講師として
黒づくめの格好をしている講師ビンセント・モルツの生徒なのだろう、講師であるビンセント・モルツと同じように黒づくめの格好をした男性一人に女性2人からもホウスレニアという女の子に向かい汚い言葉を投げかけだす。
その的にされている張本人は下を向き握りしめた拳は震えている。
その光景に我慢ならなくなったのかギルド受付嬢がカウンターに乗り出し今にも襲いかかりそうな雰囲気で黒づくめの講師を睨む。
ギルド受付嬢の眼力にビンセント・モルツの生徒であろう三人は若干萎縮したのか後退るも、講師であるビンセント・モルツは余裕の表情である。
「あなた!自分の生徒にどういう教育をしているのですかっ!?」
「なに、強き者は正しく弱き者は間違っていると教えているだけですよ。ですからね、いくら受付嬢でランクSシングルの剣帝サラ・ヴィスティンさんと言えどトリプルランカーの私に……口出しすんじゃねえよ。犯すぞゴラ」
「強さが全てですか……良いでしょう。この私を本気で怒らせた事を後悔させてあげましょう」
そんなこんなで両者決闘をする流れになりそうなのは別に構わないのだが、客である俺を無視して話を進めるってどうよ?
「あのー……喧嘩するのは良いのですが先に私の案件を済ましてからにしてもらえませんか?」
「あ、そうでしたね。そちらのゴミのせいで申し訳ありませんでした」
そのご普通にやり取りし始め取り付く島も無いといった風な態度のギルド受付嬢にか興味が失せたのか黒づくめの男性講師はカウンター奥まで行き別のギルド受付嬢に「空きの訓練場はあるか?」と聞いていたのが聞こえて来たので周りにいた他の冒険者達からははりつめた空気が弛緩し、安心したような残念でもあるような空気が漂いだす。
「そうですね、学園関係者になるには講師になるしか方法はなく、大会が終わる時期でしたら実力があると判断された方はそのまま講師になられたり、溢れた生徒達も多数居ますから生徒を選ぶ事もできますが、大会が半年後に迫ったこの時期に未だに講師が決まらない生徒がいるだけでも奇跡なんですよ?」
そのあともう少し詳しく説明してくれるのだが、学園関係者になる方法が大まかに分けると教師、技術講師、生徒の三種類しかない事に驚きである。
「えっと、それだけ生徒の数も教師、講師の数も多く、その為その中で優劣を付けれる唯一の表立った学園公式な大会行事の結果で良い成績を残せれば富と名誉を指導側とその生徒は得ることができます」
俺のその疑問に気づいたのかどうかは分からないのだがホウスレニアが補足してくれる。
「そして私たちのグループは去年最下位、それもダントツでしたので…」
それであのからかわれようなのであろう。
しかし、彼女が去年最下位であろうがなかろうが俺からすれば学園関係者になれればいいだけなので、ここは彼女の講師になるのが得策なのかもしれない。大会で不名誉な結果になった場合世間の評価も落ち、富と名声を得るどころか次の大会の生徒すら弟子として来なくなるらしいのだが、俺には関係ない。
無償でというのはちょっと腑に落ちないのだが郷に行っては郷に従えである。
駄々をこねてもしかたないし、対価として情報を貰うと考えれば良いか。
「なるほど…じゃあ君の講師になろう」
「…ほ、本当ですかっ!?」
「よ、良かったですねホウスレニアさん!半年間粘った甲斐がありましたよ!」
俺の言葉でお互いに抱き合うギルド受付嬢とホウスレニア。後から聞いた話なのだが講師が決まらないと大会に参加できないらしく、この喜びようと今までのホウスレニアの必死さにも納得である。
「で、では早速外部講師登録手続きをしますのでギルドカードを提示してください」
「あ、あぁ………」
「では預かりま……どうしました?手を離してもらいませんと登録手続きできませんが?まさか、今更になって心変わりしたとか言いませんよね」
登録手続きをするべくギルドカードを提示しようとしたクロなのだがある事に気付きその手がカードを掴んだままで止まり、そのカードをギルド受付嬢が離せと睨みながら目で訴えて来る。
「猪口才な!ついてるものぶら下げているのなら一度言った事は守りなさいよっ」
そう言うとギルド受付嬢は俺から力づくでギルドカードを奪い取る。
下品な言葉は言うまでもなく、勝手に奪い取るその行為はギルド職員としてどうなのだろうか?しかし今はそんな些細なことよりも俺の情報がどこまでそのギルドカードに記されているかである。
あれだけの戦闘をアーシェと繰り広げたのである。前世ほどとの化学技術は無いこの世界ではあるが、何だかんだで魔術技術発展しているので前世と近い用途をそのカードが担っているのだとすれば俺の正体もモロバレであろう。
その証拠に先ほどまであれほど威勢がよく喧嘩っ早いギルド受付嬢がガタガタと震えてきているではないか。
さらにギルド受付嬢の額から大量の脂汗が浮き始め、呼吸も荒くなりその顔から血の気が引いてきている。
これ絶対正体バレてるだろ……?
