008
008
前方と後方から吹く不穏な風の狭間で、ひたすら同じ動きを繰り返す俺。
とにかく、まずこの橋を作るのを、早く終わらせよう!
そう思い、釘を打っているのだが、キョウとレンカが来てから、この緊張感がそうさせるのか、わりとスムーズに打てている。その点に関してだけ見ればいいのだが、
「あなた、そんなところにいたら、一勢様の手元が暗くなって危ないですわよ!」
「大丈夫よぉ。それよりレンカの羽衣のほうが、ひらひら動いて邪魔くさいと思うわぁ」
と、相変わらず、口を開けば口喧嘩。そしてそのたび、俺を挟む不穏な風が増す。
なんとかならないものか……
とげとげしい空気の中、一人悶々としていると、ふと威圧感がなくなったことに気が付いて、俺は顔を上げた。
「まぁ! なんですのー!」
「いきなり、どうしたのぉ?」
少し離れたところにいた真白が、いつの間にかここまで来ていて、レンカとキョウの腕を掴んでいた。
「ここにいると作業の邪魔だから、あっちで見ていればいいだろう」
真白は木の陰になっている、人が五人くらい座れそうな大きな岩のほうを、顔を動かして場所を示した。
「いやですわ! ここがいいんですもの!」
「そうよぉ。だって、一勢君が見れないじゃない」
「あそこからでも見えるだろう。それに……この日差し、お肌に悪いぞ。紫外線を浴び続けて、シミやソバカスが出来てもいいなら、無理にとは言わないがな。しかし、そんな姿を、最愛の殿方に見られるとなると――――」
真白がそこまで言うと、一瞬、ムンクの叫びのような顔をしたレンカとキョウは、我先にと木の陰に向かった。
「わ、私、ちょうど足が疲れてきてましたの!」
「そ、それは、私も同感だわぁ」
どもりながら、何事もなかったように装っている二人を見て、真白は短いため息を吐くと、
「とりあえず、邪魔くさい二人は移動させたから、がんばってくれ」
と、真白は二人の元へ向かった。
「真白も考えたなー」
スイは、感心したように手をあごに当てながら、ちらっと真白を見た。
「っていうかさ、神様にシミとか出来んの?」
「出来ないよ」
「じゃあ、ウソだったんだ」
「この場合は、ウソも方便でしょ。っていうか、そもそも神界に紫外線なんて存在しないけどね。人間界のあれはある意味、人間が増やしちゃったようなもんだし」
「……へぇ」
たしか前に、紫外線はオゾン層が破壊されてなんとかって、授業で聞いたような、テレビで言ってたような……詳しい仕組みも、どこで知ったかも曖昧だけど、ろくなことしないな人間って……人間である俺が言えたことじゃないから、言わないけど。
「あ! オレたちもそろそろ手動かそっか」
スイは横を向いていて、何かに気付いた様子だったので、俺も自然と同じほうを見ると、
「鋼守早っ!」
反対側から板を張り付けていた鋼守は、もう橋の半分くらいの位置を超え、こちらに近づいてきていた。それを見て、俺とスイも作業を再開した。
しばらくして、無事に橋は完成したのだが……
「俺、ほとんど何もやってないような気がするんだけど、こんなんでいいのか?」
俺はおそらく、この橋の三分の一ほども板を張っていない。しかも土台だってスイと鋼守が二人で作っている。
「いいんだよ。ちょっとでもアンタの手が加わってれば、キョウは文句言わねぇよ」
「そうだね。それに橋作り初心者に、そこまでのクオリティは求めてないと思うよ」
「……ならいいけど」
「あいつら呼んでくっか」
そう言って、鋼守はキョウたちを呼びに行った。
俺は、少しドキドキしながら待っていると、そう離れた場所にいたわけではないため、鋼守を含め四人はすぐに来てしまった。
橋を見て、第一声を発したのはキョウで、
「素敵な橋ねぇ」
と、嬉しそうに目を細めた。
「当然ですわ! 一勢様が作られたものですもの!」
「どうしてレンカが自慢げなんだ」
真白の言うとおり、腰に手を当てて自慢げな様子のレンカと、そんなレンカを見て呆れたような顔をしている真白。
「え、でも……ここにある橋、みんな立派なのにこんな素朴な感じの橋でよかったのか?」
俺は、思った以上の反応に少し驚いて、率直に思ったことを聞いてみた。
「いいのよぉ。橋は、立派ならいいってものじゃないものぉ」
「え?」
「その景観にあった橋じゃなきゃ、一体感がないものぉ。この橋を架ける渓谷は、周りに自然のものしかなかったでしょう? だからそんなに派手さはいらないわぁ」
「そういうもんなんだ」
「そうよぉ。見れば分かると思うから、さっそく橋を架けましょうかぁ」 「え、架けるって……」
結構長さもあるし、重そうなこの橋を、どうやって運ぶんだろうか。
しかも、橋を架けるのは崖の下だし……まさかとは思うけど運ぶなんてことは……
そんなことを考えつつ、周りを見ても誰も動く気配はない。
不思議に思っていると、一番見て分かる動きを見せたのはキョウだった。キョウはおもむろに、手のひらを出して上に向けると、そのまま自分の頭の高さくらいまで手をあげた。
「っえ!?」
次の光景に、俺は思わず後ずさった。
俺が、首を真上に上げないと確認できないくらい高くまで、軽々と橋が浮いたのだ。そして橋はそのまま、渓谷の間に入っていった。
今まで橋があった場所には、橋を作るのに使った道具だけが、無造作に置かれていた。俺は、ほんの一瞬の出来事に、呆然としていたが、
「さぁ、見に行きましょうかぁ」
という、キョウの一言で我に返った。
「おー、結構いい感じなんじゃない?」
「これなら上出来だな」
少し先に着いて、橋を見たスイと鋼守。
俺も崖の上から、そっとのぞいてみると、さっき作っていた橋がちゃんと架かっていた。
「ねぇ? 言ったでしょう?」
そう言ってキョウは、得意げに笑った。
確かに、ちょっとしょぼく見えた橋が、見事に渓谷に溶け込んでいた。ほとんどスイと鋼守が作ったようなもんで、俺はあんまり手伝えなかったけど、それでも少し、達成感に似たような感覚を覚えた。
それと同時に、安堵感もあり、俺はもう完全に帰れると思っていたのだが……
「あとは渡るだけねぇ」
と、キョウがつぶやいた。
「…………渡る?」
まさかとは思うけど、もしかして俺も?
「いつもは私だけど、この橋は完成したら、一勢君を一番に渡らせてあげようって決めてたのぉ」
そんなサプライズいらなかったっ!
「だいじょーぶだいじょーぶ。落っこちたら拾ってあげるから」
崖の下の橋を見て立ち尽くしていた俺に、そう軽々しく言い放ったスイ。
「拾うって何だよ! あれ、絶対やばいやつだろ」
崖の上も少し風が吹いているが、崖の下は、さらに風が吹きすさんでいるように見える。しかし、キョウに断りを入れるのは無理だ。それこそ何が起こるかわからない。
橋を作って架けて終わりだと思っていた俺が甘かったのか。どうやら、最後の最後にとんでもない任務が残っていたようだ。




