006
006
日も沈みかけて来たころ、姉ちゃんの友人らしき女の人が二人来店した。姉ちゃんが俺のことを弟だと紹介すると、
「パッと見似てなさそうに見えるけど、ちょっと似てるとこもあるよね」
「えーそう? 弟のほうが可愛いんじゃない?」
「あー! そういうこと言う!?」
友人二人は様々な反応を見せ、姉ちゃんは友人の発言にムキになって返した。
「で、例のイケメン君はまだいるの?」
「たしか、弟君の友だちなんだよね?」
「ふっふっふ……二人とも驚くでないぞ」
……なにキャラだよ。っていうか、もったいぶらなくてもあっちにいるだろうが。
「あたし、よほどのイケメンじゃないと驚かないわよ?」
「よほどのイケメンだから安心して!」
なんでそんな得意気なんだよ。そして何を安心するんだ。
「……ねぇ、もしかしてあの子?」
そうこう話しているうちに、姉ちゃんの友人の一人がスイの存在に気が付いた。
「うん! そうだよっ! イケメンでしょー?」
「やっぱり! なかなかいないレベルのイケメンだと思ったら!」
「え、どれどれ…………っ! あれはやばいわ! なにあの子! ハンパなくイケメンじゃないのよ!」
よほどのイケメンじゃないと、なんて言っていた友人も驚愕を顔に浮かべた。
学校でもそうだけど、やっぱりここでもスイは目立つ。現に、この店に来店していてスイに話しかけたり、店の外からスイを見つけて色めきだっていた女の人が何人もいた。
スイは近くの席に座った姉ちゃんの友人たちと、二杯目の抹茶オレを飲みながら、さわやかな笑顔で談笑している。
「おー! ほんとにバイトしてたっ!!」
お客さんが帰ったあとの席の片づけをしていると、背後からめちゃめちゃ聞き覚えのある声が聞こえた。しかしその声の人物がここにいるはずがないと、びっくりして勢いよく振り向くと、
「春斗っ! しかもサキまで!」
やはり、思った通りのヤツがそこにいた。
「よーっす!」
「いや、なにしてんだよ!」
「え? 俺ら今日イッセーがバイトしてるって、スイに教えてもらったんだよ! だから練習終わってから来た!」
春斗が携帯を片手にそう言うと、少女漫画片手に無言でうなずくサキ。
もしかして、スイが待ち合わせしてたのって………………
スイのほうを見ると、したり顔の横でピースサインを作ったスイが目に入った。
誰が来るのかと、いろんな想定をしてた俺がバカみたいだ。来たのが春斗とサキでホッとした反面、出し抜かれたような気分になって、スイにうらめしげな視線を送った。
「あー腹へったー! なに食おっかなー」
「二人とも、部活お疲れ様」
「おー! 待たせてごめんなー! うおっ、何このメニュー名! おもしれー!」
春斗とサキはスイと同じテーブルに座り、春斗は姉ちゃんの友人たちとも瞬く間に打ち解けたようで、何やら盛り上がっている。
アイツ、ほんと年上のお姉さん好きだな。
だいぶ閑散としてきた店内の一角に、従業員の知り合いが固まっているような状態だ。それでもお客さんには変わりないが、だいぶ気が楽になってきた。
「ねぇ、一勢! はるちゃんと一緒に来た子もお友達?」
美也子さんと何やら話していた姉ちゃんが振り返り、グラスを拭いていた俺に唐突に尋ねてきた。
「うん。サキは二年からクラス一緒になった」
「サキって女の子みたいな名前だねぇ!」
「本名は高崎だよ。サキは野球部で付けられたあだ名みたい」
「ふぅん。だって! 美也子さん!」
……なんで美也子さん?
「男子高校生が三人、うち二人は野球部……うん、ちょうどよかった」
そうつぶやいた美也子さんは、俺がお昼に食べたものと同じカレーライスを三つドンと並べた。しかも、当然のように大盛りだ。
「今日、作りすぎて余ったから特別サービスな」
あいつらパフェ頼んでなかったっけ? それなのに、いきなりカレーが出てきたらびっくりするんじゃないだろうか?
