街酒場の一席
そして冒険者風の女性従者二人に遅れてセラ、ウィンディーネ、ルシファーがクロ・フリートという男性の元へ駆け寄る姿が見える。
その姿からは圧倒的な強さを持つ戦乙女だという事は想像もつかず、むしろ恋に初心な街娘だと言われた方がしっくり来るだろう。
そんな彼女達、特にウィンディーネの姿を見て恋とまでは行かないも多少なりとも異性として気になり始めていたコンラッドは微かに胸が痛みだす。
それでもコンラッドは僅かながらに胸が痛むと知りつつも彼女から目を離せないでいる。
どうやら自分は思っていた以上に彼女に好意を寄せていたみたいだ。
「………ラッド大佐……コンラッド大佐ッ!!」
「な、なんだベッテン」
「……いくならんでも気を抜き過ぎです………」
「………すまん」
そんなコンラッドをベッテンが呼ぶのだが彼女の目には「フラれてやんの」と明らかに語っているので後で締め上げる事にしよう。
「で、なんだ?」
「先程冒険者風の女性従者達があの男性の事をクロ・フリート様って言っていたのですが……もしかしてあのクロ・フリートでしょうか?」
「あのアーシェ・ヘルミオネを倒したという奴か。 伝達された情報と若干容姿が異なるのだが……ブラッド・デイモンが手も足も出せなかった相手だ。 もしかするとそうかもな」
彼ほどの実力なら確かにアーシェ・ヘルミオネを倒した人物と同一だと言われても納得できるだろう。
ベッテン自身、強くなりたいという理由の一つが打倒アーシェ・ヘルミオネである為そのアーシェ・ヘルミオネを倒した可能性が高い人物が目の前にいるこの状況は、彼があのクロ・フリートかどうか確かめたくて仕方がないのかもしれない。
「それに彼は先程ノクタスから近い魔術に優れた都市をブラッドに聞いていた事を考えるとノクタス近辺に居たのだろう。そう考えると間違いなく本物だろうな……」
「…………何かの間違いではと思いたかったのですが……」
彼とアーシェとの闘いは紙一重だったと伝達されている。
ブラッドどころか彼が作り出した化け物にすら歯が立たなかった事を考えるにアーシェもまた彼と同等の実力を持っていたという事だろう。
「私……自分は選ばれた存在で強いんだと自惚れてました」
そういう彼女の瞳はクロ・フリートと呼ばれている男性を力強く見つめている。
「じゃあ俺はそろそろ帰るわ。じゃないとサラに勘ぐられるしな」
その後も自身の配下と談笑し、恋のアタックを軽やかにかわし時にあざとくスキンシップなどをした後クロ・フリートは開きっぱなしのデモンズゲートの向こう側へ帰って行く。
その向こう側からはおそらくベルホルンであろう見覚えのある街明かりが覗いていた。
「さ、サラとは誰ですかっ!?異性ではないっ………もうっ」
クロが帰る背中に向けてセラの声が響くのだが門が鈍く低い音と共に閉まるとセラは可愛く頬を膨らませる。
その顔は怒りたいが相手が好きすぎて許してしまう自分に対して「もうっ」と言っているのが手に取るように分かる。
「さて、そこのヴァンパイアさん、私達は我が主の為に今以上に強くなりたいのです。ですのでここ以上に難易度が高いダンジョンを教えて下さらないかしら?」
「わ、分かりました……」
そんなセラとは対照的にどこか余裕めいた表情をしたウィンディーネはデイモンに高難易度のダンジョンを聞き出しているようである。
そのデイモンは今までのヴァンパイアの真祖というプライドも誇りもその表情からは見受けられず目の前のウィンディーネに怯えている。
その姿は以前の彼を知るコンラッドからすればまるで別人である。
「ねえコンラッド大佐……」
「なんだベッテン」
急にベッテンに話しかけられて振り向くとそこには何処かスッキリした表情をした彼女がいた。
そに目には力強い意志が確かに見える。
「私、もっと強くなりたい……」
「………いって来い。お前が帰って来るまで、帰る場所として帝国は俺が守っているから」
「は、はいっ」
彼女の考えんとしている事は手に取るように分かる。
ならば自分のすべき事は彼女が帰る場所を守る事だろう。
そして彼女は返事一つするとウィンディーネの方へ走っていく。
その姿は帝国軍の若獅子の一人と言われ、それを受け止め誇りにしていた頃の彼女よりも何処か生き生きしてるのは気のせいではないだろう。
「彼女が帝国から居なくなると寂しくなりますな」
「いや、帝国に戻ればやる事が山済みなんだ。それを感じれないほど忙しくなるぞ」
帝国を内側から破壊して新たな帝国にしようと言うのだ。生半可ないそがしさでは無いだろう。
帝国という国にはもう未練はないのでブラッドに命令をして新しい国を作って一からやり直すという事をしても良いのだが、そう思うだけにしておく。
「国民は事の真相なぞ知らないだろうしな」
そう言うとコンラッドは静かに苦笑いして溜息をつくのであった。
◇◆◆◇
学園都市ベルホルンで開かれる学園闘技大会まであと一週間まで迫り太陽が沈み三つある月のうち二つが夜空を照らし輝いている現在、街の飲屋街は益々活気に溢れだしている。
「大魔王さん、今日くらいはエールを飲んでも良いんじゃないのかい?」
「自分には合わないみたいなんで遠慮しときます。その代わりなんでも良いんで果実汁を二つお願いします」
「あいよ。まったく、酒を飲まない大魔王の爪の垢を煎じてウチの呑んだくれに飲ましてやりたいくらいだよ」
