第一回戦
天気は晴天雲ひとつもない青空が広がっている。
「スゲー観客の数だな」
「そそそ、それはそうですよ!」
「この学園都市の最大の行事である学生トーナメント【武闘大会】の第一回戦がこれから始まりますので……っ」
「観客の中には大貴族や王宮貴族もいるくらい大きな大会ですのよ?それ程のエンターテインメントであるという事ですの」
そしてクロの目の前に広がる景色は広大な地面に石で出来た壁に囲まれた円形の闘技場と凄まじい観客の数である。
そう、今日はレニア達が今までの努力を形にする行事、武闘大会の初日でもある。
しかもレニア達はその大会の初戦第一試合に割り当てられ今現在、緊張によりレニアは震え、エシリアはどんよりした雰囲気を撒き散らし、ユーコは自分の糸を使い無意識にあやとりを高速で編んでいく。
「両陣営……前へ!!」
そんな中審判で有ろう軽装備の鎧を着た男性がレニア達を呼ぶ声が聞こえて来ると、レニア達の緊張は更に跳ね上がってゆくのが手に取るように分かる。
しかしその緊張を取る上手い言葉を思い付かないクロはレニア達の頭をレニア、エシリア、ユーコの順でやや乱暴に撫でてゆく。
「何緊張してるんだよ。素直に楽しんでこい。そうじゃなきゃ損だぞ?こんな楽しい事は恐らく一生に置いて今の時期だけだ。勝っても負けても悔いが残っても残らなくても将来今日という日は大切な思い出になる。だったら何も考えず楽しんで来い」
それは本心から出た言葉である。青春真っ只中で有ろう彼女達はどっちに転んでも今日という日は甘酸っぱい青春の一ページとして刻まれるだろう。
だったらこの一秒一秒を純粋に楽しんでもらいたい。
「「「はいっ!!」」」
そして彼女達は嘘のように緊張が解け闘技場中心へと勢いよく駆け出していく。
その足取りは実に軽く、また自信に漲っていた。
「全く、クロと居るとどっちが年上か分からなくなるわね。レニア達と同年代と言うのが疑わしく思えます」
「はは……ほっとけ」
ちなみにクロのサポーターとして今まで手伝って来たサラも関係者として闘技場内に入れたらしくクロの隣に、誰かに見せ付ける様に自身の胸を形が変わるほどクロに押し付け腕を絡めて寄りかかっている。
そんなサラが惚れ直したとでも言いたげな表情でクロに話しかけてくる。
まぁ実際サラよりも年上なんだがな。
そう思うものの決して口にはせず代わりに乾いた笑いが出てしまう。
◇◆◆◇
「一回戦がお前達で安心したよ。いくら講師が才能有ろうとも生徒に才能が無きゃ意味ないのにな」
そう言い蔑んだ視線をレニア達に向けてくる対戦相手なのだが不思議と腹立たしく思えてこない。
そもそも彼が言っていることは正しく、未だにレニア達を師匠であるクロに手取り足取り諸説丁寧に、まるで十にも満たない子供に教えるかの如く解りやすく説明してもらい教えてもらい環境を整えて貰っているにも関わらず未だにその域を脱することが出来ないのである。
確かに習って半年しか経っていないと言う見方も出来るのだが其れでも不甲斐なさを感じずには居られない。
そして何よりも対戦相手はクロの実力を認めているという事実がレニア達を逆に喜ばさせていたのだが、試合前の舌戦で優位性を取ろうとした対戦相手は気付けづにいた。
「お師匠様の事を褒めていただきありがとうございます!!」
「グッ……減らず口を!!」
対戦相手は初めにレニア達の師匠の悪口を言いレニア達を怒らせ正気にさせないように戦いが始まる前に精神面を攻撃したのだが、舌戦による前哨戦はレニアによる一言が決め手となり本人が知らぬ間に勝利を収めてしまう。
「ではこれより武闘大会第一試合を始めます!!お互いに礼!………始め!」
そして審判の掛け声と共にレニア達の試合が始まる。
まず先に動いたのはレニアである。
その馬の下半身を活かし相手陣営へと一気に駆けて行く。
