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ヴァンパイアの魔王異世界奮闘記  作者: Crosis
第三章
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【箸休め】スムージー【的な物】

◇◆◆◇



 ミキサー……若しくはジュウサーと呼ぶらしいその見たこともない道具を使い今、セラ様が紫色をしたこれまた見たこともない物体をこの世に産み落とそうとしていた。


 どうしてこうなった……。


 この世の誰がこうなると、今目の前で繰り広げられている錬金術を予測できたであろうか?いや無理であろう。

 だからこそ私は今刻々と刻まれる時と共に近づく処刑の執行を待つ身に落ちてしまったのである。


「ミセル……貴女の屍はちゃんと弔ってあげるわ……」


 そんな私の心境を知ってか知らずか………いや、あの顔は間違いなく私の心境を理解し上で「ヨヨヨ…」とわざとらしい泣き真似を入れながら宣う。


 ゴポウ……


 初めは固い物を砕く音が徐々に高速で液体をかき混ぜる音とそれを回転させている音に変化するのだが……先程明らかに件のミキサーから聞き逃せない音が聞こえてきた気がする。


 ………ゴポポウっ!!


 聞こえない。私は聞こえない。


「ご…ゴポポウ………だって」


 そんな私の心境をまたしても見透かしレイチェルが笑うのを必死で我慢しながらも先程聞こえた音を嬉しそうに真似る。


 レイチェルは後で殴ると心に刻み、どうしてこうなったと再度ミセルは頭を悩ませる。



 事の発端は今から半刻ほど前まで遡る。


 丁度その時私達は美肌の維持と秘訣について姦しくも話し合っていた。

 やれヤルムの若葉を食すのが良い、やれ虫蜜が良い、やれ瓜を顔に寝る前貼るのが良い等盛り上がっていた時である。


「そういえば思い出したのですが、昔クロ様達の会話で健康と美肌の秘訣は毎朝のスムージーだそうです」


 そうセラ様が発言し、ウィンディーネ様とルシファー様がスムージーなる物を今まで忘れてたと悔しそうにしだす。

 しかしスムージーなる物を見たことも聞いたことも、それが食べ物かどうかなんて勿論知らない私はレイチェルの方を向き目線で「知ってるか?」と聞いてみるもやはりレイチェルも知らないみたいである。


 それから十分ほど経過した時、セラ様がストレージからエールを飲むときによく見るジョッキのような物を取り出して来る。

 ようなものと表現したのは、セラ様が取り出した物はジョッキであってジョッキではなかったからである。


 本来飲み口である部分には蓋がされており、下に何か金具が取り付けられていた。


「スムージーは飲み物なのですか?」


 そしてこれからそのジョッキのようもの、ウィンディーネ様曰く『みきさー』若しくは『じゅーさー』なる物でスムージーなる物を作るというらしい。


「飲み物と言われればそうなのですが、凄く栄養価が高くて身体に良い飲むサラダと言った感じですね」


 私の疑問にセラ様が答えてくれる。どうやスムージーはとても栄養価の高い飲み物のようだ。

 しかも栄養価が高い上に『かろりー』なる物が低く太りにくい、女性に対して正に魔法の様な飲み物らしく期待も大きいのだがそれと同等の不安もある。


 セラ様は料理が壊滅的だという事はこの役一ヶ月近い旅路で嫌が応にもその身をもって思い知らされてきた。


 その経験則が「セラ様に『スムージー』を作らせてはいけない」と訴えかけてくる。


「しかし、そのスムージーなる料理を作る様ですが、ここの宿屋にある厨房を借りる為の許可は得ているのですか?」

「………?得てないですが?」


 ミセルの問いかけにセラ様は何故か自信満々にそのプロポーションの無駄に良い胸をはる。


「だってこのミキサーに食材を入れて、後はこのボタンを押して少し待つだけです。こんなのサルでも出来ます」


 なら料理が壊滅的にダメなセラ様でも大丈夫ですね……。


「なら料理が壊滅的にダメなセラ様でも大丈夫ですね……」

「…………ミセル?」


 どうやら心の声がそのまま口から出てしまったみたいである。油汗が一気に噴き出し止まらない。


「言いたいことはそれだけですか?」

「いやっあのっ、えっとですね……っ」


 適切な言い訳が咄嗟に思い浮かばず言葉に詰まり助けを求める様に視線をレイチェルの方へ移すと、声を押し殺しながらも腹を抱えて笑っているのが視界に入る。


 どうやら後で死にたいらしい。


しかし今を切り抜かなければ奴を始末する前に私が始末されかねない……ど…どうしよう……。


「………ま、まあいいでしょう。今まで数々の料理を失敗してきたのですからミセルの気持ちも分かります」


 そして死刑宣告を待っていた私にセラ様は御慈悲をくれると分かり一気に安堵する私と、視界の端で対照的に先程の私の様に油汗をかき始めるレイチェルが見える。


「ですからミセルには今から私が作るスムージーを飲んで頂きます。もう今までの私では無い事をお見せしましょう」


 あ、やっぱり私はここまでのようだ。レイチェルのニヤけた笑みを私の手で恐怖に塗り替える事がついぞ叶わぬ夢となってしまうのか?

