魔王の気持ち◇
そしてクロは単騎でこの世界の魔王がいるであろう城へと向かう。
その城は大きいことは大きいのだが魔王が住む城としては少し小さく感じられる。
その城は二メートル程の城壁に囲われており、飛び越えて行けない事はないのだが飛び越えて行く必要もないので城壁の入口まで行くとそこから入ることにする。
そしてそのまま城門まで行くと、城門はクロが近づくと低く鈍い音と共に開き始めた。
マップで既にわかっている事なのだが城壁そして城の中にも、魔王としての自信の現れなのか魔族軍が一人もおらず、城の広さも相まって不気味に思える。
「さてと、行きますか」
そしてクロは魔王の城へと足を踏み入れた。
城の中は思った以上に広く感じられ、部屋数はどうやら数部屋のようだ。階数は一階いかなく、床から天井まで吹き抜けになっており、天井付近の壁には見事なステンドガラスの装飾が色鮮やかな光を放っていた。
さらに、地上付近の壁には様々な装飾が施され、美しさ中にもその全てがこの城の所有者の力を示し、金持ちと王との差を見せられているかのようでもある。
その光景にクロは思わずため息が漏れる。
城内部の美しさを目で楽しみながらクロは靴を鳴らしながら進む。
「どう? 綺麗でしょ?」
そして歩く事約10分。クロは始めて城の中で話しかけられた。
その相手はもちろん魔王であり、最初に見た豪華な椅子に座っている。そのとなりにはやはり護衛が一人。
城の最深部まで歩いて10分という距離の広さに魔王とその護衛の計二人。マップで見ただけではその理由まではわからなかったのだが今なら理解できる。
この城の広さはノクタスに攻め込んだであろう魔族軍全員が入れる広さなのである。
また、まだ真新しい土も床のあちこちに見えることからして、さっきまでここに大人数がいたことがわかる。
「そうだな。 見事だ」
「でしょ? この城を作るのに100年はかかったんだから」
「そうか。 しかし、少し懲りすぎにも見えるがな。 民の血税で作られたのだとしたらここの民からすれば100年も地獄が続いたわけか」
「あー! そんなこと言っちゃう?」
「よそ者のお前に何が分かる!」
そんな二人の会話をぶった切るように魔王の隣でたっていた褐色の肌をした護衛がクロに恫喝する。
「この城は魔王様自らのお金で建てられ、その間我々は、人間と休戦協定を結び戦が無いこの時代に仕事として多くの若者が城作りに参加することができた! 税金なども全て街と貧しい者の為に使われ、魔王様は自分のために使ったことなど一度もない!」
今にもクロに襲いかかりそうなほどの形相でクロにまくし立てる男に苛立ち、魔術でぶっ飛ばそうとした瞬間魔王が口をひらく。
「下がれアーゲノーツ」
「し、しかしっ」
「お前に、私とアイツの再会の邪魔をするなといっている」
「……か、かしこまりました」
そしてアーゲノーツという男は渋々といった感じで魔王の後ろに下がる。しかしクロに向けるその顔には先ほど同様敵意を隠そうともせず顔に出ていた。
「私の部下が失礼な対応してゴメンね? お兄ちゃん」
そういうと健康そうな舌をちろっとだす魔王。その姿が若干可愛く思えて少し腹が立つ。
「いや、気にしてないよ。 迅速の床ペロさん。いや、明日香とでも言おうか?」
明日香と口に出した瞬間アーゲノーツから凄まじい殺気が放たれるのだが無視する。
そんなことよりも目の前の魔王である。
今までの受け答えと彼女の姿容姿、そして俺が彼女にあげた限定アイテム、『天使の祝福』というペンダントを胸元に飾っていることで確信した。彼女はギルティー・ブラッドの知り合い『迅速の床ペロ』で、幼馴染で親友の歳の離れた妹で、俺に借金を背負わせ自殺した橘明日香本人なのである。
彼女が自殺してわかった事は二つ。
俺に迅速の床ペロだと隠していたことと借金の額が十万だったはずが一千万に跳ね上がっていたことである。
しかし、そんなことは今はどうだっていい。唯一わからなかった事がこれで分かるかもしれないのだ。
「でも何で明日香…アーシェ・ヘルミオネは人間の領域を攻撃しているんだ?」
途中明日香が「今私の名前はアーシェ。アーシェ・ヘルミオネよ」と補足してくる。
「何でって、この城が完成したからよ。 ついでにゲームで貯めたお金もスッカラカン。 さらにこれを見越してか人間国が次々に兵を送り腹がたったから頭の悪そうな人間に破壊したら【デモンズゲート】が開くアイテムを持たせて人間の懐に攻め込もうと思ったのだけれど、頭悪い奴はやっぱり頭が悪かったわ。 だってこんな辺境の地で【デモンズゲート】を開くんだもん。 まあおかげでお兄ちゃんに会えたんだけどね」
