門と男性
ルシファーはそう言うとポチの周りに浮いている黒い球を更に五つ取り除いた。
その瞬間ブラッドの身体から目視でもはっきりとわかる程彼の生気が失われて行くのが分かる。
神の領域に生きており人間では到底到達出来ない頂に住んでいるあのブラッド・デイモンが今自分の目の前で瀕死の状態になっていた。
それでもなおブラッドの目は力強く殺意を込めルシファーを睨み付ける。
「この僕をここまでコケにして……タダで帰れると思っているのか?」
「瀕死状態の今のお前に……何が出来るの?弱いくせに……調子に乗るから……こうなる」
ブラッドの声には力無く、声を出し言葉を紡ぐのすら辛そうに思える声音である。
それでもなお未だ強気のブラッドを見下ろしルシファーがあのブラッドを弱者であるお前に何ができると言い返す。
しかしその瞬間ブラッドの口角が上がりニヤリと笑う。その視線の先には一匹のコウモリがルシファーに噛みつこうとする姿が見えた。
「痛いっ!?」
「噛まれたな……?我が眷属に噛まれたな!?これでお前は我が物だ!!」
その一匹のコウモリがルシファーの首筋に牙を突き立て、紅い雫がルシファーの首筋から流れ出すのをブラッドが確認すると瀕死の状態でありながらも声高々に笑い始める。
そして彼の眷属であるコウモリに噛まれたルシファーは彼のコレクションになりもう元には戻らないだろう。
ブラッドも我々帝国軍側も何の疑いも無くそう思っていたのだが、いつまでたってもルシファーがブラッドのコレクションになる気配は無く本来ならその表情が無表情になり生気を失って行くのだが、それとは逆にルシファーの表情は憤怒に染まり始め、その目には涙が溜まり始めているではないか。
「痛かった……」
「……は?」
「痛かった!!闇属性魔術段位一【影針】」
そしてルシファーは噛まれた箇所を手で摩りおそらく無詠唱で回復魔法を施し噛まれた傷口を塞ぐとブラッドの周りで飛んでいる、先程ルシファーを噛んだと思われるコウモリに闇属性魔術を発動させ影で出来た針をそのコウモリに突き刺し殺す。
「な、何で噛まれたのに平気なんだよ……」
その光景には流石のブラッドも心が折れたのかその目に力は無く自らの能力すら無効化してしまう存在を前に恐怖が滲み始める。
彼女はブラッドのオートスキルの影響を受けず彼を殺す術を持ち、そして彼のもう一つの武器である眷属化すらその効果を受け付けない。
戦闘においても彼女の召喚獣ですら倒せず最早ブラッドに勝ち目はないだろう。
そんな中我々がいる広大かつ煌びやかさもある部屋には似つかわしくない漆黒の巨大な扉が現れ、地響きのような音と共にその扉が開き始める。
その先にいるのは一人の人間。
その人間は床に崩れ落ちているブラッドまで歩み寄るとブラッドの髪の毛を掴み頭を持ち上げ視線を強制的に合わせる。
「お前か?俺のルシファーを交換材料も無しにトレード要求してきた奴は?」
「貴様……貴様が……貴様ごとき人間が彼女達の主だと……?」
ルシファーによりプライドを粉々に打ち砕かれ踏み躙られ叩きのめされているのが彼のその表情からも見て取れるのだが、今彼を見下している相手が人間と知り彼の中に僅かに残っている、上位種のヴァンパイアでありその中でも最高位に位置する真祖であるというプライドが憔悴しきっている彼の表情に怒りの要素を加えさせる。
見た目だけならルシファーも人間そのものなのだがルシファーの様に人間に化けている闇属性に特化した何者だろうと推測する事によりブラッドのプライドは何とか消失せずに済んだ。
しかしそのプライドのせいで判断を鈍らせ、目の前の男性もまた人間に化けている可能性まで考えるほどの余裕をブラッドは持つことが出来ないでいる。
そこまで考えれる余裕が持てなくても辺りを見渡す事が出来れば彼が只者では無いと分かる事が出来るかもしれないのだが頭を掴まれたままではそれも難しいだろう。
もし見渡す事が出来ていたのなら彼に向け片膝をつき頭を下げているルシファーやセラ、ウィンディーネの姿が見えていただろう。
そして彼女達に習うように従者の人間であろう冒険者風の娘達も彼に片膝をつき頭を下げ出す。
その目には敬愛や尊敬といった感情が含まれていたように見えた。
