがなどが入り混じった表情で泣くのを我慢し、しかしそれでも溢れる涙を零すまいとするクロの姿を見てしまい、言葉に詰まってしまう。
他人に説教垂れる死に方してないんだがな……。
そう思うもクロはクルムの目を見て話し出す。
「こんな大会で負けても最悪死にはしないだろ?そのスキルはそんな時に使う為にお前の師匠が託した訳では無いはずだ。こんな世界だからこそ自分の為ではなく誰かの為に使う為に君達に託されたスキルなんじゃ無いのか?まぁ、……クルムの気持ちも分からないでは無いがな」
そう言うとクロは優しく微笑むとクルムの頭をガシガシと撫でてやるとクルムはクロの胸に顔を埋め声を押し殺して泣きだしてしまい、今度は優しくクルムの頭を撫でてやる。
「全く…これじゃ誰の師匠かわかったもんじゃねーな、大魔王さんよ」
「はは……まぁ、貴方がどの様な方かって事はクルム達の戦い方を見ればある程度分かりますし、道を外す若者がいたらちゃんと叱るのは誰の師匠とか関係なく大人の仕事だと思いますから」
クロの言葉を聞きお前もまだガキじゃねぇかとクルムの師匠ビンセント・モルツは思ってしまうのだがクロの考えと自分と自分の考えが同じである事と、クロの表情をみてあえてそこは言わないでおく。
その表情を見てクロもまた少なからず自分と同じ境遇にあったのだと分かってしまう。
自分の命を失ってでも守りたかった者がいたであろクロの表情を。
この世界は力が全て……それは結局向こうも同じで法律という一種の力で社会の秩序を保っていた。ここではそれが上手く機能しないから腕力に限った話ではなくあらゆる面でそれに見合った強いものが正しい……勝てば官軍負ければ賊軍がまかり通る世界。
だからこそビンセントは自分の生徒に仕切りに強さこそが正しさと教えて来たのだろう。ある意味その差がレニア達の敗因である事は間違いない。
生き残る強さを教える武術とスポーツとして教える武術の差とでも言えばしっくり来る。
すなわちレニア達の敗因の一番の原因はクロだろう。
ビンセント・モルツは本気で生徒達、そしてこの世界の理不尽さと向き合いその理不尽な出来事を跳ね返し生き残れる強さを教え、かたやクロは試合に勝つ方法、あくまでも生死とは一線引いたところでレニア達を指導していたのだ。
結局未だ向こうの世界の常識を引きずっている自分に心底嫌になる。
頭では分かっていても分かっているだけだったのだろう。
「まぁ、お前の弟子達を見れば俺もお前がどういう奴なのかある程度は理解出来るからな……ただ俺は個人で生きてく強さを教えお前は仲間と生きてく強さを教えて今回はたまたま俺の生徒が勝っただけだ」
だから今回の事は気にするなと言ってくれたビンセント・モルツだからこそクロの生徒は負けたのだろう。
◇◆◆◇
「「「お師匠様すみませんでしたぁっ!!」」」
本日何度目かの謝罪を涙と鼻水でくしゃくしゃになりながらクロに詫びるとその顔をクロの胸になすりつけるレニア達の姿がここ居酒屋七剣伝にあった。
これでもまだマシな方で試合が終わった後数時間は声にならない声でただただ泣いていたのだからクロに詫び鼻水まみれに出来るようになっただけマシになったといえよう。
いや、これはこれでクロにとっては逆に良くないのだが。
「別に謝るようなことではないだろう。むしろたった半年という期間で良く決勝まで駒を進めてくれたお前達を俺は誇らしく思うよ」
「「「お師匠様ぁっ!!」」」
そしてクロが何か言う度に涙と鼻水をなすりつけて来るのだからもはやクロの服と彼女達の顔はR15指定のラインを一直線で駆け抜けるポテンシャルを秘めている事だけは確かである。
「それでクロはこれからどうするつもりなのです?正式な講師として学園に残るのですか?」
「そうだな……多分近いうちにこの街から出るだろうな……」
そんな中サラがクロにこれからの活動を聞いて来たのでこの街から出る事を告げるとレニア達以外、サラを含めクロの彼女達はさして驚く様子も見せないのでクロからすれば違和感を感じ得ない。
「お師匠が……」
「この街から……」
「いなくなる……」
逆にレニア達は先程までクロの彼女達の目の前でこれ見よがしに抱きついていたのだがクロがこの街から出て行く旨を聞くと一様に驚愕し、収まり始めた涙がまたしても溢れでて来ようとし始める。
「流石にここまでクロの事を街の人間が大魔王と呼ばれる様になったらね……」
「ま、私はいつでもこの街を出ていける準備はしているから良いんだけど……そこの元婚約者さん達も付いて行きたそうだし尚更よね」
サラがこの街を出て行く理由を推測し、キンバリーはクロが出て行くなら付いて行くと宣言する。
それを皮切りにサラとターニャもクロに付いて行くとキンバリーに続く。
「別にデモンズゲートが有るから無理について来る必要はな……」
「必要無いなんて言ったらシバくので、シバかれたいのでしたらその後をどうぞ」
「……すみませんでした」
クロからすれば今の生活を捨ててでも付いて来てくれようとする気持ちだけで十分であり会おうと思えばデモンズゲートですぐ会える為、この街に残る様に言おうとしたのだがサラの威圧によりとてもじゃないがその先を言えるような度胸と勇気はクロには無かった。
「わ、私達もお師匠に付いて行きたいのですけど……この大会の結果を故郷に伝える為に一度帰郷しなければならないので……」
そしてレニア達はこれからそれぞれの故郷に一度帰郷するとの事で少し寂しげにしているのだが、何かを期待するような目でもじもじしながらクロの胸板に抱きついているレニアが上目遣いでクロを見つめて来る。
「なっ!?卑怯ですわよレニア!!お、お師匠様……レニアの故郷よりも私の故郷に一緒に行きませんかっ!?」
「お師匠様こんな二人のド田舎の故郷なんかよりも私の故郷の方が素晴らしいですから是非私の故郷に一緒に来られた方がきっと良いのではないでしょうか?」
「なっ、そう言うエシリアの故郷だってド田舎ではないですか!!」
「そうですわよ!!」
レニア、ユーコ、エシリアがお互いに自分の故郷にクロを誘い、その際ユーコとエシリアはレニア同様にクロに身体を密着させる。
そこには友情の枠を超えた女の三つ巴の戦いが繰り広げられようとしているのだがクロの彼女の手前レニア達はクロに抱きつく程度に収まっている。
彼女というストッパーがある状況でこれなのでもし居なければキスのひとつやふたつはとっくのうちに奪われていただろう。
大会で負けたってのが想像以上に彼女達を追い詰めているんだろうな……。
そう思うものの実は既に次に行く行き先は決まっている為クロとしては彼女達の願いを叶えてやりたいのだが彼女達の故郷に行く事は無理そうである。
「レニア達の故郷に行ってみたい気持ちは無いわけじゃないんだけど実はサラの母親でもあるアンナ・ヴィステンさんに次に行く街を決めて頂いているからそっちに行こうと思っている。すまんな」
もちろんそれは強制ではない為アンナさんに勧められた街へ行くのをやめてレニア達の故郷へ行く事にしても良いのだろうが、現在クロに依存しかけているであろうレニア達にはクロから少し離してやるのも彼女達の為なんじゃないかという想いも少なからずあったりする。
「いえ、私達もあわよくばとしか思っていなかったので…」
「お師匠様の考えがあるのならばそれを無下にはできませんものね」
「彼女ではないにもかかわらず図々しいですしね…」