淡々と語っている風に見えるが彼女なりに魔族の幸せを真剣に考えた結果なのだろう。アーシェのその表情を見れば嫌でも伝わってくる。
どうやら感情や思っている事が顔に出てしまう癖は治ってないらしい。
「だからといって関係ない人を巻き込んでどうする? お前がやった事は人間と変わらないだろ」
そういうと俺はアーシェを思いっきりビンタした。
辺りにはビンタした音が反響し響くき、いきなりビンタされ意味が理解できていないアーシェとアーゲノーツ。
そして俺は構わずもういっかいビンタをアーシェの頬へと打ち付ける。
「き、貴様ぁぁぁぁぁああああ!」
そこでアーゲノーツが声を張り上げ、多分アーゲノーツが放てる最大級であろう火の魔術段位五、【インフレイム】をクロに向かって放つ。火の津波のような攻撃が自分に向かって来ているのが見えたクロは無詠唱で【インフレイム】を放ち、同じ魔術がぶつかり合う。
「なっ!?」
しかしクロの方が魔力密度、魔力総量、魔術構築技術それら全てが上回っており、一目見れば分かる程の差である。
アーゲノーツの【インフレイム】はクロの【インフレイム】に押し負け、その炎がアーゲノーツを襲う。
「ググ…ば、馬鹿な…」
クロの攻撃を受けきったアーゲノーツはその魔術レベルに驚愕し、分かってしまう。自分とはレベルが違いすぎると。
そしてアーゲノーツの脳裏に魔王という言葉が浮かび、それを否定できない自分に気づく。
我が敬愛する魔王様と肩を並べられるのは同じ魔王であるべきなのか?
そんな疑問が頭を過ぎったのは一瞬であったが、クロがそれを見逃すわけがない。
クロは無詠唱で放てる最大級の火の魔術段位七【猛火】を放つ。
この技は火段位一【ファイヤ】とまったく同じ魔術なのだが、込めれる魔力総量が少ない【ファイヤ】と違い【猛火】はその総量が自分の魔力値の半分まで込める事が出来る技である。
それは一瞬の隙なのかもしれないのだが、その隙で勝敗が決められてしまう猛者と渡り合う為に一瞬の隙を目視と同時に最速かつ高火力の【猛火】を放つ練習をしていたクロは敵の隙を見付けた瞬間、反射的に【猛火】を放てるまでになっていた。
現実世界で武術を習ってない分、せめてゲーム性能とシステムや各キャラクターの個性などを隅々まで把握し、自分ができる最善の対応を常に模索していた頃が懐かしく思う。
「こ、この程度でこの俺が…………」
クロの【猛火】を受けきり、それでもまだ耐えきったかにみえたアーゲノーツなのだが、健闘むなしく意識を失い前から倒れる。
「…………余り魔力を乗せなかったとはいえ流石側近と言うべきか。 タフだな」
殺すつもりは無いのだがまさか【インフレイム】に【猛火】までうけて耐えきるとは思わず驚いてしまう。
そしてクロはのびたアーゲノーツからアーシェへと視線を向ける。
「一発目は前世で、二発目は今の世界でお前に理不尽な迷惑をかけられた事に対するビンタだ。 これでもう全部チャラにしてやるよ」
最初クロが言っている事が理解出来ていなかったアーシェだが、理解するにつれ目に涙を溜めそれでも泣かないと我慢しているのがわかる。
そんな仕草ひとつひとつが、目の前の魔王が橘明日香なんだと証明しているかのようである。
「…………許してくれるの?」
「ああ。 過ぎた事をいつまでも考えていても仕方ない。 だから前世の件と今回の件はこれでチャラだ」
「どうして…………?」
「俺はお前の借金の事よりもお前が自殺してしまうほど追い詰められていた事に気付かなかった事を悔やんで申し訳無く思っていたんだ。 それに、良くも悪くもお前は民にとって善き魔王としてあろうとしている事はこの世界の魔族達を見ていれば伝わってくる」
そういうとクロは真剣な顔をして本来聞きたかった事を問いかける。
「その代わり教えてくれないか? 何で自殺なんかしたんだ?」
クロがそう言うとアーシェは悩んだ末語り出す。
「実は私、中学の時から学校で苛められてて友達もいなかったんだ。 でも私には実の兄もいたし、お兄ちゃんもいたから平気だった」
彼女の口から語られる真実にクロは心臓を掴まれた感覚に陥る。何故気付かなかったのか?どうせ明日香の事だ。俺達に心配かけまいと気丈に振る舞っていたのだろう。
あの時ちゃんと明日香と接していれば気付けたのかもしれない。
しかし明日香が学生の頃、あの頃の俺は初めて彼女が出来たばかりで明日香と遊ぶ回数が日に日に減りはじめていた頃である。
