武装神機
「き、貴様……貴様だけは許しはしないっ! この俺に恥をかかせやがってっ!!」
「だからなんなんですの? そう言われてはいそうですかとわたくしが首を差し出すと言うとでもお思いですの?」
周囲を見渡せば王自慢のハイエルフの騎士達は皆床に倒れうめき声を上げており、立っている者はいない。
この部屋では今、わたくしとお姉ちゃんに三人のハイエルフとエルフ、そして王一人しかいないのだ。
ハイエルフの騎士の戦力からしてあの王も強いとは言えないでしょうし、どう考えても王にどうこう出来るものとは到底考えられ──
「かはっ!?」
いきなり横腹に強烈な一撃を食らい、その衝撃で吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
この、恐らく何かしらの魔術である衝撃の威力は優に段位六を超えており、紙装甲のわたくしに致命的な程のダメージを与えられてしまう。
「ハハハハハッ!! 見たかっ!この雌豚がぁっ!!」
「ぐぅ……よ、よくも……」
「獣人との戦争でこの国を攻められた時に考えついた罠をまさかハイエルフに使う時が来ようとは思わなかったがな、備えあれば憂無しだなっ!!」
油断していた。
まさかあの王が無詠唱で段位六の魔術を撃って来るとは、少しも想像していなかった。
腐ってもハイエルフ。
長く生きた時の中で獣人との戦争も経験し、それを己の糧にした成果がこれである。
実体験による経験もまたその者の力であり、わたくしはそれを見落とし見下してしまったのだ。
ハイエルフ相手に弱い、弱そうだと決めつけ無詠唱からの高段位魔術は無いだろうという油断がこの結果である。
あれほどクロ様から「お前は紙装甲だから弱い相手であろうと相手を舐めたプレイだけはするな」と言われ続けて来たにも関わらずである。
悔やんでも悔やみきれない。
「ぐうぅ………」
それでもわたくしは一縷の望みを託して黒い真四角のキューブを取り出し、床へと放り投げる。
そのキューブが床を転がる音が「カラカラ」と部屋に響く。
「な、何が起こるかとびっくりしたではないか。無駄な足掻きをしおってからに。ほれ、表を上げよ」
一瞬私が投げたキューブにビビりつつもハイエルフの王はわたくしの下まで来ると髪の毛を掴み無理矢理顔を上げさせる。
「最後の質問だ。そなた、わしの嫁になるか奴隷として生きるか選ぶがよい」
「誰がなるもんですか。どっちも御免こうむりますわっ!」
ハイエルフの王はわたくしの髪を掴んだまま胸を揉みながらそんな事を聞いてくる。
そのハイエルフの王にわたくしは血の滲んだ唾を顔面に飛ばしてどちらも拒否する。
初めて揉んでくれる殿方はクロ様だと夢見ていたのですけれども……叶いませんでしたわね……。
そう思うと涙が自然と溢れてくる。
「この小娘がっ、少し優しくしてやるとつけ上がりやがってからにっ!! お前なんか奴隷で十分だっ!!」
その涙とともにハイエルフの王の平手打ちがわたくしの頬を打つ。
「奴隷にして存分に可愛がってやろうじゃぁないかっ、もう随分と今のダークエルフの奴隷達には飽きていたしなっ、次はハイエルフの奴隷というのも新鮮味があって良いじゃないかっ」
ハイエルフの王は喋りながら相槌を打つようにわたくしに平手打ちをしてくる。
その痛みよりも悔しさや怒り、クロ様への申し訳なさで涙が両の目から次々と溢れてくる。
「その睨みつける様な目がいつになれば奴隷の目に、飼われている者が御主人様を見る目に変わるか今からゾクゾクするな。前のダークエルフは一カ月と持たず堕ちたが……果たしてお主は一カ月持つかの。まさか……ダークエルフよりも早く落ちるなんて事はないよのう」
「……殺してやる」
