青の大佐
「だってクロ様は甲殻類、特に海老が大好物だと聞いた事があるから…」
ミセルの問いかけにそう言うとルシフェルは「フンス」と鼻息も荒く、いつもどことなく気だるげな感じなのが嘘のようにその目にはやる気に満ち満ちている。
「な……その話は本当ですのっ!?」
「信憑性は有るんですよねっ!?」
そしてルシフェルの言葉にウィンディーネとセラが身を乗り出し聞いてくる。
「うん。昔クロ様がパーティーメンバーと好きな食べ物の話してて甲殻類全般って言ってた。特に海老とも」
そしてこの言葉を聞いたセラとウィンディーネもルシフェルと同様、もしくはそれ以上今回の討伐依頼に並々ならぬ闘志を滲ませ始める。
「ぶ、ブラックタイガーって食用できたっけ……?」
「多分私達には真似出来ない何かで食べれる様にするのではないかと……」
しかしいくら考えても解らないのかミセル達はセラ達の後を追う。
「ねえミセル?」
「何ですか?サラ様」
「何でブラックタイガーを捕まえに行くのに森の中に入って行くのですか?」
ブラックタイガーを討伐する為にあれから三時間ほど討伐箇所に向かい進むのだが、進めば進むほど木々が生い茂り始め辺りは最早森の中である。
始めはそのうち森が切り開け海が広がるのだと思っていたサラなのだが行けども行けども潮の香りはせずただ土と草木の香りがするばかりである。
流石に疑問に思いミセルに聞くのだがミセルからは「何当たり前のこと聞いて来るんだろう?」という顔をされてしまう。
「ブラックタイガーはその名の通り黒い虎で、主に森林に生息しています。ですので今まさに生息場所ですね」
「「「………え?」」」
そしてミセルから返ってきた言葉にセラ、ウィンディーネ、ルシフェルが聞き間違いでは?とミセルに向く。
「ブラックタイガーというのは車海老の一種でウシエビの事を指すものでは………無いのですか?」
ちょうどその時何か黒い影がミセルを襲って来たので蝿を払う様に命を狙って来た代償にそのその命を持って償わせる。
「はい…そうですね……今セラさんがまるで羽虫の如く斬り伏せた魔獣がブラックタイガーと呼ばれる魔獣です……」
そう答えるミセルはランクAですら手こずるブラックタイガーを簡単にあしらって見せたセラを見て溜息を吐く。
この三週間嫌という程その強さを見てきたのだがいくら見ても凄いと思えてしまうほどミセルはセラの剣技は人間離れ……いや人間及び魔族離れした強さをもっており、ミセルはただ単純に魅せられる。
「………仕方有りませんね。今日は適当に狩りつくして帰りましょう」
「全く……下調べはするべきね」
「骨折り損……」
そして三人の魔族は「お前達は増え過ぎたんだ」と言わんばかりに文字どうり狩りつくしブラックタイガーをこの日だけで200体討伐するのであった。
「こちらがブラックタイガーの右牙が入った袋です」
「た……確かに受け取りました…」
「それと討伐したブラックタイガー200体をストレージに入れてるんですけどどちらに持って行けば良いですか?」
「あ……はいっ!!討伐されたブラックタイガーはこちらの通路突き当たり右にある部屋に持ってきて下さい。討伐数及び持ち込まれたブラックタイガーの状態と個数を確認し、今回の報酬を計算しましたら後ほどお呼びしますのでカウンター前の席にお座りお待ち下さい」
ギルドで討伐依頼を受理してから約六時間後、時間にしては余りに早過ぎる、そして多過ぎる討伐数とその骸の持ち込みにギルド内が慌ただしくなる。
それもそのはずで討伐数200体という数字はここのギルドで約三日間分の討伐数なのである。
明らかにギルド職員数と仕事量のバランスが取れなくなっている事は走り回り怒号が飛び交い始めた状況を見れば一目瞭然だろう。
「今回の討伐数により周りの生態系への影響と変化もあると思いますからこの後会議を開き対策を考えますのでそのつもりで……」
「はい、分かりました。下の者にも告げておきます」
「頼むよ」
そしてその光景を見た初老の男性がこの後確定した残業を信頼できるであろう女性職員に告げ慌ただしくギルド奥部へと消えて行くのが見える。
「忙しそう……」
「そうね。でもこれが彼ら彼女らの仕事です。ルシフェルがブラックタイガーを討伐するのが初めてであると知りながらの説明不足。いくらミセル達が居たと言ってもミスはミスです……私達が無駄にした時間を時間で償ってもらいましょう」
当初からこれが目的であると言っている様なセラの発言にミセルとレイチェルは苦笑いをする。
この御三方はこと主人であるクロ・フリート絡みになると色々と行き過ぎる傾向が見えるので今後抑えてもらうようにして欲しく思うのだが無理なんだろうな……と思えてしまう。
「なあ姉ちゃん達……どういうイカサマ使ったんだ?」
そしてカウンター前の席で雑談し始めたセラ達に一部始終見ていたのだろう男性が話しかけてくる。
この男は自分よりもランクが低い冒険者を捕まえ貪るゴミクズとして有名なのだがその顔は明らかにセラ達の身体と今回の報酬目当てである事が伺える。
