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ヴァンパイアの魔王異世界奮闘記  作者: Crosis
第三章
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捨石の役割

「貴様ぁぁぁぁあ!!大佐に向かってなんて口を聞いているんだっ!!」


 そして大佐の斜め後ろでこの様子を見ていた女性軍人でありながら大佐補佐であるベッテン・ハーヴェル・クヴィストが声を荒げセラに怒声を浴びせかける。

 帝国軍の大佐が冒険者に頭を下げるだけでも軍側の人間からすれば腸が煮える思いなのである。

 しかも彼女達は無名でありランクもFだと言うではないか。

 しかもそこから更に彼女達無名冒険者はこともあろうに大佐よりも自分たちの方が強いと言っているのである。

 特に冒険者を見下している傾向が強いベッテンにとってもはや怒りを我慢する理由は無い。


「貴様こそ誰に向かってそんな口を聞いているのかしら……」


 そしてベッテンの怒声で返って来たのはセラという女性の隣にいるウィンディーネという青い髪の女性から発せられる明確なる殺意。

 しかしその殺意はベッテンからすれば子供が放つ様な、修羅場を経験してない者のそれであり、その事が更にベッテンを刺激する。


「此処までコケにされてはこちらは容赦はしないぞ?小娘如きが遊び半分で冒険者を気取り帝国軍に喧嘩を売った事を後悔させてやる」


 そしてベッテンは腰に挿している剣を一瞬で抜刀しスキル【斬撃】を発動、ウィンディーネに斬りかかる。

 この間約一秒ほどであろうか。先ほどのドドルクとは洗練度が違う事が一目瞭然で伺えられる動きである。


 しかしその斬撃はウィンディーネには届かない。


その斬撃を阻む物はウィンディーネの手にいつの間にか握られている見事な彫刻を施されている氷の、見た事もない細い方刃の剣である。

 更にその氷の剣はベッテンの剣を受け止めるだけでは無く刃が接触している部分を中心にベッテンの剣を凍らせ次の瞬間にはベッテンの剣がそこを中心に砕け散る。


「私を使役するご主人さまは無駄な殺生を嫌う方です。その事を感謝しなさい小娘」


 そう言うとウィンディーネは「行きましょう」と告げるとパーティーメンバーであろう仲間達とギルドを出て行く。


 セラ達が出て行った後のギルド内に残ったのは白昼夢を見ていたかのような感覚に陥る野次馬達と帝国軍の人間達が作り出す異様な空気に支配された沈黙である。


「ブラックタイガーの鑑定終わりました………あれ?何がどうなっているんですか?この状況。それにミセルさん達の姿が見受けられないのですが……」


 そんな中ギルドの奥にある扉が開き事の事情を知らないギルド職員がやっとの事でブラックタイガー200体の鑑定による査定額をはじき出し、その作業から開放されたことによる間の抜けた声がギルド内に響くのであった。




「全く、報酬も受け取らず何をやってるんですか………ウィンディーネ様」

「す………すみません」

「あら、このパスタ美味しいわね」

「一応今回の報酬は私のギルドカードに振り込まれるでしょうけど、その報酬もどのみちギルドに行かないと入って来ないんですよ?」

「私のシチューも美味しいですよセラ様」

「なら…もう一度行く?」

「もう一度帝国軍といざこざを起こす気なんですかっ!?ルシファー様っ!?」


ギルドから離れ街の西部にある飲食店でセラ達は現在昼食中である。

既に頼んだ食事が来ているのだが、その席でミセルがウィンディーネに説教をし始め、ルシファーがそこへ油を注ぐそんな中、我関せずとセラとレイチェルは各々が頼んだ料理に舌鼓を打っている。


