約束◇
「や、約束てなんのだよ?」
クロは嫌な汗を背中に滝のようにかいていた。
なぜなら、まだ迅速の床ペロさんが明日香だとわからなっかた俺は魔王の称号をかけた大会で一つの約束をしているのである。
それは迅速の床ペロさんからの提案で、次に互いに戦うような状況になった場合「私が勝ったら鍵部屋でイチャイチャしてください」というものである。
迅速の床ペロさんが女プレイヤーである事は知っていたし、彼女の作り出している魔族キャラクターがクロのタイプの女性像を具現化しているのも大きく、八割下心込で了承した約束である。
ちなみち鍵部屋とはその名のとおり鍵をかけれる部屋のことで、ここで夜な夜ないやらけしからん事をするプレイヤーのラブホ的な場所として使われており、他のプレーヤーからの認識も鍵部屋=ラブホという認識をされていた。
もちろん通常の利用目的で使う場合も多いのだが、男女のどちらかがその鍵部屋に二人きりになろうと誘うことはそう言う意味で使われる事がほとんどである。
もちろん言ってもゲームなので本番はできないし触れられた感覚はないのだが、ゲーム追加装備手袋を装着すると、触った感覚を手に伝える事ができるため人目を気にせず互いに互いを触り合えるのである。
あと何故か触られているかのような演技も自分含めて皆するのだがなかなかの演技力で一時期ハマっていた時期もあったのだが……まさかその中に嫁が紛れ込んでいたは。
あの時はこの行為を浮気認定されたのだが、これはゲームのサービスの一つであり浮気ではないと未だに思っているのは墓までなんとか持って行けたみたいである。
「覚えてるよね?」
そう言い上目遣いを使ってくるアーシェは反則なほど可愛いのだが、忘れてはいけない。
今はゲームの世界ではないのである。
もちろん鍵のついた部屋でする行為は互に触れ合うだけではないだろう事は容易に想像できる。
「あー、あのあと色々あったから大体は覚えているんだけど何をかけて戦うのかは忘れちゃったなー…」
「じゃあ仕方ないかー…」
自分でも分かるくらい酷い棒読みのセリフに内心戦々恐々なのだがどうやら騙しきれたらしくクロは胸をなでおろす。
「このままとぼけ続けるのなら城の外で待っているお兄ちゃんのキャラクターに、お兄ちゃんが今まで鍵部屋で夜な夜な何をしていたのか話さないといけなくなっちゃうなー…」
アーシェが言い終える前に俺は華麗なる土下座をキメる。
「すみません。一語一句覚えております、だからそれだけはご勘弁を」
「そうだよね。 なんてったって私との約束だもん。私もこの世界に転生して今まで約150年間色褪せる事なくお兄ちゃんとの会話一語一句覚えてるんだもん」
やだ何この子、チョー怖いんだけど?目の焦点も合ってない気がするし……。
いや、それよりも今アーシェは気になる事を言っていた。
過去の思い出を思い出しているのか思考がトリップしかけている目の前の魔王アーシェにクロは問いかける。
「転生してから150年って事は…………ゲームのキャラクターとしてこの世界に来た訳じゃないのか?」
クロがそう問いかけるとアーシェは「なに当たり前の事を聞いてきてるんだろう?」といった表情でクロの質問に答える
「当たり前でしょ? 私はこの世界の私の両親がナニをナニして何故か前世の記憶を持ったまま生まれて来たんだよ? でも確かに今の私ってゲームのキャラクターにそっくりなんだよねー」
そう言うとアーシェはその胸に付いている推定Iカップを自ら揉み始める。
服の上から様々な形に変化するそのお胸様から目が離せなくなるのは男子たるもの仕方がない事だと思うんだ。
「まったく、胸フェチなのは変わってないんだね、お兄ちゃん」
「ば、ばっバッカ、ちげーし!」
自分では悟られないように見ていたのだがどうやらアーシェに胸を凝視していた事がバレていたらしい。
なんか凄く恥ずかしい……。
「そしてあそこで気絶しているのが私の幼なじみのアーゲノーツなんだ。お兄ちゃんの爪の先ぐらいは大切な人だよ? でも、お兄ちゃんもゲームのキャラクターにそっくりだね。これってやっぱり運命だよ!」
そう言うとまたもや自分の世界にトリップする魔王アーシェ。
その顔は他人にはけして見せてはいけない顔をしている。
そしてクロはこの世界を自ら仮説した一つの可能性が先ほどの魔王アーシェの喋った内容によりかなり低くなった事を知る。
アーシェがクロ同様にゲームのキャラクターとしてこの世界にトリップして来たとしたならば、この世界がじつはゲームの世界で、自分はまだ死んではいないのではないか?
