ダンジョン攻略
◇◆◆◇
「旅の準備もできましたし、そろそろ出発しませんか?」
「そうね……では行きましょうか」
ミセルに促されセラが次の目的地に向け出発することに了承する。
ギルドで帝国軍といざこざを起してしまった日から早三日が過ぎた。
あれから帝国軍は直ぐにこの街を離れたみたいなのだが大事をとって三日間を空けてからもう一度ギルドに向かい前回の報酬を必要な分だけ受け取ると旅の準備を終え今に至る。
「ところでこれから何処に向かうのですか?私は王都の中心部、アデンスとか行ってみたいです!!」
「旅行じゃないのだぞレイチェル!!」
「いいじゃない。人族の世界を案内するのも私達の役目じゃん」
「そ、それはそうなのだが……」
「それに、そんな事でいちいち怒っていたら本来胸に行くはずの栄養が使われてしまうかもよ?」
取り敢えずレイチェルを一度張り倒し、深呼吸一つ心を落ち着かせる。
別にレイチェルに言われたからでは無いのだが、本来胸に行くはずの栄養をレイチェル如きに使いたくないからだ。
「うーん、そうね。王都も行ってみたいのだけれど、一度北の方にあるダンジョンに行くつもりだけど良かったかしら?」
そして今方頬を腫らしているレイチェルにウィンディーネ様がセラ様の代わりに答えてくれる。
「ま、まさかとは思いますがあのゲルエイ山脈にあるダンジョンじゃ、ないですよね」
そして私はウィンディーネ様の発した「北の方にあるダンジョン」と言う言葉を聞きその恐怖から冷や汗を滝のように流しはじめ、それはレイチェルも同じだったらしく顔面蒼白になって震えているのが見える。
それもそのはずでゲルエイ山にあるダンジョンはそこに行くだけでもかなりの熟練者かつ強者で無ければ近付く事すら出来ず、またそのダンジョンは未だに最下層まで攻略して帰ってきた者がいないのである。
出来る事なら行きたくないのが本音だ。
「そうね、まさにそこを攻略しに行くのですよ」
しかしミセルの、どうか何かの間違いであって欲しいと言う願いはセラの言葉により無惨にも切り捨てられた。
「か、考え直して貰えないでしょうか?あのダンジョンが発見されてから40年、未だに攻略されて無いんですよっ!?」
「幾ら何でもたかがダンジョンに40年も誰一人攻略出来ていないというのは言い過ぎなのではないのですか……?」
このゲルエイ山のダンジョンは世界各地にあるダンジョンの中でも攻略難易度はかなり高く、その難易度はSSS級である。
即ちSSSランクの冒険者パーティーですら攻略するのが難しいとされるダンジョンであり、更に攻略されていないダンジョンの中でも古株に入る。
その事からもこのダンジョンの難易度が分かる。
そして何よりこのダンジョンが難しいとされる一番の理由は、最深部の一番奥に居る筈のモンスター、通称ダンジョンの守護者と言われるモンスターを未だに明らかに出来ていないのである。
それは即ちこの世界で誰一人として最深部にすら到達出来ていない、若しくは最深部まで行けはしたものの生きて帰って来れなかった事を意味する。
その事からこのゲルエイ山のダンジョンは百蛇の釜、黒狐の幻想郷、蠱の毒道と、世界で攻略されてない最も難易度が高いとされる難易度ランク破滅級である三つのダンジョンに匹敵するのでは?と噂されている。
しかし、いくらゲルエイ山のダンジョンが40年攻略されてない古株と言えども上で述べたダンジョンは優に数百年は攻略されてないので結果守護者が何なのか分からない限りこのゲルエイ山のダンジョンの本当の意味での難易度、四つ目の絶級になるのか、SSS級のままなのかは結果分からないままである。
そんなレベルのダンジョンをセラ様は「たかがダンジョン」と一蹴しまるで遠足かピクニックにでも行くかの様な雰囲気をセラ様だけではなくウィンディーネ様やルシファー様まで出している。
その姿からは楽しさの他に何処か懐かしさも感じられ、そのセラ様達の姿や雰囲気からまさかと思わずにはいられない。
「ま、まさかセラ様達は既にゲルエイ山のダンジョンを攻略しているのですか?」
普通に考えればあり得ない事なのだが目の前の魔族達ならあり得ない事があり得ないと思わせる。
「そうね………行ったことは無いのだから攻略はしてないのだけど、私達なら例えミセルとレイチェルを護りながらでも容易に攻略出来る自信が有ります」
「行った事が無いのにダンジョンの難易度が分かるのですか?」
「簡単な事です。私達には、私とウィンディーネとルシファーが居るからです。私達がいて攻略出来ないダンジョンは有りません。もし万が一私達では荷が重いダンジョンだとした場合でも安全に引き返せますから」
そこにあるのは絶対的な自信。
そう思わせるほどの経験者然としたセラ様達の佇まいにミセルとレイチェルはゲルエイ山のダンジョンに行くことにするのであった。
◇◆◆◇
あの夜から早くも一週間が経った。
あの夜を境に我々の軍と言うには些か少数ではあるもの粒揃いで戦力的には申し分無い部隊は今まで以上にチームワークが取れ効率良く先へ進めて来れたのは嬉しく思うも、死に急いでいる様にも感じてしまう。
「奥にコボルトが三体、オーガが一体です」
「お前のその詮索スキルには毎回助かるぜ。んでもって遂にオーガまで出る所まで潜ったのか……これでまだ半分も攻略出来ていないって言うんだから先が思いやられるなっと」
