真祖
「ブ、ブラッド・デイモン様が何故ここに……」
そんな人物を前にコンラッドはまるでブラッド・デイモンではないか誰かを見るような表情で呟く。
「やだなぁ、何故って僕の最高傑作の玩具の出来の確認と、そこの美女達を出迎える為に決まってるじゃないか。まさか彼女達の方から僕が居座っているダンジョンに来るとは思わなかったけどわざわざこちらから行動を起こす必要もなくなり嬉しい誤算だよ」
確かに目の前に見えるは自分の剣の師匠であり帝国を築いて来たお方の一人であり、帝国の英雄が一人であるのだが、何故か別人に見えてしまう。
軽く500歳は超えているにも関わらずその容姿は幼く12歳程度に見え、そしてその眼は聡明さを感じさもう少し育てば絶世の美男子になるだろう顔をしており、まるで月の光で出来ているかのように美しい金髪を横に流している様はいつもと何一つ変わらないのだが何故か目の前のブラッド・デイモン様は全くの別人に思えてならず、本能から来る直感が今すぐこの場から逃げろと頭の中で警報を激しく鳴らしつずける。
「私が聞きたいのはそんな事ではなく、何故帝国を裏切る様な真似をしたのかという事ですっ!帝国は言わば貴方と共に時を刻み歩んで来た片割れの様なものではないのですか……それを貴方は……」
「コンラッド、君は何を勘違いしているんだい?」
「か、勘違い…?」
「うんそうだよ。帝国は言わば僕の食糧庫にして実験材料の入手場所でしかないんだ。確かに最初は僕の食事として出された人々は恐怖で泣き叫ぶ事も無くむしろ逆に歓喜し涙する者ばかりで物珍しさもあったけどね。でも500年だよ」
そう言うとブラッドはいつもと変わらない笑顔でコンラッド達に諭し始める。
そんないつもと変わらないブラッドの表情や声音にコンラッド達はいつもと変わらないからこそそこから発せられる言葉に逆に背筋を氷らせる。
「な、何を言っているのですか?」
「全く、君はそこまで物分かりの悪い弟子ではないはずだよ。僕は帝国に、帝国の全てに飽きたと言っているんだよ。500年……500年同じ人種の血500年同じ反応集めた美女コレクションも500年も同じ国で集めたら同じ顔立ちばかり。毎日毎日毎日毎日代わり映えのない日々にいい加減飽きたんだよ」
ブラッドは吐き捨てる様に信じられないような内容を話す。
このお方は帝国の未来を、そこに住む民を日々憂いていたのではないのか?
「私が今まで見たブラッド・デイモン様は偽りだったのですか?」
そんな思いがコンラッドや部下達の脳裏によぎる。
目の前ブラッド・デイモン様は500年もの長い間自身の心を隠して我々帝国国民を騙して生きて来たのかと。
「偽りなんかじゃないよ。良い血を作るにはストレスを与えないで平和の中で暮らさないと作れないからね。君達人間だって食肉用の獣を育てる為にストレスを与えないで我が子の様に育てているじゃないか。それと同じだよ」
ブラッドが話す内容にコンラッドは戦慄を覚える。
このお方は我々をただの餌としてしかし見ておらず、帝国は言わば彼にとっては自らの食糧を育てる養殖場とでしか見ていない、すなわち彼にとって我々人間を人間としてではなく単なる食材の一種類でしかないのだろう。
「でも実験材料も簡単に手に入る帝国を手離すのは惜しいんだけどその実験も大体やり尽くしたしね。もう帝国に利用価値は無いに等しいし、僕の実験内容とかバレても困るからこれから帝国破滅派の貴族達を使って帝国を潰そうと思うんだけどその前にせっかく出来た最高傑作の玩具の強さを試してみたくなちゃったんだ」
「今ならまだ間に合います……に、逃げて下さい……早くっ!」
ブラッドが衝撃の事実を話したその時部屋の奥からかコンラッド達にこの部屋からか逃げろと急かす女性の声が聞こえてくる。
その声にコンラッドは聞き覚えがあるのだが声がした方へ視線を向けると想像した女性とかけ離れた女性が這う様にこちらに向かいながら逃げろと急かす姿があった。
