◆婚約◇
あれから話はスムーズに進み、どうやら俺はこの家に居候できるらしい。
あの後メアの親父さんであるボストンは俺の注いだ日本酒を飲むと目の色を変え、コップ一杯の酒をチビチビと飲み干し一升瓶にまだなみなみと入っている日本酒にコルクで栓をするとアルコール飲料用のコレクション棚であろう棚に戻し「旨かった………………旨かった」と染みるように呟いた。
そして同じ棚から別の、この世界の酒とコップを取り出すとクロと同じように酒を注ぎクロの前に出してきた。
「住む場所や環境、作る人が違うだけでここまで味が違う酒を作れるのだな…………」
そう言うとボストンはクロの前に濃い赤紫の液体を差し出す。
あのときはどう断ろうかと思っていたが一口飲んでみるとワインとは違い葡萄の甘さが口に広がり酸味もなくまるで葡萄ジュースの様に美味しく飲めた。
今まで酒は苦手だと思っていたのだが、焼酎やビールはダメだが果実酒系リキュールのカクテルならジュース感覚で飲めるっていう人がいるのはこういう事だったのか――――ともう味わう事ができないかもしれない元の世界の酒に少し興味が湧いたりもした。
そして今はあてがわれた部屋のベッドで横になりまどろんでいる最中だったりする。背中の羽は邪魔なのでストレージにアイテムを仕舞っている。
「これで寝床は確保できたんだが、さすがにヒモはヤバいよな…………」
多分ボストンに殺されるだろう未来は容易く想像できた。
ゲーム中無駄に貯め込んだお金が使えるのならもしかすると一生遊んで暮らせるのだろうがそれは人としてどうなんだろう?
せめて簡単な仕事でもして生活基盤を作れれば良いんだろうけどハローワークなんてあるわけないよな…………。
一つの課題がクリアしたと思うとまた別の課題が出てくる。
「しっ、失礼するぞ…………っ」
明日からどうやって仕事探ししようかと思っているとメアが入って来た。少し顔が赤い気もする。
「…何か俺に用事か?」
「い、いや……ここは私とお前の相部屋なんだ。私が入ってくるのに理由は要らないだろ?」
そういうメアの顔は赤く染まり目線を合わせようとしない。
クロは「あぁ」と短く答えると自分の座っているベッドの横をポンポンと軽く叩く。ここに座れと意味を込めて。
だてに35年も歳をとっていないクロはメアが見るからに緊張している原因を理解した。多分初夜を迎えると思っているのだろう。俺が横に座れとジェチャーするだけで涙目になりおろおろしている。察するにこういった経験がないのだろう。
「何をしているんだ? 早く座れよ」
ビクッと反応するメアを見て微笑ましく思うが流石にどうこうするつもりはない。流石に幼すぎて許容範囲外である。せめて後二~三年は育てほしい。
いや、その前に妻子いるしな。
「し、失礼しますっ!」
そう言うとメアはちょこんとクロの隣に座りモジモジし始める。
「何緊張してるんだよ?」
「だ、だって初めてなんだぞ! 緊張だってするさ! そ、そういうクロはどうなんだよ!?」
「そりゃーお前経験あるに決まってんだろ?」
それこそ両手に収まらないほどやってるからな。既婚者なめんな。でも俺も初めてはどうすればいいか分からずいっぱいいっぱいだったっけ。
「う、嘘よ嘘!」
「嘘ついてどうするんだよ」
「だ、だって見た感じ私と歳あまり変わらないみたいだし、それにそれに……」
「とりあえず落ち着け」
「あぅっ」
メアが急にわたわたし始めたので額をペシャリと叩き落ち着かせる。
叩かれた額をさすりながら涙目で睨んでくるメア。その姿は確かに可愛く思うのだが、子供っぽさがやはり際立っている。
「大丈夫だ。お前に何かする事は今のところは無いから安心しろ」
「……わかった」
それはそれで女としてどうなんだ?と言いたげな視線を向けてくるがとりあえずは落ち着いてくれたみたいで心の中で苦笑いする。
「そもそも俺とお前はまだ出会って日が浅い。まだお互いに名前しかわからないんだぞ? それに……そういうのは好きな人とやるべきだ」