 一縷の望みを託してウィンディーネ様とルシファー様を見やると二人はクロ様との思い出話しに花を咲かせている。

 こちらの世界に戻って来るのはまだ時間がかかりそうな程の熱量を二人の会話から感じ取りいよいよ跡が無くなる。


 そしてセラ様に目をやると何やらストレージから出し始め、それらをミキサーに入れ始めていた。


 入れられた物が気になりミキサーの中身を覗いてみると、毒消し草である『モムの葉』、体力を一時的に回復させる『ルギナの根』、疲労感を一時的に忘れさせる『掌草の蕾』、そして極め付けは『千年樹の実』が見える。

はっきり言ってこれらは金と同等の額で取引されている非常に貴重な植物の部位ばかりである。

 特に『千年樹の実』なんかいくらの値段が付くか分からない程の物である。

それらは然るべき方法と手順で処理し、精製し抽出した液体を一般的にポーションや魔力回復液になり、その純度により少量で白金で取り引きされる事もザラである。

 また乾燥させて漢方薬にしてもその値段はこれまた高値で取り引きされる。

一番安値で取り引きされる毒消し草である『モムの葉』ですら、一般的な毒消し草『モギの葉』と比べその取り引き額はおよそ数十倍であろう。

 同じ毒消し草ではあるのだが、『モムの葉』で作ったり毒消し薬はあのヒュドラの毒ですら治す事が出来、治せない毒は無いとされている。


「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」

「………五月蝿いですね、目障りです」


 そして私は見てしまった。立派なマンドラゴラをセラ様がストレージから取り出し、鳴き叫ぶマンドラゴラを「五月蝿い」の一言で消し炭にした瞬間を………。


 多分あれ一つで一生遊んでも無くならない金銭が得られていたに違いない。




 そして今現在、あれから更に様々な素材をセラ様はミキサーに入れられた後この得体も知れない物体が産み落とされようとしている。

 因みにここまで味見などは一切ない。


「最後に隠し味で……っと」


 そう言うとセラ様はミキサーを止めて徐にストレージから虫蜜を取り出しどぽどぽと注ぎ出す。最早隠し味としての役割は皆無であろう。

そしてあの虫蜜も多分とんでもなく高価な物である事は間違いない。


「チョットだけ隠し味でカロリーが高くなってしまいましたけどでもその分飲みやすくなったと思います。うんっ、これで完成ですね!」


 そう言うとセラ様はストレージからコップを取り出すと非常に高級な素材達の成れの果てを注ぎ、私にそれを物凄く良い笑顔で渡そうとして来る。


「あ、ありがとうございます……」


 次にストレージからもう一つコップを取り出すとセラ様はそれに同じく高級素材達の成れの果てを注ぎ「乾杯です」と私の持つコップに軽く当て、セラ様は「自信作だから早く飲んでみて」などとふざけた事を宣う。


 そして手渡されたコップの中身を凝視してみると、そこには綺麗な青色をした液体が並々と注がれている。


 これを全部飲めというのか?セラ様は……。


 セラ様のあの期待に満ちた満面の笑みは間違い無く全てを飲み干すのを疑いすらしていない。それどころか自信作だと言わんばかりの自慢げな笑みを浮かべている。

 ふだんなら気にも留めないであろうコップの重さが今日はやけに重たく感じる。


「これを全部飲むと胸が育つんじゃないの……ミセル?」


 一度コップをテーブルに置き先程言ってはならぬ事を言い放ち、触れてはならぬ物を触れまくりやがったレイチェルの息の根を止めに行こうかとかなり本気で思いもしたのだが、そこでこのドリンクに使われた原料を思い出してみる。


