004
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「ん? なんか騒がしくなったね。有名人でも来たのかな?」
店長もな店内の空気を察したみたいだ。長年お店をやってきて培われた感だろうか。
「あー、はい。そうですね」
俺はなぜだか少し、現実逃避をしたくなった。
ウン。そうだ、芸能人が来たって可能性もあるよな……
そう思い込もうとしたのも束の間、
「一勢!」
と、俺の名前を軽く叫びながら、姉ちゃんが入ってきた。
「なんだよ、うるさいな」
「スイ君が来たんだよー! 相変わらずかっこよかった!」
現実逃避する前に現実を突きつけられた。
まぁ、なんとなくアイツじゃないかって分かってはいたけど……
「友達にイケメン来てるって教えてあーげよっと! あ! 一勢! 私は今から休憩だから、代わりにしばらくゆっくりしててねってスイ君に言っといてね!」
なんで俺が……自分で言え!
と、思ったときには時すでに遅し。姉ちゃんは早々と休憩に入ったようで姿が見えなくなっていた。
俺はため息を一つこぼし、ホールに戻ってみると、こっちに向かって爽やかな笑みで、ヒラヒラと手を振るイケメンの姿。
「…………お前、なにしてんだよ」
スイが座って7いるのは、お店の隅のほうの席だが、周りに聞こえないよう、比較的小さな声で話しかけた。
「オレ、カフェラテ一つね」
「そんで、なにさりげなく注文してんだ」
「えー、だって何か面白そうだなーと思って」
「面白くねーよ。っていうか、一人で来たのか?」
「そうだよ。誰か呼んだほうがよかった?」
「呼ばなくていい……」
スイが呼んでくる人なんて……人なのかどうかもあやしいし。
「そうそう! ホウトクと高恩来た?」
「ああ、うん。ついさっきいきなり現れたぞ」
「ふぅん? それにしては落ち着いてんね」
スイは店内を見回した。
「ランチのときは一時、結構すごいことになってたけどな。どうやら二人のおかげで、いつになく繁盛してたみたいだけど、俺初心者だし、従業員少ないし、今日はおとなしくしててって言った」
「ああ、なるほどね…………でも、おとなしくしてるかなー?」
「え?」
なるほどね、と言ったあとにスイがつぶやいた一言は、ベルの音に紛れてちゃんと聞き取れなかった。
「なんでもないよ。ほら、仕事仕事!」
スイは怪訝な顔をする俺を笑顔で見送った。
本当にたいしたことではないのかもしれないが、俺としては何かをごまかされた気分だ。
「休日の午後は気を付けろ」と言われていたが、お姉さん二人とスイの登場以外はしばらく何もなくて油断していたところに、またやってきた。
それは、俺が対応した一組のカップルに起きた。
最初からカップルにしては、あんまり楽しげな表情ではないな、と思っていたのだが、本当に楽しくなかったようだ。
飲み物だけを注文したそのカップルに、飲み物を届けたあと、伝票を置いてくるのを忘れて置きに行こうとしたら、どこからか金切り声のような声が聞こえた。来店している子供の機嫌でも悪くなったのだろうと思っていたが、よくよく店内を見回し確認してみると、その声の主は子供ではなく、さっきのカップルの女の人のほうだった。周りの視線を独り占め状態だ。びっくりしている人や心配そうにちらちらと見ている人もいれば、面白そうにまじまじと見ている人もいる。
俺は、その席の伝票を持っている手を思わず二度見してしまった。当然ながら、何回みてもその席の伝票だ。
近寄りたくないけど、これを置いてこなきゃいけない。
俺はそっと近づき、
「こちらに伝票置かせていただきます」
と、聞こえるか聞こえないかくらいの小声でつぶやき、さりげなくテーブルの隅に置いた。そして速やかに帰る予定だったのだが、
「ねぇ!! どう思う!? この男、「もうしない」って散々言ってたのに、また女作ってんのよ!? それも一回や二回じゃないの!! 同じ男として最低だと思うでしょう!?」
……絡まれた!!
「ちょ、お前! ガキに同意求めてんじゃねーよ!」
「あんただってガキじゃないの!」
「ふざけんな!」
「こっちのセリフだわ! あんたがふざけてんじゃないわよ!!」
絡まれた上にスルーされた。
どうしよう……俺、帰っていいかな……
俺が一人、身動きが取れずにいると、
「ちょっとアンタたちぃ! お店中に丸聞こえよぉー?」
「一旦、落ち着いたらどーお?」
と、近くの席にいたハスキーな声のお姉さんたちが、仲裁に入ってくれた。
カップルの男の人は「げ、オカマ」と顔をしかめたが、「誰がオカマよ! 表出な!」と、素の声になったお姉さんたちの威圧感に負けたようで、青ざめた顔をしている。
「今のうちに戻りなさい」
小声で俺にそう言ったお姉さんたちは、俺に向かってウインクを飛ばした。
ありがとう! そしてごめんなさい。俺も内心、オカマだと思ってました!
