004
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「あ、帰ってきた」
オレとエイザンに気づいたイッセーの手には、何かが握られていた。
「イッセー、なにもらったの?」
「これ……」
イッセーは手に持ったものを広げた。
「スカーフ?」
えんじ色や紫色の花の柄が入った落ち着いた感じのスカーフ。イッセーこんなの持ってたのかな?
「うん……これ、昔ここに来たときに、ばあちゃんが飛ばして無くしたやつ」
「へぇ! でも、よく分かったね」
「いや、柄とかは詳しくは覚えてなかったけど、ばあちゃん結構何にでも名前書いてたから……ほら」
そう言って見せてくれたのは、“天神多恵子”と名前が書かれているスカーフの裏に付いたタグだった。
「ほんとだね。よかったじゃん」
「うん。ばあちゃんはもういないけどさ……すごく気に入ってたみたいだし、帰ったらじいちゃんに渡そうかな」
「きっと喜ぶんじゃない? それにしても、よく見つけたねぇ」
「主らが帰ってしばらくしてから和紗女が見つけたんじゃが、うまいこと木に引っかかってたらしいぞ」
「ごめんなさいね。すぐにでもお返し出来たらよかったんですけど……」
和紗女は頬に手を当て、申し訳なさそうにつぶやいた。その様子を見て、
「あ、いや、ううん! 俺も忘れてたし、まさか出てくるなんて思ってなかったから! あ、えっと、なんていうか、残してくれててうれしかった!」
と、慌てた様子で必死に言葉を探したイッセー。
「今度は無くすなよ」
「うん」
「帰り道で飛ばさないようにね」
「飛ばさないよ!」
「その場合は、スイが取ってやればいいだろう? 私と一緒で羽があるのだから」
「えー。オレ今日ここで羽出す予定ないのにー」
「なんだよ予定って……」
「予定は予定なの……あ、そろそろ帰ろっか?」
オレが時計を見てそう言うと、イッセーはハッとしてから
「え、今何時!?」
と尋ねた。
きっと時間気にしてなかったんだろうな。
「まだ大丈夫だけど、あんまり遅いと春斗たちが心配するでしょ」
「そうだな」
イッセーはホッとした様子で軽く息を吐いた。
「エイザン。和紗女。今日はありがとね」
「おそらく大丈夫じゃろうが、帰り道気をつけろよ」
そう言ったあと、エイザンはオレに目配せをした。エイザンが言わんとすることをなんとなく汲み取ったオレは、軽くうなずいて見せた。
「お気をつけて。また来てくださいね」
「う、うん。ありがとう」
イッセーは和紗女を見上げながら、照れくさそうにお礼を言った。
挨拶を軽く済ませると、エイザンが羽団扇を扇いだ。するとまた塀がなくなり道が出来た。
「一勢!」
二人に手を振り歩き始めると、塀の手前でイッセーの名前を呼んだエイザン。
イッセーが振り返ると、羽団扇を空に向かって上げたエイザンは、
「天辺、取りに来いよ」
と、そう一言イッセーに投げかけた。なんかやたらとかっこいい顔で。
「へ!? ……う、うん?」
イッセーは、おそらく意味は分かっちゃいないが、戸惑いながらも返事を返した。
案の定、塀が塞がったあと、
「つい返事しちゃったけど……さっきのどういう意味だったんだろう?」
と、つぶやいていた。
「いろいろ含まれてるんじゃないかな」
「いろいろ?」
「また来いよとか、言葉のとおり何かで天辺取って来いとか」
あとは……あの場所、取りに来いとかね。それはつまり、イッセーにいつか神に戻れっていう風にも取れる。けど、それは言わないでおこう。
「……分かりにくすぎるだろ」
「でも、なんかエイザンらしくてかっこいいじゃん?」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんだよ。本物のお山の大将だからね」
「ふぅん。そういえばお前、俺と和紗女がスカーフ取りに行ってる間、どこ行ってたんだよ? 戻って来たらいなかったし」
「エイザンの神界だよ。ここよりも山すごいから今度見せてもらうといいよ。人間界みたいに、人の手が加えられてないからね」
「へぇ! じゃあ神界は、大昔のままみたいな感じなんだ?」
「そうだね、当然ながら高速道路なんかないし」
「……だよな」
イッセーはここに来るまでの道を思い出したのか、山の下のほうを眺めていた。オレはその様子を見て、
「和紗女は何か言ってた?」
と、さりげなく話を変えた。
「え……あ、やっぱり俺が小さいときに見たでかい鳥、和紗女だったみたい」
「でしょ? 普通に考えて、ここにそんなに大きな鳥いないからね」
「なんか俺に見えちゃうと思ってなかったらしくて、驚かせてごめんって言ってた」
「ってことは、人間に姿見せないようにしてたのにイッセーに見えちゃったってことか。今のイッセーになら、人間に姿隠してても見えるけど、まだ小さいときは見えてなかったはずなのに、なんでだろう? 展望台のレンズ越しだったからかな?」
「さぁな。でもそんなに怖くなかったし、別にいいんだけどさ」
「そっか。子供ってわりと感の強い子もいるから、何かの拍子に見えちゃったのかもしれないね。ま、そうじゃなくても、イッセーなんて特に関わり深いわけだし、見えても不思議じゃないけど」
「それはなんか否定できないかも。赤ん坊のときはなんか見えてたみたいだし」
「でしょ?」
