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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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003

  


  003



  三十分ほど経ったころ、シラギクが夢中になって観ていたドラマのエンドロールが流れ始めた。ソファから上半身を起こし、両手を組んで上に上げ伸びをしているシラギクと目が合ったのだが、なぜかきょとんとした顔をしている。思わず俺まできょとんとしてしまったが、次の言葉でその理由が分かった。

 「あれ? 帰ってたのー?」

  どうやら、シラギクの中では、約三十分前の出来事がなかったことになっているらしい。起き上がってもどこか眠そうな瞳をしていて、話し方もどことなく気だるげな感じだ。

 「さっき話してましたよね!? さてはまた、聞いてなかったんですね……」

  碧生がため息を吐いた。また、ということは、これはよくあることなのだろう。人の話を聞いていないというのは、俺もたまに言われるのであまり人のこととやかく言えないけど。

 「いやーそれにしても……話には聞いてたけど、顔はあんまり昔と変わってないんだな」

  シラギクはソファに座ったまま、俺の顔を覗き込んだ。

 「え、いや……」

  たしかに、何度か言われたことがあるが、昔って言われても俺には前世の記憶がないし、よく分からない。

 「碧生。またスルーされたね」

 「……いいんです。いつものことです」

  俺が困惑している隣で、うなだれる碧生と、碧生にフォローを入れるスイ。

 「ま、いいや。人間から見たら普通の顔かもしれないけど、あたしは嫌いじゃないぞ」

  そう言ってシラギクは、ソファに背を預けて深くもたれかかった。

  俺は別に外見に対しての思い入れは特にないけど、俺に対するフォローのつもりなんだろうか。

 「シラギクさんっ、失礼じゃないですか?」

 「なんで? 褒めてんだよ?」

 「……あんまり褒めてるようには聞こえなかったですよ」

 「そう? おかしいなー」

 「まぁまぁ、イッセーはあんま気にしてないから大丈夫だよ。ね?」

  ごく控えめにシラギクをたしなめている碧生をなだめるようにスイが割って入り、同意を求められた俺は、「うん。特に気にしてないから」とうなずいた。

 

 「っていうかさ、シラギクが自分から来るなんてめずらしいね。オレもすげー久々に会った気がする」

 「人間に死は付き物だから、なかなか忙しくてな。でも今日は、この近所で仕事があったからついでに寄ったんだ」

 「……それって、昨日の……」

 「んーそれそれ。 昨日あたしの姿見て固まったお前、結構面白かったぞ。幽霊だとでも思った?」

  やっぱり、俺に気づいてたんだ。

 「ほんとにすいません! すぐにお声をかければよかったのですが、後でシラギクさんからあなたがお見えになったと聞いて……僕が少し目を離したばっかりに……」

  碧生は、申し訳なさそうな顔でうなだれた。

 「いや、いいよ! ちょっとびっくりしたけど、別に何かされたわけじゃないし!」

 「そうそう。 碧生は細かいこと気にしすぎだから」

 「シラギクさんはもっと気にしてください!」

 「やだ。そんなん気にしてたら、めんどくさくて死ぬ」

 「死ぬって、あなた死なないでしょう! それ、死神のセリフじゃないですよね!?」

 「久々に会ったけど、シラギクのめんどくさがりは健在だね」

  再びソファに横になり始めたシラギクを見て、スイは笑みを浮かべた。

 「でも、ちゃんと仕事はしてるぞ」

 「それは知ってるよ」

 

 「えっと、ちょっと気になってたんだけど……死神の仕事って、どういう……」

  俺は、少し前から気になっていたことを、思い切って切り出してみた。すると一瞬、時が止まったみたいに、みんな静まり返ってしまい、テレビの音だけが響いている状態になってしまった。

  もしかして、聞いちゃいけないことだったのかと焦ったが、

 「多分、イッセーが想像してるようなものじゃないから安心しなよ」

  と、スイが言葉を発したことにより、静寂は消えた。

 「人間が想像してる死神って、人間の命を狩りにくる、みたいな恐ろしいイメージなんですよね?」

 「そんなとこだろうね」

 「良いイメージがないことなんて承知の上だ。それは、昔から今までずっと、変わったことはないからな。でも、人間にとって死は良いことではなくても、生まれた以上は必ず訪れる。つまりは――――」

