決闘◇
クロはギルド職員に連れて来られたギルドが所有する修練場の中心まで来ていた。そしてクロと向かい合うようにドラニコがクロをバカにしたような目線を先ほどから浴びせかけニヤニヤしている。
当然先ほどの件を見ていた野次馬や話を聞いて野次馬に来た者達もドラニコ同様同じ視線を向けてくる。
賭博が行われていないのを見ると条例か何かで禁止されているのか、クロが負けると全員考えているのかのどちらかだろう。
修練場の端にいるメアは心配そうにこちらを見ており、メアの隣にいるミイアは何故か頬を染め潤んだ瞳でクロを見つめていた。
「では、ルールを説明します。どちらかが敗けを認めるか、どちらかが気絶するまでお互いに実践形式で戦って良いものとする。ただし生死に直結する箇所、首、頭、心臓は狙わない事。以上のルールを守り戦って下さい。それでは初めます」
ギルド職員のルール説明を聞きながらクロはストレージから檜の木刀を取り出す。それを見て周りがさらにクロを笑い者にしはじめた。勿論目の前のドラニコも同様である。
そのドラニコの手には黒に塗りつぶされたハルバードがにぎられている。
お前程度木刀でひねり潰してこの試合が終われば笑いものは俺じゃなくてお前だ。などとは思っていませんよ? ええ。
この時完全にクロはメアの事が頭から抜けており、やはりどこかこの世界がゲームなのだと思っていた事に後で気づくのだが、今は目の前のドラニコに一泡吹かせる事で頭がいっぱいでそこまで頭が回らないほど興奮してしまっているのは前世の境遇故か、長年このゲームをプレイしてきたゲーマーとしてのプライドかその両方か。
「初め!」
「疾突!」
ギルド職員の掛け声と共に十メートルぐらい放れていた距離をランサーのスキル、疾突を発動させ一気につめるドラニコ。
このスキルの動きはギルティブラッドのランサーがプレイヤー同士で闘う時に良く使うスキル、疾突の動きと類似しているように感じる。
ゲームなら疾突をガードされると隙が生じるため当たる瞬間に疾突をキャンセルし、投げ技へと移行するのが基本的な立ち回りである。
ドラニコが発動したスキルがゲームと同じならキャンセルからの投げ技を中心とした立ち回りが予想される。
なぜキャンセル後に使う技が投げ技なのかというとランサーの数ある投げ技のほとんどがランスの先端を使い相手を引っ掛けて投げる技が多く、投げ技も凪ぎ払い系のスキル等でキャンセルできる為隙ができにくいためだ。
クロはそこまで考えるとランサーの繰り出す疾突に合わせて身体を右にずらしながら投げ回避の為身体を半時計回りに回転、その勢いを利用してドラニコへと疾走しようとするが微かな違和感を感じてバックステップをする。
どうやら身体はゲームの頃と同じ動きが出来ているみたいなのだが、クロが疾走しようとした箇所に火の段位一の呪文、ファイアが無詠唱で打ち込まれていた。
「あれを避けるか……」
驚いたように目を見開くドラニコ。その目にはクロを見下す感情が消え去りその顔は下品なニヤケ顔から、決闘そのものを純粋に楽しむようなニヤケ顔に変わっていく。
修練場は先ほどとは違った緊張感が包みはじめていた。
「むしろこっちが驚いているんだが?」
そう。驚いたのはなにもドラニコだけではない。
ドラニコが行った一連の攻撃工程にはゲームプレイヤーの中でもガチ勢と呼ばれるプレイヤーの立ち回りだったからである。
ギルティブラッドの特長の一つにスキルを発動しなくても現実同様、武器を勢いよく相手に当てればダメージ判定がつくのである。
言わばスキルは初心者もしくは武具未経験者でも簡単に技を繰り出せる処置でもあるのだ。勿論高威力のスキルになると追加ダメージや状態異常判定、属性ダメージなど様々な付加がつくので一番人気の剣士になったからと言って剣術を習わなければ強くなれないというわけでもないため、わざわざ剣術を習い始める人は少ない。
それこそ大会上位プレイヤーか、初めから何かしらクラブや習い事をしていたかガチ勢ぐらいであろう。
そしてドラニコはスキルを使ったと見せかけ攻撃、本来キャンセルできるタイミングで次のスキルを使うと見せかけて本来スキルをキャンセル出来ない魔術とタイミングで攻撃を仕掛けたのである。
この世界がギルティブラッドとどこまで共通するか分からないのだが、相手同様自分も相手を見下していたが為の驚きである。これが正式な大会ならなんら驚く事はなかったはずである。
相手はCPUではなく人間だと今更ながらに気付かされた。
恐らく——この世界はスキルや魔術の段位こそ平均的に低いのだが、だからこそ違う部分に技術を注ぐのだろう。
「俺はお前を……いや、この世界をなめていたみたいだ。 すまない」
だからこそ、敬意をはらい謝罪の意をしめす。
