001 親の心子知らず
001
家の近所のコンビニに行くと、コンビニの前でたむろっているお兄さんたちがいた。別に何かしてくるわけじゃないし、俺は気にせずにコンビニに入った。すると、
「これだから、最近の若者は――――」
「親の顔が見てみたいわ」
などと、こそこそと話す声が聞こえてきた。おそらく、客の中の誰かだろう。そういう言葉は、テレビや日常の中で、よく耳にする言葉だ。
しかし、その言葉を聞くたびに、「ってことは俺も入ってんのかな」と、少し考えてしまう。
たしかに、昔の人に比べて、規律など緩んでいる部分もあるのかもしれないが、一括りにするのはやめてほしいと思う。
人が多い時間帯に電車に乗って、たいして年も取ってないのに、優先座席に座る人。歩きながらゴミを捨てたり、片づけないで公共の場に放置したりする人。場所をわきまえずに騒ぐ人。周りのことを考えていない行動をする人間を見ると、すぐにそうやって言うのはやめてほしい。
一般常識的に、やってはいけないことだというのは分かる。だけど、そういうことをする人間って、若者だけじゃないと俺は思う。都合の悪いことを、若者のせいにして片付けているだけのような気もするから。
あと、「親の顔が見たい」ってやつ。あれは、人によりけりだと思うのだ。親がしっかりしてても、子供がしっかりしてないとか、その逆もまた然り。もちろん、親がしっかりしてないから、子供もしっかりしていないという、「親の顔が――――」に、ばっちり該当している人もいるだろう。
まぁ、俺も完ぺきではないし、人のこと言えたもんじゃないけどさ。
多分、俺の場合は、親はしっかりしてるけど、子供がダメなパターンだな。
そんなことを考えながら、買い物を済ませてコンビニを出ると、たむろっていたお兄さんたちは居なくなっていた。しかし、そのお兄さんたちが居た形跡は残っていたらしく、店員さんが一生懸命、ゴミを片付けていた。
頼むよ、お兄さんたち……
家に帰ると、
「私のアイスとチョコはー?」
と、さっそく姉ちゃんが催促に来たので、渡すと、
「ありがとー! あ、お釣りはあげるよ」
そう言って、戻っていった。
姉ちゃんは、目ざといというかなんというか、俺がコンビニに行くと言ったら「ちょっと待って!」と、お金を渡され、自分の買い物まで頼んできたのだ。
っていうかお釣りって……百円もないぞ、多分。まぁいいけど。
リビングに入ると、すでに姉ちゃんがアイスを食べていた。俺もさっき買ってきたお菓子の袋を開けて、食べながら携帯をいじっていると、母さんが入ってきて、
「二人とも! 明日、瀬里ちゃんが泊りに来るのよ」
と、うれしそうに笑っていた。
「え! ほんと!? 瀬里姉来るの!?」
「本当よ。さっき電話があってね」
「久しぶりだから楽しみだなー!」
瀬里姉は、父さんのお姉さんの子供で、俺や姉ちゃんにとっては従姉妹になる。俺とは十歳くらい年が離れていて、小さい頃はよく遊んでもらっていた。
「あれ? でもさ、瀬里姉って今……」
姉ちゃんがそこまで言いかけると、
「そうなのよ! もうすぐらしいの!」
と、母さんが話しはじめたが、俺には何の話かさっぱり分からない。
「そんな大事な時期に、なんでまた、家に来ることになったの?」
「それがねぇ、明日、明後日は旦那さんが出張でいないみたいでね。義姉さんたちも、用事があって来られないんだけど時期も時期だし、心配みたいで電話もらったのよ」
「あーそれでか!」
姉ちゃんは納得しているが、やはり俺には、何のことやらさっぱり分からない。
「……瀬里姉なんかあったの?」
俺がそう尋ねると、
「一勢ったら、前に言ったの聞いてなかったの?」
と、逆に母さんに尋ねられたが、俺には瀬里姉に関する話をした記憶がない。
「……うん」
「もう、聞いてなかったのね。瀬里ちゃん、もうすぐ赤ちゃんが生まれるのよ」
「そんな話、してたっけ?」
「してたよー! 私覚えてるもん!」
「ふぅん。そうだったんだ」
「そうよ。本当に、一勢は全然人の話聞いてないんだから」
まぁ、本当のことだから返す言葉もないけど、「たまには聞いてるし」と、心の中でつぶやいた。
それから、話題はすっかり出産や赤ちゃんの話になった。当然ながら、その話に俺は混ざってはいない。母さんと姉ちゃんが二人で盛り上がっているのだ。
「赤ちゃん産むときって、鼻からスイカだすような感じの痛さとか言うけど、ほんとなの?」
「そうねぇ……その例えは、母さんにはよく分からないけど、めちゃくちゃ痛いのは確かよ」
「うわぁーやだー」
「五十鈴は、まだまだそんな予定ないでしょ?」
「想像だよ想像!」
「でもね、産まれたらそんなことより、嬉しさのほうが大きかったなぁ」
「あ、そういえば私、一勢が赤ちゃんのときのこと、ちょっとだけ覚えてる!」
ふいに自分の名前が出てきたことに気づき、耳だけ会話に向けると、
「五十鈴は一勢のこと可愛がってたものね。たけど、目を離した隙に、まだ生まれて間もない一勢の口に、お菓子詰め込もうとしてたときはびっくりしたわ。お人形さんみたいに思ってたのかしらね」
と、とんでもない話が聞こえてきた。母さんは笑いながら話しているが、もし誰も気が付かなかったら、俺は危うく実の姉に、殺されているところだったのかもしれない。
「そうそう、一勢は覚えてないかもしれないけど……」
と、突然何かを思い出したかのように、話を切り出した母さん。何のことなのか少し気になって、俺は「何が?」と小さく返事を返した。
「ちょうど今くらいだったかしら? 春になって暖かくなってきた頃、天気がいいと、縁側で寝かせてたんだけどね……よく誰もいないのに笑ってたり、空中で何かを掴むみたいに手を握ってたりしてたのよ。縁側以外のところでも、たまにそういうことがあったんだけど、縁側にいるときが一番多かったような気もするわ」
そんなことを言われても、もちろん、俺は赤ちゃんのころのことなんてまったく覚えていない。
「えー! それって何かが見えてたんじゃないの? 赤ちゃんって霊感的なのある子もいるって聞いたことあるもん!」
「そうだったのかしら?」
「きっとそうだよ! ね、一勢なにか覚えてないのー?」
「覚えてるわけないだろ」
姉ちゃんは、何を期待してるんだよ。
「だけど、一勢は五十鈴と比べると、あんまり手のかからない子だったわ」
「私、手のかかる子だったの?」
「ううん、五十鈴は多分普通よ。一勢が、普通より手がかからなかったってだけね。夜泣きもあんまりなかったし、お腹空いたとき以外は、滅多なことで泣かなかったし、ある意味、少し心配したわ」
「へぇー。でも私も育てるなら、手のかからない一勢みたいな赤ちゃんがいいなー」
「そうね。けどそれは、そのときにならなきゃ分からないわね」
「だよねー。でもそれより今は、早く瀬里姉の赤ちゃん見たいなぁ」
「楽しみね」
出産経験者の母さんと、いつか出産するかもしれない姉ちゃんは、いろいろ想像したり楽しそうに話している。
俺は正直、このときはまだ、全然現実味もないから、想像も出来なくて、出産とか赤ちゃんの話は、自分にはあんまり関係ないし、女の人にしか分からない話だと思っていた。