「でもでも……弱い癖に喧嘩を売って来たのは向こうなんですよ?」

「ウィンディーネ様達からすれば弱いかもしれませんけど私やレイチェルも居るんですからね!?私達の身にもなって下さいよ……」

「んっ!?確かにこのシチューも美味しいですね」

「……貴女達が弱すぎる…」

「貴女達が強すぎるんですっ!!」

「あ、このパスタも美味しいですねっ!」

「うーん……私達は強いと言っても私の夫であるクロ様レベルの方達には流石に勝てないですし……ってセラっ、く……苦しい……っ!!」


 「当たり前です!!」と叫びたくなるのをミセルはグッと飲み込む。

 大魔王であるクロ・フリート様とその家臣達と出会った日からミセルの常識が見事に崩れさり価値観も出会う前と比べると全く変わってしまった。

 それ程衝撃的だったのだが、その当事者であるセラ様達はこの調子である。

 そのセラ様とウィンディーネ様はどちらがクロ様の妻に相応しいか口論し、もはや私が入る余地は無く人知れず溜息を吐いてしまう。


「全く、そうカリカリしないでご飯食べなよ。せっかくの料理が冷めちゃうよ?」

「……レイチェルのその能天気さが今は羨ましいわ」

「あ?………そ、そう……あなたと違って胸も有るしね」



その後ご飯を食べ金銭を払った後に店主から出禁を言い渡されたのだが、少しレイチェルと戯れただけで出禁にまでするとは器が小さいのではないかと思ってしまうのであった。




◇◆◆◇



「………どうして後を追わないんですか?」


 セラがウィンディーネの首を絞めミセルとレイチェルが掴み合いの喧嘩をしているそのとき、帝国軍は帝国軍経営のホテルで昼食を取っており、その中でベッテンがコンラッドに先程ギルドでの一連の流れが納得出来ないのか不満を訴えている。


「後を追ってどうする?既に断られた案件をぶり返しみっともなく縋り付きながら我々の要求を受け入れてくれと泣いて叫ぶのか?」

「そうは言ってません!!何故我々帝国軍を見下した相手に我々の強さを、その身体を持って知らしめなかったのですかと言っているのです!!」


 自らの上司であり、逆立ちしても勝てないであろうコンラッドにベッテンが鼻息を荒立てながら捲し立てる。

 彼女にとって冒険者とは常に見下している存在であり、逆に見下される事は我を忘れるほど耐え難き屈辱である。


「ミスリルで出来たお前の剣を触れるだけで破壊できるほどの能力を持つふざけた剣を相手が持っている以上、俺が武力行使に出ても勝てる保証はないだろう。むしろそれ程の剣を扱える相手である以上、冒険者は勝とうが負けようが株を上げる事になる。逆にこちらは相手の実力がどうであれFランク相手では圧倒して勝たなければ示しが付かない。こちらの条件が悪すぎる」

「しかし………」

「それに、たとえ協力を断られても結果近い未来我々と手を組む事になるだろう。その時に我々の強さを見せつければいい」


 コンラッドが言わんとしている事は理解出来ているのだがそれでも感情の面では納得出来ないベッテンはなおもコンラッドに食らい付こうとし、それをなだめるようにコンラッドがべに語りかける。


 悔しいのはベッテンだけではなく自分も含め皆同じである。であるならば長の自分が抑えなければ更に我々帝国軍の名に泥を塗る事にもなりかねない。


「わ、……分かりました。出過ぎた真似をしてすみませんでした」

「気持ちは俺も痛い程分かるから気にするな」


 そう言うとベッテンは渋々といった感じではあるものの今回の件は諦めた様でコンラッドに自分がした無礼な行為を詫びる。



◇◆◆◇



「大佐、今回の任務はコンラッド大佐単独での任務の方が効率が良かったのではないのですか?」


 冒険者ギルドでのいざこざから2日たった今、冒険者ギルドがあった街を離れ今は山の中で今回の任務での疑問をベッテンは大佐であるコンラッドに聞く。

 今回の任務はベッテンは兎に角他連中は間違いなく足手纏いになるのは必須、最悪死んだその肉体を操られ我々に剣を向けかねない可能性もある。

 どう考えてもコンラッド大佐単独での任務遂行の方が理に適っている事ぐらい帝国のお偉い方達が分かっていない事は無いだろう。


「そうだな……俺一人で任務失敗した場合と軍を動かした場合、前者は民に言い返す言葉も言い訳も無いのに対して後者の場合「最前は尽くした」と言える。それに俺単独よりもお前達がいた方が心強い。それに道中楽をできるしな」