肋骨が浮き出し身体は痩せ細った身体、枯れ枝の様な手足、頬はこけて目の下のクマは大きく濃い色をしており髪の毛は栄養不足からか燻み濁ったボサボサの金髪を腰まで伸ばしている。
その容姿は自分が知るスカーレット・ヨハンソン姫とかけ離れておりまるでスラム街の春売り娘の成れの果てと言われても疑わないだろう。
しかしその眼の中にはコンラッドのよく知る意志を絶えず燃え滾らせていた。
その眼は間違いなく彼女がスカーレット・ヨハンソン姫である事を確証させるに十分である。
「これから弟子に自慢話するところだったのに何話の腰を折っているんだよ!目障りだし臭いから死んでくれないかなぁっ!?」
「ぐぅっ!……うえぇっ」
そんな女性を見るや否やブラッドはその女性、スカーレット姫の腹部に手加減無しの蹴りを入れると彼女はその痛みで腹部を抑えながら血の混じった吐瀉物を吐き出す。その吐瀉物に食べ物の痕跡は見られない。
そしてブラッドはストレージからレイピアを出すと迷い無くスカーレット姫の頭部めがけて振り下ろす。
ま、間に合わない……っ。
その瞬間コンラッドが駆け出すのだがブラッドの一撃は鋭く彼の速さを持ってしても間に合いそうにも無い。
しかしその一撃はスカーレット姫に届くことは無く、代わりにその一撃を弾くほどの恐ろしい強度を誇る氷壁が現れ甲高い音が辺りに響く。
「…………誰だ?僕の邪魔をするのは?」
「光魔術段位二【癒しの光】」
「水魔術段位二【水の加護】」
「闇魔術段位三【闇眷属召喚・ダークネスドック】」
スカーレット姫への一撃を止められたブラッドは明確な殺意をその声音に乗せ周囲を見渡す。
ただそれだけの事なのだがコンラッドの意志と反し足が恐怖で竦みたちどまってしまうのだが、そんな中圧倒的なる強者から放たれる殺意を無視して魔術詠唱を紡ぐ三人の美しい声が辺りに響き魔術を発動させる。
先ほどの魔術はスカーレット姫の受けたダメージを癒し目の下のクマを消し燻んだ髪は元の黄金色を取り戻すと次の魔術でスカーレット姫を水の泡で包み、そして突如現れた円形の渦巻く闇から先程のマンティコア程の巨躯を持つ禍々しい怪物が這い出てくる。
「先程から黙って聞いていたのだけれど……」
「種族ヴァンパイアだというのに……」
「私達の主の顔に泥を塗る行為……」
そしてブラッドが放つ殺意ですら生温いと思えるほどの怒りが先程魔術を詠唱した三人の女性から放たれる。
「ちょっと待ってよ君達。君達は僕と同じ種族、ヴァンパイアの主人がいるのかい?」
そして目の前にいるセラ達をコレクションにしようと思っていたブラッドは既に彼女達が他人の、しかも自分と同じ種族であるヴァンパイアの主がいると聞きかつてない怒りが彼の中で更に膨れ上がる。
「あなた如きが私の主を気安く詮索しようとしないで下さい」
しかしブラッドの言葉はセラによって軽くあしらわれ、まるで羽虫を見るような目で彼女達に見下された視線を注がれる。
「あなた如きがって、僕がヴァンパイアの中でも最上位に位置する真祖だって事を理解して言っているのかな?明らかに君達の主人より僕の方が格は上なんだけど」
それでも必死に膨れ上がる怒りを抑えながら何とか答えるブラッドなのだが、次の瞬間セラ達が笑いを堪えようとするも堪えきれずクスクスと嘲笑いだす。
「クロ様よりも格が上ですってウィンディーネ」
「へー………あなたが……私達の主であると共に絶対強者の一人でありヴァンパイアの中でも最も尊いお方が、たかだか真祖程度の貴方がクロ様よりも格が上なわけないでしょう。笑かさないで下さい」
「私よりも明らかに弱いお前が……調子に乗らないで……」
そして自分の主人である人物を見下されたセラ達の雰囲気はミセルやレイチェルですら恐怖を感じる程の怒りをはらみ、その怒りを言葉に乗せてブラッドにぶつける。