少なからずこの可能性があったからこそ今まで自分はなんとか精神を正常に保って来れたし、妻に操も立てれていた。
しかし、まだこの世界がゲームではないという決定的な証拠が出たわけではないのだが、目の前の魔王アーシェこと橘明日香がCPUではない事は彼女の反応からして間違いなく事実である事が伺える。
「で、決闘のルールだけど、ギルティー・ブラッドの公式ルールと同じで体力がゼロになるかどちらかが投了した方が負けで良いよね?」
「それってどちらかが投了しない場合はどちらかが死ぬまでやる……って意味なのか?」
自分の世界から帰ってきたアーシェはだらしなく垂らした涎を手の甲で拭うと決闘のルールはギルティー・ブラッドの公式ルールで行うと提案するのだが、それはゲームの世界のルールであって、ここは多分体力がゼロ=死ぬという意味だと思いクロはアーシェに了承の言葉ではなく疑問で返す。
それでもやはりアーシェがギルティー・ブラッドの公式ルールを持ち出した事で、やはりこの世界はゲームではないのか?とも思ってしまう。
「体力がゼロになったら死ぬのは当たり前だよお兄ちゃん。確かに私とお兄ちゃんの見た目はゲームのキャラクターそのものだからその気持ちも分からなくもないけどこの世界はゲームなんかじゃない事ぐらい分かってるでしょ?」
しかしアーシェは妖艶に笑いここが現実世界であると告げる。
「大丈夫。お兄ちゃんが死んだら私の血を死体になったお兄ちゃんにかけて私の眷族として、また私の伴侶として迎え入れるから。いっぱい子供産もうね? お兄ちゃん」
そう言うと濡れた瞳で上目遣いで見つめてくるアーシェはお姉さん風の顔と巨乳とのギャップでグッと来るものがあり、思わず「はい!」と元気よく返事しそうになるのをなんとか堪える。
しかしアーシェが言ってる事がちょっと、いやかなりイッちゃってるのでヤンデレはやはりヤンデレだったみたいである。
しかし、あの巨乳を揉めるのなら……とぐらつきそうになるのを後ろ髪を引かれながらも鋼の意志で何とか振り切る。
「いや、逆にお前だって危ないんだぞ?」
そうクロが言うとアーシェの顔からさっきまでしていたなついた犬のような表情とオーラがが消え、代わりに気の強そうな顔付きに似合ったオーラと表情を身に纏う。
「まさかお兄ちゃん。私がお兄ちゃんに負けると思ってるの?」
たったそれだけの言葉を喋るだけで辺りは高密度な魔力によりずしりと重くなる。
魔力総量は確かにクロより少ないのかもしれない。しかし乗り越えて来たであろう死線の数は計り知れない事が伝わってくる。
「みた感じ殺気も放てないし、殺気を受ける経験なんかもほとんど無いんでしょ? お兄ちゃん。 大丈夫。私が殺してあげる。じゃあルールは公式ルールのままで良いね? じゃあ試合開始!」
先ほどの表情から一転、緊張感のない開始の合図で試合という殺し合いが始まる。
先に動いたのはアーシェで無詠唱で大量の【ダークホール】を「お兄ちゃんが私の物にお兄ちゃんが私の物にお兄ちゃんが私の物に」と呟きニヤケながら展開していく。
いきなり【ダークホール】を出してきて警戒するクロ。
ゲームではほとんどの物を闇の中へ吸収する技であるのだが、自ら入らなければダメージはないし、入ったとしても受けるダメージはたかが知れてるためこのように試合開始と同時に大量
の【ダークホール】を出してくるなんて使い方を見たことがない。
しかし相手は魔王になった実力があるため油断は出来ないと気を引き閉めるとアーシェがさらに呪文を使う。
「逆再生!」
アーシェは先ほど出した全てのダークホールに光の魔術段位七の【逆再生】を使うとダークホールの渦の回転が反転する。