そう説得してみると「なに言ってるんだろう?」という顔をするメアだが、少し考える仕草をしたあと自分で答えを見付けたのか何かに納得する。
「そ……その……トギをするのはすす、好きな人同士でなければならないというのはクロの国の風習なのか?それなら今日トギをしないのは納得だ」
「どういう事だ?」
うんうん頷いているメアなのだが今度は逆にクロがメアの言葉を理解できないでいた。
「わ、私の国では親同士が決めた相手と結婚するのが一般的なのだが出会って初日でトギをし子作りするのが普通なんだ。未来を担う子供を作るのは一番大切な事なんだ」
なるほど…………日本みたいに治安が良くなく医療も発達してないと子供の死亡率が高いはずだ。死亡率を考えると最低でも五人以上産まないと村や町、国をも維持出来ないとすればメアの言わんとする事が分かるような気がする。
若い男女が一つ屋根のしたならまずは子作りって事なんだろう。
「メアは……出会ってまもない俺なんかでも平気なのか?」
「親が勝手にきめた顔も知らない奴よりましだ。しかも今回の見合い相手は家柄は悪くないみたいなんだが容姿が……その……醜いらしくてな、それで親と喧嘩して飛び出してみればクロに会ったんだ。顔も知らない奴より顔も分かるし会話もしてある程度人となりが分かるクロなら断る理由もない」
「……そうか」
この世界にはこの世界の価値観があって現代の日本に住む俺とはまた価値観が違って当たり前で、ここで俺がとやかく言う事でもないだろう。
数十年前までは日本でもお見合いが当たり前で田舎では亭主がいる女性にも夜這いが黙認され父親がだれか分からないなんて事も多々あったらしい。恋愛結婚というのは近代化と情報社会による文化なのだろう。
それからは互いの事を話し合った。
メアの年齢は17歳で4人兄妹ひとつ上に兄、10歳下に妹、そして3つ上の兄がいたそうだが魔獣に襲われ亡くなったらしい。
メアの父と母は昔ギルドのメンバー同士だったらしくお互いに異性としてよりもパートナーとして見ていたのだが、母が18になった時にお互いの親から縁談を持ち込まれそのまま結婚したのだという。
ギルドという言葉が気になったので聞いてみるとメア自身ギルドに入っていてハンター登録しているらしく明日ギルドに連れていってくれる約束をする。
ちなみに俺からは年齢は二十歳で種族は自分自身分からず東の方から来た事、既婚者である事や日本の近代化の部分は隠し、今までの生活を当たり障りなく答えた。
「魔獣がいなく治安も良く夜道を女性が一人で歩いても安全な国……そんな国もあるのだな」
まるでお伽噺にある世界のようだとメアは言った。
それでもやはり闇はあり、落ちる穴は身近にある事をクロは知っている。
翌日クロはメアに連れられノクタスの街中央にあるギルドに向かっていた。家を出てまず思った事はここが異世界である可能性が限り無く高いという事である。
道路はあるがコンクリートではなく地面がむき出しになっており人々は徒歩で移動している。車などエンジンが付いた乗り物はなく代わりにリアカーみたいな手押し車や馬車などがちらほら視界にはいる。そのどれもゴム製のタイヤではなく木製のタイヤを使っている。
服装はメア同様麻でできた服が多くたまに甲冑を着ていたりと武装している人も見える。
もちろん電信柱なんてものもないのだが、森が近くにあるからか緑を残した町並みは日本とまた違った美しさがあった。
そういうクロの服装も周りの人のように麻でできた服を着ている。ボストンのお下がりである。
【ノクタスの街イメージ】
「ここがギルド本部だ。ここでハンター登録したあと私とパーティー登録をしよう!是非しよう!」
「分かったからそんなに引っ張るなよ」
れでもなおギルド本部に引っ張ろうとするメア。何故か顔があからんでいる。
「だってクロがギルド登録するのだぞ! じ……実は両親の結婚するきっかけを小さい頃から聞かされてな、結婚する相手は自分とパーティー登録している異性が……その……いいなーと…………す、すまん。柄にもない事を言ってしまった。忘れてくれ」
感情剥き出しで矢継ぎ早に喋り始めるメアなのだが後半になるにつれ最初の勢いがなくなってくる。
