第二話 冒険者さん(見習い)とスライムの煮込み
冒険者さん(見習い)が恥ずかしそうに抱えてきたスライムのまずその大きさに目を見張る。こんなに大きなスライムを見たのは久しぶりだ。もっとも見習いの冒険者なんてまずこの店には来ないし、初心者の狩場にしかないスライムなんて持ち込む客自体ほとんど皆無に等しいんだけど。
「私…まだ冒険者になったばっかりだからスライムしか倒せなくて…恥ずかしいなあ。」
「いいよ。気にしないで。スライムも料理次第で美味しくなるからね。」
冒険者になるためにはギルドに登録する必要があるのだが、ギルドでは本人の能力や適正にあった仕事が紹介されその中で条件や報酬に合った仕事を選んで就くことになる。大概は戦闘能力が低くしかも年の若い見習いだと子守だとか雑草の草刈りなんかが中心で、いわゆる魔物狩りは実力に応じてのギルドからの許可制になっている。その中でも攻撃力はほとんど皆無で、せいぜい身体や服が汚れる程度のスライムは訓練を兼ねた初心者向けの獲物であり、逆にいえば駆除したところで報酬は雀の涙ほどしか貰えない。初心者がスライム狩りで生活費を捻出するには数をこなすしかない。冒険者さんが腰につけている木の棒もよく見たらスライムの体液で青く染まっていて随分と使い込まれていた。
冒険者さんからスライムを受け取るとまな板の上に載せる。大きなスライムはまだ死んだばかりで新鮮そうだ。プルプルとまな板の上でも形を保っている。本来スライムには味がなく「足がないのに足が早い」というダジャレもあるほど鮮度が落ちやすい為に、簡単に手に入るわりに食用に適さないと言われてきたものの、最近は異世界の調味料が高価ながら手に入るようになってきたのと、スライムのプルプルが美肌効果があるという噂から最近は食材として見直されてきているらしい。
「こりゃあいいスライムだね。新鮮でプリプリして美味しそうだ。腕がいいんだね。」
「ほんとですか?照れちゃうなあ。」
スライムに包丁を入れる。スライムは個体差が大きく時々ブルンッと包丁を跳ね返すほど弾力のあるスライムがある。弾力がありすぎるのは噛み切れない上に調理が難しく骨の折れる作業になるのだが、冒険者さんが持ち込んだスライムは適度に柔らかくむっちりとしていてその心配はなさそうだった。
「スライムでもさ、プルッとしたやつとドロッとしたやつがあってね。新鮮なスライムは包丁をもっちりと押し返す。けどけして粘つかない。これは凄くいい品だね。」
「良かったあ…。」
スライムが入手が簡単なわりにあまり食用に適さないと長年言われてきた理由は、少しでも鮮度が落ちるとベトベトと包丁やまな板にまとわりつく性質のあるところだ。一度他の冒険者が持ち込んできた鮮度のあまり良くないスライムを調理した時は、包丁を入れた途端にドロドロの汁が溶け出してちょっとやそっと洗ったくらいで落ちない上に、手につくと数日はテラテラした蛍光色に染まって閉口したものだ。
スライム肉の地面に接している部分は泥臭いので切り取って捨て、その上の部分だけを調理に使う。まずスライスの一片に少し多めの塩を振って布で包む。それを落ちない程度に斜めに立てかけたまな板の上に置き、重石の代わりに水を張ったボウルを載せる。
「これは何やってるんですか?」
「水切り。スライムは水気が多いからそのままだと味が水っぽくなるからね。」
「はあ…なるほど。でもスライムの汁が出たらベタベタになるのでは…」
そこで透明な液体しか出ていないスライム肉を包んだ布を見せる。布は濡れてポタポタと液体は垂れてはいるが蛍光色に染まってはいない。
「塩を振ってあるからね。新鮮なスライムだと水気しか出ないんだよ。」
「料理人さんってすごいんですね…。」
