007
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羞恥心を自分の中に留めて大惨事を引き起こすか、わずかな自尊心を犠牲にして大惨事を防ぐか、なんて考えるまでもない。
目の前のたくさんの料理を前に、俺は箸を手に持っているが、その箸は役目を成していない。なぜなら……
「はい、一勢様! あーん」
「はい、これもどうぞぉ」
箸を使わなくても、食べ物が口に運ばれてくるから。
もちろん、最初は抵抗があったのだが、神使たちに視線で訴えられ、やむなく折れた結果、こうなったのだ。
「お味はいかがですか?」
「これ、昨日から仕込んでたのよぉ。美味しい?」
「う、うん……美味しいよ」
「私、腕によりをかけて作ったかいがありましたわ!」
「でも、私のほうが美味しいでしょ?」
「えっ、いや……」
「まぁ! ずうずうしい女ですこと! 私のほうが美味しいに決まってますわ!」
「そんなことないわぁ。レンカより私のほう手間暇かけて作ってるものぉ」
会話をするたびに、言い争うキョウとレンカ。何か食べるたびに、こういうやりとりに挟まれている俺。申し訳ないけど、正直、食べているものの味も分からないうえに、そろそろ胃袋が限界に近い。
俺が大人しく、キョウとレンカの要求を呑み、今のところは大惨事を免れていてホッとしている反面、向かい側に座っている神使三人は、呑気にお茶を飲んだり、料理をつまんだりしていて、それが少し、うらやましくもあり恨めしくもある。
「さて、お腹もいっぱいになったし」
「そうだな。そろそろ行くか」
そう言って、スイと鋼守がおもむろに席を立つと、
「あら、もういいんですの?」
と、レンカが尋ねた。
「うん、ごちそうさま。さ、イッセーも行くよ」
「え?」
「橋作りだよ」
「あ、そっか!」
やっと解放される! と思い、俺は勢いよく席を立った。
「もう行っちゃうのぉ?」
「たりめーだ! つーか、お前が橋架けろって言い出したんだろうが!」
「そういえば、そうだったわねぇ」
「……なんでそこ忘れてんだよ!」
キョウのマイペース発言に頭を抱える鋼守。
「んじゃ、そういうわけで、オレたち橋作ってくるから、ここで待ってて」
うまく、かどうかは分からないが、スイがその場を収め、足早に神殿を出た俺とスイと鋼守の三人。
「なぁ……あの二人って仲悪いのか?」
俺はいっぱいになったお腹をさすりながら、キョウとレンカがいないうちに、と気になってはいたが聞けなかったことを聞いてみた。
「いや、普段は仲良しだよ」
「でも、喧嘩して神殿半壊させたあと、仲直りしたって言ってたのに、そんな風には見えなかったけど……」
「あー……あんときも、最初は普通にアンタの話してたんだけどな」
「盛り上がりすぎて、そのうち自慢大会みたいになったんだよね?」
「ああ」
「自慢って、何の?」
「私のほうがあれしてもらった、これしてもらった、何もらった、何て言われた、ってね」
「…………え」
それで、半壊まで行ったのか!? 普通にありえないだろ!
「しかし、どうなることかと思ったが、アンタが居たほうが理性保ってるみたいでよかったぜ」
「ほんとだよね。本人いないときでアレだったから、本人いたらどうなるんだろうって思ってたけど、思ったより落ち着いてるよね」
鋼守は軽く頭を掻きながら小さくため息をこぼし、スイは困ったような顔をして笑みをこぼした。
「けど、よかったねイッセー」
「はぁ? なにがだよ?」
ふとスイの顔を見ると、からかうような含み笑いを浮かべていた。きっと、あんまり良いことを言わない気がする。
「神界ではモテモテじゃん? 神様にモテる人間なんて、イッセーくらいだよ」
ほら、やっぱり。いや、確かに悪いことではないと思うが、別に俺はモテたいとか思っていないわけで……
「…………あっそ」
神様にモテることが嫌なわけじゃないが、うれしいわけでもなく、どう返せばいいのか分からなくて、俺は小さくそっけない返事を返した。
木材や、工具などが置かれた場所に着くと、スイと鋼守が何やら相談をしていたのだが、すぐにまとまったらしく、
「よっし! ちゃちゃっと橋作るか」
と、鋼守は木材の近くへ移動し、スイは俺のところへ、板と金槌を持ってきた。
「オレと鋼守が丸太くっ付けるから、イッセーは釘打つ練習してて」
「くっ付ける?」
「うん。丸太をそのまま並べてくっ付けて、その上から板張ってくんだって。イッセーには、板張ってもらうとこからやってもらうから、練習してて。釘打つのなんて、あんまやったことないでしょ?」
「うん。分かった」
俺は、釘をポケットに入れ、板と金槌を受け取った。
そしてスイが去ったあと、俺は言われたとおり、板に釘を打ってみたのだが、なかなかうまくいかない。
もっと簡単に出来るもんだと思っていた俺が、甘かった。斜めに刺さったり、曲がったり、言うことを聞いてくれない釘に、腹は立つけど、ちゃんと打てないと、何だか気にいらない。
その後、何度も打ってみて、三回に一回くらいは綺麗に打てるようになってきた頃、
「イッセー! こっち来てー!」
と、スイが俺を呼んだ。まだ自信はないが、仕方がない。俺は金槌を持って二人がいる場所へ向かった。
「打てるようになった?」
「……多分。ちょっと微妙だけど」
「ま、なんとかなるでしょ」
スイと鋼守がくっ付けた丸太は、このままでも橋になるんじゃないかと思うくらい綺麗だ。ここに俺が板を張るのかと思うと、少し緊張する。反対側からはもう鋼守が板を張り始めていた。
「さて、と。オレたちも始めよっか」
「うん」
「じゃ、まずここね」
俺は、スイの指示のもと、板に釘を打ち始めた。
スイは自分も釘を打ちながら、「そのままだと釘曲がるよ」「あ、右に傾いてる」「そんなとこ持ってたら、手ケガするよ」など、逐一アドバイスをくれるので、その通りにしていると上手く打てる。今のところ、失敗しないで打てていることに、少しだけ緊張がほどけてきた。
しかし、ホッとしたのも束の間、
「一勢君。がんばってぇー」
と、いきなり背後からキョウの声が聞こえた。
「え!?」
慌てて振り向くと、俺のすぐ後ろでキョウが手を振っていた。
「男ばっかりだし、私がいないと、やる気が出ないと思ってぇ」
「勘違いも甚だしいですわ! 一勢様には、私が居れば十分ですのよ!」
また後ろから声が聞こえ、元のほうへ向き直ると、今度は俺の正面にレンカがいた。
「やだわぁ。勘違いはレンカのほうよぉ」
「そんなわけないですわ! まったく、勘違いだという自覚のない女って怖いですわ!」
頼むから、俺を挟んで喧嘩しないでくれ!
目線を前にも後ろにも出来なくて、ふと横を見れば、少し離れた場所で、事を見守っている真白がいた。
仲は悪くないみたいだし、今日はまだ落ち着いてるらしいけど……挟まれている俺としては、やっぱりキョウとレンカ、二人が一緒にいると無駄にハラハラすることに変わりはない。




