002
002
「俺、ここ来たことあるかも」
学年全体で集まり、注意事項などの話が終わったあと、境内を見回したイッセーがつぶやいた。
「何か思い出したの?」
「あれ……見た覚えがある」
あれ、と言ってイッセーが指をさした先には、何台か展望台があった。
「展望台?」
「うん。すげーでかい鳥みたいなのが飛んでんのが見えたんだけどさ、じいちゃんもばあちゃんもそんなのどこにも見えないって言ってた覚えがある」
「今でも覚えてるってことは、相当インパクトあったんだね。そんなにでかかったんだ?」
「他の鳥とは比べ物ならないレベルででかかったぞ、あれは」
「山だからね。普段は見ない鳥とか動物もいるかもしれないよね」
でもオレが推測するに、たぶんそれは鳥じゃないと思うけど。
「なーイッセー! スイ! あれ見に行ってみようぜ!」
何かないかと境内をきょろきょろと見回していた春斗が、展望台を発見したらしい。
展望台に行ってみると、生徒たちで賑わっていた。
「肉眼で見ても綺麗だね」
「おー! たしかに! 俺らって、いっつもこの景色の下のほうで生活してんだな。そう考えると世界って縦にも広いっていうか、不思議だよなー」
春斗は景色を見渡して、感慨深げにそう言いながら、二、三回うなずいた。
正直、空を飛べるオレからしたらめずらしい景色でもなかったけど、展望台から見える景色は少し新鮮だった。
ひととおり展望台から見える景色を堪能したあとは、特にやることもなく、なんとなく境内を歩いていると、今度は大きな岩が姿を現した。少し離れた場所からでも、天を仰がなければ岩の全貌を視界に収められない。この岩の付近にも式神が何体かいて、イッセーは一瞬動きを止めたが、式神だということは一応分かっているからか、そのあとは何事もなかったかのように振る舞っている。
「「うわ、でっか」」
岩を見上げるなり、イッセーと春斗は声をそろえた。
「すげー! お、看板になんか書いてある!」
春斗は岩の説明が書かれている看板の前まで行き、看板に書かれていることを読み始めた。
「えーっと、なになに? “天狗岩。その昔、追い詰められた天狗が岩に化けた際、そのまま封印されてしまい、その形を留めていると言い伝えられており、その強大な力ごと封印された天狗の御魂を鎮めるため、この地で大切に祀られている。また、神通力の宿る岩としても信仰を集めている”だって!」
「へぇ。言われてみれば、ちょっと天狗っぽい形してるかも」
「ほんとだ! あの出っ張ってるとこ鼻っぽいよな! ってか、この岩登ったらもっといい景色見えそうだなー」
「危ない」
「サキの言うとおりだよ。危ないし、そもそも注連縄とかしてある岩に登っちゃだめだよ?」
「わーかってるって! そりゃあ、登れるんなら登りたいけど、あきらかに無理っしょコレは。どう登っても上まで行ける気しねぇし!」
「お前……一応登るシュミレーションはしてたのかよ」
「まぁな!」
若干呆れ顔のイッセーとは対照的に、春斗は自慢げに返事を返した。かと思えば、
「あ。そろそろ腹減ってきたし、飯食おうぜー!」
と、コロッと話を変えた春斗。
特に何をするわけでもなくそぞろ歩きをしていても、春斗がいると、ある意味スムーズに物事が運ぶような気がする。
人気が少なくて落ち着いている場所を探していると、ちょうどいい場所が見つかり、そこに腰を落ち着けることにした。平らな岩が机代わりになっていて、その周りにあった木を切って残った部分を椅子に見立ててある。
「スイなにそれ! すっげーじゃん! お前ん家、料理人でも雇ってんの!?」
「いや、そんなんじゃないけどね。一人でこんなに食べきれないから、春斗もサキも好きなの食べていいよ」
「マジで!? じゃあ俺、これもーらおっ!」
春斗は美味しそうにエビフライを頬張った。
「……スイ。これって、もしかして……」
イッセーは目の前に広げられた重箱を見ながら、小さな声でつぶやいた。
「あ、分かった? これミコトが作ってくれたんだよ」
「やっぱり。なんとなく、今日お前のカバンいつもより膨らんでんなとは思ってたけど、これだったのか。俺はてっきり、また女子になんかもらったのかと思ってたよ」
