004
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「あの……シラギクさん」
「ん?」
「今日はあと三百件ほどあるので、もうそろそろ行かないと今日中に終わらないんじゃないですか?」
碧生がそう言うと、シラギクは壁にかけられた時計を見て、
「あーそうだな。っていうか、たぶんもう今日中は無理だな」
と、対して焦った様子もなく、淡々と言い放った。
「え、それ大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、心配はいらんぞ。少し日をまたぐくらいは、たいしたことじゃない」
シラギクは立ち上がって、部屋の隅に立てかけられた刀を取りに行った。戻ってくると昨日俺が見た長い刀と、もう一つその刀に比べると半分くらいの長さで、おそらく刀としては普通であろう長さの刀を持っていた。そして短いほうの刀を、碧生に差し出した。
「ああ、すいません! 僕のまでっ」
「これくらいは気にするな」
二本ともシラギクのものかと思ったけど、片方は碧生の刀だったんだ。武器っていうか、この場合は神具っていうのか、俺にはよく分からないけど、神使が自分のものを持っているのは初めて見た気がする。
「それ、碧生のなんだ」
「あ、はい。と言っても、元々は僕のものではないんですけど……」
「どういうこと?」
「これは、里を出て神の使いになるときに、姫様にいただいたもので……あ、こんな話しても分からないですよね」
ん? 里? 姫様? どこかで聞いた覚えがあるような……
「……っ! 鈴鹿御前?」
俺がぼそっとつぶやいた瞬間、鈍い音が響いた。
「わぁ! すいません、すいません!」
碧生は床に落とした刀を、慌てて拾い上げた。
この焦りよう……たぶん当たってるんだ。
「あとさ、最初からどっかで聞いたことあるなって思ってたんだけど……碧生ってもしかして、青花さんの……」
「あー、やっと思い出した? オレ、いつ教えてあげよっかなーって思ってたんだよね」
スイの、人をからかうような笑みは少し気に食わないが、俺の記憶に間違いはないようだ。
「スイさんはともかく、一勢さんも姫様と姉上をご存じなんですか!?」
「まぁ、うん。いろいろあって……そうだ! ちょっと待ってて!」
俺はリビングを出て、自室へ向かった。
そして部屋に入って、机の引き出しから何の空き箱だったかは忘れたが、少し大きめの箱を取り出した。その箱を持って急いでリビングに戻り、
「これ……」
と、碧生に見せるようにフタを開けた。
「っ! これは、姫様のっ!」
箱の中に入っていた首飾りを見た瞬間、碧生は目を見開いた。
「うん。っていうか、碧生って鬼だったんだ。なんかちょっと意外」
「ええ、まぁ……一応、鬼ですね。でも、どうしてそれがここに?」
「えーっと、なんていうか……助けてもらって、そのまま借りてるっていうか、預けられたっていうか……話すと長くなるんだけど……」
「イッセー、説明下手だね」
「うるさい」
「……あのっ」
小さく振り絞ったような声が控えめに響いた。その声をたどれば、碧生が思いつめたような顔をしてうつむいていた。
「姫様や、姉上たち……里のみんなは元気でしたか?」
「え、うん。みんなって言われると……ちょっとよく分からないけど、俺が名前知ってる鈴鹿御前と青花さんは、元気だったよ。あ、でも平安時代の話だけど……」
「……そうですか」
碧生は一瞬、ホッとしたような表情を浮かべたのだが、そのあとの表情が、あまり嬉しそうではないというか、どこか浮かない顔をしているように見えた。
「そんなに気になるなら、帰ればいいだろ」
シラギクは右足の裏で、碧生のお尻を軽く蹴った。蹴られた碧生は、一二歩、よろめいたが、すぐに体勢を整え、勢いよく振り返った。
「いえっ、そんなわけにはっ」
「一日くらい、あたし一人でもなんとかなるし、休暇をとってもいいぞ? それにいざとなったら、ナギとナミんとこの犬借りるから」
「そんなっ」
「……もしかして碧生、一回も帰ってないの?」
「そうだぞ。別に、あたしが帰るなと言っているわけじゃないからな。あたしも、そこまで鬼じゃない」
碧生に対しての問いかけに、代わりに答えたシラギク。
「じゃあ、なんで?」