「はは、こやつ言いよるわ。では、あそこのハイダークエルフも気になる所ではあるが、まずはお前から奴隷にしてやろうかの」
ハイエルフの王はそう言うととても気持ちの悪い笑みを浮かべて隷属の魔法を詠唱し始める。
「この隷属魔法はちょっと特殊でな、過去の文献を漁っていた時に発見したんだよ。かなり魔力を食ってしまうがそのかわりレジストされないんだよ」
「や、やめろっ! 殺すっ! 絶対殺すっ! 殺してやるっ!」
そしてわたくしの叫びも虚しくハイエルフの王が起動した隷属魔法がわたくしの身体へと接触する瞬間、ハイエルフの王は何者かが放った制御もクソもない荒々しい風系統の攻撃魔法をもろに喰らい吹き飛ばされ壁に激突して止まる。
「よくも、妹を泣かせたわね。これはさっき私の可愛い妹を吹き飛ばした分です」
声の主の周りにはマナを綺麗に使いきれなかったのか余ったマナが暴れまっていたのだが、徐々にそれも落ち着いて来ると怒髪天の言葉が似合う白銀に輝く天使の姿が見えた。
全長は三メートル程であろうか。
その身体は白銀に輝く機械仕掛けの装備に身を包み左右十二枚もの長方形の金属製の板がまるで翼の様に見える。
そのあまりの美しさにハイエルフの王のみならず、わたくしを含めた全員が息を飲むのが伝わって来る。
「何呆けているのよマリアンヌ。貴女のも武装許可出してるんだからさっさと展開しなさい。この城をさっさと潰すわよ」
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……っ! 潰すっ! 潰してやるっ!」
その、久し振りに見るお姉ちゃんの武装神機・白銀の大天使モードに助かったという安堵感からあれ程出た涙がまた流れ出す。
「来いっ!黒狼ォォォオオオオッ!!」
その涙を拭い、決意と共にわたくしの所有している武装神機の名を叫ぶ。
すると少し前に床へ投げた黒いキューブが勢い良く廻り出すと四つのキューブに分裂し上下左右正方形に分かれて行く。
その正方形の中から黒い本棚のような物がわたくしを挟み込むように二列現れ、まるで本棚の様な棚の中からわたくしの武装神機の各パーツが機械の手により取り出されわたくしにはめ込みセッティングしていく。
わたくしが黒狼を呼んでからわずか十秒程で全てのセッティングを終え、わたくしは身長二メートル程の黒狼型神機に狼よろしく四つ足で立つ様に横になり漆黒に輝く神機を装着し終えていた。
「だ、ダークエルフがこれ程神々しい見たことも無い装備を使って良いはずがない。これは神が我に与える為に作った装備に違いない──ぶヘアぁっ!?」
「謝りなさい」
何をトチ狂ったのかハイエルフの王はクロ様からプレゼントして頂いたお姉ちゃんの宝である装備を自分の物であるかの如く言い始め、そしてお姉ちゃんに打たれた。
その顔は生まれてこの方一度か二度くらいしか見た事がない程激おこお姉ちゃんの顔をしていた。
見ているこっちが怖い程である。
「うぅ……この我を殴った事を公開させてやる。炎魔術段位八【地獄炎】!!」
しかしハイエルフの王はお姉ちゃんの怖さを知らないが故に抵抗し始める。
詠唱するはこの世界では破格の、わたくし達からすれば高段位の魔術である【地獄炎】である。
敵味方問わず周囲の者に大ダメージを与える魔法の行使にわたくしにのされたハイエルフの騎士達は勿論エリやマール、ハイエルフ糞ギルドマスター強姦魔までもが驚愕と悲鳴の声をあげ我先に逃げようとし出すのが見える。
「水魔術段位三【鎮火】」
そんな状況の中でお姉ちゃんは透き通る声で魔術を詠唱すると共に三つのサイコロが転がり各々目を出すと消えて行く。
このダイスの目はお姉ちゃんの消費した魔力量の内、魔術行使に使ったマナ総量を表すシステムでありそれをサイコロで表現するクロ様の遊び心でもある。
