家畜の管理
しかし気付いているからこその無視されるのと気付いていないからこそ無反応では似て非なるものでもあり、まだコンラッドの方が可能性がゼロでは無いと思わせてしまうあたりある意味で残酷なのかもしれない。
故にステファニーの様に諦めるという事が出来ず、命短し恋せよ乙女と吟遊詩人の歌う歌詞でも良く使われる貴重な年数をずるずると消費してしまっているのだから。
気付いている上で無視されるのならば執着心若しくは強い恋心が無い限り諦めるという選択肢を取りやすく次の恋に移りやすい。
勿論ドルクの様に自分はモテる、イケメン、最強、全て完璧、故に落とせない女は居ないなどと勘違いも甚だしい頭の弱い奴にはそもそも諦めるという選択肢がない為意味をなさない人種がいるのもまた事実ではある為一概に当てはまる訳ではないのだが。
そんな日常ではあるもののある意味で戦場でもある状況下にいる三人の耳に一定のリズムで甲高く力強い鐘の音が聞こえてくる。
「魔物の氾濫ですっ!!」
それと同時に息を切らした伝令部隊の一人が血相を変えて状況の説明にやってくる。
◇◆◆◇
「あらぁ〜、遅いじゃないのよぅ貴方達。そんなに私の相手をしたいのかしらぁ〜」
「時間無い。早くする」
「ヒァッハーッ!! 暴れ倒してやるぜ!!」
伝令が伝えた通り王国西側へ急いで行くと既に紫のライリー、黄のスン、黒のカイベルが到着しており戦闘に参加しているのが見える。
そのうち紫と黄が我々の到着に気づくと各々声をかけてくる。
カイベルに至っては相変わらず戦闘に入ると周りが見えなくなってしまうのか奇声をあげながら生き生きと魔物を屠って行く姿が見える。
「それにしても……魔獣が多過ぎるわね」
「そうだな」
「何それ。魔物の氾濫が起こり、規模が大きい事が想定内でしたって感じ。何を知っているのかこの私に吐きなさい。洗いざらい」
「何も知らない。ほら、無駄口叩いて無いで行くぞ」
ステファニーが俺の素っ気ない仕草一つで何か引っかかる部分があるのかつかかって来るのだがそれを適当にあしらい討伐に参加する様に促す。
ステファニーはまだ納得いかないのかふまんげな表情を見せるも状況が状況だけに珍しく素直に討伐に向かう。
そして俺はステファニーが怪しむ様にこの大氾濫の原因が何なのか目星は付いている。
恐らくだがブラッド・デイモンが定期的に間引いていた付近のダンジョン三つから魔獣が溢れて来ているのであろう。
この王国には西側に大きなダンジョが三つあるのだが別段貴重なアイテムやモンスターと言った資源がある訳でも無い上に、たまに魔獣が外に出ては来るのだが氾濫程ではなく長年ほったらかしにされているダンジョである。
しかしそれはあくまでも表向きであり実際はブラッド・デイモンが定期的に魔物を間引き、そして時には王国の人口を減らす為に人為的に三つのうちどれかを小規模で氾濫させいたのである。
まさにブラッド・デイモンは自身が言っていた通り王国の人間を自分の飯の為に飼っていた家畜として育てて来たのであろう。
そう思うと三つもダンジョンが近くにあるこの場所はブラッド・デイモンにとって家畜を管理及するには最適な環境であったであろう。
これらはあくまで推測でしか無いのだがブラッド・デイモンが引きこもって数ヶ月でコレである。
今まで過去に三つのダンジョンが同時に大規模な氾濫を起こしたという記述すら無い事もその信憑性を高めている。
この三つのダンジョンは氾濫も特に起きず、起きても小規模だという事が異常であると普通であればすぐに思うものであるが長年の歴史がそれを考えさせない、ある意味で国民を洗脳していたのであろう。
付近に三つもダンジョンがあれば定期的に氾濫が起きるこの光景こそが普通なのである。
ならば我々は本来それが起きる前に食い止めなければ成らず、しかし五百年にも渡り刷り込まれた作られた常識によってそれをせず、今の状況を作っているのである。
それはブラッド・デイモンがこの王国を捨てる時まで考えられている事が伺える。
そして何よりブラッド・デイモンはダンジョンを実験場でありコレクターを飾る空間として利用していたのだが、近場のダンジョンも手付かずの筈が無い。
本当、俺が死ぬまで本性を隠して欲しかったとあの日から常々思ってしまう。
「………推して参る」
その溜まりに溜まった苛立ちを俺は剣に込め初速から最速で魔獣を刈り尽くして行く。
その後ろで「待ちなさいよっ!! 逃げるな!! 教えなさいよおおおおおおっ!! 気になるじゃないぃいいいっ!!」という絶叫が聞こえる気がするが相手するだけ疲れるだけである。
一歩でも遠くへ一秒でも速く。
速く。
速く。
速く。
「っ……はあっ!! はあっ! ……はあっ………シッ!!」
限界まで上げたスピードに筋肉と肺が悲鳴を上げ立ち止まるも少し呼吸を整えすぐさま魔獣の海へ駆けて行く。
身体の悲鳴に否が応でも自分は人間止まりなのだと思い知らされる。
今までは才能など無くても努力で強引に何とかしてきたが、今回ばかりはどうにもこうにも限界とやらが見え始めた様である。
「コンラッドの兄貴、今日は珍しくヤル気じゃねぇかっ!? いつもの飄々としたコンラッドの兄貴は卒業かい?」
