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神様の水鏡  作者: 水月 尚花


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005

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 「人は、生まれてからその生涯を終えるまでに、たくさんの人に助けられて、支えられてるの。ときには、あなたが助けられたように、神や仏に守られていたり、助けられたりすることだってあるわ」

  会話の合間にぼんやりと物思いにふけっていると、ふとイブキが切り出した。

  俺はその言葉を聞いて漠然と、イブキが言ったことの意味は分かった。

  でも、人が人を助けるのは、なんとなく分かるんだけど……そういえば今さらだけど、何で神様や仏様は、人間を助けてくれるんだろう?

  そう思ったけど、俺は漠然とした思考の中で浮き出た疑問を、口には出さなかった。

  しかし、俺の様子を見て、何を考えているのか察したように、

 「ま、きっとそのうち分かるよ」

  と、俺の心の中の疑問に答えるような言葉を口にしたスイ。すると次々、

 「そうねぇ。今すぐすべてを理解するのは、難しいかもしれないわね」

 「生まれて十六年で、すべてを理解しててもちょっと怖いけどね」

  と、イブキとナギも、スイに同調したようなことを言った。

  本当に分かっているのか分かっていないのかは分からないが、俺が考えてたことが、まるで筒抜けみたいだ。

  ……やっぱ、こういうとこは怖いかも。

 

 「だけどまずは、ここまでちゃんとあなたを大切に育ててくれた、ご両親に感謝しないといけないわよね。あなたは、私たちにとっても大切な方だもの。私も感謝してるわ」

  イブキが感慨深げにつぶやくと、

 「うん。本当に、任せられる人たちのところに生まれてくれてよかったよね」

  と、ナギがナミと目配せをして、ナミに話しかけるようにそう言うと、ナミは静かにうなずいた。

  俺が両親に感謝するのは分かるけど、ナギもナミもイブキも、俺がいると消えてしまうかもしれないのに、どうしてそんなことが言えるんだろう?  さっきから、分かることと分からないことがあり、それが混在して、余計にいろいろ分からなくなりそうだ。俺が一人密かに混乱していると、スイが場を仕切るように、両手の手のひらを二回打ち合わせて音を立て、

 「はいはーい、まぁこの話はこのへんでね! それよりイッセー、今日従姉妹のお姉さん来るんでしょ?」

  と、スイが話の話題を変えた。

 「……うん」

  そうだ、瀬里姉が家に来るんだった。今日はそれで呼ばれたんだっけ?

  俺の意識はすっかり瀬里姉のことに切り替わった。

 「そうだったね。それで僕が呼んだんだもんね」

 「あらあらあら! そうだったわね! 私もそれでお邪魔したんだったわ」

  ナギとイブキも同じように、話題を切り替えた。

 「もうすぐ出産なのよね?」

 「うん、たぶん。昨日そう言ってたと思う」

 「まぁまぁまぁ! それは楽しみね! ああ、でも……うーん? でも、どうしましょう?」

  そう言って、イブキが急に悩み出した。

  俺は、もしかして瀬里姉に何かあるのかと思い、少しだけ不安になった。

 「え、あの……」

  俺が口を開くのとほぼ同時に、

 「神玉使ったらいいんじゃない?」

  と、ナギがイブキに提案した。

 「そうね! それがいいわ!」

  イブキは、握りしめた右手で左の手のひらをポンっと軽くたたくと、首からかかる濃紫の紐を引っ張り、着物に隠れていた神玉を取り出した。イブキの神玉は、透明に近い白い色の神玉だった。

