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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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  005




  来たる土曜日の朝、目覚まし時計を止め、うっすらと二度寝を決め込んでいると、保険のためにかけておいた携帯のアラームが鳴り始めた。目を瞑ったまま、携帯が置いてあるであろう場所に手を伸ばしたが、寝ている間に俺が壁のほうに移動したからか届かなかった。俺は仕方なく、重たいまぶたを上げ、布団のはじを持ったまま上体を起こそうとしたのだが、なぜだか動けない。動こうとしているのに、まるで布団に引っ張られているような感覚。

  布団の上に何か置いたっけ? それとも布団が何かに挟まってる? いや、でも挟まるようなものなかったけどな…………まぁ、どうせ起きるんだし、このまま布団と格闘するのもあほらしいな。そう思い、俺は早々に布団を引っ張ることをあきらめた。

  そして布団から手を離し、上半身を起こし、そのまま手を組んで天井に向かって上に伸ばした。一度伸びをして、ふぅっと一息ついてベッドから降りようとしたとき、俺はようやく異変に気が付き、驚いてとっさに思いっきり壁に背中をつけた。驚きすぎて声も出ず、もはや背中が痛いことなんて、なんとも感じない。

  布団が動かなかった理由……それは、今俺の目の前の人物のせい。ベッドの淵でシラギクが寝ていたからだ。仰向けで、胸のあたりで手を組んで、まるで死人のような感じで寝ている。しかし、そんなことよりも、誰かに見られたら誤解を招くようなシチュエーションに、なぜだか一人焦る俺。昨晩寝るときには居なかったから、何かあったわけではないし、神様の姿は、俺以外の人間には見えていないらしいが、それでも焦る。

  内心あたふたしている俺とは対照的に、眠り続けているシラギク。

  えーっと、この場合、俺はどうしたらいいんだろうか? 普通に起こせばいいんだろうけど、疲れてるのかもしれないし……

  とりあえず、ベッドから降りようにもシラギクを、またいでいかないと降りられない。俺はシラギクを起こさないよう、なるべく体を動かさないように、壁に背をつけて考えを巡らせていると、再び携帯のアラームが鳴り響いた。

  ……っ! しまった! スヌーズ機能でセットしたんだったっ!

  慌てて携帯の音を切ってシラギクを見ると、瞼が揺れ、うっすらと開いた。まだ完全に起きたわけではなさそうだが、何度か小さなまばたきを繰り返したシラギク。俺は、恐る恐る、

 「えっと……起こしたみたいでごめん」

  と、声をかけてみた。

  すると、瞳だけ俺のほうへと動かしたシラギクは、

 「……なんだ、起きてたのか。別に起こしてくれてもよかったんだぞ」

  と、案外普通に返事をしてくれて、ホッとした。

 「っていうか、なんでここに?」

 「あー頼みたいことがあって来たけど、寝てたから寝た」

  寝てたから寝たって……

  シラギクが体を起こし、ベッドに腰かけたすきに、俺はベッドから降りて自分の勉強机の椅子に座った。

 「頼みたいことって?」

 「今日、鬼の里に行くんだろう?」

 「うん、たぶん」

 「……碧生を連れてくるから、無理矢理引っ張ってでも、一緒に連れていってやってくれないか?」

 「鈴鹿御前にも連れてこいって言われてるし、一緒に行ってくれるならそのほうがいいけど……無理矢理引っ張ってって……」

 「何度、休暇を出してやっても帰らない阿呆がどこにいる……まぁ、実際にいるから困ったもんだが」

 「この間も言ってたけど、自分は未熟者だからって理由で?」

 「ああ…………言っておくが、あたしはアイツのこと、使えないと言ったことも、思ったことも一度だってないぞ。そう何度か本人に言ったこともあるんだが、それでも聞かなくてな。だから唯一、そこが未熟だとは言えるのかもしれないな」

 「なんで、そこまで……」

 「さぁ。ただ……仮に碧生が使えない未熟者だったとしても、それでも受け入れてくれる者がたくさんいるんだ、あの里には。それなのに……帰る場所があるだけ、幸せだということに気づこうとしない碧生を見ていると、歯がゆくて仕方ない」

  顔にあまり表情はないが、瞼を伏せたシラギク。

  シラギクの気持ちは、少し分かる気がする。

  たまには里に帰らせたいシラギクと、頑なに帰ろうとしない碧生。ずっと一緒にいるのに、その部分だけが、いつまでもたっても噛み合わないんだ。

 「……分かった。スイもいるし、嫌がってもなんとかして連れてくよ。俺も、碧生は一回、里に帰ったほうがいいと思うから」

 「ああ、頼むぞ。じゃ、あたしはそろそろ碧生が探しに来そうだし、帰る」

  シラギクは立ち上がると、窓を開けて冊子をまたぐと、そこからふわっと飛び降りるように出ていった。

  

  いまさらだけど……なんかもうここの窓、神様や神使の入り口みたいになってないか?





  一通り準備を済ませ、スイと駅に向かっているのだが、肝心の碧生がいない。今朝、シラギクと約束した手前、気になって仕方ない。

  まさか、俺にだけ言いに来て、スイには伝わってないなんてことは……

 「なぁ、スイ」

 「ん?」

 「今朝、シラギクが来たんだけどさ……なんかそのとき、碧生も連れて行って欲しいって言われたんだけど……いいのかなって」

 「ああ、それね。オレも聞いてるよ」

 「え、でも、今いないじゃん」

 「うん。いいのいいの」

 「はぁ? 全然よくないんじゃ――――」

 「あ、駅着いた」

  あ、話そらされた!

