破膜時に流れる血
スキルと見せかけたフェイクだとしたらあまりにも雑過ぎる。
そのためこのラースはスキルのモーションを無視してスキルを使えるのではないか? と考えてしまう。
「スキル【竜脚一蹴】」
「ぐうっ!」
ラースは本来では有り得ない角度から真っ赤に輝いた右足をその長さを利用して正面にいるにも拘らず後頭部を狙って来た。
何とか直撃をまぬがれはしたものの無視できないダメージと共に炎属性のダメージが追加で襲って来る。
その攻撃に属性ダメージが付与されているという事は、当たって欲しくなかったのだがその考えはどうやら正しかったようだ。
「気付いたようだねダーリン。これがアタイの強さの秘訣さ。もちろんそれだけじゃないがね。しかし、それをギリギリとはいえ避けているダーリンもなかなか見所があるじゃないか。さすがアタイの未来の婿様だね」
「ホント、チートどころの話じゃねーぞソレ」
もしゲーム時代にそんな能力を持つキャラを使えるのであれば運営に対して苦情殺到であろう。
はっきり言って格闘武術の経験が無いものは切り捨てられるというのと同意でしか無い。
故に格闘武術の経験がない俺からすれば目の前のラースは化物であり勝てる見込みがほぼほぼ無くなったと言って良いだろう。
それでもゲーム内ではあるものの格闘武術経験者であるトッププレイヤーとの対戦経験から何とか防ぐ事はできるが攻め手に回れる事は出来ないため何とか距離を取り魔術で攻めに回れるよう立ち回るしかない。
「まったく、いつまでそのように亀みたいに防戦一方なんだい? 男ってもんは女をリードしてやるもんなんじゃないのかね?ダーリン」
「それで負けたらシャレにならないからな」
戦闘が開始してから半刻程が経過した。
周囲の岩々はラースの影響で溶けているものもあり、それら一つ一つがラースの放つスキル一つ一つの威力を物語っている。
「でもダーリンには残念だけどそろそろ終わりにしようかね。久々に婿になれると思える雄が現れたと思ったけどアタイの思い過ごしだったみたいだね。アタイも残念だよ」
ラースはそう言うとストレージから深紅に輝く西洋剣をストレージから取り出してくる。
その取り出す動作でさえ美しいと思えるほどにラースという女性は美しく、またそれに引けを取らないほどその取り出した西洋剣もまた美しい輝きを放っていた。
それはまさに名剣であり、ラースこそが相応しい一振りであるとその光景が物語っていた。
「なかなか良い剣じゃないか」
そしてクロはラースの取り出した剣を素直に褒める。
ゲームの感覚からすれば少しレア度が低い武器と言った感じなのだがこの世界においては破格の性能である事は間違いだろう。
それにタダでさえ武器を持っていないラースに押されガードして行くのがギリギリという状況であのレベルであろうと装備されればどうなるかは火を見るよりも明らかであろう。
そして剣を装備したラースを止められる訳も無くクロの腹部にラースの剣が突き刺さって行くのであった。
◇◆◆◇
「クロ様!」
ウィンディーネは走る。
あのクズを倒すのにここまで時間がかかってしまった事に苛立ちをクロ様の元へと走る力に変える事で解消していくのだが一向に苛立ちは消える事は無くはやる気持ちが余計に苛立ちを加速させる。
はっきり言ってこの世界に住む住人を舐めていた。
レベルが低いと言っても経験からすれば向こうのほうが私よりも遥かに豊富であったと今なら分かる。
圧倒的な戦力差を守る事に特化する事により時間を稼ぐという目的は見事達成してみせたのである。
今思えば彼から漂う殺気は余りにも少な過ぎた。
その違和感を感じながら「初めから時間稼ぎが狙い」だと気付けなかった自分が情けない。
そんな事を思いながらウィンディーネはただ走る。ひたすら走る。
そして目的の地では既にセラとルシファーが到着しており、その目線の先には胸から血を流し倒れているクロ様が目に入ってくる。
「嘘……ですよね?」
「ぜ、絶命しています……うぅ……ふぐっ、」
そして私の問いかけに聞きたくない内容がセラの口から発せられ、ウィンディーネはその場に崩れ落ちた。
◇◆◆◇
男は考えた。
果たして魔族が人族よりも優れて良いのかと。
彼と同じ実力であった仲間の内三名もの者が呆気なく倒された事が男を苛立たせる。
「まあ彼らは単独で行ったのが間違いでしょう。ギルドの情報が正しければ単独で勝てる相手では無いはずです。そもそも私達が束になっても恐らく……」
「そんな事はあってはならん!」
ふざけた事を抜かす女に男は慟哭するも、それが事実であるから我々は動く事が出来ないという事は男とて知っている。
出来ているのならばとっくに残ったメンバーで即奴を殺しに行っていただろう。
「なんだなんだ?お通夜みたいな顔して。せっかくアタイが久し振りに顔を見せに来たって言うのに辛気臭いじゃあねえか」
そんな時、この場には相応しくない事を発しながら一人の女性が入室してきた。
「ら、ラース……」
思わず反射的に歯ぎしりをしてしまう。
人族では到底勝てない数少ない正真正銘の化け物。
神成者という者は正に彼女の様な者を指す言葉であろう。
人外の癖に。
思わず口走りそうになった言葉を何とか飲み込み心の中で罵倒する。
しかし、ラースの言った言葉で男は思わずにやけてしまう。
「どうやら最近物凄く強い雄が現れたらしいじゃないか?なんで教えてくれなかったんだい?水臭いじゃないか」