調理法自体は昔からある調理法で、別に私が凄いんじゃないけどね。スライムの水切りをしている間に鍋に干し魚と海藻から取ったダシを注ぐと、さっきジュースにしたふしぎの木の実の残りとイチョウ切りにした紅白のマンドラゴラ、ささがきにした世界樹の根を入れて砂糖と酒と「ミリン」というもち米から作った甘い酒のような異世界調味料と「ショウユ」という大豆から作った異世界調味料を入れてかまどに載せ、弱めの火炎魔法をかけて煮る。昔はミリンやショウユは異世界から取り寄せるしかなかったんだけど、便利なことに今は王国産でも作られ始めている。特にショウユは珍しい仙豆から作られているのでひょっとしたら味は異世界産の品よりも美味しいかもしれない。
しまった、女の子はもうちょっとオシャレな洋食とかの方が良かったかな。まあもし冒険者さんが食べなくても後で酒飲み揃いの常連客が食べてくれるさ。
「ごめん、作ってからで遅いけど好き嫌いある?」
「いえっ!大丈夫です。なんでも食べます!」
野菜に火が通ったところで、スライム肉をさっと洗って塩気を落とした後で薄めに切って煮込む。加熱されたスライム肉の肉片の端がくるんと丸まって、色も透明から白っぽい色に変わった。スライム肉はあまり癖がないので下茹でしなくてもいいのが利点だな。火の通りも早いし。
「いい匂いですねえ…。私普段、干し肉や果物ばっかりで料理らしい料理なんて久しぶりなんで…。」
「ギルドの寮に住んでるんじゃないの?食事出ないんだっけ?」
冒険者さんは少し悲しそうに笑って首を振った。
「賄い付きの寮は私には値段が高くて、普段素泊まりの方の寮に泊まってるんです。家に仕送りしなきゃ…。」
魔王さんが倒れて一応経済的に発展してきたとはいえ、まだまだ貧富の差があるこの国では彼女のように貧しい村に生まれた子が、一攫千金を狙って冒険者を目指す例は珍しくはない。強い魔物もまだ多いものの命を落とすほどの脅威は少なくなってきた昨今、冒険者という職業自体の仕事が減っているらしい。だいたいは安定職として雑用をこなしながら仕送りをして、慎ましい生活を送りながら同じ冒険者と結婚するってのがお決まりのコースだったんだけど、最近はそれすらままならないようだ。
「私、一人前の冒険者になりたいんです!それで田舎の弟や妹を学校に行かせて、親に家を建ててあげるのが夢なんです!」
「立派だねえ…頑張ってよ。」
「はいっ!でもちょっと…やっぱり魔物って怖いなって思う時もあって…。でも弟や妹はまだ小さいし、私が頑張るしかないんです。」
冒険者さんは痛々しく笑った。本来、この子はあまり冒険者に向いていないんじゃないのか…。何となく不安になる。それにしてもこんなに痩せっぽちで育ち盛りというのに干し肉や果物だけじゃ体壊すんじゃないのか。今度受付嬢さんに会ったら言ってやろう。我ながらお節介な所はいつまで経っても治らないなと頭をかいた。
そうしてる間にスライムに程よく火が通ったようで、仕上げに異世界調味料の「ミソ」(ショウユと同じく仙豆から作られた王国産の最高級品だ)を溶かして器に盛りつけ、薬味に細かく刻んだマヒ消し草を乗せて『スライムの煮込み』の完成だ。ご飯と一緒にミソと海藻のスープも添える。火山草を乾燥させて刻んだ一味火山草をかけても美味しいんだけど、常連の酒飲み共はともかく少し子供には辛すぎるかもな。一応、これは辛いからほんのちょっとだけ入れてねと注意して火山草の小瓶を添えた。
「さあ、召し上がれ。スライムの煮込みだよ。」
「わあーっ!美味しそう!いただきます!」
和食は好き嫌い別れるから不安だったけど、夢中になって食べている冒険者さんを見るとほっとした。あまり普段からまともな食事を取っていないんだろう。口いっぱいにリスのように頬張っている冒険者さんを見ると、やっぱり子供の頃飼っていた子犬を思い出すなあ。
「これ、すっごく美味しいです!スライムがとろっとしてるのに歯ごたえがあって、野菜もよく煮えて柔らかくてほろっと崩れて!ご飯にとっても合ってて美味しいです!海藻のスープも凄く優しい味なのに食べたことない不思議な味!」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。デザートもあるから食べてね。」
