激突◇
そしてクロは爆発の衝撃に備えスキル【五重門】を発動し、クロの前に山のように大きな五つの門が現れる。
魔術【失敗の対価】の爆発の威力は凄まじく、魔術段位九の炎魔術に相当するレベルなのでいくらアーシェといえども何か対策をしなければただではすまないだろう。
実際クロがだしたスキル【五重の門】は第四の門まで開いてしまっている所をみるとその衝撃が伺える。
「しかし、アイツがこの程度のことを防げないとは思えないんだよな」
この【泡の中の幻】からのダミー魔術の流れはもはや定石になっていたためアーシェも何かしらの対策をしていたと考えるのが普通だろう。
クロの魔術【失敗の対価】により出来た土煙をスキル【空中浮遊】を使い上空から見下ろしているといきなりクロの身体中から傷が生まれ血だらけになり体力ゲージも半分まで削られる。
「グフッ…で、ですよね。 はは」
そしてそれを見ていたクロの家臣達が発生源不明のクロが受けたダメージを、信じられない光景を目撃しているかのように驚愕し、中には悲鳴を上げている者までいるのが見える。
しかしクロからすればなんてことはない予期していた展開の一つであるためさほど驚く事のほどでもないため思考はクリアなままだ。
クロが予期していた事は三つ。
対象の発生源から次の自身が受けるダメージをゼロにするスキル【見せかけの協定】
対象の発生源から次の自身が受けるダメージと同等のダメージを相手プレイヤーにも与えるスキル【痛み分け】
そしてクロが行ったように防御魔術である。
ちなみに上二つのスキルの方は一試合の使用回数が決まっており【痛み分け】は一回、【見せかけの協定】は四回のみになっている。
そしてこの中で一番凶悪なのは【痛み分け】で基本最後の切り札として取っておくスキルである。なぜ凶悪かというと発生源の対象者に同等のダメージを与えるのではなく対象の発生源と同等のダメージを”相手プレイヤー”に与えるのである。
いわば自分の方が体力に余裕があり、相手が自分の上位攻撃でぎりぎり倒せる体力ならその攻撃を自分自身に与え、相手を倒すという戦法があり、最悪自爆して引き分けに持ち込めるからである。
「しかし、やはり自分の体力が有る内に【痛み分け】を使いたいと思うのはここが現実故という事か」
あくまで上記の使用方法は相手に上位攻撃を打たせない牽制の意味合いが大きいのだが、それはゲーム内の戦法である。
死んだら終わり。
そのたった一つ違うゲーム時代との差で当たり前のように戦い方も変わってくるのだろう。
その事を今更ながら再確認する。
命もそうなのだが五体満足で勝つ事も大きいのだろう。
【完全再生】の魔術段位は六だしな…。
「そうなると武術など習ってこなかった俺はこの戦い、かなり不利だな」
アーシェはこの世界で百五十年以上生きており幾重の死線をくぐり抜けて来た猛者であるならば武術の一つや二つ習う時間はあったはずであり、当然習っているものとして考えるのが妥当だろう。
「そうなると、接近戦は潰されたわけか」
すなわちクロが得意とする抜刀術系のスキルを使用した戦法は使えない事を意味する。たった一回のやり取り、アーシェの攻撃を難なくかわして攻めていたはずのクロは終わって見れば逆にアーシェに追い込まれていた。
「【涙の雨】」
そしてその間クロが見せた隙を、クロがアーゲノーツにして見せたようにアーシェもまたその隙を見逃さない。
すると空が曇り出し黒い雨が降りだしはじめる。その雨に当たった瞬間クロは空中に留まる事ができなくなり緩やかに地上に下降しだす。
この【涙の雨】は闇魔術段位三の魔術で空中浮遊系スキル、魔術が使えなくなる魔術である。
ゲームでは使ったところで飛行能力や跳躍する事ができるので使ったところで少し不便になるだけの魔術なのだが今のクロにとっては致命的な状況である。
ちなみに飛行能力や跳躍できなくなる魔術、土魔術段位三【超重力】の方は重宝されていたりする。
「【超重力】ではなく【涙の雨】を使うという事は本格的に接近戦に持ち込むつもりなのか…」