  しかし、俺にはその神玉をどうするのか見当もつかない。

 「イッセー、自分の神玉出して」

  スイも今から行われることが分かっているのか、俺に神玉を出すように促した。俺は訳も分からぬまま、言われたとおり神玉を取り出した。

 「あなたは、私たち神の持つ神具を使うことが出来るけど、これを貸してしまうと、私が安産の神としての使命を果たせないの」

  イブキは逆さまに持っていた箒を、俺に見せるように、少し傾けて自分の目の前に持ってきた。

 「他にも、安産を願う人はたくさんいるからね」

  スイがそう言うと、イブキは「そうね」とうなずいて、箒を立て掛けた。そしてイブキは、

 「これを貸すことは出来ないけど、これなら大丈夫」

  と、神玉を自分の手のひらに乗せた。

 「神玉? それ、どうすんの?」

  まさか、神玉を貸してくれるとか? いや、でも……

 「あなたの神玉は鏡石。だから、私の神玉の力を、一時的に映すことが出来るのよ」

 「えっ!?」

  そんなことが出来たなんて、初めて聞いた。

 「だから、今から映そうと思うんだけど………………その前に、一つだけ聞きたいことがあるの」

  少しの沈黙のあと、イブキの声が真剣さを増した。その緊張が俺にも伝わってくる。

 「……聞きたいこと?」

 「あなたの従姉妹のお姉さんは、子供を正しく、大切に育ててくれる?」

  俺の目を見るイブキの目も真剣だった。

  俺の中の瀬里姉は、親ではなくどちらかといえば姉弟に近い。親になった瀬里姉をうまく想像出来ない俺は、何て答えればいいのか分からずに口ごもってしまった。

  そんな俺の代わりに、

 「子供ってさ、親から産まれてきても、人間としては個々の人間だし、思い通りにはならないもんじゃん。 思い通りに動かそうってほうが本来無理な話だよね。難しいんだよ、人を育てるのは」

 「生まれ持った性格も、それぞれ違うからね。育て方だって子供によって違ってくるかもしれない。怒りすぎてもダメだし、怒らなさすぎてもダメ。甘やかしすぎてもダメだし、厳しすぎてもダメ。なかなか大変だよね」

  と、スイとナギが話し始めた。さらに、

 「だけど、子供を大切にしてても、自分たちさえ良ければそれでいい人間なんてたくさんいるんだよね、世の中」

 「そうだね。誰でも多少の身内びいきはあると思うけど、他人や他人の子供に対する思いやりも、少しくらい持っててほしいかな」

 「ま、自分たちさえ良ければいいって人は、結局、他人からは大事にされてないんだけどね」

 「うん、当然だよ。自分たち以外の人を大事にしてないのに、他人から大事にしてもらおうなんて、そんな虫のいい話ないでしょ」

  と、続けた。

 「と、まぁちょっと話がそれたけど、つまりはね、子は親を映す鏡っていうことわざがあるように、ある程度育てる人によって変わるわけ」

  スイが、俺に分かりやすいように話を要約して話した。

 「そうね。それもとても大事ね。でも、もう一つ、それ以前に大事なことがあるわ」

  イブキは、そっと人差し指を立てた。

 「大事なこと?」

 「せっかく無事に産まれてきた命を、暴言や暴力で傷つけないで欲しいの。親に何をされたって、小さな子供には親がすべて…………見ていて悲しくなることだってあるわ。だけど、私は無事に産まれてくることを祈って見守るだけで、育ててはあげられないから」

  そう言って、悲しげに目を伏せたイブキ。


  たしかに、テレビで虐待とかそういう言葉をよく耳にすることがある。でも、俺は自分がされていないからか、それをどこか他人事のように観てた。だけど――――

 「瀬里姉はさ、昔、引っ越す前にうちの近所に住んでて……俺はよく遊んでもらったし、おじさんもおばさんも、姉ちゃんと俺をいろんなとこ連れてってくれりしたし、みんないい人だよ。だから、自分たちだけが良ければいいって人たちじゃないし、子供を傷つけたりもしないと思う。瀬里姉はきっとちゃんと育てられるよ」

  俺がそう言うと、

 「そう、あなたが言うなら安心ね! よかったわ!」

  と、イブキは安心したような顔で笑った。

 「あ、別にね、疑ってたわけじゃないのよ? 一応、私が個人的に聞いておきたかっただけなの!」

 「うん」

 「じゃあ、さっそく神玉を出してくれる?」

  そう言われ、俺は自分の神玉を、紐の部分を持ってぶら下げるように出した。

 「これ、どうすれば……」

 「そのまま持っててね! すぐに終わるから!」

  イブキも神玉を出し、俺と同じように持って、俺の神玉と五センチくらいのところまで近づけると、コンっと神玉同士を軽くぶつけた。

 「はい! 出来た!」

 「えっ!? もう!?」

 「神玉よく見てみ」

  あまりのあっけなさに驚いていると、スイの声が聞こえ、俺は神玉を手のひらに乗せて確認してみた。すると……

 「……あっ!」

  俺の手のひらに乗っている神玉は、イブキの神玉の色になっていた。


 「これで、あなたも一時的に、安産の神になったも同然よ!」

  そんなことを言われても、まったく実感がない。

  俺は手のひらに乗っている神玉を見て、初めて色が変わったからか、なんとなく違和感を覚えた。




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