第八話 エルフさんと冒険者さん(見習い)とベーコンをのせたガルーダのスクランブルエッグトースト (後編)
「ねえエルフさん、冒険者さん。もし時間あるなら今からまかない食べようと思ってたんだけど、一緒に食べない?」
「へーいいわね。料理人さんが言うなら頂こうかしら。」
「あ…っ!はいっ!いただきます!」
「まあ、まかないだからあんまり期待しないで待っててね。」
そういうと、さっき割ったガルーダの卵にもう4つ卵を割る。ガルーダは異世界でいうインドあたりの神鳥で、炎のように赤く光り熱を持つと言われている。熱もさることながら、神鳥と言われているだけあって数も少なく昔は捕獲も大変だったらしい。ただその肉や卵が美味であること、羽の美しさから養殖への研究が進み今では熱を持たず味や羽の美しさも天然モノと遜色ないガルーダが比較的安価に手に入るようになった。
黄身の色も濃く味も濃厚で卵料理には最適なガルーダ卵は、割ると黄色というよりも真紅に近い黄身の色をしている。
「わあ…真っ赤…綺麗な黄身の色ですね…。」
「私が森で狩ってるガルーダとほとんど変わらないわね。」
一応まかないとはいえ他人に出すということで、一人で食べるまかないの時には使わない聖牛の生クリームを入れ、塩をひとつまみと少しの砂糖と共に泡立てないように混ぜる。2つフライパンを用意すると、片方には金色に輝き縁起がいいとされる華金豚のベーコンの切れ端をのせ焦げない程度の低めの火炎魔法をかけ、もう片方のフライパンには聖牛のバターを入れ熱する。その間に売れ残ったフランスパンの中でも大きくふわふわの食感が楽しめるドゥリーブルを薄くスライスすると、トースターに入れた。やがてベーコンからジュクジュクとした脂が溶け出し、店中がベーコンの焼ける香りに包まれた。ベーコン自体から出た脂で揚げるように焼く。
「はあ…いいにおい…。」
「料理人さん、私ベーコンはカリカリのが好きよ。カリッカリでお願いね。」
「はいはい。」と笑うとベーコンの調理は魔法での自動調理に任せ、スクランブルエッグにとりかかる。バターの溶けかかったフライパンに卵を流し込み30秒ほど待つ。ふつふつと卵液に熱が通り始めたらさっと木べらでフライパンの外周から内側へ寄せるようにかき混ぜて火を止めた。焼く前は真紅に近い卵が火が通ると濃厚そうなオレンジに変わった。
「え?火を通すのたったそれだけでいいの?」
「スクランブルエッグは火を通しすぎないのが鉄則だからね。」
「はあ…ほんとに魔法みたいです…。」
丁度トーストも焼けたらしい。カリッとフランスパンに軽くバターを塗ると、スクランブルエッグをその上にとろりとのせカリカリのベーコンを上にのせた。皿の横には新鮮なレタスとトマトを添えて「ベーコンをのせたガルーダのスクランブルエッグトースト」のできあがり。
「はあ…また料理人さんの料理が食べられるなんて…幸せです…。」
「あんたっていちいち反応がオーバーね。ま…まあ美味しそうだけど。」
「はいはい、さあ召し上がれ。」
「料理人さん!これすっごく美味しいです!パンとベーコンがカリカリして、卵はトロトロで…!」
「美味しいっ!卵の味付けはシンプルなのに生クリームの濃厚さとベーコンの塩気が凄く合ってるわ!レタスもシャキシャキでトマトの酸味も丁度いいわ!」
「パンがカリカリなのに中がふんわりなのも美味しいです!」
夢中になって食べる二人にエルフさんには紅茶のおかわりを、冒険者さんには前にも飲ませたふしぎの実のジュースを出す。自分用に濃い目のコーヒーを淹れた。
「ごちそうさまでした!すごく美味しかったです!」
「ごちそうさま。い…いつもながらやるじゃない。」
「いやいやお粗末様でした。」
皿を片付けながら、何気なく冒険者さんにこれからギルドに帰るの?と聞くと冒険者さんはみるみる青い顔になって震えだした。さっきまでトーストを美味しそうに食べていた姿からはまるで別人のようだ。思わずエルフさんも心配になったのか人間嫌いなエルフさんとは思えないほどにオロオロしている。
「ど…!どうしたのよアンタ急に震え出して。べ…別にエルフの領土に入り込んだことなんかチクったりしないから安心しなさいよ。」
「いえ…違うんです。ど…どうしよう。私、トレントですか?大きな木から逃げてたら鞄落としちゃって…。」
「え?!大丈夫なの?」
「そういえば…私がアンタの事見た時は確か手ぶらだったわよ。木の枝腰につけただけでバカじゃないの?って思ったもの。」
「な…中に全財産…といっても全然入ってないんですけどお財布と3日分の干し肉とギルドの会員証と…武器も壊れちゃったし…。ギルドの会員証は再発行して貰えると思うんですけど、寮のお金も明日までに払わなきゃいけなくて…。明日から野宿かも…です。」
冒険者さんの衝撃の告白に思わずエルフさんと顔を見合わせる。方位磁針も伝達魔法も効かない迷いの森ではいくら探索能力が発達していても、高い魔力を持っていたとしても人間には脱出するのが精一杯で、落し物を見つけるのは不可能に近い。森を知り尽くしているはずのエルフさんなら…とアイコンタクトを取るとエルフさんもため息をついて首を振った。