「どこで誰に聞いたのか分かんないけど、今日の朝、張り切って届けにきてくれてさ。だから食べてあげてね。『ぜひ感想を聞いてきてくれたまえ!』って言ってたからね」
「……感想って言われても……美味しいに決まってんじゃん。料理の神様なんだし」
なんてうんざりしたような顔をしながらも、ミコトが作ったお弁当に箸を付けたイッセー。一口食べると、やはり美味しかったようで、感動したことを隠しているつもりだろうけど顔ににじみ出ていて、隠しきれてはいない。
でも、ここでそのことをちゃかすとスネて意地張りそうだから黙っておこう。
それにしても、これ……前日くらいから仕込んでたような手の込んだものもあるし、おそらく栄養バランスも完璧だろうし、見栄えも芸術作品みたいだし……だいぶ気合い入れて作ってきたんだろうな。これ食べ始めてからみんな無言だし、どのお弁当より先に無くなってしまった。
「あー食った食った! つーか、スイのめっちゃうまかった! ありがとなー!」
「どういたしまして。って言っても、作ったのオレじゃないんだけどね」
「まだ三時間くらい時間あるな」
「じゃ、食後の運動だな!」
春斗はカバンからグローブとボールを出し、それを見たサキもグローブを出した。
「キャッチボール?」
「おう! イッセーとスイもやる?」
「オレ食べ過ぎてお腹重いから、ちょっと散歩してこよっかなー? でも一人じゃ暇だから、イッセーも来てよ」
そう言ってイッセーに目くばせすると、さすがに意図に気が付いたみたいで、ハッとした表情を浮かべあと、
「っ! うん、分かった」
と、平静を装って返事を返した。
「そっか! んじゃ、気を付けてなー!」
「二人も気を付けてね。あと春斗は、ボール無くさないようにね」
「なんで俺だけなんだよ!?」
「ごめんごめん。冗談だよ。じゃあ、またあとでね」
春斗とサキに手を振り、イッセーとオレは散歩と称し歩き始めた。
「ここにもグローブ持って来てるなんて、二人ともさすが野球部だね」
「そうだな」
「イッセーもキャッチボールに参加したかった?」
「いや、別に」
「ふぅん。イッセーって野球はやったことないの?」
「一応あるよ。小学生のとき、ちょっとだけだけどな」
「ふぅん」
「それよりスイ。これ……ただの散歩じゃないんだろ? どこ行くんだよ?」
イッセーは疑いの眼差しで、目を左右させながら前方を見ていた。
人がせっかく緊張をほぐしてあげようと思って、関係ない話題振ってたのに、気が早いんだから。
「お社の裏だよ」
「お社の裏?」
「そ。鳥居くぐってすぐ前方に見えた大きなお社があったでしょ? あれがここの神社の主祭神のお社だよ」
「ああ、うん。っていうか、主祭神? 式神のことは、前にちらっと聞いたの少し思い出したけど、神界じゃなくてここに神様いるのか?」
「いるよ。毎日じゃないけどね」
「……何の神様?」
「山の神。まぁ、山って言ってもいっぱいあるから、式神だけ置いて他のとこ行ってる可能性もあるし、今日ここにいるかどうかは分からないけど」
なんて……たぶんいるから、連れて来たんだけどね。
「山? 山に神様っていたんだ」
「当たり前だよ。木の神がいるんだから、山に神がいても別に不思議じゃないでしょ?」
「そうだけど…………どこにでも、っていうか何にでもいるんだな、神様って」
「そうだよ? むしろ神が宿ってないもの探すほうが難しいかもね。八百万の神様って言葉、聞いたことない?」
「あるけど、意味なんて深く考えてなかった」
「だろうねぇ。だから、神社に神がいるっていう考えもなかったわけだ。ま、いつもイッセーは、神界や神社以外のところで神たちに会うこと多かったし、仕方ないか」
オレがわざとため息を漏らすと、
「……うるさいな。今まで全然知らなかったこと教えてもらっても、全部は覚えきれないんだよ」
と、ふれくされた様子で顔をそらし、地面を踏みしめて歩き出した。
「あ、その分かれ道は右だよ」
「っていうか、ここって入っていいとこなのか? やたら足場悪いけど」
言うとおり足場の悪い道を、ときおり両腕でバランスを取りながら足を進めているイッセー。
「入っていいかダメかと聞かれたらダメだけど、オレたちはいいんだよ」
「なんだよそれ」
イッセーは足場に気を取られているみたいだが、もうお社が見え始めた。
…………そろそろ、かな?