「そんな生き急いでいたら早死にするわよお? おじさんなんだから少しは身体を労わらないとぉ〜」
「全く、なら若いお前達が動くんだな」
そしてそんな俺を見て赤と紫が話しかけてくるが散々な言われようである。
赤は言わずもがな紫はこの国では珍しい黒髪をまるで自慢するかの如く腰まで伸ばしており手入れが行き届いているのが一目で分かる程艶が艶やかに光っている。
その身体はスラリとしており雌馬の様に美しいのだが今は黒い軽装備を身に纏い馬と言うよりかは麒麟、若しくは黒い毛並みが美しい黒馬の怪物、夢魔の様でもある。
ただ一見女性としてはある種完璧な彼女であるのだが唯一の欠点のみは未だに膨らみもとい成長は見られず絶壁──
「……おじさん、早く死にたいのかしら?」
──これ以上はヤバそうなのでその点については深く考えるのはやめておこう。
そんな彼女の名前はライリー・ガルシアであり黒槍と言えばライリーである。
彼女はスキルと魔術、主に炎魔術を駆使してそれこそ麒麟の様に縦横無尽に魔獣達ひしめくこの場所を軽快に飛び跳ね、馬の様に力強く駆け巡って行く。
黒と赤を撒き散らしながら魔獣の血を降らし駆け巡るその様は彼女こそが紫であると誰しもが納得するであろう。
しかし、そんな光景も次の瞬間には銀の一撃により様変わりしてしまう。
後方、それも何十キロと離れた王城の中から彼は狙撃し、あたりをその一撃を横に移動させ魔獣達を薙ぎ払って行く。
この障害物がない場所では彼から逃れる事は例えドレイクやワイバーンなどの亜種であっても不可能であろう。
彼の名はリッカルド・グレーでありライリーが黒馬ならば彼は銀翼の大鷹であろう。
その目から逃れるのは至難の技である。
そんな彼の武器は何と言っても魔力量そのものである。
彼は魔力量こそ凄まじいがそれに色をつけ様々に変化させる事が出来なかった。
故に彼はその魔力を放出しその衝撃を利用した攻撃方法を考え付き今に至る。
更に彼を彼足らしめるものはその無色、純粋なる魔力である。
色さえつけば敵対色で抵抗、炎ならば水で対抗出来るのだが色が無いためそれが出来ない。
生まれてこのかた色をつける事が出来なかった彼だからこそ手にした純粋無垢な魔力による暴力であろう。
その他にもそう言った化け物と呼べるもの達が押し寄せる魔獣の氾濫を食い止めているにも関わらず、以前状況は平行線を辿っていた。
「これを頼む」
「………」
そんな状況に嫌な予感がした俺は影を呼び寄せると一つのメモを渡し、影は何事も無かったかの如く音も無く掻き消えて行く。
◇◆◆◇
あれから三日が経った。
しかしながら魔獣の数は減りこそすれその分強力な魔獣が出現し始めている。
ここまでの大氾濫は過去六五年前の旧イベンツルク大氾濫以来であろう。
旧イベンツルクはその役四日間もの間氾濫が収まらず、結果国そのものが無くなり、無事であった街や村は近隣諸国に吸収されていった。
その時の大氾濫と比べ今回の反乱はそれと同等、むしろ現在出現してくる魔獣の種類及び強さから考えると規模こそ狭いが災害レベルでいえば超えているといわれてもおかしくないレベルである。
それだけにブラッド・デイモンの計画性と十年二十年レベルではなくそれこそ数百年も前からの計画であることが伺える。
それでも我が王国が何とか持ちこたえているのは自分含めた七色のおかげであろう。
今回ばかりは赤に感謝してやらんこともないと思う。
毛ほどではあるが。
「ま、魔力がやばいわ」
「泣き言言っても何も変わらんぞ。むしろ精神的にキツくなるだけだ」
「コンラッドがキスしてくれると魔力が全回復すると思うんだけど」
「それは無い」
それでも三日間もの間戦いっぱなしであるためいくら七色といえど疲れが蓄積してきているのが見るからに分る。
それでもステファにーのようにまだ冗談が言える元気があるのだからまだ大丈夫であると信じたい。
「冗談じゃないんだけど。間違いなく全回復する。私の疲労した心と体も全回復しちゃうレベル」
「むしろ思い残す事がなくなり死ぬんじゃないのか?」
「コンラッドとセックスするまで死んでも死にきれないけど今ここで赤のお前は殺して欠番にしてあげる」
「相変わらず仲がいいなお前ら」
「は?何言ってんの唐変木」
「さすが青だぜっ!前からお前は見る目あると思っていたんだよっ!」
しかしながらいまだ元気にじゃれ合う二人をみるとこちらまで不思議と疲れを忘れ、乗り切れそうな気分さえするから不思議である。
そんな雰囲気ですらある魔獣を見て一気に霧散させられ、辺りには緊張感が一気に高まる。
アーマーエレファント
この魔獣は十メートルに届くかという巨躯の像なのだが、皮膚がまるで鋼の鎧であるかのように変化しており、口元に生えている二本の長い牙からは雷系統の技を繰り出してくる。
更には鋼の皮膚には自信の魔力でコーティングしており物理はもちろんの事魔術もまた効きにくいときている。
本来ならば討伐ランクSレベルである魔獣が目に見えるだけでも四体も見えるのである。
このSランクというのは強さというよりもSランクならば逃げ切れる確率が高いためにSランクというだけである。