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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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001 夫婦喧嘩は犬も食わぬ


  001



  花の名前も無事に付けることができ、サクヤに付けられた花の香りも消えかけたころ、また別の問題が発生した。今度は神様関係ではなく、家庭内で。

  学校に行き、いつもと変わりない日常を過ごし、家に帰ったまではよかった。異変に気がついたのは夕飯時。

  まず、会話がほとんどない。誰も口を開こうとする様子がないし、いつもうるさい姉ちゃんも静かだ。俺はあんまり自分から話し出したりはしないが、ここまで静かだとなぜか気まずい気持ちになってくる。食器やテレビから発せられる音がやたらと響く。

  あと、なぜか母さんがご飯も食べずにキッチンで何かしている。ご飯は出来上がってるのに、何か切ってたり、洗い物してたり。表情は見えないが、どことなく刺々しいオーラを纏っているようにも見える。

  母さんの機嫌が悪いのか? いや、でも今までこんなことなかったし、そもそも機嫌の悪い母さんなんてほとんど見たことないかも。

 「ご、ごちそうさま」

  不穏な空気が流れる中、父さんが食器を持って立ち上がり、流し台へ持って行ったのだが、母さんはチラッと父さんを見ただけで無言だった。いつもなら一緒にご飯を食べて、父さんの食器は母さんが一緒に片付けることが多い。だから、父さんが食器を持って行くのはめずらしい。それにいつもなら、このまましばらくテレビを観ているはずの父さんが、気まずそうにいそいそと部屋を出て行った。

  ……夫婦喧嘩? それくらいしか思いつかないけど、今までだと家で動かなかったり、お酒呑んで酔っ払って帰ってきたりしたときの父さんの行動に腹を立てて、母さんが怒ってるのはたまに見たことあるけど、あれはそんなに本気で怒っている感じではなかった。だから、そこまで本気の夫婦喧嘩はなかったと思う。俺の知らないとこで喧嘩してたのかもしれないけど…………まぁ何にしても、空気が重い。そんな中、

 「一勢」

  突然、母さんに名前を呼ばれ、びっくりして一瞬小さく肩が揺れた。

 「へ、え? なに?」

 「これ、この間のお友達に渡しておいてくれる?」

  可愛らしいラッピングの施された箱菓子を渡された。

 「……この間?」

 「ほら! この部屋にお花を飾って行ってくれた子よ! まるで売り物みたいでとっても感動したわ。だから、そのお礼にね」

  母さんはニコニコと明るい笑みを浮かべた。

  花? …………あ! サクヤとナミが作って置いていった、クオリティーの高すぎる寄せ植えの鉢か!

 「ああ、うん」

 「ここに置いておくから、明日忘れずに持って行ってね」

 「分かった」

  でもきっとこの菓子は、ほぼ茶々丸の腹に消えるに違いない……と、電話機の横に置かれた箱菓子を見て、その行く末の想像がついた。

  あれ? そういえば母さん、案外普通だな。黙ってるから怒ってんのかと思ったけど、まぁ俺は別に何かした覚えもないし、これが普通っちゃ普通か。

  いつもより遅く食卓についた母さんは、姉ちゃんやじいちゃんとも普通に話しいている。

  雰囲気は少しだけ硬いような気もするが、なんとなく張りつめていた緊張感が和らいだ気がする。それだけでも少しホッとした俺は、それ以上たいして深く考えず、残りのご飯を口に運んだ。



  自室に戻り、床に寝転びながらゲームをしていると、小さく遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。ノックの仕方が誰のものでもない。母さんは名前を呼びながらノックするし、あんまり来ないけど、父さんやじいちゃんも何か言いながら普通にノックしてたはずだ。そして姉ちゃんに至っては、基本ノックはしないで侵入してくる。

 「……誰?」

  寝転んでいた体を起こし、ノックに対して少し警戒しながらそう返すと、ゆっくり静かにドアが開いた。

 「……なにしてんだよ」

  ドアのすき間から顔をのぞかせたのは意外にも姉ちゃんで、俺はホッとした反面、姉ちゃんが何か企んでいるんじゃないかと、また違う意味で少し警戒した。

 「しーっ! 静かにして! ちょっと来て!」

  姉ちゃんは小声でそう言ったあと手招きをした。俺はしぶしぶ姉ちゃんのほうへ行くと、

 「今からおじいちゃんの部屋行くよ!」

  と、全く予想だにしなかったことを言われた。

 「はぁ? なんで?」

 「いいからいいから! 理由はそこで話すから!」

 「なんでじいちゃんの部屋?」とは思いつつ、少し気にもなるし、俺は仕方なく、自分の家の廊下を無駄に忍び足で歩く姉ちゃんの後ろを付いて行った。

 「おじいちゃーん? 入るよー?」

  じいちゃんの部屋の前まで来ると、姉ちゃんは遠慮がちなノックをしながら、小声でじいちゃんに声をかけた。すると部屋の中から、「どうした?」というじいちゃんの声が聞こえ、それを合図に姉ちゃんが引き戸を開けた。