「どうやってと言われましても……普通に倒してきたとしか……」
「だからそんな訳ねぇだろっ。どうやったら半日でブラックタイガーを200体も討伐出来るのか教えてくれよ?そしたら冒険者ランクBの俺が仲間になってやっても良いぜ?」
そう言うと男は心底気持ち悪い笑顔をセラ達に見せる。
「糞虫が何を喚こうが糞虫の言語は理解しかねますね」
ウィンディーネがそう言った瞬間辺りが静まり返り件の男性からは怒気が渦巻き始める。
「そこの姉ちゃん…今俺の事なんて言った?今ならまだ聞き間違いという事で命だけは取らないでやるよ」
「私達との実力の差も弁えず上から目線で私達の仲間になってやるという戯言を言い、その目線は私達の身体を這わせる………糞虫以外にお似合いの言葉があるのかしらね…糞虫」
「こっ……この糞アマがっ!!黙って聞いてりゃ良い気になりやがってっ!!」
そしてウィンディーネに糞虫と言われ怒りの感情を抑える事もせずその怒りに任せウィンディーネに襲い掛かろうとするのだがウィンディーネからすれば全てが遅すぎる。
腰に差している剣を抜く動作、その剣をウィンディーネに向ける動作、そして突き技に当たるスキルを発動しようとする動作、その全てが遅すぎる。
いっその事……糞虫は糞虫らしく……。
そう思った瞬間、黒い影がウィンディーネと男改め糞虫の間に入るとウィンディーネを庇う様に糞虫のスキル【穿突き】を自身の剣を鞘から半身だけ出し受け止める。
「ドドルク・カカ……貴様を詐欺と恫喝の容疑で逮捕する。お前たち、ドドルクを拘束し連れて行け!!」
「て……帝国軍青の大佐、神速のコンラッド様が何故ここに……い…いや、それよりもしょっ証拠はあるって言うのかよっ!?」
「ああ、集めるのに実に苦労したぞ?」
コンラッドという軍服を纏った男性がそう言うとドドルク・カカという名前の糞虫は顔を真っ青にし力無く項垂れるとコンラッドが率いて来たであろう同じ軍服を来た男性数名に引きずられる様に連行されて行く。
「所でそこの麗しきお嬢さん……」
「何ですか?糞虫程度から私を助けたつもりで感謝の言葉をお待ちでしたら諦めて帰りなさい」
「いえ、助けたのは貴方ではなくドドルクですよ……貴女は今ドドルクをどうするつもりでしたか?」
その瞬間ウィンディーネは目の前の男性、コンラッドの目線の先がウィンディーネの右手の一部が人間のそれでは無く水の精霊らしい半透明な青色の液体に変化している箇所に向けられている事に気付く。
「………どうやら私を助けて頂いた事には変わりないようね。一応感謝はするわ。ありがとう」
「………偶然だ」
彼はドドルクの攻撃を捌きながらウィンディーネの右手を自身の身体で隠す事でウィンディーネの右手の変化を野次馬達に見られない様にしてくれていたみたいである。
彼が言う通り偶然なのかもしれないのだがそれでも感謝をしない理由にはならないだろう。
「だとしても、貴方のお陰で糞虫程度に私のスキルを使う必要が無くなったのもまた事実。感謝しない理由にはなりませんよ」
「そうか………一応受け取っておこう。話は変わるがあなた方の実力を信用した上で込み入った話がある」
ウィンディーネのスキルという言葉にコンラッドは何か引っかかる様な顔をするのだが、それも一瞬で次の瞬間には真剣な顔つきになるとウィンディーネとその周りにいるセラ達に目線を向けギルドの奥にある部屋にて話がしたいと言ってくる。
「………今回ウィンディーネを庇ってくれた事には感謝しますが、貴方と話す事は有りません。今回の討伐により旅の資金も得ましたしこれ以上何かをする、もとい面倒事に片足を突っ込む必要も無いでしょう。今回は縁が無かったとお引き取り下さい。それに……私達が居なくても貴方の力で何とかなるのでは?大佐殿」
しかしそんな大佐の要求はセラによってにべもなく却下される。
その後訪れる静寂。
ここにいる冒険者、ギルド職員、帝国軍、そしてコンラッドですら話を聞く前から断られるとは思っておらず先程セラが口にした言葉の意味する答えを理解できずにいる。
そんな中一番最初に理解できたのであろうレイチェルとミセルが顔をみるみるうちに真っ青に変えながら悲鳴に近い声を上げセラに抗議し始める。
「せ、せせせせっ…セラ様!?な、なななななんという事をぉぉぉおっ!?」
「て、帝国軍最強の一角にけ……喧嘩売ってるんですかぁぁぁぁあああ!?私まだ死にたくないです!!」
「……?何も可笑しな事は言ってないと思いますが?」
「眩しい!!セラ様のその悪びれてない無垢な表情がレイチェルには眩しいです!!」
「大袈裟な………それに喧嘩を売ってるつもりはありませんよ?喧嘩と言うのは対等な者同士が行うものです。私は強者として命令しているのです。面倒事に巻き込み私達の旅の邪魔をするなと」
もはやこの場にいる誰もが耳を疑った。
帝国軍青の大佐を弱者呼ばわりする……無知で世間知らずだとしても、自ら吐いた唾はもう飲む事は出来ない。