モヤモヤ
◇◆◆◇
「まさか私の側近がこうもあっさりと倒されるとは思わなかったわ」
戦闘用に広く作られた四方を硬い特殊な鉱石で囲まれ、半分隔離されたような地下室でアンナは呟く様に言葉を吐き出す。
彼らが決して手を抜いたわけでも、ランク以上の実力者であることもアンナは知っているが故に目の前の現実に驚きを隠せないでいる。
「魔術に関してはお兄ちゃんの得意分野だから仕方ないけど、肉弾戦に関してはスキルを使わなければ良いところまで行ったと思うよ?」
そう言いながらアーシェはクロに倒されたアンナの側近二人に回復魔法をかけてやる。
「スキルを使わないでどうやって戦うのよ?」
アーシェにスキルを使ったのが悪手であったといわれ思わず愚痴が溢れる。
アーシェに回復魔法を施して貰った二人の側近もなぜスキルを使ったのが悪手なのか分からず真剣な顔でアーシェから放たれるであろう次の言葉を待ち受けている。
「お兄ちゃんは武術が苦手…というか素人で、それを補う為に全てのスキルと魔術の戦闘技術の特性とそれらの組み合わせとリスクとリターンを全て頭に叩き込んだ上でコンボの研究、更に縛りプレイに軽装備で高難易度クエストをソロ制覇、もしくは同じ条件下でネット対戦するマゾプレイをやり込んでたんですもの。スキルなんか使うとそこからお兄ちゃんは崩しにかかるに決まってるじゃない。逆に言えばスキルを使わなければお兄ちゃんは動けない」
まるで自分の事のように嬉しそうに語る(たまに分からない言葉も出てきたのだが)アーシェには悪いのだが、アンナは武術が苦手だからスキルと魔術でそれを補うという事に、まるでスキルや魔術より武術の方が上だと言われてるみたいで納得出来ないでいる。
武術は基本覚えてたら便利程度で、スキルを使うと見せかけてフェイントに使ったりする時は重宝するのだが、それでもやはりスキルを当てる為のフェイントであり、武術の技を当てるよりもスキルを当てたほうが威力や追加効果による状態異常、自身の能力向上の恩恵などがある為、武術は覚えてるスキルが少ない人の救命処置的な立ち位置なのである為
「まったく、側近の二人が理解できないのは分かるけどアンナが理解できないのは頂けないわね。わかったわ。そこの筋肉ダルマ、私に一番自信があるスキルを撃ってきてみなさい」
「……」
「アーシェ自身がそう言っているのだから大丈夫よ。胸を借りて来なさい」
「分かりました。……では、行きます!【サンダー・スプラッシュ】っ!」
アーシェに筋肉ダルマと言われ指名された側近、ノーゲスは髪のない頭皮に巨漢を筋肉の鎧で覆っているその姿は確かに筋肉ダルマである。
そのノーゲスはアンナにアイコンタクトで「本当に宜しいのですか」と確認を取った上で、自身の持つ最大威力のスキル【サンダー・スプラッシュ】をアーシェに放つ。
このスキルは剣若しくはレイピアのスキルでその剣体に電気を帯びさせ、まるで雷のような轟音とスピードで目標物を突く三連撃の技である。
しかし、その三連撃はアーシェに当たることはなく、代わりにノーゲスの背中に衝撃が走り肺の中の空気が漏れる。
「スキルは威力は高く追加効果は便利だけど、モーションは誰がやっても同じなの。だからこの様に簡単にあしらうことができてしまうの。はっきり言って武術を極めた人にスキルを放つのは自殺行為よ」
そう言うとアーシェはこの話は終わりとばかりに手を一度叩くと話題を変え、今度はアンナと雑談に花を咲かせ始めるのであった。
◇◆◆◇
「という訳でスキルを使うなとは言わないが対人戦では極力使わない方が良いだろう」
そう言いながらクロはエリシアが放ったハルバートによると突き技のスキル【刺突】を、相手の動きを利用して一本背負の要領で投げ飛ばすと、すかさず【ヒール】をかけてやる。
「あ、ありがとございます」
「良いよ。軽度のダメージでもダメージはダメージだ。講師が気にするなと言ってるんだから黙って回復魔術を受けろ。それにこれならいくらでも特訓出来るだろ?」
そう言うとクロはエリシアの頭を撫でてやる。
これでレニア、ユーコ、エリシアと手合わせをしたのだが三人と手合わせして一つ腑に落ちない事があった。
「これで一応個々の能力は把握したのだけど、周りで練習している他の生徒よりもお前達の方が強く見受けられるのだが……お前達は本当に去年の大会で最下位なのか?むしろお前達なら上位を狙うこともできたと思えるんだが?」