「だったら何だと言うのだ?お前はこの俺が人間だから大事なものを奪っても構わないと言うのか?俺やルシファーの想いや考えを度外視して、人間が主なのが分不相応だと何だと言い奪うのが正当化されるのか?自分より下の種族には何をしても許されるのか?」
「そ、そうだ………僕はヴァンパイアであり、真祖なんだ。人間だって地面で這いずる虫達の事をわざわざ考えて歩いたりしないだろう?だから僕も下位種族の事を考えるという意味の無い事はしない。寧ろ人間達は例え命を落とそうとも僕に関われた事を感謝するべきなんだ」
そう答えるブラッドの言葉に嘘偽りなどといった感情は見受けられずそれが当然だと本気で思っている事が伺える。
その事実を分かってはいても少しだけコンラッドの胸が痛む。
どうやら自分が思ってた以上に帝国、そしてブラッドに対して愛国心と尊敬の念を抱いていた様だ。
「ほう、貴様曰く人間はヴァンパイアの下位種族らしいがそれを証明できるものが有るのか?所詮真祖と言えどヴァンパイア。太陽の下では人間どころか犬猫にすら勝てまい?なのに太陽の光が届かないヴァンパイア有利な場所で人間よりも強いと言われてもな……」
そして件の男性は燻んだ目をブラッドに向けながらまるで人間よりもヴァンパイアの方が下位種族だという様なニュアンスの事を喋るなか、ブラッドの身体が一瞬淡い黄緑色の光に包まれ一瞬にしてブラッドの体力が回復したのが分かるぐらいブラッドの血色が良くなる。
「さあ、わざわざ回復させてやったんだ。戦おうじゃないか?」
そう言うと男性は獰猛な笑みで笑うのだが、その一瞬の隙をブラッドが見逃す筈もなく次の瞬間にはブラッドの手刀により男性の胸に風穴を開けられる。
その呆気なさに男性に風穴を空けたブラッド本人が一番動揺しているのが伺える。
「……偉そうな事を言った割には呆れるほど弱いじゃないか………あれ?グフッ」
動揺しながらも安堵の表情を浮かべブラッドが腕を引き抜くと男性の胸は無傷で代わりにブラッドの胸に風穴が空いておりブラッドは口から血を吐き出す。
そしてブラッドの胸に空いた風穴は一向に治る気配を見せず空きっぱなしのままである。
「な、何だこれ?何故僕のスキルが発動しない……?」
「闇魔術段位三【痛み移し】。この魔術は対象の、自分以外の発生源一つから受けるダメージを軽減し、0にする。次に【痛み移し】により軽減した数値分のダメージを対象のプレイヤーに与え、またこのダメージは軽減されない」
ブラッドが狼狽えてはじめた所で件の男性が事の真相を淡々と話す。
「俺は今すこぶる機嫌が悪いんだがそれが何故だか分かるか?ヴァンパイア様よ………たく………何で……何でまた俺から大事なものを奪って行こうとするんだよっ!?俺が何をしたってんだよっ!!ふざけんなよ!!ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなっ!」
それは男性が今まで晒されて来た理不尽な運命を罵倒する憎悪の叫びであろう事は想像出来たがこれ程の配下を揃えれ更に崇拝に近い感情を抱かせる程の人物がこれ程まで狂ってしまう不幸が何なのかコンラッドには想像出来ない。
「だから俺はお前からヴァンパイアという誇りを奪う」
男性は一通り叫び終えると呼吸一つ入れ、心底冷え切った目線をブラッドに向け言い放つ。
それからは闘いと言うにはあまりにも一方的な闘いだったと言えるだろう。
どれも低レベルのスキルや低段位の魔術を駆使し一方的に男性はブラッドが繰り出す猛攻を様々な方法で無効化し無力化し叩きのめす。
それも同じ手は一切使わず飄々と返り討ちにされた為ブラッドにはもはや目の前の人間を見下す事は出来ず初めて感じる恐怖や絶望といった感情に押し潰されそうになっていた。
「お前は数百年間生きてきたみたいだが何を学んで来たんだ?対人戦で一番気を付けなくてはならず、また重宝されるのは高スキルや高段位魔術ではなく低スキルや低段位魔術を複数組み合わせることによるロックもしくは固め殺しだろうが」
男性のその言葉は今ままでの「相手よりも強いスキルや魔術を使えたほうが有利」という常識を覆す発言であるのだが、一体何処を探せば全てのスキルや魔術の追加効果を理解できている者が存在すると言うのだろうか?