そかし怒っているのはセラ達だけでは無くセラ達の言葉によりブラッドもまた先程までの雰囲気は変わり怒りで歪んだ顔をセラ達に向け睨みつける。
「こんなに気分が悪いのは初めてだよ。まさかこの僕が此処まで馬鹿にされるなんて……生きて帰れると思うなよこの糞アマァッ!」
「何を今更言うかと思えば……どうせ生きて返す気なんか無かったのでしょう?」
「黙れぇ!この僕のコレクションにしてやろうと思ってたんだがもう良い!!殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅ!闇魔術段位六【生ける屍体】」
ブラッドが魔術を詠唱した瞬間部屋の奥から数百の気配と唸り声、そしてこちらに近付く足音が聞こえ始める。
そのどれもが死者とは思えない程の美しさを誇りブラッドの歪んだ趣味を見せ付けているかのようである。
そんな中ウィンディーネの身体、そして身に付けている衣服が変化し、まるで神話に出て来る水の精霊を思わせるような美しい半透明な身体に変化すると衣服は青を基準に波を連想させるかのように波打つ豪華なドレスを着るウィンディーネの姿が現れる。
その姿はまるで水の精霊の女王をイメージしてしまう程のオーラを放っている。
「これが貴方が言う『五百年集めたコレクション』ですか……ヴァンパイアだけが使えるスキルで自分よりレベルが低い相手に有効であり、死ぬ代わりに腐らない身体を与える……そして集めたコレクションを今【生ける屍体】で操ると。死者を愚弄するその行為……我が夫の名の下にお仕置きですよ!!」
そこまで一気にまくし立てると最後に決め台詞の様な事を言った後「ビシッ」と前から考えていたのであろうまるでセーラー服を着て戦う戦士の様な決めポーズをするウィンディーネ。
その瞬間ウィンディーネの衣装がグレードアップし、その背中には氷の羽が生える。
まるで何度も練習したかのような演出である。
その光景を見たセラ達はあのウィンディーネがまさかこの様な事をするとは思っておらず、帝国側はあのブラッド・デイモンを前にして緊張感の欠片も感じられないウィンディーネを見て意味は違えど生まれた重い沈黙が辺りを支配する。
「………クロ様のご友人であられる攻殻機動腐女子様の決めポーズとセリフを見てから………いつか私も自分で考えた決めポーズとセリフを使ってみたいなーと……うぅ」
そしてウィンディーネの青い身体は赤く染まり始め羞恥に染まりながら先程の一連の流れの言い訳を始める。
「何も恥ずかしい事ではないですよ。しかし、クロ様の妻は私ですのでクロ様の事を『夫』というのは間違いですから訂正したほうが良いでしょう」
「……妾の間違いではなくて?セラ」
「………今日という今日はどちらが本妻か決着を付けなければならないようね、ウィンディーネ」
そして二人はブラッド・デイモンを前にして言い争い始める。まるでブラッド・デイモンなんか居ても脅威にすらならないと言わんばかりに。
そしてこの一連の流れを前にブラッドが更に怒りに顔を歪ませているのがここからでも分かる程の殺気と魔力を周囲に撒き散らしているのが分かる。
その殺気と魔力の濃度にコンラッドは死を覚悟し、恐怖で感覚が鈍く鳴る足に喝を入れる為太腿を殴る。
それでも自らの呼吸は荒くなり先程から汗が滝のように流れ止まる気配を見せず、足は喝を入れても感覚は治らず力が入らないでいる。
「こ、ここここ…こけこけ……虚仮にしやがってぇぇぇえ!!もういい!!僕のコレクション達によって殴り殺しにしてやる!!」
怒りに打ち震えるブラッドは自らのコレクションを動かそうとするのだが、しかしブラッドのコレクションは一向に動く気配を見せず固まったままである。
「さっきウィンディーネが寒い演出した時……一緒に無詠唱で水の段位三【正常化】を使った。……これは敵味方関係なく全てのエンチャントを破壊し、更に全ての能力変化を元に戻す魔術」