「当たりだよ。 お兄ちゃん」
クロの思惑通りアーシェが跳躍し一気にクロとの距離を詰めて来るとストレージからまるで血の色の如く赤黒い色をした刀身の刀を抜き出しクロに狙いを定めその刀身を振り抜く。
「ハァ!」
「…ぐっ」
そしてアーシェは上下左右を飛び回るように素早く移動しクロを翻弄しながらせめて来る。
その動きから【超重力】ではなく【涙の雨】を使ったのは上からの攻撃を織り交ぜる事を考えての選択だったのだろう。
「これが実戦経験の差か…【五月雨】!」
ゲームでの戦いと命をかけた戦いの違いを見せつけられ防戦一方になるのだがほんの僅かな隙を見つけスキルを打つ事ができるのはクロが持つ才能ゆえか。
スキル【五月雨】を発動し、なめらかな動きでアーシェに連続切りを繰り出すのだが、その全てがアーシェに難なく防がれ躱され、逆にスキル終わりを狙われ、また主導権を奪われる。
一見すれば互角の攻防に見えるのだがスキルでしか攻撃しないクロと違いスキルを使わず攻撃しているアーシェとの差は計り知れない。
やっぱり、予想通りの結果になってきたな。
接近戦の攻防が始まりだして最初からくらべ徐々にクロが攻撃に転じる回数が目に見えて少なくなり始めている。
しかしそうなる事は予測できたことであるため別段驚かない。
「く、クロ様…」
そしてその事は二人の戦いを眺めているセラやルシフェル達に不安の色を見せ始める。
「せ、セラ…た、助けに行っちゃダメなの? このままじゃクロ様が…」
「滅多なことを言うでない小娘。 貴様が行った処で魔王様の足を引っ張るだけになる事は目に見えておるわ」
「で、でも…」
そんなことはルシフェルにも分かりきっている事なのだが何もせずにクロが負けるところを見るだけしかできないというのは我慢できず、またそんな自分の未熟さを歯がゆく思う。
「黙って見てなさいルシフェル。 クロ様はいつも劣勢な立場が多い中戦って来たのです。 この程度のことで負けるはずありません。 いつも通り劣勢な状況をはね除けて勝ちますっ!」
この中で一番の古株になるセラは今までクロが劣勢な立場を幾重もくぐり抜けてきた姿を近くで見てきた為、劣勢な立場でもひっくり返して最後は勝つと諭しルシフェルを落ち着かせるのだが、その瞳は不安そうにクロを写し両手を組んで魔王同士の戦いを見詰める。
クロに助太刀し、一緒に戦いたいのはセラとて同じなのだ。
「まったくお主らは。 今にも助太刀しに行きたそうにしおって。 少しは我々の魔王様であるクロ様を信じてドシっと構えて居れぬのか?」
「ば、バハムートはクロ様の剣となり盾として一緒に戦いたくないの!?」
そんな二人をバハムートがたしなめるのだがルシフェルが納得いかないと自分の気持ちと感情をバハムートにぶつける。
言葉にはしないもののセラもルシフェルと同じ気持ちなのかルシフェルに同調して頷いている。
「この戦いは見たところ己の信念をかけた一対一の正式な決闘であろう。 例え我々にクロ様と同等の力を持っていてこの戦いに加勢し勝利してもクロ様は喜ばれないであろう」
「…………」
「…………」
そして二人の天使はバハムートの言葉を耳に入れると「これだから男という生き物は……」という目をバハムートに向けるのであった。
そんなやり取りが自らの家臣の間で繰り広げられてるとは露知らずクロは必死にアーシェの猛攻を防いでいた。
その猛攻はクロの選択肢の中から隙を見て攻撃する事を無くさせてしまうほどであった。
クロに出来る事は今までの経験則から来るであろう攻撃を数通り予測し、ひたすら防いでいく事のみである。
「どうしたのお兄ちゃん、さっきから防いでばっかりだよ?」
「……っ、」
アーシェにかけられた言葉に目だけで返すクロ。アーシェの猛攻はクロに言葉で返す余裕すら無くさせるほどクロを追い詰めていた。
それとは対象的に余裕の表情を浮かべ笑みを浮かべるアーシェ。
「防いでばかりいないでたまには斬られてよねえ。 斬られてよねえ。 ねえねえねえねえ」