そしてダークホールから逆再生されたかの如く、事前に吸っていただろう数多の魔術攻撃がクロにめがけて降ってくる。
「今まで私を倒しに来た者たちが私に放った攻撃をお兄ちゃんに打ち返してあげる」
威力や段位こそ低いものの、【ダークホール】から吐き出される魔術の数々に籠った殺気や術者の想いなどが放たれた魔術から伝わってくる。
そして本来ゲームでは【ダークホール】などで吸収した魔術などは【逆再生】をかけても出てこないのだが、実際【ダークホール】に吸われたエネルギーや物質が存在しているためこの世界が現実だとすれば吸収したからといってその痕跡すら完全に消えてなくなるという事はありえないのだろう。
そして炎すら吐き出しているのを見ると【ダークホール】の中は超重力になっており時間の流れがここよりも緩やかになっているのかもしれない。
しかしその事を俺がいくら考えても予測まではできても明確なメカニズムまでは理解できない。唯一理解できる事はアーシェはこの世界の魔王になってから今まで、いま自分に降り注いで来ている殺気を帯びた攻撃の対象にされ続けていたという事のみである。
そして俺はアーシェの言うとおり今まで脅された事は幾度もあったがここまで純粋な殺気を放たれた事もなければその殺気が籠った攻撃を受けたこともないし放ったこともない。
そのため今自分に降りかかって来る攻撃の数々に恥ずかしながら一歩も動けなくなるほどビビっていた。
だからこそ俺はアーシェを倒す決心がついた。
正直橘明日香の記憶を持つアーシェに殺されるのならそれも有りなんじゃないかとも思ったりもした。
「でもそれじゃあ何の解決にならないだろう」
前世で後悔した事を死後の世界でも後悔するつもりは毛頭ない。
「確かにここまでの殺気を放つ攻撃を受けたことが無いから正直足がすくむが、おかげでお前を倒す決心がついた。 カウンタースペル【泡の中の幻】!」
クロは自分自身に喝を入れるために叫ぶと水の魔術段位四カウンタースペル【泡の中の幻】を放つ。
するとクロの周りからボーリングの玉ぐらいの泡が無数に現れ、その泡に当たった瞬間物理攻撃でない攻撃、魔術系やスキル系の攻撃の数々が泡と一緒にまるで幻だったかの如く消えて行く。
ギルーティー・ブラットの水系魔術は他の系統魔術と違い相手の動きを阻害し妨害する魔術が多く、使いどころは難しいものの上手く扱えれば相手の上位魔術も下位の水魔術で消せる為水魔術が上手く扱えるプレイヤーというだけでパーティーメンバーとして重宝されるためクロもかなり練習して今では一番得意な魔術系統の一つになっていたりする。
しかし物理系の攻撃は消せないため使いどころを読み間違えたらそれこそ無駄打ちなのだが。
そしてクロは自ら出した泡に隠れるようにバックステップし、アーシェから距離を取ると、跳躍し魔術を放つ。
「火の魔術段位五【失敗の対価】」
クロが詠唱するとソフトボール程の火の玉が先ほどクロが出した泡にめがけて飛んでいき「ぽしゅん」という緊張感の無い音と共に消えて弾けると、ワンテンポ遅れて巨大な爆発が起こる。
その爆発は凄まじく、クロ達がいた城もろとも破壊する。
この【失敗の対価】はそのまま当ててもダメージは一しか与えられない代わりにカウンタースペルにより打ち消されると大爆発を起こし敵味方関係なく爆発に巻き込まれたキャラにダメージを与える魔術である。
一時期カウンタースペルが強すぎるといったクレームが多発したため何種類か新たに作られたダミー魔法の一つである。
しかし魔力消費も段位も大きく、結果としてこのように自分でカウンタースペルを打って本来の能力を使われ「運営仕事しろ!」と叩かれたのは言うまでもない。
あそこで気絶しているのが※お兄ちゃんの1000分の1ほどは気にはしている人への扱い