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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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 「兄貴が居なくなってから、早三千年。どれほどこのときを待ち望んでいたことかっ!! お帰んなさいやせ、兄貴っ!!」

 「お帰んなさいやせ、兄貴っ!!」

  着物の袖はなく肩の部分がはちまきのようになっていて、そこからがっちりした腕を出している男が話すと、その男より少し小さめの男が続いて語尾のほうだけ復唱している。ちなみに、小さめの男の着物にはちゃんと袖がある。

  そして今の二人の言葉を聞いて、俺がなんとなく感じていた確信めいた答えは、確かな確信に変わった。

  三千年って言ったってことは……

 「……神様?」

  俺がその答えをつぶやくと、おおげさに何かを思い出したかのような動作を見せ、

 「申し遅れやしたっ!! あっしは商売繁盛の神、ホウトクと申しやすっ!! 今日は少しでも兄貴のお役に立てればと、参上つかまつったでやんす!!」

 「あっしは神使の高恩(こうおん)と申しやす!! 以後、お見知りおきをっ!!」

  と、無駄にテンションの高い自己紹介をしてくれた。

 「えっと、うん。よろしく」

 「さぁさぁ兄貴っ!! 何なりとお申し付けくだせぇっ!!」

 「お申し付けくだせぇっ!!」

 「まず、とりあえず……兄貴っていうのやめてくれないかな?」

  俺には弟も妹もいないから、そういう呼び方されるとすごい違和感がある。あと、ホウトクは見た感じ俺より年上に見えるし……っていうか、実際だいぶ年上だし……

 「それじゃあ旦那っ!! 何なりとお申し付けくだせぇっ!!」

 「旦那っ!! 何なりとお申し付けくだせぇっ!!」

  ……悪化したっ!!

 「…………自分で言っといてなんだけど……兄貴でいいよ、やっぱ」

  “暑苦しくて、若干うっとうしいやっちゃねん”

  今思い出したけど、商売繁盛の神ってカナヒメがそう言ってた人だ、たぶん。


  

  その後、ふと時計に目をやると、あまり時間もないことに気づき、食べながら話をすることになった。ホウトクと高恩は俺の向かい側の椅子の上に正座をしている。

 「ところで二人は、いつからここに?」

  俺は、たぶん店内でこの二人の姿は確認していない。休憩時間になってから来たのかな?

 「すぐに兄貴のところへ駆けつけられるよう、開店と同時に入口の扉の前で待機してたでやんす!!」

 「そのあと、兄貴が休憩に入られたので挨拶に伺おうと、お客に紛れて店内にお邪魔したでやんす!!」

  俺は入口付近でお客さん出迎えてたのに、なんで気づかなかったんだろう。俺にしか見えてないとはいえ、店の入り口付近でこんな着物の二人が待機してたら、どう見たってあやしいだろう。

 「……なんでお店の外にいたんだよ?」

 「それは、「営業中は気が散るかもしれないから、姿現すのはやめておいてあげて」と、スイの兄貴から申し渡されていたんでやんす!!」

  スイの兄貴!?

 「それとナギさんとナミさんから、「いろんな人がいるから、勉強になると思うけど、ふてくされないでがんばって」と、言付かって参りやしたっ!!」

  ナギとナミは、“さん”なんだ。

 「……ここ来る前に神界行ってたのか」

 「兄貴に会いに行ったら、ここにいらっしゃるとお聞きし、これはもうあっしらの出番だと思い、張り切って馳せ参じた次第でやんす!!」

 「馳せ参じた次第でやんす!!」

 「そういう経緯だったんだ……」

 「そうだ兄貴っ!! 今日は神玉お持ちじゃねぇですかい!?」

 「神玉? なんで?」

  一応持ち歩けって言われてるから、カバンに入ってるけど……

  ホウトクの首からかかっている神玉は、水晶が少し黄色く色づいたような色の神玉だ。ホウトクは、神玉の通った紐を首から外すと、

 「これの力を兄貴の神玉に映せば、商売繁盛間違いなしでやんすっ!!」

 「えっ、い、いいよ!」

  映すって、前にイブキがしたみたいに、俺の神玉の色が一時的に変わるっていうやつだよな。お店的にはいいかもしれないけど、俺はただでさえいっぱいいっぱいなのに、これ以上お客さんがたくさん来てしまうと困る。

  しかし俺が断ると、ホウトクはあからさまにしょぼくれてしまった。高恩もホウトクと一緒にしょぼくれている。

 「……あ、あのさ! 今日は人がいないし、俺は初心者だし……だから、あのっ、また今度お願いするよ!」

  俺が断った理由と、とっさに出てきた社交辞令的なことを口にすると、

 「分かったでやんす!! そのときは喜んで馳せ参じやすんで、またいつでもお呼びくだせぇ!!」

 「いつでもお呼びくだせぇっ!!」

  と、すぐに元の調子に戻ってくれたので、安心した。

  でも、今度っていつだろう……

  不確定な約束をしてしまい、少しだけ後ろめたさも感じた。

  

  

  