そう思っていると、全身を撫でるような風がお社から吹いてきた。
「おい、小僧」
オレの予想どおり、お出ましになられたみたいだ。
突然響いた第三者の声に足を止めたイッセーは、きょろきょろと辺りを見回している。
「こっちだぞ」
その声と同時にまた風が吹き、お社を囲んでいる塀が一部だけ無くなり、お社まで一直線に歩きやすいキレイな道が出来た。
「えっ!?」
驚いたイッセーは、その道を目でたどって目を見開いた。
その先にいたのは、お社の外廊下で胡坐をかいている着物姿の男。
オレも人のこと言えないけど、相変わらず緩い着物の着方だなぁ。いや、でも確実にオレより緩い。引っ張ったら肌蹴そう、っていうかもうすでに胸元見えてるし。羽織り羽織ってるからまだいいけど、いい着物なんだからもうちょっとちゃんと着ればいいのに。顔も整ってて、人間界にいればキャーキャー言われるタイプの顔なんだし。
俺がその男を見て一人そんなことを思っていると、
「スイ、あの人……」
と、イッセーがつぶやいた声が聞こえた。
「彼が山の神だよ」
「うん。神玉見えてるからそうじゃないかと思ってた」
「あれはファントムクォーツって呼ばれる石でね。近くで見ると神秘的でキレイな石だよ」
キレイな道を進み塀を越えると、塀も道も元通りに戻っていった。
「我が名はエイザン。よく来たな。主の名は一勢といったか?」
イッセーとオレがお社に近づくと、体勢はそのままに自己紹介を始めたエイザン。
「え、はい」
「この山に来るのは二度目だろう?」
「なんで……」
なんで知ってるんだ、と言わんばかりの表情を浮かべたイッセー。
「……そうか。あのときはまだ、主にワシの姿は見えなんだから知らんのか」
エイザンは何か考えるように、顎に手をやった。
「そうじゃのぅ…………一勢、何か望むものはあるか? 再会の祝いだ、遠慮せんでいいぞ?」
「え、あの……いや、特には……」
イッセーはチラッとオレのほうを見てから、戸惑いながらもそう答えた。
「んんー…………なら!」
エイザンは、床に置いていた大きな黒い羽根が扇型に広がった羽団扇を持ち上げ、
「山、動かしてやろうか?」
と、羽団扇をイッセーに向けた。
イッセーはオレのほう向き、その後ろにある山々を見て、
「山を動かす? …………っ! もしかして噴火するとか!?」
と、自分なりに答えを導き出した。間違ってるけど。
「この山は噴火しないよ」
「なんだ、よかった」
イッセーはホッとして息を吐いた。
「だけどきっと、みんな帰れなくなるくらいの騒ぎにはなるけどね」
「えぇ!? それ先に言えよ! いい! いいよ、山動かさなくても!」
イッセーは、慌てて手を左右に振った。
「そうか?」
「だ、大丈夫です!」
エイザンはいつもどおりを装ってるけど、ほんとはイッセーに自分のことが見えて、声が聞こえて言葉を交わせることがうれしいんだろうな。じゃなきゃ、山動かしてやるなんて言わないだろうし。
楽しそうに他愛のない質問を投げかけるエイザンと、それに答えるイッセーを見ていると、自然と口元に弧を描いていた。




