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ヴァンパイアの魔王異世界奮闘記  作者: Crosis
第三章
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マンティコア

 しかし【身体強化】により身体能力を一定時間二割上昇させる【悪魔の契約】により元々のステータスを全て一定時間五割上昇させるとホーエンの扱える打撃系最大威力のスキル【竜尾の一振り】をコンラッドのスキル【氷華】により氷らされている状態のマンティコアに叩き込んだのだが、目の前のマンティコアは氷が砕け散るとともに空気が震える程の声量で一度吠えると猛り狂うもどこか冷静さを残している眼をコンラッド達に向ける。


「まだだっこの糞猫がっ!!【贄の対価】うぁ……ガッ……コヒュ……ウガァああっ!【りゅゔヲノびどぶりぃ】!!」


 そしてマンティコアに睨まれコンラッドを除くほとんどの部下がこれから起こるであろう殺戮を予期し押し寄せる恐怖により身体がすくみ身動きが取れずにいた中、その状況を打破すべくコンラッドが動き出す前にホーエンが【悪魔の契約】の恩恵を受けている時のみ使用できる魔術【贄の対価】により更に、自身に能力上昇系魔術を重ねがけする。

 そして能力上昇系魔術及びスキルを重ねがけした影響でホーエンの口からは涎が垂れ、その目は瞳孔が開き自我を保てているのが不思議な状態なのだが、それでも目の前のマンティコア目掛けて声にならない雄叫びを叫ぶと【竜尾の一振り】をマンティコアに叩き込む。


 その衝撃は凄まじくマンティコアを中心に蜘蛛の巣状に亀裂が床に走り、ボス部屋全体が揺れる。


 そのスキルはホーエンの放てる本来の限界値を大きく超えており、一気に老け始めたホーエンは何も喋る事もなく倒れ込むと、次の瞬間マンティコアの前足がホーエンの上に勢いよく叩き込まれ何かが潰れる音が辺りに響く。


 そしてホーエンの人間技を超えたまさに命がけで放ったスキルを受けても尚マンティコアのその巨躯はダメージどころか傷一つ見当たらない。


 その状況を前にしてベッテンは何かを悟ったらしく顔を青くし、恐怖に顔を歪め体液を出しながらもそれを気にも留めず呂律の回らない声で「嘘だ」と呪詛の様に繰り返し唱え、悟った答えを否定する。


 しかしベッテンで無くともこの光景を目にしてこの状況が何を意味するのか分からない者は誰一人としていない。

 そして理解したが故に皆身体が動かず、動かそうともせずいずれすぐに訪れるであろう『死』を受け入れる。


 圧倒的なまでの覆す事のできない戦力差が意味するもの。


 それは即ち我々は帝国に見捨てられ、適当にそれらしい大義名分を掲げ処刑場まで自らの足で赴いたのだ。

 そもそも今回の作戦で召集されたメンバーがコンラッドとベッテン以外身体の何処かしら故障をきたしている者ばかり集められた時点で気付くべきだったのかもしれないが、最早たらればの話である。


「そんな………私が帝国に見捨てられる訳がない……そうよ…私はベッテン………雷神の申し子ベッテン・ハーヴェル・クヴィストよ!!これ程の逸材を帝国が見捨てるはず無いじゃない!!きっとこれは何かの間違いよ……きっとそうよ……」


 しかしベッテンの縋るような想いは目の前で次々に仲間を殺していくマンティコアを前にして次第に崩れて行く。


「………帝国の貴族はやはり腐ってやがる。だが、この未来ある若者まで簡単に死なせてしまう程俺は弱くは無いぞ糞猫野郎。せめて腕の一本でも我々の冥土の土産に置いていって貰おうか」


 しかしコンラッドだけはまだ希望を捨てた訳では無かった。


 せめてベッテンだけは生きて帝国では無い他国へ逃がし、この真実を伝えさせなくてはならない。

 そして若く才能に溢れ飛ぶ鳥も撃ち落とす破竹の勢いで成長をし続けているベッテンは此処で死なれては困るのだ。


 ベッテンは、いや…ベッテンに限らず若者は皆その存在こそが未来であり希望である。


「ベッテン、お前の目に耳に、肌に焼き付けておけ」


 コンラッドはそう言うと今度はマンティコアに向きを変え、怒りを宿した眼光をもってマンティコアの後にいるであろう、今現在帝国で我々をあざ笑ているであろう腐った貴族達を睨み付ける。


