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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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001 大掴みより小掴み

  


  001




  本来はおもにサラリーマンが使う言葉なのだろうが、今日は部活に入っていない学生の俺にとっても花の金曜日。つまり、明日から二日間は何の予定もなく、ダラダラと過ごせるのだ。

  神様に会ったり、それだけではなく何らかの要求があったり。この間は鬼の里にも行ったし。かと思えば、神様関係で何もないときでも、家の用事などで親戚の家に行ったり。最近、休みの日も何だかんだで、自分の予定外の予定が入ることが多かった。

  もちろん、ダラダラと何もしない日がなかったことはない。しかし、今年の誕生日を境に、確実に俺の休日は減ってしまったような気がする。

  今日は、今のところ何の音沙汰もない。明日は平和に過ごせそうだが、まだ油断は禁物だ。今までの経験上、いつ誰がやってくるか分からない。

  春斗やサキみたいに土日も部活やってるヤツからしたら、贅沢なのかもしれないけど、そろそろゆっくり休みたい。

  とりあえず明日は、誰も来なくて何もないことを祈る。そして明日は思う存分、ダラダラしてやる!


  と、思っていたのだが……



 「ねぇねぇ、一勢くーん?」

  夕食時、姉ちゃんが唐突に横から俺の肩を指でつっついてきた。しかも話し方があやしい。絶対、何か意図がある。

 「……なんだよ」

 「明日、暇だよね?」

  なんで暇だって決めつけてんだよ。っていうか明日は、暇だけど暇じゃないんだよ。

 「暇じゃない」

 「なんで?」

 「なんでも」

 「どうして?」

 「どうしても」

 「……絶対ウソだー! どうせゴロゴロしてるだけでしょー!?」

 「違うし。っていうか、何なんだよさっきから」

 「えー? あのねー……」

  姉ちゃんは、なぜか急に少ししおらしくなった。だけど、どこかわざとらしい。これは、何か企んでるに違いない。

  俺はあまり関わりたくなかったので、無言で姉ちゃんの言葉を待った。

 「明日、私はバイトなんだけどねー、さっき店長から連絡があって、三人くらい来れなくなっちゃって人いないんだって。で、急きょ入れる人探したんだけどいなかったみたいで……誰かいないかなー? って」

 「俺、やだよ」

  つまり、俺に来いと? 絶対に嫌だ。断固拒否だ。

 「えぇー! いいじゃんかー! 一勢の学校、バイトしてもいいんでしょー!?」

 「それはそうだけど、いきなりやったこともないバイトとか無理すぎるだろ!」

 「大丈夫だよー! そんなに難しくないから、すぐに覚えられるし、みんな優しいし、私もいるし!」

 「無理」

 「なんでー! お給料貰えるんだよー? しかも、明日は研修の時給じゃなくて、通常の時給なんだよ!? お小遣い増えるじゃん! 臨時収入じゃん!?」

 「……別に俺じゃなくても、他にいるだろ。大学の友達とか」

 「だって、みんな自分のバイトがあるんだもん! だから一勢なら、たぶん暇だし、ちょうどいいかなって。それにさ、姉弟でバイトってなんか楽しそうじゃない? ねー! いいでしょー! 行こーよー!」

  ちょうどよくねーわ! まぁ、お金貰えるのはちょっと魅力的だけど、それを差し引いても、休みが一日無くなるのは受け入れがたい。

 「……行かない」

 「一勢のケチ! ゴロゴロしてたら太っちゃうんだからね!」

 「別に太ってもいーし」

 「よくないよっ! 体に悪いでしょ!」

 「ふぅん」

 「あーあ、一勢はいつからこんな可愛くない子になっちゃったのかなー」

  そう言いながら姉ちゃんは、俺のトンカツを一切れ食べた。

  何さりげなくおかずの横取りしてんだよ。お前が太るぞ。



  俺と姉ちゃんの話が一段落着いたとき、目の前で話を聞いていた父さんが、

 「なぁ、一勢。一日くらいバイトしてみるのもいいんじゃないか?」

  と、唐突に話に入ってきた。

 「そうだよね! お父さんっ!」

  味方をゲットした姉ちゃんは、目を輝かせた。

 「でも、大丈夫なの? 五十鈴のアルバイトって接客でしょう? この子、愛想笑いとか出来ないんじゃないかしら?」

  母さんは心配そうに俺を見た。あんまり良いことは言われていないが、母さんの言うことはもっともだ。

 「だからこそ、今のうちに少し経験しておくのもいいんじゃないかと思ってさ」

 「そうねぇ……」

 「わしも、いい機会だと思うぞ。お金を稼ぐことがどれだけ大変かということを、少しでも知っておいたほうがいい」

  最終的にはじいちゃんまで出てきて、俺と姉ちゃんの話が、いつの間にか家族会議みたいな感じになっていた。



  そのあとは言うまでもない。

  前に一度、姉ちゃんが「お母さんは一勢に甘い」と言っていたことがあるが、その逆もまた然り。俺が思うに、父さんは姉ちゃんに甘い。

  まぁ、それだけではなく、普段は口数の少ない父さんとじいちゃんから、ふいに言われる言葉のほうが、なんとなく響くというのもある。同性の家族から言われる言葉の効力というのは、俺の中ではどこか特別なのかもしれない。