 「一勢もいたのか。こんな時間に二人が来るなんて、めずらしいなぁ」

  じいちゃんは机にかけていたメガネを置き、読みかけの本を閉じた。

 「ごめんね。ゆっくりしてたところ邪魔しちゃって……」

 「別に構んぞ?」

  俺と姉ちゃんは、じいちゃんの向かい側に座った。

 「それで、どうしたんじゃ?」

 「……ちょっと、お父さんとお母さんのことで話があって」

  姉ちゃんがそう切り出すと、

 「そういえば……あの二人、今日は何か変だったなぁ。喧嘩でもしたんか知らんが……」

  じいちゃんも薄々気づいてはいたようで、眉を少し八の字にさせた。 

 「あのね、私、今日は大学休みだったからずっと家にいたんだけど……聞いちゃったんだよね」

 「……何を?」

 「夕方、お父さんが早目に帰って来たまではよかったんだけど……そこからお母さんとお父さんの話し合いになって……」

 「何の話し合いだよ?」

  俺がそう尋ねると、

 「…………お父さんの浮気疑惑」

  姉ちゃんは少し言いずらそうに口を開いた。

 「……いや、たぶんないだろ」

  俺は父さんを思い浮かべてみたが、どう考えてもそんなことしそうには見えない。結構のんびり構えてるし、特に女好きなわけでもなさそうだし、そこまでモテそうな感じもしないし。

 「私だってそう思うけど……」

 「何か証拠があるとか?」

 「うん。なんかね、お父さんのシャツのどこかは見てないから分からないけど、女の人の化粧品? の跡が付いてたんだって」

  またベタなっ! 「あなた! シャツに口紅が付いてたわよ! どういうことよ!」的なアレか!

 「……へぇ。で、父さんはなんて言ってたんだよ?」

 「それが……身に覚えがないって……」

 「あー、だから母さんが怒ってんだ」

 「うん。女性社員とぶつかったとかならまだしも、身に覚えがないはマズいと思うんだよねぇ」

  そこからしばらく、三人の間に沈黙が流れた。

  父さんと母さんの間に流れていた不穏な空気の理由は分かったけど、今ここでそんなことを言っていても、解決策なんてすぐに見つかるわけがない。

 「……そんな息子に育てた覚えはなかったんじゃがなぁ」

  沈黙を破ったじいちゃんの声は、どこか哀愁漂うものがあった。

 「おじいちゃん! まだ浮気って決まったわけじゃないんだよ!?」

 「つーかさ、ほっときゃそのうち仲直りするんじゃないのか? 俺らが介入したら余計ややこしくなるかもしれないし」

 「それはそうかもしれないけど…………もしものことだってあり得るかもしれないんだよ!?」

 「もしもって……」

 「一勢はお父さんとお母さん、どっちに付いて行くの!? とか! もしかしたら、みんな離れ離れになるかもしれないんだよ!?」

  姉ちゃんは一人、自分の想像を力説した。

  ……どこまで想像してんだよ。

 「とは言っても、しばらくは黙って様子を見ておくしかないと思うぞ」

  じいちゃんは冷静に、この話題についての結論を出した。

  結局、今はそれが賢明だと言うことになり、俺も姉ちゃんも、じいちゃんが言っていたように、しばらくは何も知らないことを装って見守ることにした。



  そのあと自室に戻った俺は、父さんとお母さんのことを考えることもなく眠りについた。

  翌朝、目が覚めてリビングに行くと、母さんがいつものようにキッチンにいて、姉ちゃんとじいちゃんはもくもくと朝食を食べていたが、父さんの姿はなかった。

 「おはよう、一勢」

 「んー……父さんは?」

 「……仕事よ」

  あ、そうだった! 喧嘩してたんだっけ……

  一晩寝てすっかり忘れていた俺は、うっかり父さんの話題を振ってしまった。まぁ、知らないふりすることにしたからいいんだけど、母さんの声のトーンが少し落ちたことで気が付いた。

  姉ちゃんからじとっと湿った視線を感じる。

  ……仕方ないだろ、忘れてたんだから。

  母さんは父さん以外の家族には、基本的にいつもと変わらないように接している、ように見える。でも、その理由を知っているからか、どこか元気がないように見える気もする。

  この様子じゃ、まだ仲直りしてないか……

  あ、そういえば……こういう問題って、神様ならどの神様に頼めば解決してくれるんだろう? レンカ? いや、でもレンカは恋愛の神様だから関係ないのかな? うーん…………っていうか、やっぱなんでもかんでも神様がなんとかしてくれるなんて、都合よく考えてちゃダメだよなぁ。今までいろいろ助けてもらったけど、それを当たり前だと思ってちゃダメだ。夫婦喧嘩してる家庭なんて家だけじゃないだろうし。

  そうは思ってはみても、思わずため息が漏れた。


  

  外の空気を吸っても、俺が誰かと喧嘩しているわけじゃないのに、なんとなく気分が重い。

  とりあえず、知らないふりも結構疲れるので、早く解決してほしい。

  俺は気分を紛らわせるため、ポケットからイヤホンを取り出し、音楽を聴きながら学校への道のりを歩いた。






 

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