出た目が全て六であれば成功し数が少なくなるに連れその分マナが外に漏れ魔術の威力が下がり、そして一が三つでファンブル、いわゆる魔術行使失敗である。
しかしこのわたくしの黒狼は周囲の魔力を吸収し、それを動力源として動く。
お姉ちゃんの魔術が失敗すればする程わたくしの黒狼が暴れ回るというお姉ちゃん依存の武装神機である為基本攻めるのはお姉ちゃん、守るのはわたくしという役目である。
そして今回お姉ちゃんが出したサイコロの目は五・四・五である。
最大値ではないもののお姉ちゃんのバカみたいに多い魔力量から繰り出される魔術にかかればハイエルフの王が放った魔術【地獄炎】など恐れるにあらず。
それはまるでマッチの火を消すかの如く炎がたちまち消えて行く。
それと同時にわたくしの黒狼に魔力ストックが四個ストックされる。
「………へ?」
その光景にハイエルフの王は何が起こったのか理解出来ず気の抜けた様な声を出してしまう。
そしていくら待てどハイエルフの王が放った【地獄炎】が発動する気配を見せず、逃げ惑うハイエルフ達も恐る恐るハイエルフの王へと視線を向ける。
それと同時に辺りからはハイエルフの王と同じような気の抜けた声がそこかしこから聞こえてくる。
しかしまだ油断はできない。
なぜならこのハイエルフの王には紙装甲とはいえこの私を一撃で沈めたトラップか何かを隠しているからである。
そうは言っても武装神機を纏った私達に効くとは思えないのだが、警戒して損はないだろう。
先程もわたくしの、警戒する事を怠り相手を舐めた態度があの結果を招いたのである。
その為とりあえず今はあれ以上の何かがある可能性も視野に入れて警戒をする。
その研ぎ澄まされた視野の中でハイエルフの王が不自然な動きをする動作が見えた。
次の瞬間、お姉ちゃんめがけマナの塊がまるで弾丸の様に壁から発射されるのを目視し瞬時に武装神機で噛み潰す。
噛み潰したマナの塊はわたくしの武装神機に吸収されマナストックカウンターが一つ増える。
その事からもとんでもない量のマナがこの一撃に使われていたことが伺えると共に改めてお姉ちゃんの魔力量の多さを再認識する。
「へー……なかなかの魔力量を塊にして打ち出していたのね。それに、一見模様やインテリア、装飾品は緻密に位置などを計算されて描かれた一種の魔方陣になっていたなんて凄いですわね」
「ば……馬鹿な。一撃で見破り、しかも簡単に防いで見せただと……」
「奥の手は一度見せたら最早その意味を失くしましてよ?」
「知られたからと言って防げる攻撃では……」
あの攻撃がこのハイエルフの王にとって最期の切り札、最高最大の攻撃だったのだろう。
目の前でいとも簡単に見破り、防がれた光景に膝から崩れて落ち最早その顔に先程までの戦意は微塵も感じられない。
そうなってしまうハイエルフの王の気持ちを─マリアンヌはクロ様と一緒に旅し始めたばかりの、無駄に自身とプライドだけは高かった昔の自分が初めてクロ様の実力の一端を側で感じたあの時を思い出し理解できてしまう。
クロ様曰く「天狗になった鼻を折られる」そして「井の中の蛙」という言葉も同時に思い出し少し懐かしい気分に浸る。
そんな時、サイコロが三個転がる音がお姉ちゃんの方から聞こえてくる。
振り向くと鉄の翼を弧を描く様に前に広げ、不敵な笑みを浮かべているお姉ちゃんの姿が目に入ってくる。
サイコロの目は六・六・六である。
「こんな城があるからいけないのかな? あなたみたいな王が支配すると言うのならばいっそ灰にしてあげましょうね」
うふふと笑い、微笑むその様は武装神機の翼を広げた姿に、最大出力からなる魔術を行使する際のマナのきらめき、その全てがまるで神話のワンシーンであるかの如くお姉ちゃんを正に美の化身と化していた。