  もやもやしたままで、気持ち悪い。しかし、そんな俺におかまいなしで、スタスタと改札口に向かって歩くスイに、しぶしぶ付いて行った。

  ホームに降りると、ちょうどタイミングよく電車が到着したようで、特に待つこともなく乗り込んだ。結構、この辺りではよく使われている路線で、休みの日だが割りと人が乗っていた。俺とスイは、ドアの付近で立っているのだが、視線が痛い。OLらしきお姉さんや、同い年くらいの女子集団、中にはなんでか知らないけど、おじさんもこちらを見ている。もちろん、俺ではなく、スイに集まった視線だ。イケメンは、どこにいてもイケメンらしい。

 「……スイ。こんな人乗ってる路線の駅付近に、里なんか作っちゃって大丈夫なのか?」

 「降りる駅は、この路線じゃないよ。途中で乗り換えるから。そうそう、あと言い忘れてたけど、そこから結構歩くよ」

 「ふぅん。まぁ、普通に考えりゃそうだよな。駅の付近じゃ、人気(ひとけ)ありすぎるし」

 「そ。最近は、山や森が減ってきてるし、作る場所探すのもなかなか大変みたいだよ」

 「……そっか」

  電車が停車するたびに、どんどん乗車客が減って行った。それにともない圧迫感がなくなったようで、少しホッとした。電車は普段、通学などで使わない分、新鮮だけど、通学途中でたまに見る電車は、人がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。その光景を思い出すと、電車通学じゃなくてよかったと思う。

  座席もだいぶ空いてきたので、途中から俺たちも座っていたが、どうやら降りる駅に着いたようで、

 「あ、ここだよ」

  と、スイが立ち上がった。

  そこから乗り換えたのは、超が二つか三つくらい付くんじゃないかってくらいのローカル線。乗車客は俺たちと、おばあさんとおじいさんが一人ずつ。停車する駅も、ほとんどが無人駅だ。

 「……こんな電車、初めて乗ったかも」

 「でも、なんか味があっていいよね」

  そして、俺たちが下車したのは、その超ローカル線の終点。この駅には、かろうじて一人、駅員さんがいた。

 「こんな休日に、若者が来るなんてめずらしいなぁ」

  駅員さんは俺たちを見て、もの珍しそうにつぶやいていた。


  

  ここは駅付近に少し民家があるくらいで、そこから少し離れると、あんまり家がなく、たまに小さなスーパーや駄菓子屋さんみたいなお店があるくらいだ。あとは田んぼや畑など平坦な景色。足を進めるにつれ、どんどん殺風景になっていく。

 「あー疲れた」

  突如、歩きながら、首をひねったスイ。

 「お前が疲れたなんて、めずらしくない?」

 「イッセーは気づかなかったかもしれないけど、これ、結構いろんなもの寄ってくるから、何気に祓うの大変だったんだよ。やっぱ人間界(こっち)に持ってくるとやっかいだな。碧生、よくこんなの持ち歩いてんなって思うよ」

  そう言って、布に包まれている刀を少し持ち上げた。

 「……そういや、それ妖刀だったっけ?」

 「そ。神界(あっち)なら変なものは入って来れないからいいんだけど、人間界(こっち)はそうはいかないからね」

 「へぇ。っていうか、結局、碧生はどうすんだよ」

 「このあたりでいいかな」

  スイは手を額に当て、辺りを見渡すような仕草を見せた。

 「……は?」

  もう着いたのかな? それかまた話そらした?

  俺は、きょろきょろしてあたりを見回してみたが、人もいないし、里らしきものなんて全然ない。見えるのは、田んぼとちょっとした雑林とか岩などばかり。

 「なにがこのあた――――――――えっ!」

  目の前の出来事に、一瞬、声を荒げてしまった。

  膝から下の足が片方だけ、急に目の前に現れたのだ。女の人の足のようで、素足に草履を履いている。

  なにこれ、心霊現象!? もしかして、妖刀に寄ってきた!?

  と、俺は思わず後ずさった。

 「あ、来た来た」

 「何がだよっ!」

  のんきなスイの声に、反射的に強い口調で返すと、

 「大丈夫だよ。見てたら分かるから」

  と、またのんきな声で返された。

  ふと、出現した足を見てみると、足の主ではなく、そこから誰か違う人が投げ出され、地面に転がった。俺の横を丸まった状態で転がって行った人を目で追っていると、

 「ふぅ、手間取った」

  と、後ろからどこかで聞いたような声が聞こえ、視線を戻した。

 「……シラギク? ってことは……」

  もう一度、誰かが転がっていった方向を確認すると、

 「シラギクさんっ! いきなり何するんですかっ! 危ないじゃな――――え、あれ!?」

  やっぱり、そこにいたのは碧生だった。最初はシラギクの行動に不平を述べていたが、すぐに俺とスイに気づき、面食らっている。

 「今から自分の里に帰るのが、今日あたしから、碧生に与える仕事だ」

 「えぇっ! そんないきなり……」

 「あたしは現時点で、お前のことを使えないヤツとは思ってない。けど、この仕事が出来なければ、使えないヤツ認定するぞ。今から里に行くか、使えない未熟者神使として、あたしと帰るかは自分で決めろ」

 「っ! それは…………」

  頑なに帰らないと言っていた碧生の目に、明らかな戸惑いの色が見えた。



  いきなり現れたと同時に、碧生に二択の選択を突きつけたシラギク。静寂の中、漂う緊張感で妙に張りつめた空気。俺とスイは、碧生がその二択の答えを出すのを、静かに見守った。





  

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