さっきのスライムの頭の一番てっぺんの一番プルプルするところをデザート皿に盛ってシロップをかけてフルーツを盛りつけたスライムのゼリーをデザートにすると冒険者さんはキラキラと目を輝かせた。やっぱり女の子は甘いものが好きなんだなあ…。
「わーっ!すっごいプルップルでちゅるんって口の中に入って、とっても甘いのにさっぱりしてる!」
スライムはゼリーというよりは弾力が強くてグミキャンディーとのちょうど中間あたりだろうか。台湾でよく食べられているオーギョーチーに似ている。そのままでは味がないからシロップで甘味を補うところもそっくりだ。
冒険者さんは本当に美味しそうに食べるなあ。ほんとは食べ物に目がない子なんだろう。こんな子が干し肉と果物だけで過ごしてるなんてほんとに受付嬢さんには後で…。っておっと。
「ごちそうさまでした!」
「気に入ってくれて良かったよ。」
残さずたいらげてにっこり笑う冒険者さんに思わず頭を撫でそうになって、自分を抑える。
そう思っていたら急に冒険者さんの表情が恥ずかしそうな申し訳なさそうな顔に変わった。
「あの…お代…なんですけど、私あんまり持ち合わせがなくて…。」
「ああ、スライム肉の余ったやつくれるならタダでいいよ。」
「…えっ!いいんですか?!…ありがとうございます!!」
「まだおかわりたくさんあるから食べていいよ。」
「はいっ!さっきのスライム煮込みとご飯おかわりお願いします!」
申し訳なさそうな顔をしていたかと思えば、大きな目を丸くしてそれから安心したように笑って頭を下げる。本当に冒険者さんは表情がクルクルとよく変わる子だ。もともと、こんな小さな女の子から金を取るつもりはないとはいえ、腕がいいのかたまたまなのか、彼女の狩ってきたスライムが上質なものでこっちが礼をしたい位だ。
1時間ほど持つ真空魔法をかけて冷めない上に汁がこぼれないようにした密封容器を2つ用意してさっきのスライム煮込みとミソと海藻のスープを入れ、ご飯を塩にぎりにしたものを包んで土産に持たせると冒険者さんは「そ…そんな受け取れません!」と恐縮していたが無理やり持たせる。
「料理人さん、この御恩は忘れません!私…今度はもっと強くなってもっといい食材を持ってきます!」
「おう、楽しみにしてるよ。お腹が減ったらすぐ来るんだよ。」
冒険者さんは何度も何度も礼をして店を去っていった。お腹が減ったら…は社交辞令ではなく、紛れも無い本心だけどな。見た目のわりに意思が強そうな彼女はまたこの店に来てくれるんだろうか。不安を振り払い、仕込みをそろそろ始めるかとキッチンに戻ると入れ替わりにドアチャイムが騒々しく鳴った。
「ういーっす!料理人さん、なになに今の子超カワイイじゃん。まさかアタシってものがいながらロリコンに目覚めちゃったんじゃないよねってキャー!?」
「…いらっしゃい商人さん。」
…また騒がしくなりそうだ。
スライムの煮込みのレシピ
材料:スライム…1/3ほど 赤マンドラゴラ…1本(なければ人参1本)白マンドラゴラ…1本(なければ大根1/4)世界樹の根…1本(なければゴボウ)
調味料:酒 砂糖 ダシ汁 ショウユ ミリン ミソ (適宜)
1.下ごしらえとして紅白のマンドラゴラは薄めのいちょう切りにし、世界樹の根はささがきにして酢水につけアクを抜く
2.スライム肉は薄めにスライスをし、新鮮なものはそのままで少し鮮度の落ちたものは下茹でをしておく
3.鍋に野菜を入れひたひた程度にダシ汁を入れ、砂糖・酒・ショウユ・ミリンで味をつけ火が通るまで煮る
4.野菜に火が通ったところでスライム肉を入れさらに煮る(硬い場合は圧力魔法をかけると調理が簡単です)
5.スライム肉が柔らかく煮えたところでミソを加え、薬味に刻んだマヒ消し草と一味火山草(分量外)をかけて完成
※もしスライム肉がない場合は牛モツなどでも可能です。ミソ味ではなくショウユ味でも美味しいです。