そう言い笑う奥さんの視線の先にはエールが入っているだろうジョッキを片手に料理を作る亭主の姿が見え「ご苦労様です」と返す。
そんなやり取りをしている場所は、その飲屋街の中にある店の一つオークの匙という店にクロは来ていた。
この店には良く1人になりたい時などに良く来る店なのだがこの店の奥さんからは「大魔王さん」と一ヶ月前くらいから呼ばれる様になった。
それは何もここの奥さんだけでは無く街の人からも大魔王とからかわれたりしだしたのだが、どうやら皆本気で大魔王と思っている訳では無い様である。
その要因の一つにクロの種族が人間と知れ渡って居るからだろう。
しかし、それは現在の形態が人間であって何が原因で本来の種族がバレるか分からないため慣れ親しんだこの街も大会が終われば去ろうと思うのも仕方の無い事だろう。
「貴方は何を考えてらっしゃるのですの?」
「何って、せっかく同じ店に来たんだ。可愛い弟子の知り合いの食事を奢るぐらいはするさ」
そんな密かな決心をしたクロの付く2人用のテーブルの向こうには全身黒ずくめの外套を纏い、フードで顔を覆っている女性が座っており、不信感を隠さずそれを言葉にする。
「ここで恩を売ろうなんて考えは捨てることですわね。もし貴方の弟子と私達が当たっても全力で捻り潰してさしあげますわ」
「怖い怖い。でも手を抜かれるよりよっぽど良いし好感が持てるよ」
「まったく……そもそも貴方と私の師匠とでは考え方や価値観が明かに違いますのにその弟子と一緒に食事だなんてどうかしてますわよ」
「それはお前もだろ?」
とは思うのものの言わないでおく。
そんな彼女は未だ愚痴をボソボソと吐きながら被っているフードを脱ぎ黄金色に輝く金髪が露わになる。
「美人な顔に良く似合う綺麗な髪だな……」
そんな彼女をどこか西洋のスター俳優でも見るような感覚で感想を述べる。
彼女の顔は西洋風ではあるものの向こうの平均的な価値観から来る美人と言うよりもどちらかというと日本人から見て美人と言える顔立ちをしており、セクシーというよりも可愛いという言葉の方が似合うだろう。
それでもやはり日本人には無い西洋の美しさが目を見張り、ブロンドの髪に青い目が更にそこを際立たせる。
「馬鹿にしているんですの?わたくしが美人だなんて……本当に美人なら目深にフードなんか被らないですわ」
そんな彼女はクロの言葉に怒ればいいのか喜べばいいのか分からずどっちつかずの顔をしている。
彼女がフードを取った時、店の男性陣達の反応を見ればクロの言葉がお世辞ではない事が伺えるのだろうが彼女が持つコンプレックスがそれを違う解釈のもと感じ取る。
「本当に美人ならフードを取れば酒に酔った女にだらし無いろくでなしが話し掛けて来るはずですのにわたくしの元には一向にその様な殿方は来ませんの」
そこまで言うと「その意味がお分かりかしら?」と目線で問いかけて来る。
「分かってるんですの。わたくしは年齢の割には幼い顔をしてますし、胸もお尻もスマートですもの…ま、あなたに言ったところで何の解決にもなりませんが」
そう言うと彼女は提供されたドリンクを一気に飲み干し、「ぷはっ」と可愛らしく息を吐く。
その姿からは先ほどまでクロの事を警戒している様な気配は無くどこか目の光が濁って見えるのは気のせいだろう。
「例え君が言っている事が本当だとして、しかし俺から見た君は十分に美人だと思うんだがな……」
「……はえ?い、いい、今なんと仰言って……っ!?」
とはいえクロからは見れば十二分に美しいと思える容姿無いし目元麗しい顔立ちをしているのでそう卑屈にならずにもっと自信を持って欲しいという意味を込め、それを言葉にするのだが、その言葉を聞いた目の前の女性は一気に顔を赤くするとクロに先ほど何と言ったのかもう一度問いかける。
自分のコンプレックスを言った上で再度美人だと言ってくれた相手は彼女にとってはクロが初めてだということはもちろんクロは知る由も無いのだが、等の彼女はコンプレックスを提示し微妙な反応をされたり遠回しに肯定されるという事に最早慣れているのだが、クロの様な反応には免疫は出来ておらず初心な娘そのものの様な反応をしてしまう。
の様な反応というか彼氏どころか初恋もまだなので初心な娘で間違いはないのだが。
「君は俺から見れば十二分に美人だと言ったんだよ。君を美人だと思う男性が現に目の前にいるんだ。もっと自分に自信を持った方が良い」
「な………っ!また……そ、そんな手には引っ掛からないですのよ!?どうせここでわたくしを騙し煽て、明日の試合で手加減してくれと頼むのでしょう!?」
「いや、君を美人だと思うのは嘘ではないし……明日もし俺の生徒達と当たるのであれば全力で相手をして欲しい。むしろ手加減してれば怒るかもな」
「………本当ですの?」
そんなクロに彼女は恐る恐ると言った感じでクロの言葉が本当かどうか上目遣いで聞いてくる。
その様はまるで母親に怒っていないかどうか聞いてくる少女のようでありとても微笑ましくもある。
「嘘言ってどうするよ。兎に角、明日はお互いに頑張ろうな」
そんな彼女の一挙手一投足にもう会う事のないであろう愛娘の影を重ね、もし娘が思春期の悩みを打ち明けたのならこんなんだろうか?母親に怒られた後はこんなんだろうか?と思いを馳せるのだが、流石にこのままと言うのも相手に悪いので嘘ではない事を伝え彼女の頭を若干乱暴に撫でる。