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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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007

  


  007



  青花と碧生が前を歩き、俺とスイ、そして黄恵はその後ろについて歩いている。屋敷の中は、俺が前に来たときとは少し雰囲気が違う。遠慮がちにちらちらと周りを見回していると、

 「お兄さん、どうかしたんすかー?」

  と、黄恵に気づかれて、話しかけられた。

 「いや、あの……俺、たぶん平安時代くらいにも、里にお邪魔したことがあったんだけど……そのときとは少し雰囲気が違うなーと思って」

  俺が思っていたことをそのまま伝えると、黄恵は、

 「えぇー! なんすか、それ! 平安時代!? 私、そんなの聞いたことないし、知らないっすよー!?」

  と、驚きを隠せず、大きな声で叫んだ。

  しかし、そんなこと俺に言われても……

 「黄恵、うるさいわ。あのとき、あなたは新しい里に行っていたから、知らなくて当然のことよ」

 「そうだったんすか。っていうか、姐さん、教えてくれたってよかったじゃないっすかー」

  黄恵は拗ねるように、唇を尖らせた。しかし青花は、

 「ごめんなさいね。忘れてたわ」

  と、軽く流すようにそう言って、小さく上品に笑った。

 「もー、姐さんったら……。あ、そうだ! お兄さん! 一つ聞いていいっすかー?」

  拗ねていたかと思いきや、いきなり切り替わった黄恵の感情。その矛先はどうやら俺らしい。

  聞きたいことって、何だろう?

 「まぁ……俺に答えられる範囲なら」

 「そっちの男前のお兄さんは何度か見たことあるし、人間じゃないって聞いたことあるんっすけどー……お兄さんは、人間なんすかー?」

  前にもたしか、そんな感じのことを言われたような気がする。

 「俺は、人間だよ」

 「まじっすか! でもなんか、そう言われてもあんまりしっくりこない感じなんすけど……」

 「人間だけど、普通の人間とは……ちょっと違うからね」

  なんて答えていいか分からずに口ごもっていると、スイが助け舟を出してくれて、少しホッとした。

 「人間だけど、ちょっと違う? …………謎めいた感じで、超気になるんすけどー!」

  顎に手を当て、何かを考える素振りをしながらつぶやいたあと、また騒ぎ出した黄恵。

 「いい加減に静かになさい、黄恵。姫様の大事な御客人を困らせるんじゃありません。姫様に叱られるわよ」

 「……はーい」

  話が収拾つかなくなりかけたところで、青花が黄恵を諭し、おとなしくなった。

  ひと段落ついたところで前を見ると、碧生はまだそわそわと落ち着かない様子だった。



  それからすぐに、大きくて豪華なふすまが見えてきた。そのふすまの前には、護衛と思われる男が二人立っていたのだが、俺たちの姿を確認して目を見開いた。ここの人たちからすれば、俺も珍しい生き物だろうけど、おそらくこの二人は、碧生の姿を見て驚いているのだろうということが、俺にも分かった。

  俺がその二人を見ていると、ふすまの端のほうで碧生と黄恵が足を止め、スイも自然に足を止めたので、俺も慌ててその場で止まった。そして青花だけがふすまの前に行き、正座をすると、

 「姫様。失礼いたします」

  と声をかけ、「入れ」という鈴鹿御膳の声を確認し、流れるような手つきでふすまを開けて、その先にある部屋へ入っていった。

  ふすまは閉められているので、中は見えない。

 「そうだ、碧生。これ」

  スイは布に包んでいた預かっていた刀を、碧生に差しだした。

  碧生は、その刀をためらいがちに受け取り、そっと握りながら下を向いた。

  俺は、そんな碧生の姿を見て、なんか声かけたほうがいいのかな? と思っていると、スイがいきなり思いっきり碧生の背中を叩いた。その瞬間、その音が廊下中に響き渡る。

 「っ!! いたっ!! スイさんっ! なにするんですか」

 「そんなしょぼくれてないで、しゃんとしなよ。今から姫様来るんだよー?」

 「スイ、お前……今のはどう見ても痛いだろ」

  さわやかに笑顔を浮かべるスイと、痛くて涙目の碧生を見てつぶやいた。

  

  そうこうしていると、何の前触れもなく、スッとふすまが静かに開いた。開いたふすまの両側の床には、青花とは違う女の人たちが正座をして、先ほどの青花と同じように、ふすまを開けるような仕草をしていた。

  ふすまが開いたことにより、一瞬で一気に広がる緊張感。自然と背筋が伸びるような感覚。護衛の男二人も、さすがの黄恵も引き締まった顔になった。碧生に至っては、凍り付いているような感じだ。変わらないのはスイだけ。