彼女達に講師が半年間つかなかった主な原因は去年の大会でダントツの最下位を叩き出したからと聞いていたクロは彼女達がとんでもなく弱いのだろうと踏んでいたのだが、致命的に弱い事もなく、寧ろ周りで練習している他の生徒達よりも頭一つ強く感じられるだけに余計不思議に思えてくる。
レニアは自分の背丈よりも長いランスを獣人特有の筋力で軽々と持ち上げ、その身体をいかした突進力を利用しての突き技はそこらへんの魔獣なら一撃で屠れるだけの威力は有るだろう。
エリシアは同じく長いハルバートを使い、レニアの様に筋力に物を言わす使い方ではなく遠心力を上手く利用した円の動きで穂先の斬撃と持ち手側の先端部に取り付けられた鉄製の鏃での突き技を組み合わせ、更に蛇の身体を利用した移動法は思った以上に予測しずらく、更にその死角から尻尾のアーマーによる突き技と薙ぎ払い技を繰り出してくる。
ユーコは糸を自分の魔力で生み出せるというアラクネ特有の技を使い、その糸を繰り出して攻撃して来る。ユーコが作る糸には二種あり、粘着性のあるが強度が低い糸、粘着性は無いが強度が高い糸、その二種の糸を使って相手の動きを阻害し、糸に着いた毒により相手を痺れさせ、縛りあげる…という様にレニアがパワー、エリシアがテクニック、ユーコがサポートとなっており、上手く噛み合えばなかなかの強さを発揮すると思えるのだが……。
「私たちもそう思っていたのですが結果は惨敗の惨敗でして……」
レニアもクロと同じ考えなのか全体会で自分たちの実力を発揮できなかった不甲斐なさを思い出してか悔しげに話す。
「とりあえず見ない事には何処が悪いか指摘も出来ないから一度三人で俺に挑んできてくれ」
「わ、分かりました」
「お願いします」
「わたくし達の力、お見せしますわっ!」
三者三様に返事を返してクロから少し離れた所で構える。
この半年間ただ講師を探していただけでは無く三人で練習もしていたらしく、その構えは堂に入っている。
「行きますっ!」
「続きますっ!」
「援護は任せなさいっ!」
始めに動いたのはレニア、それに続きエリシアが特攻を仕掛け、後方からユーコが強度が高い糸を飛ばして来る。
その動きは何度も練習したのか迷いが見えず、最初に攻撃を仕掛けたレニアのランスがクロを穿つかと思われた瞬間、クロの足を狙ったエリシアの尻尾による足払いに当たりバランスを崩すと、レニアはエリシアの方に倒れ、そのまま二人はユーコが撒いた糸に絡まり身動きが取れなくなるも、レニアの筋力で無理やり糸を引っ張り、その影響でユーコが引っ張られるとそのままレニアとエリシアまで飛ばされ「ぐしゃっ」という音が響き、クロはすかさず回復魔術をかけてやる。
「さ、流石はお師匠様ですっ!まるで攻撃が見えませんでした!」
「何をされたか全く分からなかったですっ!」
「私の糸を逆に利用するとは、お見事ですわ」
その後、何回か対戦してみたのだが、過程は違えど結果は同じような結果になってしまっていた。
ユーコの糸でレニアの足が取られ…etc、エリシアユーコの糸を尻尾で全て絡みっとってしまい、それに気付かず…etc、といった様な展開を様々なバリエーションで見せて来る。
そのバリエーションの多さに一周回って逆に凄いと思えて来そうである。
「さ、流石はお師匠様。完敗です」
「しかもその全てを一歩も動かずに勝ってしまわれるなんて」
「わたくしが糸を触れさす事も出来ないなんて…」
息も絶えだえになりながらもクロに賞賛の声をかける自分の生徒達を見て半年間講師がつかなかった事と、彼女達を勝たせるようにしなくてはいけないという難易度に気付かされ頭を抱えたくなるのであった。
◇◆◇
お師匠様と実戦型の講義が終わり、レニアはその後アルバイトを軽くこなした後帰路についていた。
ちなみに今日のお客さんはサラであり、行き先はクロが泊まっているという宿泊施設、『鍵尻尾亭』である。名前の由来は店主の娘が鍵尻尾だからという、娘を溺愛してそうな、と言うか間違いなく溺愛しており娘の年齢はもう17とそろそろ結婚しないと行き遅れと言われ始める年齢に差し掛かって来ているのだが店主である親父さんが未だに近寄る男達に眼を光らせている事で有名な店である。
お師匠様とサラさんは仲が良過ぎるとレニアは思う。
アレで本人達は恋人ではないと言いているのだが、恋人同士でなければ同じ宿泊施設に泊まるわけがない。
やはり二人は恋人同士なのだろうか?