  

  と、いうわけで。

  土曜日の午前八時。俺は今、姉ちゃんと駅にいる。俺は徒歩通学だし、電車にはあまり縁がなかったはずなのだが、前に比べると乗ることが増えた。

  俺は、休みの日に自分の用事以外の予定で朝から起こされて、まだ若干眠くて憂鬱だが、俺の隣にいる姉ちゃんは、にこにこと上機嫌な様子。

 「一勢と二人で歩くの久しぶりだねぇ! あっ! でも私と一勢あんまり似てないから、カップルに見られてたりしてー! うふふっ!」

  見えねーよ。っていうか、朝からテンション高いな。

 「……そういえば、なんの店でバイトしてんの?」

 「えー前に言ったじゃーん! 聞いてなかったな!」

 「そうだっけ?」

 「もー! 喫茶店だよ! 喫茶店!」

 「喫茶店って、カフェみたいなもん?」

 「違うよー!」

 「え、一緒じゃないの?」

 「んーとね、私が店長に聞いた話によると、お酒を出すのがカフェで、出さないのが喫茶店なんだってー」

 「へぇ」

  そんな違いがあったんだ。

  


  電車に乗って二十分くらいで降車駅に着いた。俺は初めて降りる駅だったので、姉ちゃんに案内されるがまま足を進めた。

  駅の改札を出ると、賑わっている商店街が見えてきた。わりと大きな商店街らしく、人で賑わっている。その中に俺と姉ちゃんも紛れるように足を踏み入れた。商店街メイン通りの、ちょうど真ん中くらいにある脇道に入ってすぐ、

 「ここだよー」

  と、姉ちゃんが立ち止った。

  ふと目に入った看板には平仮名で、「あきづき」と書かれている。

 「おはようございまーす」

  お店の入り口から入っていった姉ちゃんに続いて、出来るだけ目立たないようにそっと店内に入ると、初老の男の人が一人、客席の椅子に座っているのが見えた。

 「おはよう、五十鈴ちゃん。後ろにいるのは弟君かな?」

 「そうです。これ、弟の一勢です」

  姉ちゃんは上に向けた手のひらで、俺を指し示した。

  っていうか、これって……

 「……えっと、よろしくお願いします」

 「こちらこそ、よろしくね一勢君。僕は店長の秋月です。今日は、急にすまないね」

  この人、店長だったんだ。

 「それにしても、店長ー。今日いきなり三人も来れなくなって大丈夫なんですかねぇ?」

 「どうだろうねぇ? まぁ、たぶん大丈夫でしょう」

  店長、意外と適当だな。

 「そっかーそうですよねー!」

  お前も適当か!

 「あ、そうそう! 制服用意しておいたんだけど、サイズ大丈夫かな?」

  そう言って、秋月店長は綺麗に畳まれた制服を俺に手渡した。シャツのサイズを見るとMサイズと書かれていた。

 「たぶん、大丈夫です」

  俺の学校の制服のサイズと一緒だし、大丈夫だろう。

 「そう。でも、着てみて合わなかったら言ってね」

 「はい。ありがとうございます」

 「じゃあ、さっそく着替えてこよっか!」

  

  お店の制服に着替えるために入ったスタッフルームに、少し新鮮さを感じた。よく飲食店なんかで見かけてはいたが、客としては入れない未知の世界に足を踏み入れたような感覚だ。