じゃじゃ馬娘でも女は女なんだな、とクロは落ち込んでいるメアの頭をポンポンと軽く叩く。
「まあ、良いんじゃないのか? そういうの可愛いと思うぞ?」
「なっ……ちょっ……からかうんじゃない!」
青春だなーと他人ごとのようにメアを眺めるクロ。その目は完璧に保護者のそれである。
ギルド本部イメージイラスト
ギルドの内部はやはりというかなんというか想像した通りといった感じで、建物は木製で奥にバーがあるのか室内の半分がテーブルで埋まっており酔っぱらいが複数人飲んでいる。バーの反対側には受付があり、受付の横の壁には依頼らしき貼り紙が貼ってあった。
テーブルを置いてないスペースには朝方なのか冒険者然としたがたいが良い男達がごった返している。これから依頼をうけて仕事をしにいくのだろう。
全体的に列が並んでいるように思うのだがメアは唯一列がない受付までサクサク進んで行く。
「すまん、クロの冒険者登録をだれかお願いできるか?」
「あ……メア…っとなると隣にいる彼は旦那さんですか? 私はメアの親友でミイア・アウフレヒトです。お見知りおきを」
「バカっ、からかうな」
メアが受付で声をかけると多分猫であろう獣耳をした金髪のお姉さんミイアが親しげにやってくるとまだ婚約者止まりだというのにいきなり旦那扱いで汗がでる。
ミイアの自己紹介と同時にただでさえ何故か注目されている周りの男達の視線が険しい物へと変わる。案外メアはモテてるみたいだ。
男性が多い場所なのでそれもそうか。
「相変わらずメアはモテますね」
「やめてよ。どうせ私のお父さんが怖くて声もかけれない連中だよ。私はそんな奴らごめんだね」
ミイアから妬まし気な死線を受けないないといった風に手をパタパタするメアと周りから「無茶言うなよ」とぼそぼそする声がちらほら聞こえる。
しかし、彼等の気持ちが少なからず分かるクロは過保護なんだろうな、とボストンを思い浮かべていた。
多分メアに手を出そうとしたらあの筋肉でモジャモジャが鬼神の如く現れるであろう姿を想像し、クロは身震いする。
「そりゃメアのお父さんは今は半分引退してるけどあの雷の獣王として名を馳せた人なんですから、そりゃ怖いわよ」
ふむ、リアル雷オヤジって訳か。
…………冗談はさておきあの筋肉モジャモジャ略してキンモジャは名を馳せれるくらい強かったなんて意外だ。今更ながら恐怖が押し寄せてくる。多分先にこの事を聞かされていたら野宿で我慢しようと思ったかもしれない。
「そんな事より冒険者登録ですね…………よっと。今から質問するから婿さんは答えていって下さいね」
「ははは…………」
ミイアの婿という言葉で渇いた笑い声がでる。
「まずは名前、年齢、使える魔法の属性及び段位、使えるスキルをお願いします」
先ほどのフレンドリーさを消して事務的に話すミイア。出来るお姉さんって感じだ。
「名前はクロ・フリート、使える魔法属性は…………」
何が使えるんだ?と疑問に思っていたら視界の右下にアイコンが出て点滅しているので開いてみる。
魔法
火段位十・水段位十・風段位十・土段位十・光段位十・闇段位十
と表示された。どうやらゲームのキャラの段位と同じらしい。スキルも同じように右下にアイコンが出たのだが多分同じ結果になるだろうがゲームキャラと同じなのかを確認するため表示する。
スキル
抜刀・疾突・雨切・雷切り・五月雨・神無月・皐月・九十九・百花繚乱・円舞・召喚・身体強化……etc
うん。ゲームと同じだ。
魔術は全色段位三、スキルは悩んだ末抜刀術系全般と答えた。しかし受付嬢は黙り混みふるふると小刻みに震えてるだけで次に進めようとしない。
「…………どうしたんですか?」
なぜか目の前のミイアがワナワナしている。メアも何故かびっくりしているみたいだ。
「どうしたもこうしたも何なんですか!?」
「いや、なんなんですかって言われても……何か失礼な事をしてしまいましたか?」
自分では何も悪い事したつもりは無いのだが異世界には俺の知らない異世界の礼儀作法があるかもしれない。