そう思うと何故か胸の辺りが締め付けられる様な感覚になり苦しくなる。
二人ともレニアにとって大事な人なので二人の事を思ってこんな感情になってしまう事にその答えを出せないでモヤモヤばかりが残る。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「お疲れ様ですわ」
に帰ると聞きなれた声が迎えてくれ、このモヤモヤも多少消えてくれるのだが、鍵尻尾亭に入っていった二人の事が頭から離れず、またモヤモヤがレニアを満たす。
「どうしたのレニア?浮かない顔して」
「そうですわよ。何か嫌なことがあったのですの?わたくし達が聞いてあげるから話してみなさいな」
そう言って私の事を心配してくれている二人なら、このモヤモヤの正体は分からずとも気分は晴れるのではないのか?
こうして私の顔を伺い心配してくれる友達がいることでこの半年間耐えて来れたのだ。こんなモヤモヤ、お師匠様と出会う前の時の「このまま講師が見つからないのではないのか?」という漠然とした明日への不安に比べたら大した事ないと思えてくる。
「あの…私、お師匠様とサラさん同じ宿泊施設に入って行く所を見てから何だか胸の辺りが何故かモヤモヤするんです」
「お師匠様とサラさんが…」
「一緒の宿泊施設に…ですってっ!?」
そしてレニアの悩みを聞いてエリシアとユーコも胸の所の服を手で掴み切な気な表情になる。
この原因不明のモヤモヤが私だけに起きる症状じゃないと知り、不謹慎ながらも安堵する。
「確かに胸の辺りがモヤモヤと…」
「…こんな感情初めてですわ。申し訳ないのですがわたくしもこの感情の正体を存じ上げないみたいですの」
「うーん…切ないけどお師匠様の事を思うと温かくなりませんか?」
そうなのである。レニア達をより一層分からなくしている要因に、切ない感情なのに温かくもあると言う、摩訶不思議な感情であるという事が関係している。
この感情は何なのか?結局三人はその日その正体が分からないままであった。
◇◆◆◇
「どうしたお前達?浮かない顔して。嫌な事でもあったのか?」
翌日、昨日と同じ場所で練習するためクロとレニア達四人は学園の訓練施設であるグラウンドにきていたのだが、昨日と違うのは生徒である彼女達の顔が心無しか暗いのと、クロと横にサラがいることである。
「実は昨日寝れなくてですね…」
クロの問いかけにレニアがそう答えながらサラの方へと視線を動かす。
視線を感じたサラは軽く微笑みながら会釈するのだが、彼女の視線に含まれている感情までは読み取れていないみたいである。
「あー確かにクマが出来ているな、お前たち。とりあえず無理はするなよ?」
「わ、わかりました」
「次は気を付けます」
「かたじけないですわ」
そして三人とも自分の体調管理ができてない事を悔やんでいるのかクロに対して各々謝罪の言葉を述べる。
「しかし、なんでまた三人とも寝れなかったんだ?」
「それは……お師匠様とサラさんが付き合ってるのだと思ったら…」
「なんだか胸が締め付けられるような、不安な気持ちになりますて…」
「そのまま一晩不安な気持ちを払拭できず、気がついたら朝でしたの」
「「……」」
三人の寝れなかった理由にクロとサラは絶句してしまうのだが、サラはまさかレニアたちのまでクロと付き合っていると思われている事に、クロは『まさか三人は俺に惚れているのでは?』という考えが脳裏をよぎり、二人は「違うっ!」と、意味は違えど同じ言葉を叫ぶ。
「え、違うのですか?でもお二人は昨日同じ宿に泊まられましたよね?」
そういうレニアの表情は期待と不安が入り混じった表情をしており、ユーコ、エリシア同様に同じ表情をしてクロとサラを交互に眺めている。
サンダー・スプラッシュ※ありそうなのだが酎ハイの名前では無い