俺がそう言うと、この場の視線は碧生に集まったが、碧生はまた思いつめたような顔をして、黙り込んでしまった。
「あれー? そういえば、イッセーが持ってる首飾りは借り物だから、返しに行かなきゃいけないんだけど、たしかこれ返しにくるときに、碧生も一緒に連れてこいって言ってたなー、鈴鹿」
沈黙の中、棒読み風でわざとらしいスイの声が割って入った。
「あ、たしかにそんなこと言ってた!」
「よかったな、帰る口実が出来て」
「………………」
スイの一言で、俺もシラギクも各々思ったことを口に出して吐き出して沈黙は破られたかのように見えた。しかしそんな中、それでもまだ黙りこんで、何かに迷っているような碧生。
再び沈黙が訪れ、碧生以外の三人は、それぞれ顔を見合わせ碧生の言葉を待った。
しばらくすると、決心がついたのか碧生が動きを見せた。
「これを」
そう言って、両手の平に刀を乗せ、横に水平な状態にした刀を、俺の前に差し出した。碧生の行動の意図が分からず、俺は咄嗟に刀を受け取ってしまった。両手で受け取った刀は、ずっしりと重たい。
「えっと……これは?」
「…………姫様に、お返し願えないでしょうか? それは、僕なんかには身に余る代物なんです」
少し傾き加減で、両手を太腿に置き、頭を下げた碧生。
「へっ!? 一緒に行かないの!?」
碧生は、強くうなずいた。
「僕なんて、まだまだ未熟者です。そんな僕が帰ったところで、誰も喜んではくれない……むしろ、姫様や姉上に恥をかかせてしまうだけです」
うつむいていて、碧生の顔はよく見えないが、きっと泣きそうな顔をしていることは、声から想像出来る。
「まったく……お前のことを未熟だなんて、誰が言ったんだ? 自分で言っているだけだろう。そもそも――――」
「いいんです! とにかく、僕はまだ里には帰りません! それよりも、早く行きましょう! 僕のせいで遅れてしまってすいません!」
碧生はシラギクの言葉を遮り、ごまかすように声を張り上げ、逃げるように部屋から出て行ってしまった。
そんな碧生を見て、ため息を一つこぼしたシラギクは、
「邪魔したな、今日のところは帰る。またな」
と、続いて部屋から出て行った。
俺は気になって二人のあとを追って部屋を出てみたが、二人の姿はすでになかった。
「……いない」
「ほんと、碧生は卑屈なうえに、頑固っていうか……」
「あ、これどうしよう?」
「とりあえず、預かっとくよ。それ、妖刀だから部屋に置いとくと、変なもの呼び寄せるし」
「………………」
俺は無言で、スイに刀を渡した。
次の日の朝、玄関を出るとスイが待っていた。
簡単に挨拶を交わし、歩き始めたところで、俺は自分の中で、なにか切ない違和感を拾った。
「なんかさ、人が一人亡くなっても、世界って案外何にも変わらないんだな」
「そりゃあね。心情とかに大きな変化があるのは、身内とか関係者くらいでしょ」
それは、ばあちゃんが亡くなったとき、俺自身も感じた。
ばあちゃんの葬式が終わって、学校行っても、周りのみんなはいつもどおりで、電車だって動いてるし、コンビニなどお店も営業していて、何らいつもと変わりのない風景。それでもこの世界のどこに行ったって、数日前まで普通に生きてたばあちゃんは、もうどこにも居ない。俺は家に帰ると、まるで家の中に、ぽっかりと穴が開いたみたいな気分だった。
今思えば、おそらく穴が開いたのは俺の心の部分で、あれはいわゆる喪失感ってやつだったんだと思う。
「まぁ、そんなもんだよな」
「そんなもんだよ……神様が消えたって、何にも変わらなかったしね」
「……そっか」
少しだけしんみりしてしまい、ほんの少しだけ話が途切れた。
「で、話変わるけど……」
「なに?」
「昨日、刀預かったし、首飾り返さなきゃいけないじゃん?」
「まぁ、そうだけど」
「鈴鹿たちが今居る場所、ここから電車で行けちゃうところらしいんだけど、土曜日行かない?」
「いいけど……碧生は連れてかなくていいのか?」
正直、碧生を連れて行かないと、なんか俺が怒られそうで怖い。
「それは多分、なんとかなるから大丈夫」
「……ならいいけど」
なんとかなるってことは、なんとか連れて来るってことだよな?
碧生のあの様子からして、到底、自らの意思で来るとは思えないけど、スイはにこやかな顔をしているし、何か秘策があるのだろう、と俺はひとまず、胸を撫で下ろした。