 どれも入手困難でとてつもない金額の物が使われているのなら胸の一つや二つ成長してもおかしくはないだろう。


 いや寧ろ育つ。巨乳へと続く無限の可能性は日々私達の周りに溢れているのだ。

 ましてやあのセラ様がストレージから出した、一生手に入らないかもしれない希少な素材が惜しみなく使われているのだ。


 逆に育たない理由が見当たらない。

 私の胸はやれば出来る子なのだから。


 しかしそれはそれこれはこれである。レイチェルにはそれ相応の代償を償ってもらいましょう。


「セラ様…レイチェルもセラ様特製スムージーを飲みたいみたいなので分けて上げましょう」

「みっ、ミセル!ちょっ!!何をっ!?」


 安全地帯から見下ろし見物しているレイチェルをこちら側に引きずり下ろす私のことばを聞きレイチェルの表情が凍り付く。


 私と同じ空間にいる限り安全なんて言葉は無いと知るのです、レイチェル。

 私の胸を野次ったその罪深さをその身体を持って思い知るといい。


「ええ。元よりそのつもりです。流石に他の仲間達には配らず私達だけで飲むというのは私の良心が痛みます」


 そしてセラ様が物凄く良い笑顔でストレージからコップを取り出すとレイチェルにも青い液体を渡す。


「あ、あ、あ、あり、あり………」

「そこまで感動しなくても。ふふ、そんなに飲みたかったのですね。まだまだ沢山ありますから遠慮なんかせず飲んで良いですよ?」

「ありがとう……ご、ごご…ございます」


 液体を渡されたレイチェルは半泣き状態になり呂律も回ってないみたいなのだが、セラ様はそれを喜んでいるのだと解釈し、レイチェルにおかわりを勧める。

 藪を突き蛇ではなくヒュドラ(青い液体)が出てきたレイチェルは今、藪を突いてしまった過去の自分を後悔しているであろう。


「ウィンディーネとルシファーの分もありますから………あれ?いつの間にか居なくなっていますね。この場に居ないのなら私達だけで飲みましょう。この特製スムージーを飲めなかった事を聞いた彼女達はきっと後悔しますね」


 そう言うとセラ様は「ふふ」と笑みをこぼし改めて乾杯ですと言うとコップを当てる。


 セラ様の乾杯という言葉と共に三人は手にしたコップを口にして飲み始める。


 一口、そのたった一口で私の口の中はコスモがペガサスで銀河である。

 自分でも意味がわからないのだがとにかく小宇宙なのである。


 不味いとか美味しいとか最早そんな次元ではなく私の身体が強化され変化していくのが分かる。


 ………強がった。普通に糞不味い。


 確かに一口飲む度に、感覚的にはまるで新たなオートスキルが私の身体に追加されている様な感覚から来る高揚感とその不味さが打ち消しあって何とか飲み干せるレベルの不味さで留まっているといった感じか?


 ふと気になりレイチェルを見ると乾杯と同時に中身を全て飲み干したのか、コップの中は空になっており、一気に飲んだせいか魂が抜けた抜け殻の様になっていた。


 彼女はもう助からないだろう…。


 だがしかしちびちび飲んでいても拉致があかないのも確か。ここは彼女の様に一思いで飲み干した方がその分直ぐにこの地獄から解放される為最善の様に思えて来る。


「ふー……っ行きます!!」


 そしてミセルは意を決し一気に飲み干す。

 うすれいく意識の中ミセルは聞いてしまった。

 セラ様の「……不味……。こんなの飲める様な物じゃないわね」という呟きを。





 眼が覚めると私はいつの間にかベッドの上で眠っていた。隣ではレイチェルも規則正しい呼吸と共に同じベッドで眠っているのが分かる。


 そしてあの悪魔のドリンクを飲む際身体が変化していく感覚があった為もしかしたらという淡い希望が私の中で湧き上がり、私は自分の胸を見やる。


 そこに広がるは絶壁。断崖。


 結果、私の胸は育たなかった。

 いや、これから育つだけなのだが……。


「ゔ……」


 ハイライトが消えた目で遠くの方にある山を部屋の窓から眺めていると、レイチェルが目覚めたみたいである。

 まだ脳が覚醒してないのかレイチェルは一回頭を振った後ボーとし始める。


「あら、二人とも起きたようね」


 そして私達が起きたのを確認する様に透き通る声が部屋に響く。


「ウィンディーネ様……」

「一応状態異常があった場合と体力が減っている場合を考慮して回復系魔術を二人にかけているのだけれど、一応様子見で少しベッドで安静にしているのですよ。セラには私から注意しましたから安心なさい」


 そしてウィンディーネ様は「セラの暴走を止めて上げれなくてごめんなさいね」と頭を下げる。


「いえ、私達はこの通り大丈夫なので……」

「……あれ?胸が大きくなってる…?」

「あら、セラが作ったスムージーは栄養価だけで見たら物凄く高いからその栄養が胸にまわったのかしらね?」


 おっと………一人死人が出るかもしれない。






チクショウ……この世に神は居ないのか……。


この夜一人の貧乳が世界の不条理に枕を濡らした。



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