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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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003

  


  003



 「まったく。あなたのせいでとんだ失態を晒してしまったわ」

 「えぇっ!? 僕のせい!?」

  あ、たんこぶ。

 「当たり前よ! いつも勝手にフラフラいなくなったと思ったら、女の尻ばかり追いかけて!」

 「ぅ……魅力的な女性が多くてつい……」

 「つい、じゃありません」

 「……すみませんでした」

 「すみませんじゃ済みませんよ、今日という今日は」

  場所が場所だったため、俺の部屋に連れて来たまではよかった。しかし今、俺の部屋では説教が繰り広げられている。

  ちなみに、俺はまだこの人たちの正体を知らない。

  割って入ることも出来ず、男が説教されている向かい側で、自分は説教されていないのに、なぜか正座をして座っていたら、

 「とりあえず、一旦その辺にしておこう? 困ってるよ」

  と、小さな子供が目線で俺を指した。

 「…………そうだったわっ!」

 「忘れてたの?」

 「怒りのあまり、ね」

  女は男のほうを見て、冷ややかな笑みを浮かべた。その笑みを向けられた男は、大量の冷や汗を流し、目をそらした。

 「お騒がせしてしまって、ごめんなさいね。私の名前はベニ。こっちの万年浮気男がハクっていうの。私たちは夫婦円満の神なのよ」

 「万年浮気男って、どんな紹介の仕方!? たしかに僕は女性は大好きだけど、浮気なんてしてないからね!」

 「浮気というのは浮ついた気と書くでしょう? つまり、他の女性を見てフラフラと浮ついてる時点で浮気よ」

 「浮気の線引き厳しくない!?」

 「あはは……っていうか、二人とも神様なら、この子が神使?」

  思わず乾いた笑いが漏れてしまった。

 「あ、はい。私は神使の芙蓉(ふよう)と申しますっ。どうそよろしくお願いしますっ」

  姿勢を正し、少し緊張した様子の芙蓉。

 「えっと、よろしく…………神様が二人で、神使が一人……あ、ナギたちみたいな感じか!」

  全員の正体を知り、俺が一人納得していると、

 「少し違うかもしれないわ」

  と、ベニがさっきまでとは全然違う、優しい笑みを浮かべた。

 「え?」

 「ナギとナミの神玉は見たことある?」

 「うん」

 「二人とも神玉の石は一緒だったでしょ? 私たちも同じなんだけど、少しだけ違うのよ?」

 「同じだけど、違う? どういうこと?」

 「見てみる?」

  そう言って、自分の神玉を首から外し、俺にそっと差し出した。俺は手のひらでそれを受け取った。パッと見、特に違いはないように思えたが少し軽いなというほんわずかな違和感はあった。橙と白が平行の縞模様になっている石。

 「…………あ」

 「気が付いた?」

 「……半分しかないっ!」

  俺はベニから受け取った神玉を、そっとひっくり返した。表面だけ見ていたら分からないが、ひっくり返してみると、パックリと半分ない状態だった。

 「そうね」

 「え、なんで!?」

 「もう半分は、ハクが持ってるのよ」

  ふと、ハクに目をやると

 「これだよ」

  神玉を首から外して、俺に手渡した。

  ベニの神玉と一緒に手のひらに乗せてみると、見た目はほとんど同じだ。

 「僕らの神玉は二つで一つなんだ」

 「二つで一つ……」

 「夫婦神だからね」

 「夫婦神?」

 「ナギとナミは同じ神玉を持ってるけど、夫婦ではないだろう?」

 「たぶん……聞いたことないけど」

  でもたしか、あの二人の神玉は俺やその他の神様たちが持っているものと、形が同じだったはずだ。

 「一緒に創られた神だけど僕らは夫婦で、ナギとナミは……ちょーっと違うけど、近いのは双子、かな?」

 「あー……うん。そのイメージなら、なんとなく分からなくはないかも」

 「うんうん。ざっくりと理解してもらえたみたいでよかったよ」


 「よくないわ」


  ハクが「よかったよ」と、言い終えるのよりほんの少し早く言葉をかぶせたベニ。

  表情は見えないが、あやしく揺らめく気を発していて、それにたじろぐハク。

  また始まるのか!?

  と、思ったのも束の間、

 「私は二つの目的があって、今日ここに来たのよ」

  にっこりと笑顔を作ったベニ。

 「ふ、二つって?」

 「それはね…………」

  うつむき加減になったベニの表情は再び見れなくなったが、その沈黙に対して息を飲みたくなったところで、パッと顔を上げた。

 「一つは、あなたのご両親を仲直りさせるための手助け、そしてもう一つは……この男の三千年にも渡る愚行をあなたに聞いてもらうためよ」

 「愚行ってっ!」

 「浮気は立派な愚行よ」

 「僕が愛してるのはベニだけだよ!」

 「それ、今年に入ってからもう三百回以上聞いてるわ」

  一年は三百六十五日。今年に入ってまだ半年も経っていない。

  ……一日に何回、同じセリフ言ってんだよ!?

