本気で殺そうと攻撃をしている所
目の前の魔族は何を企んでいるのか知らないが周りの住人へ我々から逃げる様に叫ぶ。
それが意味する物が何なのかは理解出来ないのだが避難した先で悲惨な未来が待ち受けている事だけは容易に理解出来る。
その悲惨な未来を阻止する為神崎奈緒が声を上げてボナと呼ばれていた女性が魔族であり、決してボナの言うことを鵜呑みにしてはいけない旨を叫ぶ。
しかし、周りの住民達は奈緒の言葉を無視しボナの言う事に従いこの場から去って行く。
そしてボナの拡声された声により危険事態だと判断したのか鐘の音がけたたましく鳴り響く。
そんな中一人の少女が震える手足に木の棒を握りしめてボナを庇う様に我々の前へ立ち塞ぐ様にやって来る。
「ぼ、ボナお姉ちゃんは魔族だけど何で魔族だからって理由だけで悪い人みたいな事言うのっ!?」
「エルサ、危ないから下がっていなさい」
「嫌だっ! ボナお姉ちゃんは私が守るっ!」
そういう少女の恐怖が握った棒の先から伝わって来る。
この状況だけ見ればどちらがまるで我々が悪者ではないか。
まさかと思い洗脳を疑ったが少女に洗脳の類いがかけられている痕跡が見当たらない。
そこで分かる事は一つである。
「上手いこと住民達を騙して懐に潜り込めたみたいだな。何を企んでいる?」
「企むとはとんでもない。私達はただ大魔王であり私達の主人でもあるクロ・フリート様ならばより良い世界を作ってくれると信じていますから、私如きの浅知恵で足を引っ張ってしまい兼ねないのならば全てをクロ・フリート様にお任せするのが正しいのです」
まるでそれが絶対的に正しいのだと疑いすらしない口調で目の前のボナは話す。
それは民達を欺き信頼しきった所で後ろから刺すというものでは?という考えに至りゾクリと冷たいものが背すじを走る。
民達が信頼し皆が幸せ絶頂の時に欺くという考えはまさに魔族的でかつ大魔王的な考えではないか。
「なるほど。であれば何が何としてでも平和の為に貴様達の大魔王とやらの野望を止めなくてはならないな」
そしてそれを阻止するには目の前のボナという魔族を倒さなくてはいけないのだが、そのボナを庇う様に立つ幼き少女が邪魔になって来る。
幼き少女を洗脳し、盾として我々の前に出す。
それは憎たらしい程に実に魔族らしい狡猾な手法であり、我々の事を知り尽くした手法でもある。
その手法は悔しいが絶大であり、その証拠に未だに我々は動けずにいる。
「ボナ様、その少女を除き住民達全て非難を完了いたしました」
そんな時一人のハイダークエルフがいつのまにか現れ、ボナへと住民達の現状を伝えるのが聴こえて来た。
それと同時に我々が五百名ものハイダークエルフまたはダークエルフの女性達に囲まれている事に気付く。
一体いつの間にと考えてしまう。
そもそも彼女達が現れた瞬間魔術の余波すら感じなかったのだ。
その者達の額には全て隷属の証である印が印されている事から考えたくもないが全員魔族側の奴隷であると考えるのが妥当であろう。
彼女達を奴隷から救ってやりたいという思いもあるが、彼女達には悪いがここは自分と部下の生存が第一として考える。
「ご苦労様です。では、この娘を安全な場所に連れて行って下さい」
「かしこまりました。残った者達はどうしましょうか? この族を縛り上げましょうか?」
「その必要はありません。残った者達は夜に備えて毛布や食事の手配、また避難民の誘導などを行なって下さい」
「かしこまりました。クロ・フリート様の名に誓って」
そしてまたダークエルフ達はボナから的確な指示を受けて魔術反応すら感じない未知の方法でこの場から一斉に消え去って行く。
「では、我が主人であるクロ・フリート様が支配する国の民達の避難が終わったという事ですので……これで心置きなく戦えますね」
そういうとボナから発せられる空気が一気にち冷たくなり俺の感が彼女を危険であると警告を激しく鳴らし出す。
しかし、単純計算で此方は自分含め六名であり向こうはたったの二名であるため有利である──などという実戦経験の浅い魔術師の様なうわ言を言うつもりは無いのだが、それでも俺には頼もしい仲間が五名もいるのである。
「ですが、ここで戦いこの美しい街を破壊されては元も子もありませんから存分に戦える場所へ移動すると致しましょう。ではミズキ、頼みましたよ」
そしてボナはここでは無い別の場所へ移動するように言うとミズキという者を呼ぶ。
すると一体どこからどういう方法で現れたのか先程のダークエルフ同様に水樹が我々の前に現れて来た。
「「水樹っ!!」」
その懐かしい姿を見て皆一斉にに水樹へと声をかける。
しかし当の水樹からは再会を喜ぶなどといった感情は感じず、逆に薄っすらと敵意の様な感情を感じ取れて来る。
「お久しぶりです、高島さん……それにみんなも」
「あぁ、久しぶりだな。みんなでお前を迎えに来た。一緒に帰ろう」
「私は見てました」
しかしそんな水樹など気付かないという風を装い一緒に帰るよう手を差し伸べ言葉をかけるが、その言葉を言い終える瞬間食い気味で水樹が言葉を発し、差し伸べた手は払いのけられてしまう。