だったら化け物は化け物に倒してもらおうと。
その間、奴の配下は俺らで止めて時間稼ぎをすれば良いと。
しかし男は見誤る。
化け物の配下もまた化け物であったたと、自らの死をもって知る事となる。
◇◆◆◇
「無様なものね。最強を誇っていた貴女が両翼を捥がれ片腕を斬り落とされ満身創痍じゃない」
「………アーシェ・ヘルミオネ」
アタイは忘れていた。
本来殺し合いがどういうものであるかという事に。
いや、頭では理解しているつもりであった。
ただ、自分が強すぎてしまったため感覚が麻痺してしまったのであろう。
その代償は大きく、結果アタイは空を奪われ地に貼り付けられる。
そんなアタイを嘲笑いに来たのかアーシェ・ヘルミオネがアタイの前に姿を現わす。
「敵討ちってか……そんで、アタイにトドメを刺しに来たってのかい?アンタに殺されるのなら満足だね」
そういうとアタイはアーシェの前で無防備に立つと覚悟を決める。
アタイの次に強い女に殺されるのならこれ程の誉れは無い。
最後は盛った雌ではなく武人として死ねるのだから。
「何を勘違いしているのかしら?この世界で最強なのはお兄ちゃん。アンタの様な盛ったトカゲ如きが超えれる訳がないわ。敵討ちなんて勘違いも甚だしい限りね」
「しかし、結果はアタイがこうして奴を殺した………いや、引き分けだなこれじゃ」
再生する力も最早無いのか血が止まらない。
痛みもいつのまにか感じなくなった。
アタイはクロ・フリートを殺し、クロフリートによりアタイはこれから死ぬ運命。
先に死ぬか後に死ぬかしかそこに違いは無い。まさに痛み分け。分けたのはお互いの命。
「さあ、アタイを殺せ」
「【影縫い】………うーん……確か竜の破膜時に流れる血って万能薬の原料になるんでしたっけ?………楽に死ねると思うなよ?」
「ひうっ………!?」
いっその事 一思いに殺して欲しいと思ったのだがアーシェは【影縫い】でアタイを縛り身動きを封じるとストレージから一本の、とある物に似た棒を取り出しとんでもない事を宣う。
あぁ……そうだ……アタイは……。
アーシェから愛する者を奪ったという事に今更ながら気付く。
普通に殺される訳がないという事も。
◇◆◆◇
「何をしているのですかっ!?しっかりして下さいウィンディーネ!!早くクロ様に【氷華】を使用してなさい!!」
「イルミナ……?………っ!!【氷華】」
そうだ。
まだ蘇生出来ないと決まった訳では無いのである。
であるならば割れた時にダメージが発生し、尚且つ時間が停止したかの様に包み込んだ全てを氷らせ停止させる技【氷華】を使用する事をデモンズゲートで現れたイルミナによる喝で気付く。
危うく私は取り返しのつかないミスをするところであった。
そして私はボナに合わせてデモンズゲートを開くとクロ様の家臣でありメイドでもある方達がいる館へと運び込んだ。
頭の中はクロ様でいっぱいで胸は息苦しいほど染め付けられてクロ様意外何も考えられない状況にも関わらずその間ちゃんと目的の場所であるクロ様の部屋へ運び混めた事が意外である。
「クロ様っ、クロ様っ、クロ様っ、クロ様クロ様クロ様クロ様クロ様クロ様っ」
不安を搔き消すかの様に何回も何回も何回も私の主人であり愛する愛しい人の名を口にする。
何かしていないと不安であるが名前を口にする事しか思い浮かばない自分が腹立たしい。
何の為の回復要員だ。
ゼロにいくら数字をかけようがゼロであると言わんばかりにクロ様の体力はゼロのまま。
たった一だけで良い。
子供だってそんぐらい回復出来る回復量では無いか。
「な、何をやっているですかっ!?それでも勇者である私を子供の様にあしらったクロ・フリートのヒーラーですか!!」
「ふえ……あ、あなたは……」
そんな私に叱咤する声が飛ぶ。
声の方を振り向けば走って来たのであろう、息を切らせて力強く睨む敵国の勇者の姿が目に入って来る。
「蘇生と回復は似て非なる物だというのは初歩中の初歩でしょうっ!!良いから変わりなさいっ!!」
「な、何で……」
何で敵である貴女が……。
そう疑問に思ったが必死の形相で魔方陣を展開して行く勇者であるミズキを見ていると、それを声に出来なかった。
しかし、声に出来なかったその言葉はミズキにしっかりと届いていた。
「当たり前です!この方は私に真の平和というものを見せて頂きました!ここの館のメイドは人族も魔族も獣人も分け隔てなく皆クロ・フリートを慕い、尊敬し、敬愛し、そして皆心で通じ合う仲間でありここで暮らした日々は当然の様に人種間で争いなどありませんでした!」
そう叫ぶ様に言いながらミズキは溢れ出る涙をこらえようとも拭おうともせずひたすら魔法陣に魔力を流し続ける。
「確かに、私の世界では魔族に多くの笑顔を奪われて来ました!しかし、それは同時に私も魔族から笑顔を奪っていたという事から目を背けていたのだとっ!私はっ……私は、もう目を逸らさない!逸らしたくないっ!!死ぬんじゃ無いこのクソ魔族!!」
最後の方は最早慟哭に近かった。
言葉も文脈を成しておらず、ただただ今の気持ちをダイレクトに叫んでいるだけである。
そんな彼女の手にウィンデーネは手をかける。
「う、ウィンディーネ……!?」
「私は死後五秒以降経過した者を蘇生する魔術を有しておりません。しかし、貴女に魔力を分ける魔術は知っています。だから、私の魔力も使いなさい」