「コンラッド・ボールドルグ、推して参る」


 そしてコンラッドは神速の速さで青い残像を残しながらマンティコアに無数の剣撃を目にも留まらぬ速さで斬り付ける。

 その攻撃は無雑作に無作為に攻撃している風に見えるのだがただ一箇所、マンティコアの左後脚のみ重点を置き慎重かつ精密にその一箇所を寸分の狂い無く斬り付ける。


 後脚が一脚無い状態ならばベッテン一人でもこのマンティコアを倒す事は可能であろう。


 この機会を得るために邪魔にしかならないであろう部下を見殺しにした。

 さすがのコンラッドでもこの超高速移動からの正確な斬撃をしながら動く部下複数の位置まで把握してやってのけるのは至難の技である。


 だから死んで貰った。修羅になった。


 それ程の覚悟をした。


 だと言うのにマンティコアの脚は斬った瞬間に瞬時に回復していっており、コンラッドの斬撃ですら追いつけないほどである。


 そしてついに人間の限界を超えた速さで攻撃していたコンラッドをマンティコアの攻撃が襲う。

 マンティコアは威力は低いが範囲攻撃である、自身の周り半径五メートル以内へ攻撃出来るスキル【獅子の咆哮】を発動し、コンラッドを弾き飛ばす。


「ガッ、ハッ……化け物が。いや、化け物は腐った貴族の連中か」


 そしてボス部屋の壁に叩きつけられたコンラッドは濃い怒りと憎しみを吐き出す。


 別段体格に恵まれてるわけでもなく、魔術に秀でているわけでもなく、剣術も得意なだけで飛び抜けてはおらず、ストレージすら持っていない自分が今の地位に来れたのは産まれながらにして持っていたオートスキル【移動速度上昇】のお陰である。

 初めは少し速く動けるだけであったのだがこれしか無かったコンラッドはこのスキルに縋り付き文字どうり死ぬ程の努力で磨き上げ全てを置き去りに出来る世界を手に入れた。


 それでも世界は広く人間は小さい。


 部下を見殺しにし、未来ある若者一人逃がしてやることもできないこの状況になって改めてその事を思い知らされた。


 壁に半分めり込んでいる身体を無理やり出すとコンラッドは痛む身体を気にも留めずマンティコアの方へ歩き出す。


「全く、もうボス部屋ですから気を引き締めて下さい」

「レイチェルのせいで怒られたではないか!!」

「私のせいだって言うの!?」

「そうです!!どうせその無駄に育った胸に頭の栄養を奪われたんじゃないのか?」

「取り敢えずここのボスを倒したら休憩にするわね」

「ご飯!!お腹空いた!!」


 これから二度目の死闘へ赴こうとした時、部屋の入り口付近からの複数の女性の呑気な声が聞こえて来る。


「来るな!この部屋のボスは次元が違い過ぎる!!」


 そんな緊張感の欠片も無いであろう彼女達へ向けて怒気をはらんだ声でコンラッドが怒鳴る。


「でももう入ってしまいましたし、一度入ってはあのボスを倒さない限り出られませんね」


 そしてコンラッドの忠告も聞かず件の女性達はいかにもわざとらしくボス部屋に入ってくると目の前のマンティコアを前にしても緊張感の無い口調でその中の一人、綺麗な藍色をした長髪の女性が喋りかけてくる。


「あら、貴方はいつぞギルドでお会いした方ですわね」

「そんな事はどうでもいい!!何故入ってきたっ!?」


 そんな緊張感の無い彼女にコンラッドは苛立ちを隠す事も出来ず怒鳴ってしまう。

 彼女に非がない事は分かりきっている事なのだが帝国の一部貴族に騙され罠にまんまと嵌り部下を見殺しにしたコンラッドはその怒りを誰かにぶつけたかったのかもしれない。

 彼女達は冒険者である以上は自ら死地へ飛び込むかもしれない可能性を覚悟はしている。他人に特に帝国軍の人間にとやかく言われる筋合いは無い。


「何故入って来た……そうね、その言葉はあなた方にこそ相応しい言葉はではありませんか?」


 しかし、怒鳴られた女性は静かに周りを見渡すと逆にコンラッドへ問いかける。

 その問いにコンラッドは返す言葉が見つからずただ目の前の女性の眼を見つめる事しか出来ない。


「ミセル、レイチェル、ぼけっと突っ立って無いであそこの女の子を介抱してあげなさい。濡れタオルをストレージから出しておきますから」

「は、はい!!セラ様」

「分かりました!!」


 そして別の女性、綺麗な金髪を頭で纏め上げ清楚と聡明さを感じられるセラ様と呼ばれている女性にミセルとレイチェルと呼ばれた侍女であろう二人の女性にベッテンを介抱してあげるように指示を出し、侍女であろう二人はセラから濡れタオルを渡されるとベッテンの武具を外しにかかる。