  目の前にある昼食は、あれだけ量があったのに、二人と話しながら食べていたら、いつの間にか残り少なくなっていて、俺は最後の一口を口に運んだ。

 「じゃあ、俺はそろそろ戻るけど……なんていうか、とりあえずおとなしくしてて、頼むから」

 「「任せてくだせぇ、兄貴っ!!」」

  ……ほんとに大丈夫かな。

  俺は水を飲みほし、食べ終えたあとのお皿を重ねて持ち、休憩部屋を後にした。

  部屋を出て数メートル歩いてから振り返ってみたが、二人の姿は見えない。付いてきてはいないようで、少しホッとした。

  そういえば、いきなり神様が現れたけど、今日は最初から気を張ることがなかったな。

  慣れてきたとはいえ、まだ神様に会うときは少なからず緊張はするものだ。しかし、今日はあんまり緊張を感じなかった。慣れないことをして疲れたせいだろうか。


 

 「ごちそうさまでした」

  お皿をキッチンに返しに行くと、

 「おぉ! さすが男子高校生! 食いっぷりいいねぇ!」

  と、美也子さんは、空になったお皿を関心したように見ていた。

 「あれで量、足りた?」

  ええ、十分です。

  実のところ、少しお腹が苦しいくらいだ。

 「はい。大丈夫です」

 「ならよかった! いやー若さってすごいわぁ! それに加えて男だもん、食べるわな。あーでも、あんたの姉ちゃんもよく食うけど!」

  姉ちゃんがよく食うのは否定出来ない。昨日も、俺のおかず横取りしてきたし。ヘタしたら家で誰よりも食ってるな。

 「あ、そうだ! 店長からも話あると思うけど、休日の午後はちょっとよくお客さん見ときな」

 「え? あ、はい」

  どういうことだろう?

  気にはなったが、それ以上聞く前に、休憩に入る早見さんが入ってきたので、俺は急いでホールに出た。

  すると、店長が俺のところにやってきて、

 「一勢君、ちょっと」

  と、キッチンの入り口付近で俺を呼び止めた。

 「うちの店、理由はよく分からないんだけど、休日の午後は客層が個性的だし、何が起こるか分からないから、空気的にむずかしいと思ったらすぐに呼んでね」

 「は、はい……?」

  店長はそれだけ言うと、すぐにホールに戻ってしまった。

  客層が個性的ってなんだろう? 空気的にって、要するに空気読めってことでいいんだよな?

  謎のメニュー名に始まり、休日限定の謎の客層。なんかもう、このお店自体が謎だらけだ。



  しかし言い知れぬ不安とは裏腹に、ホールに出てみると、意外と落ち着いてた。お客さんもお茶してる人が多いから、オーダーもそんなに時間がかからないし、お客さんも従業員も、わりとゆったりとしている。

  一人でコーヒーを飲みながら、読書をしていたり、パソコンをいじっていたり、ママ友同士とその子供たちで賑わっていたり、買い物帰りに友達とお茶していたり、特に異常は感じられなかった。

  そんな中、客席のベルが鳴り、姉ちゃんと早見さんが休憩の入れ替わりで、ホールに俺以外いなかったため、対応しに行った。

 「お待たせいたしました。ご注文はお決まりですか?」

  だいぶ慣れてきたセリフを言いながら、オーダー表の準備をしていると、

 「あらぁー!! お兄さん、見ない顔ねぇ!! 新人さん!?」

 「ほんとねぇ!!」

  と、ハスキーな声が聞こえた。

  ふと顔を見ると、綺麗に化粧をされているが、どことなくピタッと来ないお姉さんが二人いた。服装などからして女の人だと思っていたが、たぶん違う気がする。いや、この場合、お姉さんなのか? なんか、こんがらがって来た。

 「ねぇねぇ、僕、高校生?」

 「は、はい」

 「やーだぁー!! かわいいわぁー!! お肌つるつる!! テンション上がっちゃう!!」

 「ちょっと、アンタ! 高校生に手出すんじゃないわよぉ!? 軽く犯罪よぉー!!」

 「…………」

  お姉さんたちはしばらく二人で盛り上がり、ときどき俺も絡まれたが、なんとかオーダーを取って帰ると、

 「あの人たちは常連さんなんだよ。今日は若い男の子は君しかいないし、あの席は任せるよ」

  と、店長に言われてしまった。

  個性的ってこういうことだったのか。

  まぁ、あの人たちは強烈に個性的で対応の仕方が分からなくて戸惑うけど、本人たちはすごく楽しそうだし雰囲気は悪くないと思う。

  俺は、すぐに出てきたデザートと飲み物を、さっきの席に持って行った。また少し絡まれたが、嫌な絡み方ではなかったし、すごく感じはよかった。



  料理を運び終え、キッチンのオーダー表に印を付け、一息ついていると、ホールがざわめきだしたような感じがした。ざわめくと言っても騒がしいわけではない。空気が浮き立つような、そんな感じだ。

  俺はこの感じを、何度も間接的に感じたことがある。



  俺の知っている限り、こんな空気を(かも)し出せるヤツは一人しかいない。




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