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第六話 受付嬢さんとクラーケンのたこわさ茶漬け

「この間はうちのギルドの冒険者さんがお世話になったわね。あの子、凄く喜んでたわよ。」

「あのさ…受付嬢さん。私が口出す事じゃないんだろうけど…。」

「わかってるわよ。あんな小さな子だし一応私の方でも目を配ってるんだけど、ギルド自体最近は仕事の奪い合いなのよね…。」


そう言って、ギルドの受付嬢さんはため息をついた。長いダークブラウンの髪の毛をシニヨンに結い、いつも清潔な白いシャツに黒いジャケットにズボンというパンツスーツのような服装をして、国立ギルドの職員の証である王冠を象ったピンをジャケットに付けている受付嬢さんは、まるで異世界でいう仕事のデキるキャリアウーマンのように見えた。つり目がちな少しキツ目の美人といった顔立ちを、スクエアタイプの細身のシルバーフレームの眼鏡がうまく柔らげている。


「あ…受付嬢さん。なんかごめんね。出すぎたマネしちゃったね。」

「いいのよ。料理人さん、いつものくれる?」

「生ビールね。おつまみは仙豆の枝豆切らしちゃってるからたこわさでいい?」

「平気よ。私たこわさも好きだから。」


仕事帰りの受付嬢さんに、冷気魔法のかかった引き出しからよく冷やした冷たいジョッキを出すと、同じく冷気魔法でキンキンに冷やし泡を保たせる為の時間停止魔法のかかったビア樽に、注ぐ為のコックを付けた即席の生ビールサーバーからビールを注いで出す。つまみは船さえも沈めるほどに巨大なタコやイカのような姿をし足一本だけで丸太ほどもあるクラーケンの、比較的柔らかく調理のしやすい足先の部分だけを使い、ツーンとする強烈な辛味の毒消し草の根を刻んだものと和えた「たこわさ」。隠し味に少量のショウユと干した海藻を粉末にしたものを混ぜる。


たった数分の間にも、受付嬢さんは仕事の書類なんだろう。何か文書に目を通していたり伝達魔法で「これでお願い。」だとか「昨日の案件だけど…。」だとか誰かと会話をしている。王立ギルドの職員になれる位だから魔法はそこそこ使えるのは知ってるけど、ほとんど仕事用の携帯電話感覚なんだなあ…。何となく異世界にいた頃を思い出してため息をつくと、伝達魔法を終えた受付嬢さんが同じようにため息をついていて、目が合ってお互いに苦笑した。


「もう今日はこれで仕事終わり。おしまい。」

「はい、受付嬢さん。お仕事お疲れ様。」

「ありがと。」


そういうと受付嬢さんはビールジョッキを片手で持ってさっきまでのクールなビジネスウーマンのような姿とは別人のようにグビグビと飲み干した。


「ぷはーっ!この一杯の為に生きてるわーっ!」

「はい、おかわりおいとくね。」


いつものように間髪入れずに飲み干したタイミングですぐに生ビールのお代わりを出すと、今度は少しだけペースを緩めてたこわさを突く。


「このたこわさ本当に美味しいわね。ちゃんと辛みが効いてるのに辛いだけじゃなくて、ショウユと海藻のうまみあって。毒消し草の根っこは辛いだけだから捨てられてたけど、ちゃんと調味料として使えるのね。」

「すり下ろして生魚とショウユで食べるのも美味しいよ。」

「ショウユなんてつい最近までこの国にはなかったのに、勇者さんサマサマよねえ。でも、料理人さん内緒ね?そのせいでギルドもメチャクチャになっちゃって大変なのよね。」

「そういえば、今ギルドって凄く減ってるんだよね?」

「職員の仕事は増えたし給料も変わらないのにねえ…。」


王国で冒険者になるためには、まず王立の冒険者ギルドに登録することになっているという話を前にしたと思うけど、この王国では昔は王立ギルドは東西南北の大きなギルド4ヶ所を中心として町や村ごとの小さな出張ギルドなど細かく別れていた。しかし勇者さんが魔王さんを倒した結果、魔物自体の数が大幅に減少。それに伴って冒険者の主な仕事だった魔物退治の依頼は勿論、ギルド自体の数も出張所の統廃合などで大幅に減って受付嬢さん含む職員は今までの二倍近くの仕事をこなすことに。冒険者同士の依頼の奪い合いも激化してきて。今では魔術学校や軍隊出身のエリート冒険者が子守やスライム退治といった初心者向けの仕事を奪い合っているとかで、どこの世界も大変なんだな…ほんと。


「ねえ、料理人さん。あの子のことなんだけど。」

「あの子って…こないだの冒険者さんのこと?」

「そ。冒険者のあの子。」


ビールから米や麦、さつま芋などから作られた蒸留酒である焼酎に変えた受付嬢さんは、米焼酎に氷を入れただけのロック割で口に運び、仙豆から作ったトウフを揚げた厚揚げやクラーケンのゲソの唐揚げなどのツマミを突付きながらアルコール度数がビールの5倍はある強い酒をまるで水のように飲んでいる。王国産の日本酒がまだまだ異世界のニホンで作られたものには及ばないのに比べ、王国ではもともとジンやテキーラなどの蒸留酒が多く作られていたせいで、焼酎に関しては異世界産の高級品とほとんど遜色ない出来のものが安価で出回っていた。


キャリアウーマン風の美女がクリスタルのグラスで焼酎を飲む姿はここが一応国境沿いとはいえ、王国であることを忘れさせるようだった。顔には出ないけど酔っているらしく受付嬢さんの頬はほんのりと桜色に紅潮し、シニヨンに結った髪も少しほどけかけていて、そのしどけない姿に思わずハッとさせられる。