 「この人ね、三千年間、毎日毎日こんな感じなのよ?」

  ベニは、ため息混じりにつぶやいた。

 「へ、へぇ」

 「いないと思ったら、だいたい女のところにいるわ。今日だって最初、ナミのところにいて口説いてて、見つけてお説教してたら目を離した隙にまたいなくなって、今度はあなたのお母様をいやらしい目で見つめてたのよ」

 「ナミとはお話してただけだよ!? それに一勢君の母上は似てるなぁーっと思って見てただけでっ……あ、そりゃあ可憐だと思ったけど別にそれ以上のことはっ」

 「あなたはちょっと黙ってて」

 「…………はい」

  ベニの静かな威圧感に、縮こまったハク。

 「他の女神たちに始まり、そのうちそれだけでは飽き足らず人間の女にまで現を抜かし始めてね。神界では女神のところにばかり足を運んで、人間界の神社に行っては参拝しに来る女客を見つめて……もう救いようのない女好きなのよ。あなたはこんな大人になっちゃダメよ?」

 「………………」

  俺は、なんて返せばいいんだ。

  ハクの手前、大っぴらに返事をするのは悪いと思い、遠慮がちにうなずいた。

 「一番最初の浮気はね、私たちが創られたとき一番近くにいたナミだったわ。そのときはまだ前世のあなたも居て、それを見てびっくりしてたけど……自分が創った神でも、みんな性格が違って面白い、って笑ってた。私としては笑い事ではないのだけど」

  いや、覚えてないけど……なんかすいません。

 「前世のあなたがいなくなって、現生に生まれ変わってくるまでに、もう数えきれないくらいの浮気を繰り返してるわ。最近のことだけでも、何回あることか。この間も――――――――」

  そこから延々と続くベニの話。

  最初はわりとちゃんと聞いていたのだが、次から次へと出てくるハクの浮気エピソードは途切れることがなく、さすがに疲れてきた。

  ……いつまで続くんだろう? 俺、そろそろお風呂に入りたいんだけどな……



 「これ、いつまで続く感じ?」

  こっそり小声で芙蓉に尋ねてみると、

 「どうでしょう? でも、もう少しだけ聞いてあげてください。いつものこととはいえ、結構ストレスが溜まってるんだと思います」

  そう言って、苦笑いを浮かべた。

  ハクはと言えば、ベニの隣でどんどん小さくなっていっている。

  イケメンで、この格好で、女好き。あれ? なんかいたよな、こういう人。誰だっけ? えっと…………そうだ! 光源氏っ!

  俺が勝手なイメージをつけていると、話し終えたベニが、ふぅっとため息を吐いた。

 「ほんの一部だけ話しただけなのに、こんなに時間が経っちゃったわ」

  ふと時計を見ると、二十二時半を過ぎていた。かれこれ二時間近く話していたようだ。

 「……ベニが大変なのはよく分かった」

 「ありがとう。話してちょっとスッキリしたわ。と、いうことで本題に入るわね」

  いきなり話を切り替えたベニ。

 「本題?」

 「あなたのご両親のことよ」

  そうだった! ベニの話が長すぎて忘れてた。

 「まず一つ言っておくと、私たちは解決しに来たのではなく、あくまで助言をしに来たのよ? だから、解決するのはあなたよ」

 「え、俺!?」

 「ええ、そうね」

 「でも……どうやって? 一応、父さんと母さん以外の俺らが首突っ込むとこじれそうだから、黙っとこうって話になってるんだけど……」

 「あの二人の場合、それじゃいつまでたっても解決しないわ。ご両親、あまり喧嘩したことないでしょう?」

 「え、うん」

 「それならなおさら、誰かが仲介してあげなきゃ」

 「……そんなこと、俺に出来る気しないんだけど」

  俺が自信なさげにつぶやくと、ベニは優しく目を細めた。

 「子はかすがいって言うでしょ? 私もね、毎日毎日ハクに目くじら立てて怒ってるけど、芙蓉が間に入ってくれるおかげで少し気持ちが落ち着くもの。芙蓉は神使だけど、私たちにとっては子供みたいなものだから」

  俺の横にいる芙蓉は、それを聞いて照れくさそうに、手をもじもじさせていた。

 「だけど、そうは言っても何したらいいのか見当もつかない。俺自身も、両親の喧嘩を目の当たりにしたの、初めてだし」

 「まずは思い切って、どちらかに話を聞いてみたほうがいいと思うわ。そうねぇ……ちらっと話は聞いたけど、今回の場合はお父様から話を聞いたほうがいいわ」

 「あー……それは、なんとなく俺もそう思う」

 「なら、頑張ってみて。大丈夫よ、私たちが付いてるんだもの」

 「…………うん」



  ハクとベニが、なんだかんだでうまくまとまっているのは芙蓉がいるおかげなのかもしれない。でも、俺に芙蓉みたいなことが出来るかは分からない。

  それでも、自然と解決してくれたら、と傍観して両親の喧嘩から逃げてたところもあるけど、少しだけ向き合ってみようと思えた。






  「それにしても、本当に美しい(かた)ね。あなたのお母様は、あなたたちの前で、感情任せにお父様のことを否定したりしないもの」

  ベニが言う『美しい』と『否定しない』が繋がらなくて、首を傾げていると、

  「お父様を否定すると言うことは、その人を選んだ自分も、突き詰めていけばその人との間に授かった子も、否定しているようなものだと思うの。何かや誰かを否定したくなるときだってあるし、絶対に否定をしてはいけないわけではないけど、そればかりでは何も解決しないでしょう?」

  さらに言葉を付け加えてくれたが、俺はそれでもすぐにピンと来なかった。そんな俺の様子を見て、

  「ふふ。まだ分からなくてもいいのよ。きっとあなたにも、腑に落ちる日が来るから」

  ベニは子供を見守るような、やさしい笑みをこぼした。


  

  就寝前、ベッドに横になり、自分が否定されたときのことを少し想像してみると、あまりいい気分ではなかった。単純だけど、だから他人のことも否定しないように、気を付けようと思った。

  

  去り際にベニが残していった言葉の真意には辿り着いていない気がするけど、これが今の俺が出せる精一杯の答えだし、これででいいんだと、自分のことを肯定しながら眠りについた。









  

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