オレが隣で含み笑いを浮かべると、イッセーは歩きながら拗ねたような横目でこっちを見たが、目が合うとフイッとそらした。
足場の悪い山道を抜け、もうすぐ春斗とサキのいる場所に着くというところで、
「あー! やっと帰ってきた!!」
と、春斗の声が山に響いた。
「ごめんごめん。思いのほか遅くなっちゃった」
「どこまで散歩行ってたんだよー。なかなか戻ってこねーし、携帯繋がんねーし、遭難したかと思っただろー?」
「遭難って……」
イッセーはそうつぶやきながら、受け取ってきたスカーフを素早くカバンに詰め込んだ。
「ちょっと遠くまで行きすぎちゃってさ」
「気を付けろよーまったく…………ん!?」
何かに反応した春斗は、イッセーに近寄り鼻をクンクンさせながら制服の匂いを嗅ぎ始めた。
あ、言うの忘れてた…………ま、いっか。
「なっ、なんだよ?」
「…………なんか、女子みてーな匂いがする」
「はぁ!?」
「イッセーお前……もしかして、女子と一緒にいた!?」
「……そ、そんなわけないだろ!?」
一瞬、間があったけど、和紗女のこと思い出したのかな。接触した人物の中で、女は和紗女だけだしね。でも匂いの正体を知っているオレは、和紗女ではないと断言出来る。
「オレ一緒にいたけど、女子なんて来なかったよ?」
「あ、スイは匂わない!」
フォローを入れると、今度はオレに近寄り、匂いを嗅ぎ始めた春斗。
イッセーは自分の制服の匂いを自分で嗅いで確認しているが、春斗の言う匂いが確認出来なかったようで首をかしげている。
「イッセー、香水とか付けた?」
「付けてねーよ!」
「違う。生花だ」
イッセーの近くにいたサキが、唐突にぼそりとつぶやいた。
「「生花?」」
イッセーと春斗は声をそろえて首をかしげた。
「造花じゃなくて、本物の花ってことだよ」
「ふーん。ってことはイッセー。花畑にでも行ってきたのか?」
「行ってない!」
「んじゃあ、なんで一人だけ花の匂いプンプンさせてんだよー」
「そんなの俺が知りたいわ!」
……うん。その匂いにもちゃんと理由があるんだよ。春斗とサキもいるし、ここでは言えないけど。
遠足の翌日の朝、どことなく冴えない顔をしているイッセーと学校に向かっている。
「昨日、おばあさんのスカーフ渡したの?」
「え、うん。みんなすごいびっくりしてた。母さんは、ご縁があって呼ばれたのねって言ってたし、じいちゃんはうれしそうだった」
「よかったね。でも、そのわりにイッセーがあんまりうれしくなさそうなのは、何でなの?」
「もちろん、スカーフの件は俺もよかったと思ってるよ」
「じゃあ、何の件がよくないの?」
なんとなく想像はつくけど。
「……昨日、春斗が言ってた匂い……あれ、昨日より匂ってるかも」
そうだろうね。
イッセーが気にしていたことは、オレの想像どおりだった。
「なんで昨日より匂うって思ったの?」
「俺は全然分かんないんだけど、今日の朝、家族全員に言われた。しかもなんか俺の部屋自体に花の匂い充満してるみたいでさ。母さんは花好きだし、いい匂いだからいいじゃないなんて呑気に言ってたけど、身に覚えないのにあんまり言われるから気味悪いだろ?」
気味悪いって、ひどいなぁ。悪いものじゃないのに。でもイッセーは知らないから仕方ないか。
「んーと……イッセーさ、昨日スカーフってどこに取りに行ったの?」
「あんまり人が来なさそうな……山道からちょっと外れたとこに小さな家みたいになってる屋敷? があって、そこにスカーフ保管してくれてたみたい」
「ああ、それは山の中にある分社だね。今はほとんど人は来ないし、そこに置いてたんだ」
「まさか……そこが関係してるのか?」
「違うよ。そこ行くまでには何もなかった?」
「えーっと…………あ。なんか小さい神社みたいな社があったかも!」
「それだよ」
「えっ!? でも何もいなかったけど……」
「匂い付けてくるってことは、多分どこかにいたんじゃないかな。言ってなかったけど、羽舞神山にいるは、山の神だけじゃないんだよね」
「お前っ……なんで今それ言うんだよ!」
「えー、だって出てくると思ったんだもん。で、結局出てこなかったなーと思ってたら、本人現れてないのにイッセー匂いだけ付けてくるし」
「それって……!」
イッセーは自分の背後や周りをきょろきょろと確認している。
「今ここにはいないよ」
「なんだ……っていうか、何の神様なんだよ!?」
「そのうち会えるよ。なんかイッセーにしてほしいことがあるみたいだからね」
「してほしいことって……それ、俺に出来ることなのか!?」
「出来るんじゃない?」
「なにその適当な感じっ!」
学校に着いてからイッセーは、「あ、まだ昨日みたいな匂いしてる!」と春斗に言われるだけでなく、クラスの女子にも「天神君、なんかいい匂いする」などと言われて焦っていた。
というか、あんだけ匂い漂わせてんのに、何の神なのか気づかないなんて……どうなってんだろう、イッセーの思考回路。
仮に鋭すぎたとしても困るけど、イッセーの鈍感さはここまで来るとある意味、見事なもんだ。
と、思わず静かに口の端が上がってしまうほどの鈍さを発揮してくれている。
でも……考えようによっちゃ、だからこそオレがここにいるのかもしれない、とも思うわけで。
オレにとってイッセーは今も昔も同じなんだけど、中身は前世と違うところがまた面白い。




