007
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茶々丸が神殿の真ん中にある大きな扉の前まで行くと、茶々丸が開ける前に観音開きの扉の片側が開いた。開いた扉の奥から浅葱色の着物が見えた。
「茶々丸、おつかれさま」
落ち着いた声とともに姿を現したのは、温厚そうな少年だった。歳は俺とさほど変わらないように見える。
「まったくだ! 人使いの荒い!!」
「人じゃないでしょ」
「うるせー!!」
喚く茶々丸に軽くため息を零す少年。
「あとで豆大福あげるから、今は静かにして」
「……ならいい。ところで、ナミはどうした?」
「そこにいるよ」
少年が微笑みながら目線を左下に落とした。少年の目の動きをたどると、俺から見て神殿の右角あたりにピンクの花柄の着物を着た少女が佇んでいた。髪に赤い風車のような髪飾りを付けている。いつからそこに居たのだろうか。
ナミと呼ばれたその少女は、無表情でジッと俺を見ていた。澄んだ水のような瞳と目が合ったが、無表情のまま俺から視線を外さない少女に気まずくなった俺は目をそらした。
少年は扉の前の短い階段を降り、俺のほうへ歩いてきた。俺の前まで来た少年は穏やかな笑みを浮かべ、少女と同じ色の瞳を細めた。
「おかえり」
そう言った少年の前で、言葉なく立ち尽くしている俺。
常識的には「おかえり」と言われたら「ただいま」と返すものだ。しかし、来たこともない場所で「おかえり」と言われても「ただいま」と返す気にはなれなかった。
「ふふ。困らせてごめんね。けど……どうしても言いたかったから」
「え?」
少年は一瞬だけ寂しげな顔をしたが、またすぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「自己紹介がまだだったね。僕はナギであっちがナミ。よろしくね。僕らのことは呼び捨てでかまわないよ」
ナギはナミのほうを手で指示した。
「よ、よろしく? あ、えっと……」
「天神一勢君、でしょ?」
俺が言うより先に、ナギに自分の名前を言われた。
「……っ!!なんで俺の名前……」
「知ってるよ。僕らはずっと見てたから」
「見てたって……」
「僕らは神様だからね。ちなみに茶々丸は、僕らの神使だよ」
にわかに信じがたい話だが、ナギがウソを言っているようには見えなかった。
「僕らは因果応報と輪廻応報を司る神なんだ」
「因果応報と輪廻応報?」
「人間の行為は善も悪もすべて自分にかえり、次の世へ生まれ変わってもそれまでの行いに応じて禍福の報いをうける。人間はそうやって出来てる」
ナギはさっきと変わらず穏やかな顔をしているが、俺はそれを聞いて神器である鏡を割ったことを思い出して怖くなった。
「俺、鏡割ったから……」
「ああ、あれは大丈夫。どっちにしろ今日、割れる予定だったからね」
「は? じゃあ何で俺はここにいるんだよ?」
「……本題はここからだよ」
「本題?」
「そう、とっても大事な話。だから、ちゃんと聞いてほしいんだ」
ナギが真剣な顔でジッと俺を見た。
「分かった」
俺が頷くと、ナギはまた穏やかな笑みを浮かべた。
「僕らはね……全知全能の神の力の、ほんの一部なんだ」
「うん」
「今この世界に現存する神々も、その力の化身。全知全能の神は、自身の力を一つずつ切り離した。そして僕とナミは、全知全能の神から一番最初に切り離された力なんだ」
「それじゃあ、全知全能の神は……」
「今からちょうど三千年前に……消えたよ。一つだけ力を残して」
「消えた?」
「うん。生まれ変わった自分に、全知全能の神に戻れる力を残してね。そして自分が全知全能の神に戻ったとき、一勢がいる世界は跡形もなく消えるようになってる」
世界が跡形もなく消える?
「神っていうか……もはや全世界の敵みたいだな」
「もちろん神に戻っても戻らなくても、どっちでもいいんだよ。神に戻るかどうか決めるのは、一勢だからね」
「え………………何の話?」
「今ので分からなかった?」
ナギは少し困ったように笑った。
「全知全能の神の生まれ変わりは、君だよ」
木々がざわざわと揺れはじめ、ナミの髪飾りの風車がカラカラと音を立てて回る音が響いた。
あっさりと告げられた重大すぎる真実を、受け入れることも、理解することもできずに、俺はただ茫然とその場に立ち尽くした。