正真正銘……ブラッドなんか足元にも及ばぬ程の化け物
そう思わずにはいられない。
「さて、ヴァンパイアさんよ……お前に一つ聞きたい事があるんだが……」
「何でも話すっ……だ、だからもう許してくれっ……帝国も潰さないっ!欲しい物があれば何でもやろう!!皇帝の座でも何でもだ!人間も見下さない!だから命だけはどうかっ!」
「黙れ…俺はお前に聞きたい事があると言っているのが聞こえなかったのか?いちいち命乞いするな。それにお前を許す許さないは俺じゃない」
「わかりました!何でも聞いて下さい!!」
もはや目の前の男性に媚へつらうブラッドからヴァンパイアであり真祖と言う威厳もプライドも見られない。
それ程までにブラッドは目の前の男性に徹底的に叩きのめされていた。
ブラッド自身ここまで強く死というものを身近に感じさせられ植え付けられては最早抗うという感情はなくなっていた。
「ノクタスから近場で比較的に魔術が発展している場所はどこだ?」
「ノクタスでしたら……ベルホルンかと思います!はい!」
「そうか…ギルド職員もそう言っていたし確信がもてた、ありがとう。ちなみお前の待遇だがそうだな……そこの兄さんに決めて貰おうか」
そう言うと男性はコンラッドにブラッドの処遇を丸投げする。
しかし丸投げにされたところで自分には扱いきれぬ案件である為到底受け入れられるものでは無い。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!流石に俺にはこの方の処遇を決めるのは重たすぎる!!」
「ほう、君はそれ程の案件を俺に丸投げしようとでも言うのか?帝国の人間ではない他所者であるこの俺に」
「……っ、」
流石にこれ程の事を自分で決めるには重すぎるため断ろうとしたのだが件の男性に正論で返され言葉に詰まってしまう。
「でしたらブラッド様には引き続き帝国の政に関わって頂きましょう……今まで私達を欺いて来たツケを帝国に貢献する事で払ってもらいましょう。そう、死ぬまで」
そんな中のベッテンがブラッドに近ずくと笑顔でそんな事をのたまう。
その光景を目にして不謹慎ながらもやはり女性は強いと思ってしまうのは仕方ないだろう。
「し、死ぬまで……」
「そ、死ぬまで。いいでしょコンラッド大佐?」
そしてベッテンの出した案をブラッドがまるで死刑宣告を受けた様な顔で聞き返すも内容はやはり変わらないどころかコンラッドに了承を得ようとしだす始末である為なおタチが悪い。
そして件の男性やルシファーという少女に簡単に破られはしたもののブラッドはオートスキルさえ破られなければまさに不死身かつ不老不死である。
死ぬまでという事は半永久的にと言っているのと変わらない。
「……そ、そうだな……他にいい案が無ければそれで良いんじやないか?」
しかしこれといって良い案が浮かぶわけでもなく結局ベッテンの案に賛成する様な返事をしてしまう。
「あ、あの……クロ・フリート様…っ!わ、私はセラ様のパーティーに入れさせて頂きましたレイチェル・グランと言います!!このまな板はミセルと言いま…っグヘァッ!!」
「………コホンッ。私はミセル・ブラウンと申します。そこで転がっているバカと一緒にセラ様のパーティーに入れさせて頂きました。この度はクロ様を、そしてクロ様の闘いを拝見させて頂き大変光栄でありますッ!」
「………あ、ああ。そんな大層なものじゃ無かったけどな…。それと、こちらこそセラ達の事を宜しく頼む」
そしてこちらがブラッドをどう扱うか悩んでいる間、セラという女性の従者であろう冒険者風の女性二人はこちらの事情などどうでも良いといった感じで件の男性、クロ・フリートへ挨拶を済ます。