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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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004



  004



  翌日、まだ喧嘩中らしき父さんと母さんは一言も言葉を交わすことなく、朝は過ぎていった。

  夫婦喧嘩が始まってから二回目の朝だが、やはり慣れない。

 「イッセーおはよー」

  登校中、後ろからスイが現れた。

 「……はよ」

 「まだ変わらず?」

 「まぁな。あ、そういえば昨日……ハクとベニ呼んだのってスイ?」

 「ううん。偶然っていうか、ハクがナミに会いに来てさ」

 「……一人で?」

 「最初はね。そのあとベニが来て……もう大変だったよ」

  そのときのことを思い出したのか、スイは遠い目をしながらつぶやいた。

 「家に来たときもなんかハクがベニにやられてたけど、そんなにすごかったのか?」

  ハクが一発殴られてはいたけど、それ以外はそこまで激しくなかったように思う。尻に敷かれてる感はあったけど。

 「あーそれはイッセーの手前、手加減してただけだよ、たぶん」

 「手加減って」

 「女の嫉妬は怖いんだよ。まだ昔に比べれば、ぬるくなったほうだけどね」

 「……まじか」

  それなのに、そのあと懲りずに家に来て母さんを眺めてたのか、ハク。

  そして、嫉妬と聞いて一瞬キョウの顔が浮かんだのは……気のせいということにしておこう。

 「で、それが落ち着いてからチラッとイッセーのお父さんとお母さんの話をしたら、そっちに行くってなったんだよ」

 「そうだったのか」

 「うん。あと、茶々丸から伝言」

 「茶々丸から?」

 「早く両親の夫婦喧嘩なんとかしろって」

 「なんとかって言われても……っていうか、なんで茶々丸?」

 「ほら、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うでしょ? イッセーのお父さんとお母さんの喧嘩が終わるまではちょこちょここっちに来ると思うんだけど、そのたびにうるさいし、物は飛んでくるし、止めに入っても八つ当たりされるしで、おちおち寝てられないって」

  なんか茶々丸ってよくとばっちり食ってるよな。

 「……善処するって言っといて」

  俺はため息を吐くようにそう言った。



  今日も時間が過ぎるのが早く感じて、あっという間に放課後になってしまった。

  帰っても父さんとお母さんは、きっとまだ仲直りはしていない。つまり、昨日言われたように、いよいよ俺が動かなければいけなくなるときが来る。別に二人のために動くことが嫌なわけじゃない。ただ、まだ心の準備が出来ていない。

  喧嘩の仲介役って結構重要なポジションだ。

  俺はいつもより重い足取りで家に帰ってから夕飯の時間まで、自室で一人どうやって話を切り出すかを考えた。

  話があるんだけど……は、ちょっと重苦しいかな?

  母さんと喧嘩してるみたいだけど、父さん何かしたの? ……いやいや、ストレートすぎるか。

  あーもうっ……友達同士の喧嘩なら、まだ素直に切り出せる気がするけど、身内の喧嘩となると、いらないところに力が入る感じがする。

  そうして、ああでもないこうでもないと考えていたら、

 「一勢ー! ご飯出来たわよー!」

  考えがまとまる前に、一階から名前を呼ばれてしまった。

  ……こうなったら行き当たりばったりだな。

  俺は、固まってもいない決意を胸に、階段を一段一段踏み込んで降りた。

  まずとりあえずは、飯食って、その後が勝負だっ!

  意を決してドアを開けると、用意された夕飯とじいちゃんと姉ちゃんの姿。母さんはキッチンにいる。

 「……父さんは?」

  小声で姉ちゃんに尋ねてみると、

 「今日は遅くなるんだって」

  と、小声でそう返ってきた。

  俺は思わず脱力した。緊張の糸が切れるっていう感覚が一番しっくりくる。

  タイミングいいのか悪いのか……今日は無理かな。

  父さんと母さんの空気が張りつめているだけで、どちらかがいないと特に違和感は感じない。母さんは、やっぱりいつもとなんら変わりのないように見える。

  一応まだ隠してるみたいだけど、もうそろそろ隠しきれなくなってきてることくらい本人たちも気づいていると、俺は思う。一緒の家に住んでるんだ。バレないほうがおかしい。

  俺は母さんがいないところで、父さんに話を聞いてみようと思っていた。別にじいちゃんと姉ちゃんはいてもいいと思う。だからどちらかに話を聞くなら、まず父さんじゃなくて母さんに聞いてみようかな、と思った。今なら聞けそうな気がしたから。

 「……あ――――」

  でも、少し口を開いたとき、楽しそうに姉ちゃんと話す母さんが目に入った。その瞬間、今のこの空気を壊したくなくなって、結局ここで話を切り出すのはやめて、ご飯と一緒に言葉を飲み込んだ。

 


 「わっ、なにしてんの!?」

  夕飯後、別に何もしていないのに疲れた気分で自室のドアを開けると、俺のベッドにベニが腰かけていた。

 「お帰りなさい。お邪魔してるわ」

 「あれ……一人なんだ」

  部屋を見回しても、ハクと芙蓉の姿がない。

 「そうよ。ダメだった?」

 「いや、そうじゃないけど……」

  ベニがフッと立ち上がり、さりげなく自然に俺の手を引いて元の位置に戻った。ごく自然とベニの隣に座らされた俺。

  そして、ベニはにっこりと笑みを浮かべると、

 「私ね、浮気しに来たの」

  と、俺の手を握った。

  え、浮気? 浮気って誰と? いや、ここ俺しかいないし……まさか俺とっ!?

