依頼
「そんな事よりもクロさんっ!!」
「えっと、キンバリーさんでしたっけ?なんでしょう?」
クロが大魔王という事実をそんな事で片付け身を乗り出しながらキンバリーがクロの両手を掴みズイっと迫る。
そしてこれからキンバリーがクロに何を言うかが大体察した他の女性陣はキンバリーが次に紡ぐであろう言葉を遮ろうとするもそれよりも早くキンバリーが言葉を紡ぐ。
「好きです!!異性として!!」
この日クロに彼女が二人増えた。
◇◆◆◇
クロ様と離れ早くも三週間、やっとの事で都市と呼べる街に着くことが出来た。
ここまでの道中は強い敵も出ず至って平穏な道のりだったと言えよう。
しかし一緒にパーティーを組んだ人間の娘、レイチェル・グランとミセル・ブラウンからすれば盗賊に追い剥ぎに傭兵崩れ、魔獣でも危険度Aのファイヤーアントの群れにも運悪く遭遇し生きた心地がしなかったと言っていたので彼女達からすれば心労の多い道のりだったのかもしれない。
そんな彼女達をみていると昔の自分を思い出し懐かしく思う。
「セラ様、ここが東最大の都市『ミロ』のギルドです」
「そう、有難うミセル。では早速依頼を受けに行きましょう」
クロ様と初めて行ったクエストなどを思い出しながらミセルが案内してくれたギルドへと足を踏み入れる。
「入ったはいいがどうやって依頼を受けるんですか?」
「いや、私に聞かれても……ミセルならわかるんじゃないの?」
意気揚々と入るのは良いけど依頼の受け方が分からず思わず一緒にパーティー登録しているウインディーネに聞いてみるもやはりというかやはり分からないみたいで、そのウインディーネはそのままミセルにバトンタッチする。
「それでしたらギルドの受付窓口まで行って、受付の人に依頼を受けたいむねを伝えれば今来ている依頼を教えてくれます」
「いつも有難うミセル」
「い、いえっ…当然の事をしたまでです」
「あなたもね、レイチェル」
「あ…有難うございますっ!!」
この三週間思い返せばこの娘達は本当に良くやってくれたと思う。
腕っ節の強さだけでは何も出来ないという事を考えさせられた道中でもあった。
「ねえ、レイチェル……依頼読んで。文字読めない……」
「ルシファー様は文字読めないの?」
「……日本語と英語なら…読めるけど、この文字は読めない」
そんな事を思いふけっていたらルシファーがもう既に依頼が貼られた掲示板で依頼を探していたのだがどうやら文字が読めないらしくレイチェルに尋ねている。
それを一つ一つ読んでもらうとルシファーは徐に一枚の依頼を剥がすとその横にある受け付けカウンターへ向かい、受け付けスタッフにそれを渡す。
「『ブラックタイガー討伐依頼』………」
受け付けスタッフがルシファーの持ってきた依頼内容を読んだ瞬間、今まで騒がしかったギルド内が嘘のように静まり返る。
「こ、この依頼内容に、お間違いないですか……?」
「……無い。早く受理しろ」
そう言うとルシファーは茶色い冒険者カードを出すと『一人で依頼受理出来るっ!」と言いたげな、自信満々な顔で受け付けスタッフにそれを突き出す。
「………すみません……ブラックタイガーの討伐許可が出ているランクはB以上ですので今回はお受け出来ません…」
その瞬間静まり返っていたギルドが爆笑の渦に飲み込まれる。
その光景にルシファーは笑われているのが自分だとは露ほども思っていないのか気にも止めず再度受け付けスタッフにブラックタイガー討伐を突き出し受理を申し込む。
「で、ですから……Fランカーの貴方にはこの依頼を受ける事は出来ません」
受け付けスタッフのこの一言で更に周りは笑い出す。
これによりさすがのルシファーも笑われているのが自分だと分かり下唇を噛むと俯き、それでも「んっ!!」と受け付けスタッフに依頼を突き出す。
ルシファーも自分が何故依頼が受理されないのかを理解したのだろう。
クロ様も初めは危険度の高い依頼は取る事が出来なかったのだ。