「それはお互い様だろ。 俺もお前を見下していた。 これから出し惜しみせずに本気で行かせてもらう」
ドラニコはそういうと先ほどと同じ構えを取る。
それを見たクロは木刀を、刀を鞘に納刀する動作で腰の左側へ仕舞うと左手で木刀を持ち木刀のグリップの部分を右手で添えて腰を落とす。
そう、スキル『抜刀』の構えだ。
「おい、武器を仕舞って……っ」
その動作を見てドラニコは武器を片付けてこの決闘を放棄するかのように見えたのだが、クロの目がドラニコに「手加減はしない」と殺気とともに語っていた。
「これは俺の国のれっきとした技を繰り出す構えの一つだ。武器を片付けていたわけじゃない」
「いいね……いいね! 今まで色んな剣士と試合をしてきたが一度も見たことねえぞそんな構えかた!」
「剣士ではなく侍だ。目に焼き付けておけ」
「お前こそ目に焼き付けておく事になるぜ? この俺をな! 『蛇炎』!」
そういうとドラニコは先ほどと同様疾突をくりだしてくる。しかしドラニコの口から疾突とは別の言葉を発していた。
ギルティブラッドで魔法を詠唱無しで発動できる条件は、自分の使える一番高い段位より三段下までの魔法までである。段位二の蛇炎を詠唱して発動させたということはドラニコの使える炎の段位は、ゲームと同じ計算なら段位四ということになる。
なのに何故ドラニコはそれよりも威力の低い炎蛇を出してきたのか、その答えは直ぐにわかった。
【蛇炎】
この魔術は炎でできた四匹の蛇が対戦相手目掛けて噛み付いてくる魔術スキルである。にもかかわらず炎の蛇はドラニコの持っているハルバードに巻き付き始めた。
攻撃の対象をギルティブラッドでは武器に指定できないためクロはさらに気を引き締める。
四匹の蛇が巻き付いたハルバードで疾走してくるそのモーションを見てバージョンアップにより新機能とサービスを追加したばかりのギルティブラッドをプレイしているような感覚を覚え、気付かないうちに気分が高揚してこの状況を楽しめているのはゲーマーの性か。
『疾突!』
「なっ!?」
さらにドラニコは疾突のモーションからさらにスキル『疾突』を発動させる。
ゲームでは意味のないプレイであるが、目の前の疾突は明らかに威力が上がっていた。
火の粉を振り撒き茜色に包まれながら自分に向かってくるその姿は美しく、その美しさが彼の努力を物語っている。その姿はまさに炎竜。
『抜刀・居合切り』
だからこそ、誠意を込め刀を抜く。
ゲームでは気持ちを込めてもスキルの威力は変わらない、だが…………ここでは何かが変わる気がした。
勝負は一瞬のうちに決し、勝敗は誰の目で見ても明らかだった。クロの持つ木刀、その真ん中より少し上から先が無く、その先はクロの足元にある。クロのスキルは敗れ、武器は破壊されていた。
「参った!」
「…………この試合、勝者はドラニコ!」
審判が試合の勝者を告げる。負けてしまったが意外と心は満たされていた。彼は確かにランクBの実力者であった。
ドラニコが近付いて来るとクロにしか聞こえない声で話し出す。
「……メアの事なんだが」
―――先ほどの闘いですっかり忘れていたのだが、この勝敗にメアを賭けていたのを思いだし全身から汗が一気に吹き出してくる。いや、なに簡単に負け宣言しちゃってんだよ!と思うもすでにあとの祭りである。
「その、なんだ? …………これからもメアの事を頼む。」
「…は?」
そういうとドラニコはクロに頭を下げる。
「お前なら安心だ。これで俺も決心がついた。感謝するぜ」
そう言うとギルドの奥に消えて行ったドラニコを無言で見送ると折れた木刀でメの形をなぞり、刀に付いた血糊を振り払うように振ると鞘へ戻す動作で腰の左側へと持っていきストレージにしまう。この動作はギルティブラッドの侍職が戦闘終了の時に行うモーションである。
別にゲームではないのでこのモーションをしなくてもいいのだが今の俺はギルティブラッドのクロ・フリートとしてこの世界にいる。
元の世界の自分はもういない。その意味と決意を込めクロは木刀をストレージにしまう。
思うに彼はメアの事が好きだったのだろう。そして今はドラニコの後ろを追いかけるあの緑の髪を束ねたポニーテールの女性の事が…………。
「なんか、良いように使われ……た……ひっ!?」
「クロ…? わかるよね?」
「あ、はい」
そして振り向くとドラニコより強そうなメアが後ろに立っていた。
そしてメアの折檻か執行される。何しろこの決闘では本人の意思に関係なくメアを賭けの対象にしていたのだ。怒らないという選択肢はメアには無い。
「本当に、もう私を賭けの対象にするのはやめろよな!」
「はい」
「もし私があのまま本当にドラニコの物になったらどうするつもりだったのだ!?」
「はい」
「はいしか言えないのか?」
「はい」