「あの子ね…まだ12歳なのよ。」

「えっ…!そんなに幼かったの?!」


確かに痩せっぽちでぱっと見た限りじゃ12~3歳にしか見えなかったけど、ほんとに12歳だとしたらまだ子供じゃないか。


「一応冒険者の規則としては、登録可能年齢が12歳以上だからギリギリなんだけど一度冒険者としてギルドに加入されたら大人と同じ扱いになるのよ。食べ物も装備も補助が出ないし…。せめて一応、私の方で15歳までの若年冒険者はまかない付きの寮に無料で入れるように上にかけあっとるんやけど、なかなかうまいこといかんとよね…。」

「……。」

「なんだか私もあの子のことほっとけなくて、料理人さんの店のこと教えたんだけどあの子凄く喜んでてね。こんなに美味しいもの食べたの生まれて初めてとか言って笑ってて。何だか胸が痛いわ…。」


何と言っていいのかわからず言葉が出ない。冒険者さんのみすぼらしいと言ってもいい姿と、干し肉と拾った果物しか食べていないと力なく笑った顔、スライムの煮込みとゼリーを口いっぱいに頬張る嬉しそうな笑顔を思い出す。


「ほんとはあの子、優しか子だけん冒険者とか向いとらんと思うとよね。ギルドの仕事自体最近はもう奪い合いだけん…。こっそり優先的にあの子を仕事に就けるようにしとるけど、あの子真面目で器用だけん仕事はちゃんとこなしよるけど、どうも無理しとるらしくて身体壊しそうで心配とよ…。」

「私もあの子はあんまり冒険者に向いてる感じはしなかったなあ。親や家族の為に無理してるって感じがしたよ。」

「私も田舎から出てきたけんさあ…なんか人ごとに見えんっていうか。ギルドの職員がこげんこと言うたらいかんかもしれんけど、料理人さんの店で雇ってくれんかねえ…。って無理かあ…ごめんねえ。」


エルフさんに人手が足りないんじゃない?と言われたことを思い出す。まあ狭い店だし特に人手が足りないとは思ったことはないけど、やることが多くて忙しくないわけでもないし部屋も余ってるから冒険者さん一人くらいは雇えなくはないんだけど、なにせ本人の意思もあるだけにな…。でも何とかしてやりたい気持ちもあるし…と頭を抱える。


と、顔を赤くして方言が出ている所を見ると受付嬢さんはだいぶ酔っているらしい。結い髪も完全に解けてしまっていて、ウェーブのかかった長い髪を小川の流れのように一つにして肩へと流している。見た目にはクールな美女が、酔って舌足らずの方言で喋っているのは何だかやたらと愛らしく見える。


「料理人さーん、私もう疲れたあ…。お嫁さんに貰ってくれん?何やったら私が稼ぐけん料理人さんがお嫁さんでも良かよ。」

「あはは…いやあ…だいぶ酔ってるね。そろそろシメにしようか。」

「…はーい。」


受付嬢さんにお冷を出すと、まるで子供のように両手でグラスを持ってごくごくと飲んでいるのを可愛らしいなと思いながらシメの一品。ご飯を軽くよそってさっきのクラーケンのたこわさを盛り、刻み海苔を散らす。酒のシメなのでさっぱりと「地獄の釜」で香ばしく炒られたほうじ茶をかけて『クラーケンのたこわさ茶漬け』の完成。薬草と白マンドラゴラの塩漬けも小皿につける。


「お待ちどうさま。さあ、召し上がれ。」

「いただきまーす!いやぁ…!海苔の香りの良かー!ほうじ茶が香ばしかけん、たこわさが生臭く感じんしピリッとした毒消し草の根っこがお茶漬けに合っとるし。飲んだ後のお茶漬けってさらさらっていくらでも食べれるとよねーっ!付け合せの漬物も塩気がちょうどよくてうまかー!」

「お茶じゃなくてダシをかけても美味しいんだけどね。」


夢中になってお茶漬けを食べている受付嬢さんが、ふいに箸を止めた。


「受付嬢さんどうしたの?辛かった?」

「…仕事の伝達魔法たい。もうせっかくお茶漬け食べよってか好かーん!」


受付嬢さんはカバンから、薬草を丸めた丸薬と手のひらに隠れる程度の赤く光る術式の書かれた薄い小さな石版を出して術式の文字を指で辿った。それから酔い冷ましの丸薬をお冷で飲みくだし、苦味に顔をしかめる。カウンターの上に置いていたヘアピンを咥えると流していた髪の毛をキュッとまとめ一瞬にして元のシニヨンに結うと、石版に向けて話し始めた。


「はい、私です。…え?例の依頼の件で変更?そういうの困るのよね。先方にちゃんと伝えた?…ええ、ええ。ちょっと貴方、受付嬢は受付だけやればいい仕事じゃないのよ!…まあいいわ、明日の会議までに…」

「キャリアウーマンって大変だなあ…。」


方言から急にビシッとしたキャリアウーマンに戻った受付嬢さんに驚きながら、お疲れ様という気持ちを込めて温かいほうじ茶をそっと出した。

クラーケンのたこわさ茶漬けのレシピ


材料…クラーケンのたこわさ|(なければ普通のタコのたこわさ) ご飯 刻み海苔 ほうじ茶またはダシ汁


1.茶碗にご飯をよそい、たこわさをのせる。


2.刻み海苔をかけほうじ茶かダシ汁を注ぐ


※お好みでミツバなどの薬味でどうぞ。飲んだ後のシメにピッタリ。作中には出てきてませんが緑茶でも美味しいです。

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