「そうじゃなくてですね…………全色段位三って嘘言わないでください!しかも抜刀術系のスキルも見たことも聞いたこともないですよ!」
「う、嘘です嘘です! すみません!」
「当たり前です! あの最強の一角とされる戦乙女スフィア・エドワーズ姫様でさえ雷の段位五・火の段位三・光の段位三の三色なんですよ!?」
「は、はは、。ちなみに段位五以上の人は……」
「いるわけないでしょそんな化け物!」
「デスヨネー」
なんてこった。ここまでレベルが低いとは…………いや、俺の知識はゲームの知識でここの世界とは違うかもしれない可能もある。
クロは額から冷や汗を流しながら雷段位五の一番強力な呪文を聞いてみるとミイアの向ける視線が可愛いそうな者を見る目をしはじめた。
「あなた、まさか魔法の知識ないのですか?」
ミイアがまさかという顔をして聞いてくる。
すると後ろから下品な笑い声が聞こえ始めた。
この笑い声には覚えがある。人を見下したヤミ金屋の笑い声だ。理不尽な暴利と理不尽な契約で人を騙し骨の髄まで金むしり取るあの………………。
「なあ坊主。見栄をはったら簡単に死ぬぜ?」
そして下品な笑い声の主が獲物を見るような目で問いかけると周りからどっと笑い声が聞こえてくる。
あの時は俺は抵抗できる手段もなくまさにカモだっただろう
そして俺は今俺を見下した奴らを逆に見下せる力を持っている。
「なんなら個人ランクBパーティーランクA猛火の剣のパーティー所属炎竜のドラニコ様が直々に子守りしてやってもいいぜ?なに、報酬はメアで十分だ。安いもんだろ。なんちゃって妄想抜刀スキルとやらの相手してやってもいいぜ?」
ドラニコはそういうとメアを眺めケケと笑う。
俺も人間だ我慢の限界というものがある。ここまで馬鹿にされておとなしくするほど俺は人間できていない。
魔法を使いその顔めがけ魔術段位三以上の魔術をぶち込みたいのだが、魔術段位一のファイヤですらどれほどの威力になるか分からないのでここはぐっと我慢する。
しかしお望み通りなんちゃって抜刀スキルでぶっ潰してやろう。それも木刀を使い手加減までしてな!
「ちなみに冒険者の喧嘩には何かリスクはあるのか?」
「はい。相手が庶民の場合ランクを一つ下げられます。冒険者どうしの喧嘩の場合おとがめは有りません。しかし下のランクの人には上のランクの方が先に攻撃してしまいますと先ほど同様ランクを下げられます。さらに、ギルド職員を審判員に加えた試合形式の場合、下のランクの冒険者は決闘に勝つとランクを一つ上げれます。逆に上のランクの方は勝っても何も有りませんが三回連続負ければランクを一つ下げられます。下のランクの方は負けた場合ランクは下がりませんが金貨五枚を勝者に支払わなければなりません。しかし、喧嘩の場合ランクに関係なく喧嘩の理由を聞き、調べた上でギルド職員が悪質だと評価した人物にはペナルティが付き、三回目でランクを一つ下げられます」
そこまでミイアは説明すると一拍おき、険しい表情をさらに険しくする。
「ですので下のランクの方から喧嘩を売らなければ基本的には決闘はできません。クロさん、バカにされて腹が立つのも分かりますが見栄とプライドだけで勝てる相手ではありません。今回は相手が悪かったと諦めて下さい。一応クロさんのギルドランクはF、魔術とスキルの欄には保留としておきます」
話すミイアの顔は真剣そのものだ。カッとなって決闘を申し込み潰された冒険者を何人も見てきたのだろう。
ようは無闇な喧嘩を無くす為によりランクの低い人を守るシステムになっている。
そのため向こうからは罵声を浴びせ神経を逆撫でするしか目立った事はできないというわけか。
「分かった」
「分かっていただけましたか」
ほっと胸を撫で下ろすメアとミイア。
「ではこれが冒険者登録した証の身分証になりま……あっ!」
「おいソコの雑魚、お前に決闘を申し込む」
冒険者の印である、鈍く光る銅色の金属でできた身分証をクロはミイアから強引に受けとるとさっそく決闘を申し込む。
何緊張してるんだよ?※経験値の差から来る余裕がうかがえる言葉