それは強さに関係なく単に自分のランクにより受けれる仕事の幅が違うというものなのだろう。
冒険者ランクというのは強さだけではなく信頼度の表れでもあるのだ。
「こ、この方は私のパーティー仲間ですので私がその依頼を代わりにお受けします!!」
そんなルシファーの横からミセルが受け付けスタッフに顔を真っ青にし必死の形相でその依頼を受ける事を伝える。
「み、ミセル・ブラウンさんっ!?な、なんで貴女の様なレベルの方がFランクの方とパーティーを……グリフォンの翼はどうしたんですっ!?」
ルシファーの代わりにブラックタイガーの討伐許可を受けると言って来た冒険者を見て受付の女性は信じられない者を見るように目を見開き驚く。
それもそのはずでミセルは少し前までは冒険者内でもちょっとした話題になる事があるような程有名なパーティー、グリフォンの翼に所属していたのである。
そのランクAのミセルがランクFの人とパーティーを組んでいると聞いて驚かない人はこの街の冒険者には居ないだろう。
「パーティーは解散しました。今はこのセラ様を筆頭にした方達とパーティーを組んで旅をしています」
そしてミセルの説明を聞き更に驚愕する。
「そんな……」
ミセルの参加してたパーティーが解散するというイメージが浮かばず何かの冗談ではと思ってしまう。
富と名声を手にしたパーティーが解散するのであればその前兆というのが必ずあるのだ。
しかし約一ヶ月半前ここで護衛依頼を受けた時ミセルの所属していたグリフォンの翼からはそんな予兆も前兆も見受けられなかった。
「一体護衛先で何があったのですか?…………まさかっ!?」
そこまで言って気付く。グリフォンの翼が護衛した商人の行き先をギルド受付嬢は思い出す。
ノクタス
つい最近大う魔王と魔王が戦った街である。
「パーティーメンバーが魔族同士の戦いに巻き込まれメンバーの誰かが………」
魔族同士の戦いに巻き込まれパーティーメンバーが何人か死んだのではないか?それならパーティーが解散した理由も分かる。
あの大魔王クロ・フリートと魔王アーシェ・ヘルミオネの戦いは人間の、いや魔族人族双方の領域を超えた戦いだった。
映像で観たあの、広範囲高威力でもはや何段位かすら見当もつかない魔術に巻き込まれたと言われたらそれも納得がいく。
村一つがたった一つの魔術で消えかけたほどの威力だったのでは?と現地のギルド職員からの連絡も来ているほどの威力である。
たとえSランクでも防げるかどうか分からないともそこの職員は言っていたのだ。ランクS以下なら防ぐ事は出来ないだろう。
「それは無いです。元パーティーメンバーどころか戦闘によって負傷した者は魔族人族関係なく大魔王クロ・フリート様の家臣たちの手により全て治癒を施されており死傷者は奇跡的に魔族人族双方合わせて50名程度にとどまり、その中に私の元パーティーの方はいません」
「………ではどうしてパーティーを解散したんですか?」
そう問いながら受付嬢は違和感を感じる。
先ほどミセルは大魔王の事を何と呼んだ?
しかし受付嬢は気付けない。ミセルが目指す強者が誰なのかを。
だからこそミセルがクロ・フリートにー、ー魔族に『様』を付け呼ぶ事に気付けないでいた。
彼女もまた魔族を排他すべきと考える一人であるのだから。
そしてその価値観のズレがパーティー解散の要因の一つであり最大の要因であると。
「今の私達では到底届かない頂きを見てしまってはパーティーの存続は出来るものではなかったのです。七人いた元パーティーメンバーのうち三名はノクタスのギルド職員に、そして残りは私の様に新たなパーティーに所属したり、別の職に就いたり、故郷に戻ったりされたようです」
「し、しかし……」
確かに彼女の言わんとしている事は理解出来る。だがしかし、果たしてグリフォンの翼程のパーティーがたったそれだけの事で解散までしてしまうのだろうか?