その後ろでエシリアが付いて行き、ユーコは動かずその場で止まり何やら指先を細かく動かしている。
「お師匠様に教えられた事その一、個々の役割分担を決め開幕どの様な動きをするか事前に決めておく……何とか成功ですわね」
そして後衛に回っているユーコは静かにそんな事を言うとレニアがランスを握る手を三回力を込めた事を開幕と同時にレニア達に張り巡らした極細の糸を伝いユーコに教えてくれ自分の与えられた役割を果たすため思考を試合へと集中させる。
「流石ユーコです!!練習以上の反応です!!えいや!!」
「やはり馬の下半身だけあって速い……なっ!?グフッ!!」
そしてユーコが自分の出したサインにタイムラグも殆ど感じることなく応えてくれその恩恵がユーコの糸を伝わり自身の身体に齎されたレニアは元々速い自身のスピードを更に一段階上がる。
そのスピードを乗せた渾身の突きをレニアは対戦相手の一人に放ち見事命中させる事に成功させるとレニアは右手を二回握りその後左手を一回握る。
その瞬間レニアは後ろに跳躍し、その下を文字どうり這うようにエシリアが前に出る。
「行きます!はっ!!」
そしてエシリアは相手の胸目掛けて鋭い一撃を白く輝くハルバートで一閃、そして間髪入れず身体を鋭く回転させて尻尾に装備している尻尾刀で切るつけるとハルバートを握る両手を二回強く握る。
その瞬間エシリアは慣性を無視した動きとスピードで飛ぶ様に後退する。
それと同時に相手の前衛は倒れ、中衛が露わになる。
その中衛目掛けて真上から不自然な光が煌めきとっさに中衛は横へステップし移動するとランスを持ったレニアが降って来て先程まで中衛が居た場所の地面に深く一撃を入れていた。
レニア達の空間を広く使うこの戦い方に対戦相手はある種の恐怖を植え付けられる。
上下左右に前衛中衛の入れ替わりスキルを使わず攻撃しているにもかかわらずその一撃一撃は非常に重い。
更に本来なら攻撃魔法を撃ってくるはずの後衛は何もせず仕切りに手を動かすだけである。
そんな見たことも無い戦い方をする相手と戦う術を対戦相手は知らずただただ混乱するだけである。
「何なんだよ何なんだよ何なんだよ!!こんなの聞いていないんだよ!【龍尾の一振り】!」
そんな未知から来る恐怖に対戦相手は自身の持つ最高の一撃をレニアに向けて何も考えず放ってしまう。
「トントントンタン!」
そのスキルは今まで彼を数々の窮地から救ってくれた最も信頼出来るの一撃だった事は間違いない。
レニアは単に相手の攻撃をクロに教わったリズムに合わせて直前ガードをし硬直時間を無くすとスキル終わりに出来る致命的とも言える隙を狙おうとしただけなのだがそれ故に目の前の光景を受け入れる事が出来ないでいる。
そして彼等は知らない。レニア達が既にAランクの冒険者相手でも難なく立ち回れる事に。
「下段弱・下段中・足払い【刺突】下段弱・立ち中・ディレイ・立ち弱・立ち中・立ち強【雷撃】」
その瞬間闘技場から音が消え、その後に空気が震えるほどの歓声が響く。
◇◆◇◆
「は、初めて勝ちました!!」
「やりましたね!レニア!」
「ま…まぁ当然ですわね。なんたって私達の師はお師匠様ですもの……っ!」
そう言いながら実に嬉しそうに初戦を終えたレニア達が駆け寄ってくる。
初戦が始まるまでは不安だったのだがどうやら俺が教えて来た事はあながち間違いないでは無いと安堵し、駆け寄ってくるレニア達の頭を「よくやった」とやや乱暴に撫でてゆく。
「……………」
そして三人を褒めながら頭を撫でて行った先に何故か当たり前のようにサラの頭がそこにあった。
「わ、私もこの半年間クロのサポート役として頑張ってたので私も頭を撫でてもらう権利があると思います」
