糞虫風情【村田さん九話から十二話】
「そ、それはそうですけど人口の割合がそもそも違いますっ!!そもそもただでさえ人族の中でも少ないエルフの中でハイエルフは更に少ないんですっ!!それこそ王族かその血縁者しかいませんし、てかその高貴なお方が何をなさってるんですかっ!?国王様に言いつけますよっ!?」
そして目の前のエルフ受付嬢は一気に捲し立てると「はあはあ」と息を荒立てながら睨みつけてくる。
その光景すら腹立たしく思うのだが、そのエルフ受付嬢を見てエルフ金魚の糞は「もっと言ってやって下さい」と言いたげにうんうんと頷いている光景に更にわたくしを苛立たせる。
「この国にエルフもハイエルフも少ないことは分かりましたわ。しかしながら「何をしている」と問われましてもその「何」とは冒険者ですわ。見て分からないのかしら」
そして先ほどのエルフ受付嬢の問いに答えてやるのだが、すこし意地悪な内容になってしまうのは仕方ないことであろう。
そもそもわたくしが王族と無関係でありながらその事を確認しなかったエルフ受付嬢も、そしてわたくしの横でヘイト値を稼ぐエルフ金魚の糞も、その両方が悪いのです。
「だからっ!何でっ!冒険者なんかやってるんですかって聴いてるんですよぉぉおっ!!」
「あぁもういきなり大声で叫びなさんな。ビックリするでしょう。それに他の利用者や職員達の迷惑になるとお分かりにならないんですの?」
「わ・か・り・ま・し・た。あなたの事はよーぉおおおおくっ、分かりました。ええ分かりましたとも。そこでじっとしてなさい!!今同じハイエルフであり王族の血縁者であるギルド長を呼んできますのそのでかい顔をしてられるのも今のうちですからね!!」
そういうとエルフ受付嬢はくるりと向きを変え(回転式の椅子らしい)ギルドの奥の方へとズンズンと大股で消えて行く。
まったく、何を分かったというのか。クロ様でしたらわたくしの隅々まで分かって頂くこともやぶさかでは無い、いや…むしろ隅々まで知ってほしいのだが小娘ごときにわたくし何を分かったいうのですか。
「ちょっとそこの受付さん」
「は、ハイっ!!」
「この【緑竜・亜種】の討伐依頼を受けたいのですけど、当然受理してくれますわよね?」
「は、ははっ、ハイっ!!ど、どどどど、どうぞ!!」
そして私は受付カウンターにある依頼ファイルを手に取り、適当に暇つぶしできそうな依頼を見繕うと今まで野次馬とかしていた隣の席の人族、恐らく普通の人間種であろう受付嬢に依頼の受理うをしてもらう。
さて、ひと狩り行きますわよ。
「さぁ、ギルド長も言ってやって下さいこのハイエルフに!!って、いねぇぇっぇええええええっ!!!!」
そんな声がちょうどギルドから出たときに聞こえた気がしたのだがきっと気のせいだとわたくしは思う。
「待って下さいよぅ!だからマリアンヌ様歩くの早すぎなんですってば」
「チッ」
金魚の糞は切れなかったみたいである。
◇◆◆◇
「目標補足……呑気なものですわ。このわたくしに狙われているとも知らずに呑気に惰眠を貪っているなんて、飼いならされたペットじゃ無いのですから弱肉強食の世界で生きているとはとても思えませんわね」
「あ、当たり前でしょう……っ、緑亜竜は実際この森のカースト内のトップに君臨……しているんですから……」
私の先役五キロ地点、少し小高い丘の頂上、そこに生えている木に登り目標である緑亜竜を見付ける事が出来た。
しかしその緑亜竜は隠れる事もせず寧ろ周りを掘り起こしクレーター状の巣を作っており、そこだけ樹木が薙ぎ倒されている為見つける事は予想以上に簡単であった。
その怠惰とも取れる緑亜竜に少なからず苛立ちを覚え独り言ちる。
そんなわたくしの独り言に息も絶え絶えながらも何とか呼吸を整えつつ返答が返って来る。
「………エルフ受け嬢が仕事をほぽって何でこんな所にいるのですか?」
「あ・な・た・が!ギルド長が来るまで待ってなさいと言ったにも関わらずギルドを出て行ったから目撃情報を元に此処まで貴女を追いかけて来たんでしょうがっ!!」
そんなエルフ受け嬢に仕事はどうしたと聞くとまるでわたくしが悪いみたいな言い方をされてしまう。
そして叫び過ぎて息を乱しているのかせっかく整い出した息も絶え絶えに、顔も真っ赤である。
ちなみエルフ金魚の糞は木にもたりながら座り呼吸するのがやっとといった感じである。
寧ろここまでくれば金魚の糞も金魚の糞なりに頑張ったと賞賛の言葉をかけてあげても良いぐらいである。
しかし、このままでは金魚の糞は兎も角エルフ受け嬢の方は面倒くさそうなのでここで自分は王族やその血族とは無関係であると示してギルド長云々とかいう面倒臭そうなフラグを折っておく事にする。
「とは言われましても、わたくしは王族やその血縁者ではないので普通のBランクの一般冒険者ですわ。ですのでわたくしの事はほっといてくださいまし」
最後の「ほっといて」という部分の言葉はエルフ金魚の糞にも向けて放つのだが二人とも「反抗期の娘」を見る様な生暖かい目線を向けて来る。
「反抗期の娘じゃあるまいし、駄々こねるにしてももう少しマシな言い訳があるでしょうっ!!ほら行きますよっ!!」
そう言うとエルフ受け嬢はわたくしの首根っこを掴むとデモンズゲートを開き有無を言わさずギルド長がいる部屋へ引きずって行く。
もちろんエルフ金魚の糞もそれが当たり前かの様に付いて来る。
「ギルド長、連れて来ましたっ!!」
ギルドのギルド長室であろう場所でわたくしをその部屋の主であるギルドマスターの前へまるで犬猫かの様に摘まみ出す。
そこにわたくしの意思主張など全く反映されていな上に無理矢理連れてこられたとなればこれは最早拉致の類ではないのか?