俺は密かに敬意を込めた会釈をして、その場をあとにした。
「大変だったねぇ。ああいう場合はね、一言僕に言ってくれたら接客代わるし、伝票くらいなら後でもよかったのに」
「……はい」
店長ー! それ、先に言っといてほしかったっす……
「ありゃあ、フォローしに行ったヤツまで絡まれそうな勢いだし、あの二人が適任だなー」
美也子さんは、キッチンのガラス窓からホールを見て冷静につぶやいた。
「ぷくく! 休憩から戻ってきてみれば、まさかいきなり絡まれてるなんて……! マリアンさんとツヤ子さんが居てくれてよかったねぇ! ぷくくく!」
お前はなに笑ってんだ、クソ姉貴!
っていうか、あのお姉さんたちの名前……統一感がまるでないし、一体どっちがどっちなんだろう。
スイのところにカフェラテを運ぶと、
「おつかれー。さっきは大変だったね」
なんて言ってはいるが、笑い声を耐えるような顔で笑っているスイに、
「他人事だとおもって」
と、ため息まじりにつぶやきながら、カフェラテをテーブルに置いた。
「いやー、助けに行ってあげてもよかったんだけど、オレが行くと余計ややこしくなるかなーって思って」
「……なんでだよ?」
「オレ、あのお兄さんよりイケメンだし、気を悪くしちゃうかもしれないでしょ」
「うわー。お前、それ自分で言っちゃう?」
「何か問題でも?」
「あー……はいはい」
スイの作ったような綺麗な笑顔はちょっとムカつくけど、言っていることはたしかだ。
「でも、もう帰ったみたいだよ。とりあえずは落ち着いたみたいだね」
「え? 帰ったんだ?」
スイの言うとおり、喧嘩していたカップルが座っていたテーブルには、カップが二つポツンと取り残されていた。店内も落ち着きを取り戻している。俺はさっき絡まれた記憶も蘇り、余計にホッと胸を撫で下ろしたい気分だ。
「……あれ? なんかちょっとお客さん増えてきたかも?」
空席はあるが、お客さんで埋まった席が少しだけ増えてきたように見える。気のせいかな?
「じゃ、オレはここでこれ飲みながらゆっくりしてるから、がんばってね」
スイはカップを手に取り、もう片方の手で小さく手を振った。
お客さんが少し増えたかと思えば、そのうちに、ひっきりなしにお客さんが来店するようになってきた。
「ひゃー、なんかまたすごい人になってきたー! いつもこんなじゃないのにー!」
「そうだね。みんな休憩終わったあとでよかったけど……」
姉ちゃんと早見さんも、店内を見て目を丸くして驚いているが、俺には思い当たる節が一つある。
しかし店内を見回しても、その原因となっているであろうヤツらが見当たらない。
「あ! 外もちょっと並びだしちゃったから、イス出して来る!」
そう言って、小走りで店の入り口に行った姉ちゃんを目で追うと、あきらかに景観に合わないヤツが一人居た。
そういえば、俺が休憩入る前、外に居たって言ってたような……
服の感じからして、ホウトクだろうけど、何か大きな箒のようなものを前後に振っていた。あんなのさっきは見なかったはずだけど、どこに隠し持ってたんだろう?
イブキと同じく箒を逆さまに持ってはいるが、イブキのが箒とは違い、箒の先のほうが横に広がっていて、何やら派手な装飾が施されている。
やっぱアイツの仕業だったのか! おとなしくしてろって言ったのに。そんでもう一人はどこに居るんだ!
高恩の姿を探していると、お店の前の通りをお店に向かって歩いてきた高恩が見えた。その後ろには、たくさん人を引き連れていて、その人たちはみんなお店の前に並び始めた。
なにあれ!!
「一勢君、これお願い出来るかな?」
「あっ! はい!」
店長から料理の乗ったお盆を受け取り、ホールに出ると、そこから休む間もなく、店内を動き回ることになった。
忙しい中、少し間ができた隙に、優雅にカフェオレを飲んでいるスイのところへ行き、
「何してんの! あの二人!」
と、俺がお店の入り口を指で指さすと、ちらっとその先を見てカップを置いたスイ。
「ホウトクは熊手を振ってお客さんを集めてて、高恩はお客さんを連れてきてるんだよ」
「はぁ!?」
「ホウトクが持ってる熊手は、縁起物で知られてるけど、その人にとって良いものとか幸運をかき集めるっていう意味があるんだよ。あと、高恩は百足だから」
「百足!?」
って、あの足がいっぱいあるやつだよな?
「百足って縁起良いんだよ? 漢字で書くときは百に足って書くし、商売人にとっては「客足がつく」ってね」
「知らなかった……って、そうじゃなくて!」
「まぁ、そのうちやめるだろうし、少しだけやらせといてあげてよ。久々にイッセーに会えたことがうれしくて、ちょっとはしゃいじゃっただけだから」
それ言われたら俺、なんていうか、返す言葉ないんだけど……
店内を行ったり来たりしているときに、何気なく入り口に目をやれば、目が合った二人が勇ましげなしたり顔の横でガッツポーズを作っていた。
なんでドヤ顔なんだよ。
とは思ったが、どこか憎めない二人に振り向きざま、分かるか分からないかくらい小さく手を上げて返した。