  そこまで言うと、シラギクは上半身を起こし、

 「――――天神一勢という、一人の人間にも訪れるということだ」

  そう言って、うつむき加減で少し下を向いたまま、含み笑いを浮かべた。

 「ま、どちらが生き残るかは、まだ分からないけどな」

 「……え?」

 「お前が人間のままなら、いずれ死ぬ運命だが、神に戻れば、あたしは消える。つまり人間でいうところの死もようなもの……ま、それは置いといて、死神の仕事についてだっけ?」

 「……まぁ、うん」

 「めんどくさいから簡潔に言うけど、亡くなった人間の魂をその魂が行くべきところへ導くって感じ?」

 「なんで疑問形なんですか、シラギクさん」

 「えーだって、他になんて説明すりゃいいのー?」

 「つまり、この世で悪い行いをした人間は、善い行いをした人間と同じところにはいけないわけ。で、その魂が行くべきところの入口までの道案内をするのがシラギクたちなんだよ。なんとなく分かった?」

 「うん、たぶん」

 「おぉーさすがスイ。あたしもそれが言いたかったんだ」

  シラギクは、井戸端会議をしているおばちゃんみたいに、手首をスナップさせ、手を上下に振った。



 「でも、シラギク自らが来るなんて、イッセーの近所の人いい人だったんだね」

 「……どういうこと?」

 「考えてもみなよ。一日に亡くなる人ってたくさんいるんだよ? シラギクだけで、全員のところへ赴くことは出来ないでしょ?」

 「それは、そうだけど……それじゃあ」

  シラギクが行けなかったところの魂は、どうなるんだろう?

 「あたしが行けないというか、行かないところへは、あたしの式神が行っているから大丈夫だぞ」

 「行くところと行かないところって、なんか違うの?」

  俺がそう尋ねると、

 「違う。死んだ人間じゃなくて、その周りが」

  と、シラギクが答えてくれたが、全く意味が分からない。

 「……周りって?」

 「人間は死んでから真価が問われる。この世界に何を残し、何を与えたのか。まず、その基準になるのが、亡くなった人間に対しての周りの態度だ」

 「態度って……お葬式とかってだいたい一緒じゃないのか?」

 「あーうん、表面的には一緒。だけど心持ちの違い。これも簡潔に言っちゃうけど、良い行いをして人生を全うした人間の最期は、心から悲しんでいる者や偲ぶ者がいるけど、他人に嫌な思いをさせてきた人間のときは……ひどいもんだぞ」

 「え、ひどいって……」

 「通夜も葬式も、とりあえず来てるってだけの人間ばかりだ。義理とか義務とか、それ以外には何も持ち合わせちゃいない。だからあたしは、そんなのは見たくもないから行かないってこと」

 「ちなみに、有名人だったりお葬式に人がたくさん来てたりだとか、そんなことは一切関係ないですよ」

 「そうだぞ。ここのばあさんのときも、あたし来てたしな」

 「えっ!?」

 「あのときは、まだあたしのこと見えてなかったし、こんなんだったからつまんなかったけど」

  シラギクは「こんなん」と言いながら、親指と人差し指で五センチくらいの間を作った。

  それは小学生のときの俺なのか……それにしても、いくらなんでも小さすぎだろ。


  少し思い出してみると、ばあちゃんのお葬式は、そんなに盛大ではなく、ごく普通のお葬式だったように思う。でも、当時俺は、全然神様とか見えてなかったけど、ばあちゃんのときにもシラギクが来てくれていたことは少しうれしかった。

  それともう一つ思い出したが、ばあちゃんは「自分がされて嫌なことを他人にするな」と、何をしたわけでもないのだが、よく俺や姉ちゃんに言っていた。俺はその意味を、ただ漠然と理解はしていたが、シラギクの仕事の話を聞いて、さらに現実味をおびて分かったような気がする。

  俺は自分が死ぬときなんて、今はまだ全然想像出来ないけど、人に嫌な思いをさせて、適当にお参りとかされるのは嫌というか、あまりいい気はしないので、ばあちゃんのその教えは忘れずにいようと思った。

  


  終わり良ければ総て良し、とはいかないようで、結局は積み重ねてきたものが最後に分かる仕組みなのか。

  そう考えれば、人間って複雑そうに見えてめんどくさいけど、実は単純で分かりやすいのかもしれない。








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