  ふすまの開かれた部屋の奥から姿を現したのは、鈴鹿御前だ。予想どおりではあるが、やっぱり本人が出てきたときの威圧感は半端ない。

  俺が平安時代に見た鈴鹿と、なんら変わりない姿だが、思わず息をのんでしまうくらい迫力がある。

  鈴鹿は碧生を見たあと、俺を見て、

 「今日は誠に愉快じゃ」

  と、目を細めてこちらに向かって歩いてきた。

  俺の前で足を止めると、

 「よう来たのぅ。今日はぬしも一緒か」

  と、俺とスイを見て笑みを浮かべた。

  そして、碧生の前まで行くと、

 「碧生。よう帰ってきたのぅ。ぬしは使いに出してから、一度も姿を見せんから、もうここを忘れてしまったのかと思うたぞ」

  と、優しく碧生の顔に手をかけた。

  鈴鹿にそう言われた碧生は、複雑そうな顔から一転、慌てたような顔になった。

 「っそんなことないです! あ……えっと……お久しぶりです、姫様」

  鈴鹿は満足げに笑うと、

 「そんなに時間もないだろうが、少しくらいゆっくりしていけ」

  と踵を返すと、黄恵に何かを伝え、また部屋に入っていった。黄恵は鈴鹿に向かい直角に腰を曲げ、起き上がると、

 「兄さんたちも中へどうぞっす!」

  と、碧生の腕を掴んで、部屋の中に案内してくれた。碧生は黄恵に引っ張られるように部屋に入った。

  ふすまを開けていた女の人たちが、俺たちが座る場所を用意してくれた。俺が平安時代にお邪魔したときもそうだったが、鈴鹿は自分の定位置であろう玉座には着かず、俺たちと同じところに座っている。


 

 「して、今日は何としたぞ?」

  みんなが席に着くなり、鈴鹿は楽しそうな顔で尋ねた。

  えっと? どうした的な意味だよな? たぶん……

  まず、頭の中で言葉の意味を考えていた俺に、スイが隣から「それだよ」と小さな声でつぶやき、俺のカバンを目線で指した。

 「あっ、そうだ! ……これ、返しに来ました!」

  俺は、あわててカバンの中から箱を取り出して、フタを開けて中を見せた。

 「っ! そういえば、余はぬしにそれを預けておったのぅ」

 「まぁ……私も、すっかり忘れてましたわ! たしか姫様は、この首飾りを返しに来るとき、碧生も連れて来いと仰ったんじゃなかったかしら?」

  鈴鹿とその隣にいる青花は、箱の中にある首飾りを見て、俺がこれを預かっていた経緯を思い出したようだ。

 「あれは千年以上前のことじゃったか?」

 「え!? まだ二ヶ月くらいしかたってな……あ、いや、そっか……」

  俺にとっては、ほんの二ヶ月くらい前のことだけど、鈴鹿たちにとっては平安時代のことだもんな。

 「おお、そうじゃったのぅ」

 「分かってはいても、不思議な感じですね」

  青花は感心したような顔で、まじまじと首飾りを見ていた。

 「しかし……やはり、ぬしはいい男じゃのぅ」

  鈴鹿は俺を見ながら、真っ赤な唇に弧を描くように笑みを浮かべた。

 「えっ!?」

 「こうして本当に、碧生を連れて来てくれたではないか。余は、約束を果たす男は好きじゃぞ?」

  面と向かってそう言われると、照れくさくて返す言葉が出てこない。そのあと、ようやく俺から出てきた言葉は、

 「……ど、どうも」

  という、なんともひねりのない言葉だった。

  鈴鹿は、俺から首飾りの入った箱を受け取ると、

 「碧生」

  と、なぜか碧生の名前を呼んだ。

 「はっ、はい!」

  俺には碧生を呼んだ意味が分からなかったが、すぐに何かを察した碧生は立ち上がり、鈴鹿の正面に座り、首飾りを手に取った。

  すると、鈴鹿は長い白銀の髪を束ねると、スッと持ち上げ、首を見せた。そこに碧生が首飾りを付けているわけだが……それが妙に色っぽくて、俺はなんとなく目を反らした。


  鈴鹿の首飾りを付け終えると、碧生は元の席に戻り、刀を持つと、再び鈴鹿の正面へ向かい正座をした。

 「あのっ、姫様……僕は今日、これをお返ししたくて……」

  そう言って、鈴鹿の前に刀を差し出した。

 「この刀は……」

 「はい……これは姫様に頂いたものですが……僕の身には余る代物です。だから――――」

 「碧生、顔を上げよ。この刀は、余がぬしに託したもの。余はやったものを、未練がましく返せなどとは言わん。ゆえにこの刀は、あのときからぬしのものじゃ」

 「ですが……」

 「妖刀であるこの刀には、よからぬ輩が寄ってくるじゃろう? 実を言うとな……ぬしの手に負えぬようなら、すぐに根を上げて返しにくると思うとったんじゃ。しかし、ぬしは一度も帰らんかった。さすがは、余が認め、全知全能の神が認めた男じゃ。その刀は、ぬしの好きにするがよい」

  鈴鹿は、そう言って刀を受けとらなかった。

  碧生は少しためらいがちに、差し出した刀を引き、

 「……はい。僕なんかにはもったいないお言葉、ありがとうございます」

  と、消えそうな声で囁いた。



 「姫様ー! もう準備しちゃってもいいですかー?」

  声と同時に勢いよくふすまを開き現れたのは、女中さんのような服に着替えた黄恵だった。またも空気をぶち壊した黄恵。鈴鹿が、

 「ああ、頼んだぞ」

  と答えると、

 「了解しましたー!」

  と、明るく返事を返し、踵を返した。

  黄恵が部屋から出て行ってから、すぐに他の女の女中さんがたくさんやってきて、俺たちの前に料理を運んできた。

  あっという間に並べられた、たくさんの料理たち。あっけにとられていると、

 「ちょうど昼時だし、用意してやれって姫様が! あ、ちなみに私、ここの料理長なんすよー!」

  と、黄恵が自慢げに話した。

  

  俺は、目の前の料理と黄恵を交互に見て、人でも鬼でも……見かけによらない人っているんだな……なんて思ってしまった。もちろん、口には出さなかったけど。





  


  

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