 そこまで言うとコンラッドは普段は無表情がちなその顔で笑顔を作る。

 これで部下の不安を少しでも和らげられるのなら安い物だろう。


 今回派遣された軍は、軍と言うに総数10名といささか少人数過ぎる気もするのだが今回集めたメンバーはベッテン含め皆選りすぐりの精鋭達である。

この事からも帝国が手を抜いていない事が伺える上に、先程述べた様にコンラッドとしても心強く感じる。

 その理由として一番大きいのは、コンラッドはストレージを持っておらず個人での任務と今回の様にストレージ持ちが要る任務とでは道中の辛さは雲泥の差であると言えよう。


 もちろんコンラッド自身プロとして、また自分の立場的にも個人の任務とはいえ討伐相手との遭遇時に疲労し本来のパフォーマンスが出来ない様な事は無いのだが、それはそれこれはこれである。

 やはり楽できるに越したことはない。


「今回の任務、討伐相手が低級のドラゴン程度ならば俺一人でも何の問題も無いだろうが今回の討伐相手はな………すまないがお前達部下の事まで気にかけて戦えないと思ってくれ。また先程ベッテンが述べた様にこの中の誰かが死して操れた場合、屍体を残してやる余裕も無いだろう。すまない」


 そう言うとコンラッドは今までの会話を派遣メンバーも聞いていた事を利用し、この場を借りて先に起こるであろう長としての役割破棄とも取れる行動をする事になるだろう事を謝罪する。

 そしてあたりに緊張感を含んだ静寂が訪れるのだが皆その目には強い意志を宿しコンラッドへと目線を集める。

 そしてその目線全てにコンラッドを非難する意思は少しも含まれていなかった。


「今回の任務に選ばれ此処に集いし時より我々は捨て石であると覚悟を決めております。ですのでコンラッド大佐は我々の事は路傍の石程と思って討伐に挑んで下さい。路傍の石と考えて下されば使いようはございましょう」


 コンラッドに視線を向ける者の中から今回集められたメンバーの中でも最年長でありベッテンとも遜色ない、むしろベッテン以上の強さを持っていたロン・フルムが皆の気持ちを代弁しコンラッドへ伝え、周りの者はその言葉が自分達の本心であると自らの目に宿す。


 因みロンの強さを過去形で表した理由に、彼は今年で46という年齢と六年前息子を馬車との衝突から庇った際に失ってしまった事で片脚が義足である事が関係している。

 それでも尚並みの騎士や冒険者には遅れを取らない強さを保持しているのだから侮れない。


 しかし今回集められたメンバーは精鋭と言ってもロン程では無いものの高齢であったり若くとも身体のどこかしらが欠損していたりという面子である。

 まさに『捨て石の為に取っておき、磨いてきた石』である。


 そういう事をコンラッドは良く思ってはいないのだが、このシステムのお陰で彼等が今日まで軍に所属できていたのもまた事実な為本人達が文句を言わない以上コンラッドはの考えは偽善と言えるものである事を重々理解しているつもりである。


「大切な者を、祖国を、誇りを、プライドを、尊厳を……平和を守る為に魂を悪魔に捧げ鬼になれと………」


 そして訪れる二度目の沈黙。


 コンラッドは鬼として振る舞うかもしれないと言い、部下は振る舞うのではなく鬼そのものになれと言う。

 彼らはそれだけの覚悟を決め今回の任務に挑んでいる。ならば自分は鬼になる覚悟を決めなくてはならない。


「鬼程度じゃ生温いか?」


 コンラッドは難しい顔から何処か吹っ切れた顔に変わると、そんな事を宣う。


「それもそうですな。どうせなるなら邪神にでもなりましょう」

「邪神か……悪くない」


 覚悟が決まればどうという事は無い。しかし、どうせなるなら鬼程度で満足しては彼らに失礼というものであろう。


「私は死ぬ気無いからそのつもりで」

「それもまた結構だ。死を恐れぬ兵が強いのも事実なら強く生きようとする兵も強い」


 未来無い者の覚悟と未来ある者の覚悟……どちらにせよ意志硬き者は強いのである。

 それを知っているメンバーだからこそベッテンの放った言葉で気を悪くした者はおらず、むしろベッテンの覚悟を歓迎するのであった。



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