「ふむ、確かに…ハイエルフで間違いないみたいなだな。見間違いだとばかりに思っておったが、こうしてはおれん。一度本国へ帰り国王様に報告せねばなるまい。その間ギルドは副ギルドマスターに任せるとしよう。そこのハイエルフも直ぐに出発出来る準備をしなさい」
そして更に当然わたくしも一緒に来る事前提の会話に流石のわたくしも我慢の限界、堪忍袋の緒が切れる。
「いい加減になさいな。貴方達がやろうとしている事は拉致監禁と何が違うというのですの?エルフの国へは行きませんわ。寧ろ行きたく無くなりました」
まさかわたくしがエルフの国への同行を拒否するとは思っていなかったのかギルドマスターは驚愕した表情で固まっているのが見える。
そしてそれはエルフ受け嬢もエルフ金魚の糞も同じらしく三人揃って同じ表情で固まってしまっていた。
「何をそんなに驚いてらっしゃるのかしら?」
「あ、当たり前だろうっ!!ハイエルフ、それも女性となればエルフ存続の為にも一度国王様の子供を身籠もるのが常識であり伝統というものであろうっ!!」
このギルドマスターから出た言葉にわたくしは身体の芯から不快感が込み上げて来て身体がその不快感から震えてしまうのを止められずブルっと大きく、両手で自ら身体を抱きながら震えてしまう。
わたくしがクロ様以外の殿方のお相手をする事ですら死ぬほど嫌だと言うのに目の前の馬鹿はいうに事欠いて身籠もれとか狂気の沙汰としか思えない。
「………」
「分かったならさっさと国王様の元へ行くグボヘァッ!?」
既に堪忍袋の緒が切れた状態ですので思わず手が出てしまうのは仕方ないかと存じます。
それにどう考えてもこの糞ギルドマスターが悪いのは自明の理。
殴られて当然でしょう。
「誰がっ!会ったことすら無いどこの馬の骨かもわからない男性の子供を身籠もらなければいけないんですのっ!?巫山戯るのも大概に致しなさいっ!!今まで同種のよしみで我慢して来ましたが貴方達はあんまりにも失礼に過ぎますっ!!そもそもっ!!わたくしは貴方方のお名前すら知らないんですのよっ!!名乗りもせず自分の要件だけ聞けと言うのはやってる事は盗賊と何が違うと言うのですかっ!?」
「なっ、……た、確かに多少強引な所があった事は認め謝罪しよう。しかし、好き勝手に言わせておけば盗賊と表現するとはいくらハイエルフとはいえ言っていい事と悪いことがあろう。ハイエルフ故に殺しはしないがハイエルフ故に悠久の時を牢屋の中で過ごす事になっても良いのか?嫌なら先程の言葉を謝罪して取り消せ」
しかしわたくしが切れたのと同じ様に、わたくしも相手の堪忍袋をぶち切った様で相手もまたその怒りを露わにする。
殴られた頬をさすりながら。
しかしだからと言ってわたくしの言葉を撤回するつもりなど微塵も無い。
当たり前である。
それだけの事を目の前のハイエルフギルドマスターは言ってのけたのである。
にも関わらず逆ギレとは良い度胸だ。
むしろ謝るどころかしばきまわしてこの街中をそこに暮らす人々に見せ付ける様にして馬で引きずりボロ雑巾の様に捨て置いてやっても良いぐらいである。
「ほう……わたくしの言葉を取り消せと。ほうほう。とんだ良いい草ですわね。そもそもわたくしのこの身体、心、その他全ては至高のおかたである主人の物。それを知らなかったとは言え身籠もれと申したそちらの非こそあれわたくしに謝罪と言葉の撤回を求めて来るとは……ほんと、良い度胸ですわね」
「………その主人とは誰だ?」
そんなわたくしの怒気に、逆に冷静さを取り戻したのは悠久の時を生きるハイエルフ故か。
その姿に賞賛の言葉の一つでも送ってやらん事もないと思いはするもの口にはしない。
代わりにわたくしの主人、至高のお方であるクロ・フリート様、今や数多の国に轟きつつあるその名前を教えて要らぬ面倒事をクロ様にかけてしまわない様に名前こそ明かさないもののその種族を口にする事にする。
「誰だと言われてはいそうですかと言ってしまう馬鹿はここにはいませんわ。でも、そうね。わたくしの主人は魔族でありわたくしの主人でご主人様で愛しいお方ですわ」
それに、こんな奴らにクロ様の名前を言ってしまうのは何故だかとても嫌な感じがした。
そしてわたくしの言葉を聞き終え、ハイエルフギルドマスターは目を見開き眉を釣り上げる。
その表情はまさに鬼の顔そのものである。
「貴様っ!!ハイエルフともあろう者がなんたる愚かさよっ!!醜く汚いダークエルフでもあるまいに魔族となぞ恥を知れいっ!!」
「おい貴様、今なんつった?」
「なっ、なんと汚い言葉使いっ!!貴様はもうこの地上には出れないと知──」
「ダークエルフを、わたくしのお姉ちゃんをバカにしやがってタダで済むと思うんじゃねぇぞこの糞虫風情がっ!!」