姉ちゃんがカレー二皿、俺がカレー一皿とサラダの乗ったお盆を持ち、男子高校生三人のもとへ向かった。男子高校生のうち一人は、高校生どころか人間じゃないんだけどな、なんてひそかに思いながら。
「ねぇねぇ、はるちゃんたちー」
「っ! 五十鈴さんっ! お邪魔してるっす!」
「ふふふ。いらっしゃいませー! あ、これキッチンの美也子さんからのサービスなんだけど、食べれるー?」
「え! いいんすか!?」
「うん! 食べて食べてー」
カレーとサラダとテーブルに置き、しばらくしてパフェを持って行ったときには、すでに空になったカレー皿が置かれていた。
「さすが、よく食うな」
「オレのも少しあげたんだけど、二人ともすごいよね」
スイは二人の食べっぷりを微笑ましく見ていた。
「これくらいよゆーよゆー! なー、サキ!」
春斗に同意を求められたサキは、また無言でうなずいた。そして二人とも注文したパフェも美味しそうに食べている。
この感じだと、家帰って普通に夕飯も食べるんだろうな。
俺は二人を見ているだけで、お腹がいっぱいになりそうだ。
食べるだけ食べ、喋るだけ喋ると、
「じゃ、また学校でなー! がんばれよー!」
「いった!」
「……ごちそうさま」
「じゃあまたねー」
と、春斗は俺の背中を叩き、サキとスイは軽く手を上げ帰っていった。
それから二時間ほど経った午後八時半。ラストオーダーの時間を迎えるころにはお客さんも誰もいなくなっていた。夜の喫茶店は落ち着いた雰囲気で、来る客さんも静かな人が多かった。
お店の閉め作業の最中、俺は店の外の『open』の札を『close』に変えに行ったのだが、そのときあることにふと気が付いた。
そういえば、ホウトクと高恩どこ行ったんだろう? 帰ったのかな? それともまたスタッフルームに入り込んでたりして……
店内に戻り見回してみても姿は確認出来ない。
作業が終わり、姉ちゃんと早見さんと一つのテーブルを囲み、ひと息ついていると、
「みんなお疲れ様。一勢君はいきなり慣れないことして大変だったと思うけど、助かったよ。ありがとう」
と、隣のテーブルに書類を広げていた店長に声をかけられた。
「え、いえ……」
「これ、食ってっていーぞ」
キッチンから出てきた美也子さんは、テーブルにサンドウィッチやケーキなどを並べ、そのまま近くの椅子に腰かけた。
閉店後の店内に従業員が集結したわけだが……あれだけ忙しい時間もあったのに、今日この人数でやってたんだ、と思うとなんだか達成感にも似た感慨深いものがある。
「今日もいろいろなことがあったねぇ」
みんながサンドウィッチなどをつまんでいると、店長が何かを書きながら、ぽつりとつぶやいた。
「だからやめられないんだよ、この仕事は」
「……え?」
「このお店はね、最初は違う場所にあって、もっとこじんまりしたお店だったんだよ。それがうまくいったもんだから、若気の至りってやつかな……もっと店を大きくしてやろうっていう野望が出てきて、このお店を作ったんだ。このお店の広さが、その当時の僕の欲の大きさで、あわよくばあと何店舗か開きたいとも思っていた。当時は本当に、儲けることばかり考えてたよ。だけどね、ここに来てしばらくして変わったんだ。いや、変わったというより、初心を思い出したというほうがしっくりくるかな。ここに来てくれるお客さんが、僕の淹れるコーヒーが美味しいと通ってくれるようになったり、話をしているうちに仲良くなったり、ときにはこの店で、いろんなドラマが生まれたりね。そんな中、他愛のないことの積み重ねでも、それが楽しいと思えるようになってきてね…………儲けは生活出来る範囲で、そこそこでいいかな、って思えるようになったんだ」
「……そうだったんですか」
「しみじみと語ってしまって悪かったね。今日は、君が来てくれたおかげで楽しかったからつい、ね」
「店長ーそれもう耳タコっすー」