「その苛めは高校生になっても終わらなくて、でもたまに会えるお兄ちゃんと遊ぶだけでボロボロになった私の心は回復できたし、兄からお兄ちゃんがギルティ・ブラッドってゲームをやっているって知って、他人のふりしてお兄ちゃんに近づき、普段私には話さないような会話が出来るようになって…………それが私の1日の楽しみになったんだ」
アーシェは話している内に橘明日香だった時の記憶が鮮明に甦って来たのか小さく震えだし静かに涙を流し始めるのだが、アーシェは喋るのを止めず喋り続ける。
「そのお陰かどうか知らないけどいつも笑顔でいる事ができるようになった時、気が付いたら苛めは終わってたんだけど、長年続いた苛めのせいで私には友達が一人もいなくなっていて、兄とお兄ちゃんだけが私の世界で私の全てになっていた…………でも……私が高校卒業して無事に社会人になった時兄が結婚して県外に引っ越していった」
ぽつりぽつりと喋り続けるアーシェは魔王という風貌は面影すら無くなり、ただのか弱い魔族の女性にしか見えない。
しかしクロにとってはそんな事よりもアーシェが話す内容に、アーシェにかける言葉も見つけられないほど追い詰められていた。
「そして私の世界はお兄ちゃんだけになったんだけど、兄が結婚してすぐお兄ちゃんまで結婚した。 ギルティ・ブラッドでの会話もこの頃から話の内容は奥さんの話が中心になり、お兄ちゃんに恋心を抱いていた私は、彼女が出来ていた事すら教えてもらえなかった事実を知り居場所なんて初めから無かったんだと思い知らされた。 だから」
違う!と声を上げたかった。ちゃんとお前の居場所はあった!と叫びたかった。
しかし、アーシェが求める居場所と俺が用意していた居場所が違う事ぐらいアーシェの、俺を見つめる目を見れば口で言われるよりも分かってしまう。
アーシェの想いが恋だとは思わない。 だけどアーシェは人肌や優しさに飢えてクロに依存していたのだろう。
少なくともそれが恋か依存か分からなくなるぐらいには。
「だからお兄ちゃんに借金の保証人になってもらい自殺したの」
そういうアーシェの顔は先ほどまで泣いていたとは思えないほどの笑顔を作っていた。その表情からは恍惚な表情を浮かべ、笑顔と相まって狂気にすら感じるほどである。
「いや、だからそれで自殺する意味が分からないんだが…」
そして彼女の自殺理由が未だに見えてこないというか、生前の環境が嫌で自殺したのではなく、何かの目的を持って自殺したように聞こえるのは気のせいなのだろうか?しかも俺絡みで。
「そう?簡単なことだよ?」
「いや、まったく分からないから」
「そう。 だったらもっと分かりやすく教えてあげるね?」
そう言うとアーシェは未だに理解できていないクロに、とても嬉しそうに説明し始める。
「私が死んだら私が作った借金をお兄ちゃんが払わなければならなくなるでしょ? そしたら私も晴れてお兄ちゃんの家族になれるからだよ」
あれ?日本人だったはずなのに日本語が理解できないだと?
アーシェの説明に余計に意味がわからなくなってくるクロ。いつの間に我が日本は『借金して自殺したら保証人の家族になれる』という制度ができたのだろうか?
「あー、まだ分かってない顔してる! 私が死んだことで出来た借金、これいわば私の生まれ変わりなわけ。 その借金をお兄ちゃんが払わなくちゃいけなくなったという事は、払い終えるまでお兄ちゃんは私の面倒を見なくちゃいけないの。 それってもうお兄ちゃんと一心同体のかけがえのないパートナーであり、家族だよー! それに気がついた私天才! もう片っ端から借金しまくったんだよ?」
闇金といえど時代の波に飲まれ、今では多額のお金を貸してくれる所は少ないのだろう。あらゆる金融会社から借金した時の苦労をまるで何かの武勇伝かのように語りはじめたアーシェなのだが、これで確信できた。
アーシェは立派なヤンデレヒロインに成長してくれやがったみたいである。俺の、実の妹のように与えた愛が悪かったのか、実の兄や両親の愛情や育て方が悪かったのか、環境が悪かったのか、またはそれら全てが悪かったのか分からない。
ただ間違いなくアーシェが立派なヤンデレに育っている事は、アーシェの前世の兄ほどではないが学生時代の俺の暗黒期(三度の飯がエロゲー)に得たバイブル(聖書)がアーシェはヤンデレであるというジャッジを下しているのである。
「それでお兄ちゃん覚えてる? ギルティー・ブラッドの大会決勝前に交わした約束?あれを今もう一度やりたいんだけど?」
そう言うとアーシェは獰猛な笑みを浮かべるのであった。
私とあいつ※ヤンデレヒロインとそのターゲット