あと少しでパーティーランクがSになろうとするパーティーの解散。
冒険者、パーティー共にSランクにまで登る事を夢見て皆血と汗を流し努力をしているのだ。
だからこそミセルの言葉に納得しかねてしまう。
だがしかしその理由もまたあの場所にいた様々なパーティーが解散した要因の一つである事に間違いはない。
「私とパーティーを組んで下さった方はランクこそFランクなのですが、私なんかより遥かに強いです。その事実を目の当たりにしてしまってはランクに拘るのが馬鹿らしくなるわ」
そう言いミセルは横にいるルシフェルを見る。
このまだ年端もいかぬ少女が自分よりも強いと確信しているかの様に。
「だいぶ話が逸れているようですが、このブラックタイガーとやらの討伐依頼をミセルさんがお受けする事は出来ないのですか?」
そして受付嬢がミセルに再度先ほど発した発言内容の確認とパーティー解散理由の追求をしようとした時、ミセルの背後から心を掴まれてしまうのではないかと思ってしまう程綺麗で澄んだ声が受付嬢に向け発せられる。
そしてその声の主はミセルが横にずれた事によりその素顔が露わになる。
そこに居たのはまさに絶世の美女。
そう思える美姫が二人立っていた。
周りを見渡すと先程までルシフェルを嘲笑い、騒々しかったギルド内は今では皆この二人に見惚れてしまったのか皆二人を見ながら惚けているのが分かる。
今まで『自分の見た目は良い方』だと思っていたのだがそれは間違いも甚だしいのだと思ってしまう程の美姫が二人もいるのだ。
いや、二人という表現には語弊がある。
目の前の黒髪の娘もあと数年もすれば間違いなく彼女達に匹敵するだろう美しさをその身に宿しているだろうと、女であるが故に気付く。
「わ、分かりました。今回はブラックタイガー討伐依頼を受理します。しかし依頼を失敗または無下にした場合ミセルさんのランクをBに下げさせてもらい更に違約金として金貨五枚貰いますが宜しいですか?」
◇◆◆◇
とある高級宿屋の一室。
絢爛豪華な室内に美女を侍らせ男は考えていた。
今日ギルドに行ったのはたまたまだったのだが思いもよらぬ出会いがあった。 しかも今まで手に入れた美姫と呼ばれる女性が見劣ってしまう程の女性が三人もである。
もはやこの出会いは運命であろう。
何としても手に入れる。
しかしそこで男は考える。
「なあ、どうやったら良いと思う?」
男は自分の身体を愛撫する複数の女性に向けて問いかけるのだがその答えは返って来る気配は無い。
だがそれで良いと男は思う。
所詮こいつらは餌であり小間使いであり装飾品であるのだ。
そして徐に男は近くにいた女性の首筋に牙を当て血を啜る。
その女性は男のお気に入りだったのだがもうそれは過去の事である。
「あ……あぅ……」
そして女性は小さく痙攣したあとその命を終える。
「あぁ、楽しみだ。初めてだよ。意識を保たせたまま保有したいと思ったのは」
そして男はこれからあの三人の美姫が手に入る事が当然であるかの如く、注文した商品が届くのを待つかのように彼女達の事を想う。
◇◆◆◇
「しかし依頼を受けて良かったの?」
「別に問題ないでしょう。あるとすればセラ様達の容姿に魅せられ我を忘れ、身の程も忘れた男性達ぐらいでしょうね」
「そう言われれば確かにそうね。魔獣や盗賊みたいな扱いする訳にもいかないしね」
そう言うとレイチェルは後ろを振り返ると、素知らぬ顔をしてはいるが明らかに尾行している男性の群れができていた。
もはや素知らぬフリをする意味があるのか?と言いたくなる。
「でも何でアクション起こさないんだろうね?」
「あまりに高嶺の花過ぎて、二の脚を踏んでいる間に彼らの間で抜け駆け禁止みたいなルールが出来つつあるんじゃないの?後は人柱が現れるのを待っているとか?」
レイチェルの疑問にそう答えるミセルなのだがまさにその通りだったりするの。一つ付け加えるとすればその均衡ももはやいつ崩れてもおかしくない状況だという事である。
「しかしルシフェル様は私が思うにブラックタイガーに並々ならぬ執着を見せていましたが、何か理由が有るのでしょうか?」