その行動に洗脳の可能性も視野へと入れておき、面倒な事になったと心の中で愚痴る。
「何を見たと言うのかい?」
「……あなた達がここの住民、ボナ様を含めて本気で殺そうと攻撃をしている所を」
「しかし、手をかけようとした者達は皆魔族だ。そこの目の前にいるボナとか言う娘含めて。それが何か問題でもあると水樹君は言うのか?」
そして水樹は我々をまるで人殺しの様な目を向けて言い放つ。
魔族を殺そうとしただろう?と
あの水樹が魔族を庇い我々に敵意を向けるという事に洗脳の深さを感じ取る。
そしてそれは俺だけではなく当然仲間達も感じ取っており様々な呪いや封印などを解除するのを得意とする楠瀬綾が即座に反応し、水樹の洗脳を解除しようとする。
しかし当の水樹に全く変化は見られず、未だその目には敵意が篭っている。
「無駄ですよ、綾さん。私は洗脳など受けていないのですから。自分の目で見て感じて今の自分がいるのです。そして今、高島さんの姿を見て分かりました。何故私が勇者というステータスがあるか、何故高島さんに英雄というステータスがあるのかを」
「ほう、それは興味深い事を言う。その物言いはまるで勇者と英雄は似て非なる者であると言っているみたいではないか」
「はい、そう言っているのです。そして私はそれに気付く事が出来ました。気付いてしまったからこそ私は今高島さんの敵側として明確に居るのです」
俺の問いかけに、そうであると言い切る水樹。
その目には地球で見た頃には無かった覚悟が確かに見えた気がした。
今現在の水樹の状態が状態異常、いわゆる洗脳の類をかけられていない事が楠瀬のお陰で分かった以上、水樹を説得する事が非常に難しい事は理解出来た。
しかしながら今の水樹の感情は一時的なものであり魔族に囲まれた環境故の自己防衛に近いものであると思われる。
そう頭では理解出来てはいてもあの水樹の表情と目を見ると本当に理解出来ているのだろうかと思ってしまいそうになる。
「それで、どう違うというんだ?」
「そうですね、勇者は善悪の悪を憎み英雄は敵のみを憎むと言う違いを教えて貰い気付かされました」
「それのどこが違う言うんだ?」
「……英雄の言う敵は必ずしも悪である必要は無いと言う事です。一万もの一般市民を殺めてしまった場合、その者は大罪人となります。しかしそれが戦争中であり敵国の兵であればその者は英雄となります」
ここで水樹は一度言葉を区切り決意に満ちた目を俺に向けて来る。
「では、一万もの兵を殺められた側から見たその英雄は何者になるんでしょうね?」
そう水樹が言うといつに間にか辺りは見たことも無いただただ広い空間に飛ばされ、その中心には石畳の様なスペースが設置されていた。
「何の真似だ?水樹」
「先程ダークエルフ達に、高島さんに気付かれない程の距離を保ち広範囲の結界を展開させて頂きましてクロ・フリート様より魔術【闘技場】が添付されている魔道書を使わせて頂きました。空間の設定はスタンダードに設定しております」
なんだ、この魔術は。
水樹が詠唱も無く魔術書を使い発動させた【闘技場】と言う魔術に一気に警戒心を高める。
自分が知らない魔術と言うだけで未知であるという警戒心は勿論の事、この魔術が展開した世界はまさしく闘技場と呼べるものであったからである。
これではまるで今から殺し合いをしろと言われている様なものであるが、一番警戒すべきところが敵側に立つ水樹が発動させたという点である。
そしてその魔術書はクロ・フリートから貸して頂いた物であるという事である。
それは裏返せば水樹がそれほど信頼されており、この魔術の危険性と言う点においても嫌な意味で信頼できるであろうという事でもある。
そしてもう一つ。
「あと、高島さん以外の方は別の場所へ転移させて頂きました」
俺以外のメンバーが此処に居ないという事である。
◆
「まさかぁ〜あの水樹が私達に気取られず転移魔術まで使用出来るほどの技量を持っていたとは、驚きですねぇ〜」
そう言いながら私は辺りを見渡す。
そこに広がっているのはまるで西洋の城下町という様な街並み、そしてエルフの人々である。
絶滅寸前と言われているエルフの数に驚きを隠せないのだが、その中にはハイエルフの姿もチラホラと見え思わず声を上げそうになるのをグッと堪える。
もしあの時数百名ものダークエルフとハイダークエルフ達を見ていなかったら間違いなく声を上げていただろう。
「周りの景色といい、高島さんの気配を感じないところから考えても随分とまあ遠くまで飛ばされたみたいですわね」
「もし私達全員をこの距離転移させたのだとしたらぁ〜人間一人が出来るレベルじゃないと思いますのでぇ〜そういうアイテムか何かを使用したと考えるのが妥当ですねぇ〜」
そして私と同じく辺りを見渡しながら小久保が感じた事を口にし、それに私が答える。
逆にあの転移を水樹本人の力のみでやったのだとしたら……いや、あり得ないですねぇ〜。
しかしながら本当に水樹個人の力で転移させたのだとしたらと考えるも直ぐにそれは無いと思い至るのだが頭の奥では万が一だとしてもあり得るのではないのか?と考えてしまう。