本来ならクロと一緒にレニア達を褒める立場ではないのだろうかと一瞬頭をよぎるのだが、普段クールなイメージが強いサラが上目使いで褒美をねだるというシチュエーションにそんな疑問も一瞬で消え去るほどの衝撃をクロは受ける。
しかしサラからすれば本当はこの様に何時もクロに甘えたいしイチャイチャしたいのだが、ただ単に普段は恥ずかしくて尻込みしてしまっているだけだという事に気付けないクロであるからこそ裏で朴念仁の唐変木と言われてしまうのも仕方の無い事だろう。
「たっく……お前も良く頑張ってくれて助かった。ありがとな」
「………ぁ………っ!」
そして労いの言葉とともにクロに撫でられたサラは実に嬉しそうな表情で幸福そうに目を瞑り、その幸せ絶頂と言わんばかりのサラの表情を見て複数の嫉妬が渦巻きはじめるのであった。
◇◆◇◆
「クロの生徒が初戦突破を祝して…乾杯!!」
日も落ちかけた夕暮れ時、クロの彼女達が行きつけの居酒屋でクロの生徒初戦突破を祝していつものメンバーが集まっていた。
唯一違う点はそこに普段いないクロがいる事と、新しい顔二人が加わっている事ぐらいである。
ちなみに明日も試合があるレニア達は緊張感を持続させる為にも体力的にも今日は既に帰宅させている。
というのも実はこの集まりはレニア達の初戦を祝う事は勿論なのだかもう一つクロ含めて集まった理由があり、その事もレニア達を呼べなかった要因だったりする。
そして今回の集まりの主役であるクロはというと先程から物凄い量の汗が噴き出し、顔色も真っ青である。
「えっと………ひ、久しぶりだな…!」
「お………おう」
「はわぁ……クロさんの匂い……あ……頭は撫で続けて下さい」
「あ……ああ」
ここ居酒屋七剣伝はこの世界では珍しく座敷の部屋がありクロ達はそこで胡座をかいているのだがクロの右隣りにはメア・トリステンが座っており、クロの膝の上にはミイア・アウフレヒトがクロに抱きつく様に座りクロの匂いを堪能している。
「で、この方達をクロの口から紹介して欲しいのですけど?クロ」
そしてその光景を前にしてサラがクロに問いかけ、その声音と表情からは一切の言い訳も許すまじと凄まじい圧力が上乗せられクロにのし掛かる。
「あ、ああ……右隣に座っているのがメア・トリステンで、俺の上に跨っているのがミイア・アウフレヒト………両方とも俺の元婚約者だった女性だ」
「よ……よかったぁ〜〜っ」
「ふぇ…よかったよがっだですぅ…」
「ほらもうターニャ…泣かない泣かない」
クロがそう説明するとサラ、ターニャ、キンバリーは安心した表情を見せ緊張が解けたのか深い溜息を吐くと力が抜けたのかサラとキンバリーは机に突っ伏し、ターニャに至っては泣き出す始末である。
しかし、クロのこの説明に納得いかない者が一人静かに反論する。
「まだクロとの婚約は正式に破棄されてはいません……っ」
そう言いミイアが後悔と不安が入り混じった瞳でクロを見る。
そしてそんな目を向けられ、ただでさえあの日の決断でメアとミイアに罪悪感を持つクロは自身の感情をそのまま口にしようとするも、しかしその口は柔らかい何かによって塞がれてしまいその先を言えなくなってしまう。
「す、すまないクロ!お前にそんな顔をさせる為にクロに会いに来たんじゃないんだ!あの……そのだな……
あ……あの時はすまなかった。クロが魔族ってだけで偏見し嫌悪して……やった事はミイアを苛めた奴らと何ら変わらないというのに…」
メアがクロの頭を自身の胸に埋める様に抱きしめしきりに謝ってくる。
そしてその度に幸せな柔らかさがクロを刺激し優しく包み込んで行くのだが、その光景を目にし『今更婚約者が現れたところでクロの所有物である私には関係の無い話』派である三人のうち一人、アル・ヴァレンタインの額に青筋が浮かびメアの胸と緩みきったクロの表情を視線だけで何人か殺せるのではないかという程の目を向けている事にクロは気付けない。