「そう言いながらも無詠唱で魔術段位三のファイヤボールを詠唱してオーガ含めた敵を苦もなく全滅しているのだからとさすがと言うべきね、ホーエン・ツェルン」
そして今現在4階層へ到達し、ここももうすぐ階層毎にその階層を守護しているとされるモンスターがいる部屋に到達するだろう。
ここまで来るまで自分は何もしていないのだから全く頼もしい限りである。
自分で集めた情報と帝国が調査し我々に提供した資料によれば4階層のボスはミノタウロスで間違い無いだろう。
ミノタウロスというのは姿形は牛型の獣人と言われれば信じてしまうだろう容姿をしているのだが、我々人類とは明らかに違う4メートル程の巨躯をしている。
そして知能も無く出鱈目な獣故の攻撃をしてくるのだが見た目が人族の見た目に鍛え抜かれた筋肉をつけている為に普段対人戦で培った経験が多い猛者になる程人族との対人経験が邪魔をしてミノタウロスの素人じみた突拍子も無い攻撃を喰らってしまう厄介な敵である。
「そろそろ4階層のボス部屋に着く頃だろうから一度休憩を取ろう」
「今のこの統率が取れ士気が高い流れを止めるのは勿体無いと思うのですが……」
「だからこそここで一度休憩をしてその流れを止める。知っていると思うのだが次のボスはミノタウロスだ。今のままではまちがいなくミノタウロスの攻撃を予期出来ず喰らってしまう可能性が高い為に一度ここで集中したいのと、集中力を持続させるために精神と体力を回復させたい」
「………分かりました。では私は今の内にトイレに行ってきますね」
このままで特攻した方が良いのではとベッテンなのだがコンラッドの考えを聞き一応納得したのかトイレと言うとダンジョンの奥へ消えていく。
「何かあったら恥ずかしがらずに叫べよ?」
「いっ、いちいち言われなくても分かってます!!」
「大佐……それセクハラですよ?」
「そんなんだから未だに独り身なんじゃないんですかい?」
一応部下の事が心配故の助言なのだがこの言われようである。しかし部下の言葉もあながち間違いではない為次からは気をつける努力をして善処しようと思う。
「あの感じ絶対直さないですね」
「これで治っていたらとっくに治ってるだろう。大佐のあれは病気みたいなもんだからな」
「ふむ、ボス部屋に行く前に俺がボスとして貴様らを倒しにかかれば良いのか?」
「良い意味で言ってたんです!!良い意味で!!」
「そうです!!良い意味で言ってたんです!!」
良い意味で言ってたとしきりに繰り返し言う部下を軽く小突く。
あの夜以降部下との信頼は深まったと思う一方、部下の中の俺の評価がどうなって行ったのか一度その頭の思考回路を覗きたくも思う。
しかし、こんな部下と上司の関係も悪くは無いと思ってしまう辺り俺もまだ甘いのだろう。
「【氷華】」
コンラッドがスキルを発動させ、斬撃を与えたボスを中心に美しい氷の大輪が花を咲かせる。
しかしその見事な氷の花に見向きもせずコンラッド率いる部下達が打撃系のスキルを、氷の花の中心にいるであろうボスめがけて一斉に撃ち込む。
そして氷が砕け散る音と共に氷の花が砕け散り、中から先程の攻撃でダメージが入っているかさえ怪しいボスがコンラッドに向け一つ長く吠える。
「【氷華】」
それでもコンラッドは再度氷の花にボスを閉じ込め、そして部下達が打撃系のスキルを撃ち込む。
もうすでに十回ほどこの流れを繰り返しているのだが目の前のボスに目立ったダメージは見られない。
それどころか十一回目には遂に目の前のボスはコンラッドのスキル【氷華】で凍らなくなる。
「クソっ、耐性が付きやがった……」
部下の一人がその状況に悪態を吐くのだが誰もそれに返せるだけの余裕は無い。
何故なら今現在目の前で戦っているボスは九階層のボスは、三メートル程の獅子の巨躯に竜の翼、サソリの尻尾という変わった身体を持つ『マンティコア』である。
この『マンティコア』は魔術術無効というふざけた能力を持っており、スキルも使い過ぎると耐性がつく上に個の身体能力も高い凶悪な魔獣である。
その強さは難易度SS級に指定されているのだが目の前のマンティコアは幾ら何でも硬すぎる。
コンラッドが使うスキル【氷華】は武器の種類に問わず使えるスキルなのだがその代わり上位スキルに位置付けられその威力は本来ならば絶大である。
更に追加効果は一定時間相手を氷の花に閉じ込め、氷の花に閉じ込めている間打撃系の与えるダメージが上がる。
だと言うのに目の前のマンティコアはダメージが入っているか怪しく思える程、戦闘開始直後からその巨躯は傷一つ無く、動く様は力強い。
その光景を目にして何故このダンジョンが今まで攻略どころかボス部屋まで行けなかったのか納得する。
このマンティコアは間違いなく変異種で間違い無い。
「【氷華】」
しかしコンラッドはそんな現状を見てもただ淡々と自分がすべき役割を遂行し、目の前の化け物と呼ぶに相応しいマンティコアを再度凍らせる。
「耐性はついたが完全に無効化出来る訳ではなさそうだ。しかし次に耐性がつくと勝ち目は薄くなる。ここで一気に決めるぞ」
「言われなくてもそのつもりですよっ!!【身体強化】【悪魔の契約】【竜尾の一振り】
そしてコンラッドの掛け声が発する前に、すでに一人の部下がその覚悟を決めておりスキル【身体強化】と【悪魔の契約】で自信の能力とスキルの威力を底上げし、彼が持つ最大威力のランス用スキル【竜尾の一振り】を氷の花に閉じ込めているマンティコア目掛けて撃ち込む。