  シフト表やその近くに見慣れない謎の機械があったり、個人の私物が置かれていたり、お店と繋がっているのに、違う世界みたいだ。

  男性用の更衣室に入り制服に腕を通すと、学校の制服とは違い、言いようのない緊張感に包まれた。ここでやっと今からバイトするんだな、という実感が湧いた。

  俺が更衣室を出ると姉ちゃんもちょうど着替え終わったようで、ほぼ同時に更衣室から出てきた。

 「あ、ピッタリじゃん! 意外と似合うもんだねぇ!」

  姉ちゃんは、俺の肩をバシバシと三回ほど叩いた。

 「……やめろ」

 「よーし! じゃ、行こっか!」

  スタッフルームの入り口にあった見慣れない謎の機械に姉ちゃんが細長い紙を差し込んだら、その紙はすぐに出てきた。

 「それ、何?」

 「これはタイムカードだよ! バイトに入った時間と上がった時間にこの機械にカード通せば時間が押されるんだー。あ、一勢のは私と一緒だから大丈夫だよ!」

 「ふぅん」

  姉ちゃんが手に持っている紙をよく見ると、細かいけどたしかに時間が印字されている。

  一つ謎が解けた。



  スタッフルームから店内に出ると、店長以外に女の人が二人いた。

 「おはよーっす! お、そっち五十鈴の弟? かわいーねぇ! 名前なんてーの?」

  見た感じハキハキした女の人が、いきなり話しかけてきた。

 「えっ、あの、一勢です」

 「一勢ね! あたしキッチンの美也子。よろしくー」

 「よ、よろしくお願いします」

 「基本的に、美也子さんと店長がキッチンにいるんだよ! 超料理上手だから!」

  俺の隣で、なぜか自慢げに補足説明している姉ちゃん。

  そんな中、もう一人の女の人が、遠慮がちに片手を上げた。

 「あ、あのー……私、早見美佐って言います。よろしくお願いします」

  丁寧にフルネームまで言ってくれた女の人は、控えめで大人しそうな見た目通りの人だった。

 「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 「みみちゃん、真面目すぎるよー! 一勢なんかにそんな丁寧じゃなくていいんだよー?」

  ん? この人、美佐って名前じゃなかったっけ? みみちゃんって…………あ! はやみみさだから! 間取ってみみちゃん!? なるほどっていうか、普通にみさちゃんでよかったんじゃ……

 「さて、自己紹介も終わったところで、さっそく始めましょうか。とりあえず、今日はこの五人で回さなくてはいけないわけですが、協力し合って頑張りましょうね。で、五十鈴ちゃん。ちょっと準備しながら一勢君にお仕事教えてあげね」

 「はーい!」

 「それじゃあ、今日もよろしくお願いします」

 「「「お願いしまーす」」」

  店長からの朝の挨拶が終わり、みんなそれぞれ開店の準備に取り掛かり始めてすぐ、俺は姉ちゃんにメモ帳を渡された。

 「……これ、何?」

 「メモ帳だよ!」

  いや、見れば分かるけど……

 「そこに仕事内容とか書くんだよ。私も忙しいと教えてあげられなかったりするでしょ? だからそのメモ帳に自分が分かるようにでいいから、要点書いておけば、こっそり見て理解出来るから!」

 「そういうことか……」

 「そうだよ! じゃあ、説明していくからね!」

  それから姉ちゃんにいろいろ教えてもらったが、意外とやることが多くて、メモ帳がどんどん黒くなっていく。俺は「いらっしゃいませ」とか言って、料理運べば終わりだと思っていたのだが、その間の過程とか席の後片付けとか、それぞれのテーブルの卓番とか、とにかく覚えることや、やることが多い。

  ……全然、簡単じゃないじゃん。俺、大丈夫かな。

 

 「あとは、ここでメニュー出来るだけ覚えてね」

  ひと通り、俺に仕事の流れを教えた姉ちゃんは、テーブルにメニュー本を置いて行ってしまった。

  俺は一つため息をこぼしながら、言われたとおり椅子に座ってメニュー本を開いた。

  が、すぐに異変に気づいて、思わず硬直した。

  

  ………………なにこれ。

  

  ナポレオンとパリの旅 〈目玉焼き乗せハンバーグ〉

  パンがないときにお菓子を食べる貴婦人 〈クグロフ〉

  世界三大美女の美の秘訣 〈ライチヨーグルトゼリー〉

  どのページをめくってもおかしなメニュー名しか出てこない。

 「あーそれな、店長のセンスだから許してやってくれ。ちなみに、本当に歴史上の人物が好きだったものとか関係してるもんもあるけど、全然関係ないのもあるぞ」

  キッチンから顔を覗かせた美也子は、それだけ言うとまたキッチンの中へ戻って行った。

  これ、店長の仕業だったの!? 見かけによらないっていうか……注文するときお客さん、なんて言うんだろう? どう見てもかっこの部分のほうが言いやすいし、分かりやすいだろ!

  あ。

  紫式部の憂鬱 〈ブルーベリーパフェ〉

  これ、絶対関係ないやつだろ! 紫だからなんとなくノリで、ブルーベリーとか書いちゃっただけだろ!

  ……もう紫式部じゃなくて、俺が憂鬱になってきた。


  

  俺はとりあえず全ページ見終わってから、静かにメニュー本と自分の目を閉じた。

  ……この店、大丈夫かな。





  


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