「私ももう何回か聞きましたよー」
美也子さんと姉ちゃんはわざとらしくそうツッコミを入れ、早見さんは苦笑いを浮かべていた。そんなツッコミが入っても店長は、
「そうだったかい? 僕も歳かなー?」
なんて、おどけていた。
「店長、いい人でしょー?」
帰り道、俺の隣を歩く姉ちゃんが話を切り出した。
「うん」
「たまーに今日みたいないやーなお客さんも来るけど、最初にバイトしたのがあそこでよかったと思うもん! 店長も美也子さんもいい日人だし、バイトの子たちもみんな仲良いし!」
「ふぅん」
「だから、何かあったらちょっとでも力になりたいなーって思って、一勢にバイトお願いしたんだけどさ……慣れない仕事のうえに、クレーマー来ちゃって嫌な思いさせたし、ごめんね?」
「いや、別にいいけど……」
なんか、姉ちゃんにしんみり謝られると気持ち悪い。
「あっ! コンビニ寄ろう!」
と、思ったらいきなり話変わったし。切り替え早っ。
コンビニから出ると、姉ちゃんは俺にチョコをくれた。
そういえば今日の朝、なんかお菓子買ってあげるたらなんたら言ってたな。でも俺は見た。姉ちゃんの持っている袋には、俺にくれた普通のチョコではなく、おそらく自分用であろう、お菓子にしては高級なチョコが入っているのを。まぁ、俺はそこまでチョコ好きじゃないし、別にいいけど。
家に着くと姉ちゃんとリビングに入ったが、俺はお茶を飲んですぐ自室へ向かった。やっぱり自分の家が一番落ち着く。その安堵感からか、部屋のドアを開ける前にため息が漏れた。
「「兄貴ー!!」」
「ぅえっ!?」
ドアを開けると声と同時に真っ先に目に飛び込んできたのは、二人並んで正座をしているホウトクと高恩。驚いて思わず声が出てしまった。
いなくなったとは思ってたけど、まさか俺の部屋にいたとは……
「申し訳ございやせん、兄貴ー!」
「申し訳ございやせん!」
ホウトクと高恩は突然頭を下げた。
「は? え、ちょっと、なんで謝ってんの!?」
「よかれと思い客を呼び込んだがために、あんなおかしな人間を呼び寄せてしまい……結果、兄貴に迷惑をかけ……合わせる顔がないと……本当になんとお詫びすれば良いのか……」
「なんとお詫びすれば良いのか……」
「かくなる上はっ!」
「かくなる上はっ!」
そう言って、着物の懐に手を入れた二人。
「ちょ、ストップストップ!! 俺、別に怒ってないし、迷惑だとも思ってないから、お詫びなんて必要ないっていうか……」
っていうか、何しようとしてたんだこの二人!
「「…………兄貴ー!!!!」」
ホウトクと高恩は涙目で叫んだ。
「なんて心の広いお方!! 一生付いて行くでやんす!!」
「一生付いて行くでやんす!!」
「いちいち大げさだよ! っていうか、もうちょい静かにして」
これ収集付くのかな、と漠然とした不安がよぎる中、
「おー、やってるねー」
今度は窓から着物姿のスイが入ってきた。
「お前はまたそんなとこからっ!」
「二人を迎えに来たんだから大目に見てよねー」
「「スイの兄貴っ!」」
「さ、イッセーも今日は疲れただろうし、話もそこそこにして帰ろっか」
「そうでやんすね! では兄貴っ! またお会いしましょう!!」
「またお会いしましょう!!」
「あー、うん。またな」
俺は二人の背中に向かって「今日は二人が来てくれてよかったよ。ありがと」と小さくつぶやいた。そして、やっと安堵のため息を吐けた。
店長の話を聞いても俺にはまだ商売のことなんてよく分からないけど、儲けりゃそれでいいって話でもないのかな? と思ったのと同時に、大変だったけどああいう人のお店がお客さんでいっぱいになるのは、素直にうれしいことだとも思えた。それに気づいて、そう思えたのはきっと二人のおかげだ。
俺は疲れたけどどこかスッキリした気分で、お風呂に入るのも忘れ、そのまま眠りについてしまった。