しかしクロにとって幸運なことはアーシェが繰り出す技の応酬はギルティ・ブラットで覚えられるスキルと同じモーションばかりだという事であるが、技とスキルの攻撃スピードも違えば攻撃箇所も違い、攻撃する時の技名もスキルと違い必要ないためクロからすればゲームのスキルと同じモーションだからなんとか防げているだけでしかない。
しかし刃を交える度にアーシェの攻撃は勢いを増し、様々なフェイントも織り交ぜて来る。
「ガハッ!?」
そしてアーシェから何度目かの攻撃を防いだ時、クロの腹部に強烈な衝撃が襲い、門の向こう側にあるノクタスの街まで飛ばされる。
クロの意識がアーシェの刃に集中し始めた事を感じ取ったアーシェは、クロの横腹に蹴り技を入れ、ノクタス側まで吹き飛ばしたのである。
「【集中砲火】」
そしてクロが飛ばされた先、土煙が舞う中から魔術詠唱が聴こえ、無数の火の玉がアーシェに撃ち込まれる。
この魔術【集中砲火】は火の段位五の魔術で威力は段位四しかないのだが追加効果にカウンタースペルにより打ち消されない効果を持っているため多少距離があっても安心して使用できる魔術の一つである。
「【水の壁】」
しかし魔術の威力が低いため段位二の水魔術により簡単に防がれアーシェの周囲を蒸発した水蒸気が包む。
「技を受けてしまったとはいえアーシェと距離を取れた事は有難い。 接近戦に持ち込まれる前にアーシェには悪いが一気に責めさせてもらう【神の怒り】」
クロが魔術を詠唱した途端あたりは陰り、その頭上には空が割れ巨大かつ無機質な瞳でアーシェの方角を見つめる者がいた。その姿は見る者に神のような神々しさと存在感を放ち、今まさにアーシェへ鉄槌をくだそうと手にした魔法の杖のような物の先から強烈な魔力の攻撃が放たれる。
その攻撃は雷と業火の嵐となりアーシェへと襲いかかる。
ギルティ・ブラットの段位九以上の魔術はカウンタースペル対策で全て打ち消されない能力を持っており、この魔術段位九である【神の怒り】も勿論カウンタースペルにより打ち消される事はない。
そしてこの【神の怒り】は光・雷・炎の混合魔術であるため先ほどの【集中放火】のように魔術の弱点である敵対色魔術を使い段位の低い防御系魔術で防ぐという事が出来づらく、同じ段位の無色魔術の防御系魔術で防ぐか、もしくは攻撃魔術で相殺するしか防ぎようがない強力な魔術の一つである。
しかし【神の怒り】を防ぐような魔術は見れずそのままアーシェがいた場所に魔術段位九の攻撃が降り注ぐ。
「……外したか…………っ」
しかしクロは魔術がアーシェに当たった感触を感じとれず緊張感を高める。
「焦っていつも通りの判断ができてないんじゃないの? お兄ちゃん。 いつものお兄ちゃんなら蒸発した水蒸気で敵が見えない状況だと攻撃せずに補助系魔法や身体強化系スキル使ってたと思うな」
そしてアーシェはクロの真上上空に浮遊しながら話しかけてくる。
そしてクロはアーシェが言うように焦っていた。身体はゲームのように動くのだが、体力のほうが相変わらず少なく、さらにゲームではなく現実世界での戦いという慣れない状況と緊張感により早くも息が上がってきていた。
本来ならアーシェの言うような対策を取り、ノクタス側に蹴り飛ばされた為にアーシェが放った魔術【涙の雨】の効果範囲外に出ていた事にも気付き次のアーシェとの衝突に備えていただろう。
それほどまでに様々な状況がクロを追い詰めていた。
「それじゃあサヨナラだよ、お兄ちゃん 。 光の段位十【ハルマゲドン】」
アーシェが魔術詠唱を唱えるとノクタスの街上空に太陽のような、街をすっぽりと覆うほど巨大な光の塊が現れ緩やかにノクタスの街へと下降しはじめた。
この魔術【ハルマゲドン】の威力は凄まじく敵味方関係なく全てに大ダメージを与える魔術である。さらに光の魔術のため敵対色魔術は闇しかないのだが、闇魔術もまた敵対色魔術は光の魔術のため結果敵対色魔術が無いのと同じであるため、強悪な魔術の筆頭である。
やっぱり※やっぱりイ◯バ!百人乗っても大丈夫!!