もはや『はい』を言うだけの機械になりただただメアの気持ちが晴れるまで耐え忍ぶ事こそが今を生きる道だとクロは約10年間の結婚生活で嫌というほど思い知らされている。
こういう時に口答えしようものなら小一時間は話が伸びることは間違いないのだ。
さらに、今日の事は何年たっても小言を言われるのだろう。
メアが一方的に言葉の弾丸を射ち放っていると少し息が荒くなっているミイアが真剣な顔で近づいてくる。
「ご、ごめんメア! 私やり残した仕事を思い出したからギルドに帰るね!」
実は先ほどの決闘の最中、メアとミイアでこのあと喫茶店でも寄ってクロの事とかをいろいろ話す約束をしていたのだが、ミイアはそれだけ告げるとこの場から走り去って行く。
その顔は赤みがかっており、その表情は切なげであり悲しげでもあり、今にも泣きそうに見えた気がした。
「……どうしたんだろう? ミイア」
「ヒス気味のお前から逃げたんだろ?」
「クロ? 私はまだ許した覚えはないのだが?」
しまったと思ったのだがもう遅い。クロはさらに小一時間『はい』を喋る機械になるのであった。
◆◇ドラニコ視点◇◆
決闘が終わりギルド内の廊下を歩いていると緑の髪を束ねたポニーテールを揺らし子犬のように後ろを付いて歩く幼なじみであり妹のような存在のマルティアが話しかけてくる。
「さすがドラニコ! ドラニコを雑魚呼ばわりした相手を一瞬で倒したんだから! 冒険者成り立てのランクFは世間知らずばかりで自分の実力も分からないからドラニコよりも強いんだーとか勘違いしちゃうのよ」
ドラニコが試合に勝ったのがよほど嬉しいのかいつも五月蝿いマルティアがさらに饒舌になっており自分の事のように語っている。
その自慢気な顔が何か腹立つので軽く小突いてやる。
「いたっ! 何で小突くのよ!?」
「だからお前は実力は有るのに未だにD+なんだよ」
先ほどの決闘を思いだし無意識に力むドラニコ。
マルティアはすぐに調子に乗る性格のせいかCランクの実力があるものの未だにDランクで燻っている。
「何でよ! 私でも勝てるわよあんな奴!」
「このハルバードを見てもか? あの決闘で負けていたのは、本来は俺のずだ。」
ドラニコがマルティアへ先ほど使っていたハルバードを見せる。
「んー……どこもおかしな箇所なんか…………あ、……ヒビが」
ドラニコのハルバードを注意深く見ていくマルティアがいつも見慣れたハルバードにはない無数のヒビが入っている事に気付く。
「黒竜の牙でできたハルバードが……で、でも相手の武器は真っ二つになってたじゃない!どのみち武器が無ければドラニコのスキルを受けきれないじゃない。結局武器を壊された相手の負になるわよ」
「なぁマルティア?クロとかいう奴はどこから木刀を出した?」
「どこって初めから持って………………持ってなかったわ! あれ? じゃああの木刀はどここから出したの?」
「ストレージを使えるのだろうな」
「ストレージ…………ギフトを」
ストレージという言葉を聞き噛みしめるように呟くマルティア。【ストレージ】は百人に一人使えるかどうかのスキルや魔術ではない能力で、スキルや魔術に属さない能力を世間的に【ギフト】と呼ばれている。
あの見たことがないスキルは一撃でハルバードを使い物にならない物にしてしまう威力だ。まさか、木刀が奴本来の武器というわけじゃないだろう。
「で、でも…………ドラニコだってストレージ使えるじゃない」
ドラニコの話を聞くにつれ当初の勢いは徐々に無くなっていくマルティア。
しかしマルティアが言うようにドラニコもクロ同様にストレージを使えるため、納得いかないという表情をしている。
「ああ。だが俺が持っている武器で一番硬く攻撃力のある武器はこのハルバードだ。こいつで防げないならどの武器を出そうが意味がない。もし奴が使った武器が木刀じゃなく、木刀より少しでもちゃんとした武器なら……俺もこうなっていただろう」
そう言うとドラニコはハルバードを軽く床に叩く。すると先端からヒビにそってハルバードが砕けて行く。
それを見たマルティアが「こ、ここ黒竜の牙のハルバードがぁぁ」とわなわなと喚いている。
「そんな事よりマルティア」
「そんな事って! そんな事って!黒竜の牙のハルバードが粉々に砕けた事がそんな事って!」
「結婚するか」
「分かってるのドラニコ!? 黒竜牙のハルバードが粉々にって…………ふぇぇぇえ!?」
黒竜の牙のハルバードが砕けた事を″そんな事″と言ったドラニコに詰めよりまくし立てようとしたマルティアだが、ドラニコの発した言葉を理解しはじめるにつれ蕾が花開くように徐々に顔をほころばせ、最後は満開の華を咲かせていた。
この時黒竜牙のハルバードが砕けた事はマルティアの中で忘れ去られた過去の存在になっていた。
わかるよね?※クロを勝手に婚約者にしてしまった自分の事は棚に上げている事が分かる言葉