それでもギルド受付嬢は毅然な態度を取り繕うのだが、先ほどまでの威勢のよさは見受けられず、硬直し震える身体をギギギと音を立てながらこちらに目線を向けてくる。
「……あ、あなた……し、新魔――」
「何か?」
「ふぇっ!?」
「何か?問題でも?」
「あぅ…………はぅう」
ここはもう押しきろうと思い少し語気を強めて迫ってみたのだが、想像以上の効果だったらしく、ギルド受付嬢は恐怖に脅えた顔をした後、その顔が緩みきった顔をしたと思うと同時に下半身からショワ~という音とアンモニア独特の臭いが鼻孔を掠める。
そしてその臭いを感じ取る瞬間に親指と中指を使い指を鳴らし魔術段位一【ウォーター】を無詠唱で発動し、ギルド受付嬢の頭からぶっかける。
以前みたいに完全な無詠唱ではなく指を鳴らさすなど魔術発動時、行使するという『スイッチ』の役割を持たせた動作をしなければ魔術を無詠唱で発動できなくなっており、それを不便に感じる。
「っ…………たく、世話が焼ける」
そう言うとクロは受付カウンターの内側へ、カウンターを飛び越え中に入るとギルドカードを回収し、濡れ鼠になった件のギルド受付嬢をお姫様抱っこの容量で抱きかかえるとそのままホウスレニアの立っている場所まで跳躍する。
その間ギルド受付嬢は恐怖で崩れた顔をし、うわ言のように「死にたくない死にたくない」と繰り返しつぶやいていた。
「ホウスレニアとか言ったか?」
「は、はいっ!ホウスレニア・アレクサンドラと言います!レニアとお呼びください師匠!」
俺に呼ばれて嬉しそうに返事をするホウスレニアなのだがこの一連の出来事を前にしても何ら態度を変えないのは天然で片付けれるのだろうか?
「すまないがレニア、君の住んでいる場所まで案内してくれ」
「分かりました!」
「そう急ぐな」
早速異性である俺を案内しようとするレニアを見るに純粋で汚れを知らない年頃なんだろうなと不謹慎な事を思いながらクロは先を急ごうとするレニアの足を止めるとストレージから馬用の具馬をレニアに装着し、ギルド職員をレニアの許可を取ったあと背中にのせると、意識がはっきりとしていないであろうギルド職員が落馬しないように後ろに跨り、支えてやる。
はっきり言ってこのままギルド職員を抱えていくほどの体力は俺にはない。レニアには悪いがここは我慢してもらおう。
「重くはないか?」
「は、はいっ!普段アルバイトでお客様や荷物などを運んでいるので大丈夫です!」
道中、レニアの背中に乗る事が人種差別かと思い聞いてみたが、むしろレニアのアルバイトように賃金を貰い生業にしているものも少なくないらしい。
ちなみにレニアは女性であるため本来男性は乗せないらしいのだが。
日本で言う人力車のようなものか。
そしてここまでの流れでギルド職員ないし警備の者か誰かしらに止められる可能性もあったため、そのための魔術をいつでも発動できるようにしていたのだが俺がいきなり水をかけた事に予想以上に驚いていたのか誰も止めに来ず、杞憂で終わった。
ちなみに、周りが動けなかった一番の理由は水をかけた行為ではなく水をかけた相手なのだが、それをクロが知ることは無かった。
◇◆◆◇
「こ、ここが私達の住んでる借家です」
ホウスレニアの背中に揺られながら約30分、今レニアの住んでいるという借家の前まで来ていた。
ちなみにその間ギルド受付嬢はいつの間にか気絶していたらしく、一度レニアから降りるとそのまま背中におぶる。
借家は学園都市を囲う外壁の外にある下町のさらに端側にあり、1階平屋建て木造住宅で、そこで友人とルームシェアをしているとの事。
家賃は外壁の外側の下町、さらにその下町の端側ということで相場の三分の一以下の値段で借りている事など聞いてもいないのに話して来る。
部屋の内部は部屋を仕切る壁が無い変わりに部屋ごとに布で仕切っており、台所などでは食べ物を入れる容器が三種類あり、その容器に多分所有者の名前なのだろう文字が、この世界の文字で書かれていた。
そして入って直ぐの、麻の布で仕切られている部屋がレニアの部屋らしく、案内される。
「おじゃまします」
「ど、どうぞ」