 「…………えぇっ!?」

  ウソだろ!?

 「私だってね、疲れるのよ」

 「えっ?」

 「慣れたこととはいえ、毎日毎日ハクの行動に目を光らせて」

 「あー、えっと、それはその……」

 「だからね……私も浮気しに来たの」

  なぜそうなった!

 「いや……あの……」

 「私だって浮気してやろうと何度も思ったことはあるけど、ハク以外に好きな人もいなかったし、結局しなかったわ。だけど……あなたとなら――――」

  突然の出来事に、頭の中が真っ白になりかけた俺は、そう言って距離と詰めてきたベニから逃れることも出来ずに固まった。

  いやいやいや、やばいやばいやばい! どう考えてもやばいだろ、これ!

  硬直した体とは裏腹に心の中で盛大に動揺していると、ふとベニの動きが止まった。そして次の瞬間、

 「ふっ、あはははは! 冗談よ? びっくりした?」

  堪えるように笑い出した。

 「……へっ?」

 「浮気するって、どんな気分なのかと思って」

 「はぁー……なんだよ。びっくりして損した気分だ」

 「ごめんなさい。でも、私には無理だって、よく分かったわ」

 「それって……」

 「もちろん、あなたのことは好きよ? でも……ハクに対する好きとは違うみたい。私ね、あの人は女好きだけど、本気で浮気してるなんて思ってないの。そう思いたいのもあるかもしれないけど」

 「じゃあ、なんであんなに怒ってたんだよ?」

 「……好きだからよ。きっと、あなたのお母様もそれは私と一緒だと思うわ」

 「え?」

 「好きじゃない相手だったら、浮気しようが何してようが気にならないでしょ?」

 「まぁ……たしかに、それはなんとなく分かるかも」

 「だからね、大丈夫よ」

  きっと根拠はない。けど、微笑むベニを見ていたら、本当に大丈夫そうな気がしてきた。

 「…………うん」

  ベニは、それを伝えに来てくれたのかな?

 「それじゃあ、私は逢引きがバレちゃう前に帰るわね。あ、さっきの話は誰にも内緒よ?」

 「分かってるよ」

  っていうか、逢引きって。なんか響きがやらしいからやめてほしい。

  ベニは窓際に立てかけてあった大きなしゃもじを持って、軽やかに窓から出て行った。

  ……あのしゃもじ、上の部分ハート型になってたんだ。




  父さんと母さんを仲直りさせるべく、どう動くか考える前に意外と早くチャンスがやってきた。

  ベニが一人で訪ねてきた次の日、休日だったため、俺はいつもより遅めに起きた。一階に降りると家の中は静まり返っていて、リビングのテーブルには、俺の分の朝食と置き手紙。

 “一勢へ。 お母さん、今日は約束があって出掛けてます。朝ごはんはテーブルの上で、お昼は冷蔵庫に入れてあるから温めて食べてね。夕方には帰るけど、何かあったら電話してきなさいね”

  母さんの字で書かれた手紙。

  俺は食パンをトースターに入れ、別に観たいわけではなかったが、無音の家が落ち着かなくてテレビを付けた。

  そしていつもなら怒られるが、携帯片手にゲームをしながらパンをかじっていると、何の前触れもなく家の電話が鳴り響いた。飲み物を取りに行く途中、電話のナンバーディスプレイを見てみると、どこかの電話番号ではなく“お父さん”と表示されていた。

  俺は基本的に家の電話には出ないが、家族からの電話ならさすがに出ないわけにいかない気がして、受話器を取った。

 「もしもし?」

 『え、ああ! 一勢か! 今、家にお前だけか?』

 「うん。何、どうしたの?」

 『実は……今日の午後から会議があるんだが、書類を置き忘れてきてしまってな。悪いけど持ってきてくれないか?』

 「……その書類って、どこにあんの?」

 『えーっと、たしかソファーの上に置いたのは覚えてるんだが……』

 「ちょっと待ってて」

  俺はソファーまで見に行って確認すると、ソファーから落ちて床にペタンとなっている書類を見つけた。書類の封筒はフローリングの色とあまり変わらないから、誰も気づかなかった可能性が高い。

 「もしもし? ……あった」

 『おーよかった! 悪いけど頼めるか? 場所は知ってるだろ?』

 「え、まぁ……うん」

 『じゃ、頼んだぞ! ちょうど一時間後くらいからお昼休みに入るから、また着いたら携帯に電話くれ』

  電話はそこで切れた。

  正直、最初はめんどくさいと思った。父さんの会社までは結構時間がかかる。今日は家でゴロゴロしながら、二人を仲直りさせるための行動を考えようと思っていたのに。

  でも、よく考えたら家でスキをうかがわなくても、今から父さんと二人になって話せるチャンスでもあると気が付いたのは、駅に向かう途中。


  のんびりとだらけ気味に歩いていた足は、心を入れ替えたように自然と早くなった。






  

  

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