「正直言って私でもムリね。あそこは入る度に形が変わるから。人間とか生き物なら魔力や生命力を辿って行けばいいけど鞄だとかモノは感知できないのよねえ。宝石とか貴金属が入ってるならそういうのを感知できるエルフもいるけど、はした金の入った財布くらいじゃ見向きもしないだろうし。一応他のエルフや鳥達にも聞いてみるけどあまり期待はできないと思うわ。」
「エルフさんには何から何までご迷惑おかけします…。」
「私は別にいいんだけど、アンタ冒険者向いてないんじゃない?なんっか見てて痛々しいのよねえ。お針子とかメイドとかもっと別の仕事あるんじゃないの?」
「……はい。」
目に涙をいっぱいに貯めて捨てられた子犬のように震えている冒険者さんにはあえて言わないが、私もエルフさんの意見に賛成だな。受付嬢さんも言ってたけど彼女には冒険者という仕事は酷く似つかわしくない気がする。冒険者という仕事が好きなようにも見えないし。とはいえ仮にギルドから紹介状を書いて貰ったとしても、一流の冒険者でも仕事にあぶれる世の中で幼く魔法も使えない彼女がすぐに働き口が見つかるとも思えない。ギルドの正規の紹介じゃない無許可の斡旋所だと、彼女みたいに無垢で純朴な少女は騙されて売り飛ばされるとか正直最悪の展開しか浮かばないし。かといって明日の宿にも困るような身の上でこのまま冒険者を続けられるとはもっと思えないしなあ。
「…私もそう思います。田舎でずっと弟や妹の面倒を見ていたんで子守や家事は得意なんですけど、あいにくギルドでの仕事自体がなくて…。今更田舎にも帰れないし…。」
「ちょ…っちょっと泣かないでよ!泣いたってどうにも…ってこ…困ったわね…。」
「冒険者さん…。」
ふと、「料理人さんの店で雇ってくれんかねえ…。」と言っていた受付嬢さんの言葉を思い出す。そこまで人手が足りないってわけでもないんだけど、ついに泣き出してしまった冒険者さんの姿を見て反射的に口に出してしまった。
「ねえ、冒険者さんは家事得意って言ってたよね?もし良かったら部屋余ってるしうちで住み込みで働かない?食事とお給料も一応出すし、ギルドの受付嬢さんにも私から話通しておくからさ。」
「え…!そんな…!」
「料理人さん、大丈夫なの?!」
驚く二人よりも自分に一番驚く。私は俗に言う天涯孤独というやつで。異世界にいる時から今まで人生の大半は一人暮らしだった、誰かと住むなんて想像もしなかったのに。同情、といえばそれまでなんだろうけど受付嬢さんが田舎から出てきた彼女に自分の姿を重ねたように、都会でたった一人で生き延びようとする彼女の姿が自分と重なって見えた。
…彼女は、ひょっとしたら昨日の私かもしれない。
「冒険者さん、おいで。」
カウンターから手を伸ばして、それだけを言う。なぜか緊張して微かに指先が震えた。冒険者さんは泣きながら、一瞬自分の手を見ると少しだけ戸惑って恥ずかしそうに私の手を取った。彼女も緊張しているのか指先がふるふると震えていて冷たい。戸惑った理由はおそらく「それ」なんだろう。少女の手らしくない、痛々しいほどに荒れた手を握る。冒険者さんはおそるおそる、だがゆっくりと確実に握り返してきた。
「これから宜しくね。」
「あ…ありがとうございます。私…料理人さんのご飯が美味しくて優しくて凄く好きで…。料理人さんも大好きで嬉しくて…どうしよう。これからが…がんばります!」
「な…っ何よ泣かせるじゃない!私こういうの弱いのよ!料理人さん、紅茶もう一杯おかわり!」
泣き止んだ冒険者さんと交代するかのようにもらい泣きするエルフさんに、思わず冒険者さんと目を見交わして笑った。泣き止んでようやく見せた冒険者さんの愛らしい笑顔は、雨上がりの虹のようだった。
ベーコンをのせたガルーダのスクランブルエッグトーストのレシピ
材料 華金豚のベーコン 2~4枚 ガルーダ卵 2個 生クリーム適宜 塩・砂糖 適宜 スライスしたパン2枚
1.ベーコンは長いものの場合は半分に切りフライパンに乗せ弱火で加熱する
2.ベーコン自体の脂でカリカリになった所でフライパンから引き上げ、あればキッチンタオルなどにのせ余計な脂を取る
3.卵を割り白身と黄身をよく混ぜてから生クリームと塩を砂糖を入れ混ぜる
4.フライパンを中弱火にかけバター(分量外)が溶けかかったところで卵をフライパンに入れ20~30秒ほど放置する。
5.卵がふつふつとしてきたらフライ返しで外周から内側へ巻き込むようにして軽く混ぜ火を止める
6.トーストにしたパンにバター(分量外)を塗りスクランブルエッグとベーコンをのせ野菜を添えて完成
※ベーコンはフライパンにのせてから火にかけると焦げ付きにくくなります。スクランブルエッグもできるだけ火を通しすぎないように黒胡椒をかけても美味しいです。作中ではドゥリーブルという大きめのフランスパンの一種を使っていましたがバゲットや食パンなどでも美味しくいただけます。