案内されるがまま入るのだが部屋の一角、風通しが良さそうな場所に多分下着なのだろう純白に輝き放つ肌着らしき物が室内で干されているのが目に入る。
うむ、苦学生って感じだな……。
「きゃぁぁぁぁあ!?」
そして俺の視線に気付いたのだろうレニアが物凄い速さで移動すると、それらを素早く回収しタンスに手早く片付ける。
「はぁ……はぁ……み、見ました?」
「背伸びせず無難に白とは学生らしくて良い心がけだ」
「ぁうぅ……よ、よりにもよって一番恥ずかしい下着を見られた……」
「ん?何だって?」
「なっ、何でもないです!」
ふむ、白の他にも下着のバリエーションはあるのか。
是非とも見てみたいものである。
そんなレニアの可愛くも微笑ましい反応に癒されながらもおぶっているずぶ濡れのギルド受付嬢をどうにかする為に顔を真っ赤にしているレニアに風呂場を案内してもらう。
「せ、狭いですけどここが水浴び場です。さ、流石に風呂場がある所はお家賃が高いのと、薪を買う余裕もないので……」
と未だに顔を赤らめながら室内で唯一石造りの壁と扉で仕切られている水浴び場に案内してくれたのだが、俺視点では思いの外広く感じるのだが、レニアの体格からすれば狭いと感じる広さでもあるのだろう。
「十分な広さじゃないか。じゃあこいつの身体をこのままじゃ可哀想だから綺麗にしてやってくれ」
「わ、分かりました!お漏らししたままじゃ気持ち悪ですもんね!」
「え?」
「……はい?」
どうやらレニアにはこいつがお漏らししていた事がバレていたらしい。
と、なるとあの場所に居合わせていた他の人達にもバレている可能性が高いと思ったのだが、レニア曰く嗅覚が優れている人種にはまるわかりらしいのだがその他の人種には分からない程度らしく、あの場所に居合わせていた嗅覚が優れている人種の人はお漏らしたギルド受付嬢の両隣である獣人受付嬢ぐらいだったらしい。
そうか……両隣にはバレたのか……。
水浴び場にはシャワーも付けられており、魔力蓄積石という石がシャワーや台所のコンロなどに取り付けられていてこの魔力蓄積石に使いたい属性の魔力を込めると魔力が尽きるまで水や火を扱えるとの事なのだが、その補充分の魔力が意外と高く水は川や井戸水を、台所などの火は広い集めた枝木を乾燥させた物と購入した薪を使っているとの事。
ちなみに魔力蓄積石よりも薪などの方が安く魔力石はもはやオブジェの役割しかしていないとのこと。
なので意外と便利な反面節約するにあたり最も最初に節約対象になる所らしい。
と、いう訳でシャワーの根元に取り付けられている魔力蓄積石に手をかざし火属性に変換した魔力を電池に充電するイメージで流し込んでやると只の石に見えた魔力蓄積石が赤く光り始める。
今の身体で知識もなく魔力蓄積石に魔力を補充できるか不安だったが、魔力を火属性に変換するのは魔術段位一【ファイヤ】を唱える感覚でいけた。
補充の際、蓄積魔力消費量は【ファイヤ】より少し多く消費した程度だったのでなぜ自分で補充せずお金を払いわざわざ他人に補充してもらうのか聞いてみると、補充するには蓄積する原理を理解していないとどんなに魔力を込めても蓄積されない上、他人に簡単にその原理を知られてしまうと魔力を補充している人達の商売が成り立たなくなる為世間にその原理が流れる事が無いらしい。
またそうする事により補充できる人を少なくする事ができ魔力補充に付加価値が付くため基本的に一子相伝になっているらしい。
電池に充電するイメージでいけたのでそこまで大袈裟なと思うのだが電池と充電という概念がない世界では難しいのだろう。
無から有を生み出すのは前世でも難しいのは同じだしな。
「なら、水瓶座などに自分で【ウォーター】を発動して溜めておけばわざわざ水を汲みに行く必要ないんじゃないのか?」
「ま、魔術をそこまで制御するにはそれなりの修行と実力が必要になってしますし、皆が皆魔力が使える訳ではないですので……まさかお師匠様が魔力補充できるとは思いませんでした。あ、ありがとうございます!」
黒づくめの格好※この場合高校生名探偵を子供にした組織の一員のことでは無い