「辞めろ!!マンティコアが見えないのか!!武具を外すな!!」

「取り敢えず私達…あー……えっと、セラ様とウィンディーネ様とルシファー様がいるから安全です。貴方もその……濡れた武具を身に纏うのは気持ち悪いでしょう?」

「無理よ!!コンラッド大佐でも勝てない様な相手なのよ!?」


 セラの指示により自らの体液で濡れているベッテンの武具を脱がそうとするミセルとレイチェルという侍女達。

 普通ならコンラッド大佐でも勝てない敵が直ぐ近くにいると言われれば血相を変え逃げようとするのが普通であるのだが侍女二人は「あー……」と力無く呟きその表情からは「コンラッド大佐程度が勝てない敵なら大丈夫」と言いたげである。


 そしてベッテンは精神的に疲れきっており二人の侍女にアレヨアレヨと武具を脱がされ衣服を脱がされてゆく。


「年頃の異性に興味があるのは分かります。ですが本人の了承を得ずに見るのはどうかと思いますよ?コンラッド大佐。【氷壁】」


 そんなつもりで見ていたのでは無いが彼女言ってることは正しいのですでに白い氷の壁でシルエットしかし見えないベッテンから目をそらす。


「取り敢えず、頭を損傷させられている遺体が無いのは幸いですね。助けられる命があるかもしれないので勝手ではありますが【聖なる癒し】」


 彼女がそう魔術を唱えると部下の負傷した箇所がその損傷具合に関係なく全て元通りに治って行く。

 これ程の癒し魔法が使える神官をコンラッドは今まで見た事も聞いた事すら無い。

この女性達は何者だ?


 そう思ったコンラッドなのだが先程から妙な違和感を感じ、その違和感に気付く。

 あんなに猛り狂っていたマンティコアが静かなのである。

 不思議に思いマンティコアの方に目を向けるとそこには何かに縛られ身動きが取れなくなっている様な姿が目に入る。

 しかしコンラッドの目視からはマンティコアを縛る様な物は映らないのだが、確実に何かがマンティコアの動きを束縛しているのはその表情を見れば分かる。


「もうすぐで【影縫い】の効果がきれる……」

「分かったわ足止めご苦労様。あとは私とセラに任せなさい」


 どうやらマンティコアを縛っていたのは成人したばかりぐらいのカラスの濡れ羽色をした髪を持つ美しくも儚げな少女のようである。

 その年でこのマンティコアをここまで束縛する彼女の力量にベッテン同様に末恐ろしくも頼もしさを感じるのだが、彼女が言うにはマンティコアを束縛しているスキルの効果がきれるみたいである。

 それは即ちあのマンティコアがまた暴れ出すことを意味し、更に先程より五人も増え奇跡の様な回復術により蘇った部下までいる状況では先程以上にやり難く、二度も部下を見捨てる覚悟はコンラッドには出来ない。

 部下が蘇った事は感謝するがタイミングが悪過ぎるのも事実なのである。


「クソが…っ」


 普段言わないような汚い言葉を今日だけでどれ程口にしたか分からない。

 最早それを慎もうとも思わない。

 そしてコンラッドは今一度スキル【氷華】を発動させようとするのだが、背後から透き通る様な声が涼やかに辺りに響くのが聞こえるとマンティコアが氷の華に閉じ込められるのが見える。


 確かに聞こえたのは聴きなれた、そして言い慣れた言葉であるスキル【氷華】である。

 しかし目の前に咲く華は見た事もない程高い透明度を有しており、その透明度から目の前の氷の華には不純物が含まれていない非常に硬度な氷の華だと言う事がわかる。

 現に自分の【氷華】ではマンティコアを閉じ込めて五秒と咲かせていられなかったにも関わらず、この華は十秒経っても未だ割れる気配すら見せない。


「光魔術段位五【神の裁き】」


 その見事な氷の華にコンラッドのみならず部下達も魅了され、まるで水晶の中にマンティコアが閉じ込められたかの様な幻想的は風景を前に誰もが追撃する事を忘れている中、今度は鈴が軽やかになる様な声が辺りに響くと氷の華、その中心のマンティコアに五本の光の剣が氷もろとも突き刺さり、その衝撃で氷の華が砕け散る。


 普通のボス程度ならばオーバーキルレベルのコンビネーションであろう事は先程の魔術【神の裁き】を知らないコンラッドですら容易に理解出来る程の威力だと分かるのだが、マンティコアは威力、段位関係無く魔術が効かない。


 これはこの世界の常識である。


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